21話 黒はだれ
ここまで案内してくれたボロネロにお礼を告げ、ノクサレア家の屋敷を出た途端。ずっと背後に引っ込んでいたドラグは、地面にツノが触れるほどの勢いで頭を下げた。
「ごめん……! またキミを1人で行かせて」
「いえ……」
正直、竜の巣までついてきてくれただけでもドラグは成長したと思う。それに比べて私は――「あなたたちが頼りないから」――ゲルダの嘲笑が頭から離れない。
「……行こうか。ここ、人間には寒いと思うし」
前を歩くドラグに手を引かれながらも、ゲルダの言葉を頭の中で繰り返していると。元の世界でのことを、ふと思い出してしまった。
「……そっか。前は本当に、ゲームだったんだ」
以前はシオンに、多くの種族を住まわせて土地を発展させることだけを楽しんでいた――前はそれで良かった。しかし「ただのゲームだから」という言い訳は、この現実では通じない。
「……ドラグ様。私のやっていることって、間違っているのでしょうか?」
頼りない、領主代理の資格はない――投げかけられた言葉が頭を占め、もう自分では分からなくなってしまった。
「ロードンたちに対抗するためギルドを創ったのも、シオンのインフラを整備しようと博士に手をお貸ししたのも、全部……間違いだったのでしょうか」
立ち止まったものの、ドラグは振り返らない。締め付けられる胸を抑え、ただ地面を見つめていると。
「エメルレッテさんが竜の巣に来て、最初に言ったこと……あれが答えなんじゃないかな?」
最初に言ったこと――視線を落としたまま考えていると。黒い鱗の生えた手が、そっと目の前に差し出された。
「『シオンのみんなが幸せになれる領地作りが、私たちの使命』――そう言ってくれたよね」
「あ……」
見失いかけていた。自分はちゃんと、それを言葉にしていたというのに――差し出された手を全力で握り、揺るぎない光の宿る金の瞳を見つめた。
「私やっぱり、ドラグ様のおかげで前へ進めているのですね……ありがとうございます」
「うん」と小さく微笑んだドラグに背を向け、少し遠くに見える鉱山を見据えた。
「さて、博士たちのところへ戻りましょう! ブラックの行方も気になるところで――」
突然、身体が宙に浮く感覚がしたかと思うと。かすかに甘く、少し焦げたような匂いが胸いっぱいに広がった。
「えっ……?」
抱きしめられている――そう自覚した瞬間、背中に回る腕により力がこもった。
「けっ、契約違反です! スキンシップ過剰ですわ!」
「『移動のためのやむを得ない接触です』……だっけ?」
聞き覚えがあると思えば。鉱山へ登る前に、自分がドラグに向けて放ったセリフではないか。
素直にも激しい鼓動を打つ胸を押さえ、「もう好きにしてくださいませ」とドラグの肩にしがみついた。
「……うん、ありがとう。もう一度こうしたいなって、思ってたんだ」
そんなに満足そうな微笑みを見せられては、嫌と言えない。
なぜ自分が「エメルレッテ」であり「匡花」ではないのか――抑えようとすればするほど、悔しさが膨らんでいく。
そのままドラグに抱えられ、クリスタル族の待つ始祖の洞窟へ戻ると。
「あれは……?」
色とりどりのクリスタルたちに囲まれているのは、実験直後から姿が見えなかったブラックだ。
『やっと帰ったか、領主代理』
「パープル博士? あの……ブラックさんがお戻りになったのですね」
目を丸くしたドラグと顔を見合わせていると、博士は「当然だ」とはっきり口にした。
「この非常時に現場監督がいないのでは話にならん……が、時には彼女にも休息も必要だ」
なんとブラックは、疲れて居住窟へ休みに行っていたというのだ。
「そう、だったのですね」
「エメルレッテさん……」
ドラグもどこか釈然としないのだろう。しかしクリスタルたちは、博士を含め誰も彼女の言葉を疑うものはいない。
そもそも疑う必要はないはずだ――竜の巣へ向かう前に彼らが主張した通り、ブラックが結晶石を盗む動機もなければ、ものの数分で大量の石を運び出す手段もない。
「でも私……見てしまったのです。彼女の能力」
ブラックを鑑定た時のことを思い返すと、今になってようやくハッキリした。あれは【擬態】――かすれた文字でも、そう書かれていたのは確かだ。
「【擬態】……それが彼女の能力? でも他のクリスタルたちは」
「ええ、全員魔法に関するものです。しかも彼女は、この能力を隠そうとしました」
他のクリスタルたちには知り得ない、彼女の能力。結晶石がなくなったことと、まったく無関係とは思えない――何となくだが。
直接ブラックと話したいが、他のクリスタルたちが囲んでいて近づけない。私が一度彼女を疑ったせいで、警戒しているのだろう。
「あのー、博士。ブラックさんって何歳くらいの方なのですか? それと、いつから現場監督をしていらっしゃるの?」
代わりに博士へブラックのことを尋ねると。『随分とおかしなことを聞くな』、と彼は紫色の光を点滅させた。
『我輩よりは年下だが、あの形になってもう300年は経つのではないか?』
「300年……」
さすがは始祖から切り出されて生まれるというクリスタル族、年季が違う。
『しかし現場監督になったのは、ここ最近のことだな』
「えっ! その辺り、詳しくお願いします」
ブラックは爆発する魔法で洞窟を掘り進める以外、特に目立った仕事はしていなかった。しかしここ最近になって、突然現場を指揮する力に目覚め、クリスタルたちの信頼を勝ち取っていったという。
「何かこう……性格まで変わったようなことは?」
『我輩は他の連中から孤立していたからな。あまり関わったことはなかったが、そういえば』
ブラックが監督になってからというものの、博士の研究を巡って対立することが増えたという。
確かここを最初に訪れたときも、博士とブラックは険悪な雰囲気だった。
「ブラックの変化……」
『領主ダイリさん、ちょっといいかなぁ?』
博士との間に割り込んできたのは、少し小ぶりな緑のクリスタル――最初に結晶石がなくなっていると報告に来たグリーンだ。周囲から離れたがるグリーンに続き、控えめに輝く始祖の前まで移動すると。
『ブラックのことなんだけどね。みんなには言えなくて』
再び隣のドラグと顔を合わせていると。グリーンは『ブラックが始祖の洞窟から出てきた』、とこぼした。
『ほら、みんなはブラックを信じてるし。彼女が嘘をついてるなんて、信じないからさ』
「……話してくださって、ありがとうございました」
「疲れて居住窟へ休みに行っていた」――たしかに博士はそう言っていた。
相変わらず、ブラックが盗難事件に関わっている決定的な証拠はない。それでも、この違和感は見逃せない――。
「ドラグ様。私、少々賭けに出てみようかと」
「賭けって……?」
ブラックの違和感を確信に変えるには、強引にでもカマをかけるしかない。その方法をドラグへ説明すると。
「そんなのダメに決まってるでしょ……!」
「このままでは白黒はっきりつきませんから。以前ドラグ様おっしゃっていたでしょう? 『相手が隠そうとしてると力は弾かれる』って」
「ダメ」を繰り返すドラグに微笑み、クリスタルたちに囲まれるブラックへと近づいた。
「ブラックさん、少々お話、よろしいでしょうか?」
地上と繋がる始祖の間からひとつ階段を降り、結晶石を保管する小さな洞窟で、ブラックと2人きりになった。ブラックは魔法の光を放つ巨大な道具箱を前に、こちらへ背を向けている。
『それで、話しってナニ』
「ブラックさんは以前、こうおっしゃいました……『パープル博士の研究は成功するか分からない。だったら今のままが1番』と」
しかし研究が成功した今、これからは博士の新エネルギー研究に協力してくれるのか――そう問いかけると、ブラックはぼんやりと赤黒い光を灯した。
『……あの研究は、都合が悪イ』
相変わらず彼女はこちらを向こうとしないが、怒りを示す赤い光は強くなっている。
「新エネルギーを利用して、シオン領がすべての種にとって住みよい場所にしていきたい――領主代理として、私はそのように考えております」
パープル博士をはじめ、クリスタル族も根底にある思いは一緒。「暮らしを良くしたい」というものではないのか――そう訴えると、クリスタルボディの光の点滅が速くなった。
だいぶ苛立っているようだ。
「従来のやり方にこだわりがあり、新エネルギーを信じられない気持ちは分かります。ですが他の皆さんが協力的になってくださったのに、貴女だけが頑なに拒むというのは……何か隠したいことでも?」
『信じるとか信じないとか、そういう問題じゃなイ。隠してもいなイ!』
こちらを振り返ったボディの赤い点滅が、最速に達した瞬間――今度は発動した。じんわりと熱くなる右目に意識を集中させると。
「【擬態】……やっぱり!」
その他に1つ、かすれた文字が見えたが。鑑定られていることに気づいたブラックが点滅を止めると、何も見えなくなってしまった。
やはり相手が意識して閉じている時には見えないが、気を逸らせばかすかに見ることができた。
『……また、勝手にミたノ?』
「ええ。隠されると見たくなってしまう性分ですの」
能力を隠していたことやグリーンの証言から、ブラックが怪しいことには違いない。
「そんなに『隠したいこと』に塗れていたら、結晶石の盗難に貴女が関わっている……そう疑われても仕方ないと思いませんこと?」
すっかり沈黙したブラックの身体が、一瞬揺らいで見えた。
眼力を使い過ぎたせいか――いや、違う。左目でも、彼女のクリスタルボディから人型に近い女性の影が透けて見える。
『想いは同じ? ふふっ……笑っちゃうねぇ』
ブラックの少したどたどしい口調が一変。皮肉を込めた低い声が響くようになった。
力を弾かれた右目だけではない。この場の空気に触れる全身が、小さな棘に刺されているかのような痛みを感じる。
『エネルギーの新旧とか、クリスタル族の問題とか、シオンの未来とか……そんなのどうでも良いんだよ。ボクの仕事は、ただ集めるだけなんだから』
「貴女はいったい――」
背後の巨大な道具箱の鍵を、ブラックがひと撫ですると。中から飛び出した黒い塊が宙を舞い、階段へと繋がる道を塞ぐように降り立った。
「黒い巨大な結晶……?」
『う……うう……』
出入り口に詰まっている、黒い結晶から女性の声がする。よく見るとブラックと似ているが――まさか先ほどまで話していたブラックは偽物で、こちらが本物だったというのか。
『あ、あぶ、ない……!』
本物らしきブラックの声に続き、背後に轟音が鳴り渡った。振り返った先にブラックの姿はない。代わりに洪水のような水がこちら目がけて押し寄せていた。
「えっ……!?」
どこから流れてきているのか分からない水が、腰の高さにまで達している。本物のブラックが詰まっている場所以外に出口を探すも、どこにも見当たらない。
「まずい、このままだと……」
水かさがさらに増え、ついに身体が浮かびはじめた。天井はもうすぐそこ――傍らに立つ黒い死神の影を見るのは、この世界に来てもう何度目だろうか。
『あ、な、た……だい、じょうぶ?』
肩に触れているのは、黒い死神――ではなく黒いクリスタルだった。いつの間にか、彼女のそばまで流されていたらしい。
「ゴボッ……! 【くろまほう】……」
息が吸える空間も残りわずかというところで、本物のブラックを見下ろすと。【黒魔法・レベル56】の表示が浮かんでいる。
「くろ、まほ……なっ、何か、そうだ……! 爆発!」
『ばくはつ……? わ、かったわ……やって、みる』
言葉が切れると同時に波が立ち、水飛沫が弾けた――が、ここが水の中ということを失念していた。厚い岩壁を砕くほどの威力は出なかったのだ。
『ご、ごめんなさ……もう、集中が……途切れて』
クリスタルたちは常に小さな光をボディへ宿しているが、彼女からはそれすらも消えかけている。あの様子では、もう魔法を使う余裕もないだろう。
間もなく全身が水に沈み、口からこぼれる泡が弾けた。
もう、どうすることもできないのか――暗い水の中。徐々に狭まる視界に最後映ったのは、こちらへ近づく金色の光だった。
次回:「フィクションの世界ではお約束の展開だが、現実だととてつもなく気まずいアレ」に、エメルはどう対処するのか…?




