24話 迷探偵と名助手
「探偵」と「助手」として交わした握手は固く、離れそうにない――というより、イオがいつまでも手を離そうとしないのだ。
「あのー。いつまで手を結んでいるおつもりで?」
するとイオの顔から一瞬、いつもの笑みが消えた。深いため息と共に結んだ手を引き寄せ、柔らかい金の前髪越しの額につけている。
「……あの時、この手を離さなければ」
「あの時?」
イオの閉じた瞳には、いったい何が映っているのか。かすかに震える温かい手を、なぜか振りほどけない。
「イオさん、貴方は私に――」
『エメル、浮気?』
空洞に響くような声で我に帰った。イオの手を強引に振りほどくと、真っ青な正方形ボディが真後ろから覗き込んでいた。
「ま、まぁ! シカクったら、まったくの誤解ですわ!」
『大丈夫、竜の夫には言わない』
鉱石でできた腕を軽く叩くと、シカクはいつもの淡々とした声で、『冗談』と返してきた。まったく肝が冷える――今はこんなことをしている場合ではないというのに。
「では改めて、事件現場の調査を行いましょうか。シカク様も、ご協力よろしくお願いいたします」
『任された』
助手の提案で、手分けして犯人の痕跡を探ることになったのだが。倉庫内を改めて見回しても、イオが見つけた「獣族の毛」以上の発見はなさそうだ。
「目立つのは、この石くらいかなぁ」
倉庫内は湿気防止のためか、常に風魔法を起こす結晶石が設置されている。ずっとこの中にいたら、身体が干からびそうだ。
「外なら何か見つかるかも」
事件を引き受けた身として、助手に負けてはいられない。何かないかと、目を凝らして倉庫の周りを歩いていると。倉庫周辺から森にかけて、地面が様々な形に沈下していた。だいたい1メートル幅の長方形、台形、正方形――ゴーレムの足跡だらけで、他の種族の足跡はない。
「ゴーレムたちの足跡で消されちゃったのかな」
他に気になることと言えば、先ほどから茂みがガサガサ鳴っていることくらいだ。何か大きな影が、木の傍で揺れている。
シカクを呼んで来てから近づいてみようか――と、茂みから目を逸らした瞬間。
「はっ、クシュ!」
特徴的なくしゃみが、茂みの方から聞こえてきた。もしや赤毛の持ち主が、あそこに隠れているのでは――。
『エメル。金ピカの人間、イオ、何か見つけたって』
シカクの声に顔を上げつつ、もう一度茂みを見遣ると。大きな影はなくなっていた。
「今、あそこに何かいませんでした?」
『鳥』
「でも、くしゃみしていましたよ」
今思えば、聞き覚えのあるくしゃみだった。それがどこでだったか、と考える間にも、シカクはさっさと行くよう背中を押してくる。
「押されなくても行きますってば」
『早く、早く』
シカクは何を焦っているのだろうか――首を傾げつつも倉庫の中に戻ると。白い筋状のキノコが生えた木片を、イオがこちらに差し出した。
「ここは資材置き場なのですから、それがあっても不思議はなさそうですが」
「では、このキノコについてはどう思われます?」
「名探偵」と挑発するように呼ぶイオに応えるため、ひらめきに弱い頭を必死に回す。「他より色の濃い木片」、「キノコ」――。
「あっ! キノコが生えるってことは、湿気があるってことですわね。でも……」
除湿が徹底されていて、ほかの資材は乾いているというのに。イオが見つけたこの木片だけは、濡れてキノコまで生えている。
「風の結晶石の効果が及ばない場所にあった、とか?」
「この木片は、魔性ツリーの資材置き場付近に落ちていました。他の資材の方が、結晶石から遠い場所に置かれていますよ」
たしかに、結晶石から一番遠い場所の資材でも乾いている。するとこの木片は、環境ではなく外的な要因で湿気を帯びたということか。
「犯人は『身体が濡れている種族』、ということですわね!」
決まった――某名探偵さながらに人さし指を突き出し、イオを振り返ると。彼は無言のままいつもの笑みを浮かべていた。
「その笑顔はどっちですの?」
身体が湿っていて魔法を使える魔族といえば、スライム族あたりを想像したのだが。腕を組んだイオは「どうでしょう」と答えるばかりで、堂々と決めポーズをとっていたのが恥ずかしくなってくる。
今思えば、湿気だけをヒントに「身体が湿っている種族」、と判断するのは早計だったかもしれない。
「水の魔法を使った、という場合も考えられませんか?」
「たしかにそうですわね。名助手のお考えをもっと……ってシカク、何をしようとしているのです!」
『ギクッ』
丁寧にも動揺を擬音化してくれたシカクは、いつの間にか大窓を開け、腕を突き出していた。指先で器用に挟んだ赤い毛束を、窓の外へ捨てようとしていたのだ。
「それは犯人を示す重要な証拠品ですわ」
『で、でも、獣族ここに入らない。これ、風に乗って運ばれて来た、ただのゴミ』
だから掃除しようとした、とシカクは弁解するが――怪しい。
『これ、トーさんに見つかるとマズい』
「マズい? なぜですの?」
正方形の頭がガタガタと揺れ、指先の赤毛を庇うように持っている。まるで犬猫を拾い、親に隠れて飼っている子どもみたいだ。
これは、念のため調べた方が良い――。
「シカク、失礼いたしますわ」
【能力鑑定】――右目が熱くなると同時に、真っ青ボディの横へダイアログが表示された。
「【スキル:超怪力】……擬態じゃない」
そもそもシカクの性格が変わったようには見えなかったが、この挙動不審は何なのか。
「何かを隠しているのなら正直におっしゃって」
『べ、別に、ナニモ』
「イオさんも……あら?」
先ほどから沈黙していたイオは、赤毛の束と木片を真剣に見比べていた。
獣族の痕跡と、謎の湿気。いくら見比べたところで、繋がりはないように見えるが――思考に没頭する横顔を見守っていると。足元が小さく揺れ、倉庫の柱がミシッと音を立てた。
「地震……?」
しだいに揺れが大きくなり、倉庫全体が軋んでいる。これはただ事ではなさそうだ――と、思考に耽るイオの腕を掴んだ直後。窓ガラスが粉々に割れた。
「なっ、何事ですの!?」
『エメルたち、早く外へ!』
シカクに抱えられ、表へ出たところ。揺れと軋みの正体が、こちらへ猛突進してくる光景が目に入った。
『ミス・グラニーと、トーさん!』
彼らは町で見かけた時以上の、周囲を破壊しそうな勢いで衝突している。この事態を憂いて仲介役を引き受けたのだが――なぜ一緒にいるのだろうか。
「シカク様、なぜこのようなことに?」
竜巻と暴走トラックが目前まで迫っているというのに、イオは至って冷静な様子だ。
『わからない。でもたぶん、トーさんが怒らせた。このままだとウチの倉庫、壊れる』
たしかに、大型の倉庫が持ち上がりそうなほどの風魔法が吹き荒れている。風が激しすぎて、呼吸すらままならない。
「みっ、ミス・グラニー! どうか、この領主代理に、争いの原因を……」
「風の音が強烈で、聞こえていなさそうですよ」
イラつくほど冷静なイオの言う通り、ミスの竜巻が周囲の音を掻き消している。また彼女の珊瑚色の髪は逆立ち、瞳の光を失っていた――まずはこの暴風を止めなければ。
「イオさんは危険なので、倉庫の中に退避して。シカク! 私を肩に乗せて、ミスの背後に回って。それから……」
作戦を聞いたシカクは、頭をガクガクと横に振った。
『そんなことしたら、トーさんに彼女との関係、バレる』
「緊急事態です! 後で弁解をお手伝いしますから」
カフェで秘密のデートをしていた彼らの様子を見る限り、有効な手のはず――渋々ながらも、シカクは指示通りミス・グラニーの背後に回った。やはり彼女の後ろには風がない。ためらいを見せるシカクの耳元で、「今です!」と叫んだ。
『ああ、もう、分かった!』
シカクは両手をミスに向けて伸ばす。そのまま彼女の肢体と羽を包むと――ミスの瞳に光が戻った。
「この感触……青くたくましい指……シカク?」
『お願い、落ち着いて』
シカクの優しい囁きに、逆立っていた彼女の髪が降りていく。木々を持ち上げかけていた風も、勢いが弱まっている。
「良い感じです! そのままなだめ続けてくださいませ」
イチかバチかの賭けだったが、恋人との接触で、正気を取り戻してくれたようだ。
『資材を盗んだ犯人分からなくて、トーさん苛立って、当たっただけ……だと、思う』
いつもの喧嘩とはレベルの違うこれは、きっと盗難事件がきっかけで引き起こされたものだ。ミスが落ち着いたら、話を聞かなければ――とりあえず風が止んだことに、ほっと胸を撫で下ろした。
「苛立って当たっただけ……ですって?」
『えっ?』
せっかく降りかけていた髪の毛が、また持ち上がりつつある。まさか――。
「シカクはお父上の肩を持つというのですね。資材が盗まれていると聞き心配で参ったというのに、あの男ときたら……『犯人はキサマでは!?』などと……」
『グラニー、違う! 僕は』
再びミス・グラニーの瞳から光が消え、桜色の唇が魔法の詠唱をはじめた。
「シカク退避! このままではゼロ距離で……わっ!」
目の前で放たれた風魔法が巨大な竜巻に変わり、息を呑む間もなく襲いかかってくる。
『エメル……!』
天地関係なく風に転がされるこの状況――まるでレールのないジェットコースターだ。
「……っ!」
吐き気を必死に抑えているうちに、気づけば竜巻のてっぺんに持ち上げられていた。遥か下に森が見える。
「うそ……」
このまま落下すれば、確実に死――助かる方法を考える間もなく、風が消えて身体が落ちていく。腹の中が持ち上がる感覚と恐怖で、息ができない。
「エメルレッテ様!」
目が開かないが、あれはイオの声だ。
「絶対に助けます! この風結晶をこの角度で割れば……とにかく私を信じて!」
イオの声がした直後。下から吹き上げる強風が、身体を持ち上げる勢いで通り抜けていった。全身を襲う気持ち悪い感覚と、落下の感覚が弱まった瞬間。
「今度こそ死なせない……!」
必死の声に目を開くと。彼が腕を広げた光景を最後に、意識が飛びかけた。今度こそ本当に終わりかもしれない。
カフェでロードンに刺された時の光景が、走馬灯のように脳内を巡る。あの時は彼女が助けてくれたが――『いつも巻き戻すことはできないのですから』――厳かな声が、鈍くなった頭に響く。
揺さぶられるような衝撃を受け、終わりを悟った、その時。
「……っ、エメルレッテ様、お怪我は?」
柔らかい低音が降ってきた。冷たくなっていた全身が、じんわりと熱を帯びていく。
固く閉じていた瞼を開けると――落下直前に見た空のような、鮮やかな青が視界一面に広がった。
「イオ……さん?」
声が出る。生きている。
地面に転がったイオの腕に、身体がしっかりと抱えられていた。
「ご無事でしたか……あぁ、今度こそ救えた」
「今度こそ……?」
いったいどういう意味なのか――温かい息が頬にかかり、とっさに頭を持ち上げると。急なめまいに襲われ、再びイオの上に覆い被さってしまった。
「あの高さから落ちたのです。すぐに立たないほうが良いでしょう」
イオの言葉に甘え、しばらくもたれて呼吸をしていると。真っ青に歪んでいた視界が、少しずつ回復してきた。
「……私、どうして助かったのですか?」
落ちている途中、下から風に持ち上げられた気がしたのだが――赤毛を鑑定たついでにイオを見た時、魔法に関するスキルはもっていなかった。
「これですよ」
イオが手のひらに乗せ、差し出したのは――。
「風の結晶石?」
拳ほどの大きさの石が、真っ二つに割れている。これは倉庫に設置されていたものだ。
「これを貴女が落ちてくる真下に勢いよくぶつけ、反動で上に飛んだ風魔法をクッション代わりにしたのです」
それで落下の勢いを和らげ、受け止めることができた――何でもないことのように説明するイオに、開いた口が塞がらない。
「それを、とっさに思いついたのですか……?」
私が竜巻にさらわれた後の、一瞬のうちに考え出し、実行したというのか。
「必死だったので、どう思いついたかまでは覚えていませんが」
「いいえ、方法はもう良いのです……助けてくださって、ありがとうございます」
安堵した様子の青い瞳を見つめたところ、意外と太い腕に無言で引き寄せられた。
暖かい。この世界に生きていることが実感できる――そのまま眠りたいような衝動に駆られていると。背後の茂みから、ガサガサと大きなものが動く音がした。
次回:修羅場警報




