表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/102

20話 容疑者D

『加工した結晶石がぜんぶ消えてるんだ!』


 赤い光が点滅するグリーンの報告を受け、彼らクリスタル族が結晶石を貯めている洞窟――始祖の間の奥にあるの小部屋へ向かうと。


『……確かになくなっているな』


 パープル博士の言葉を皮切りに、色とりどりのクリスタルたちは次々と落胆や驚愕を紡ぎはじめた。彼らが何日もかけて貯めた商品を持ち去られたのだから、この騒ぎも仕方がない。


「僕が元の姿で寝てた部屋……確かに今朝までは、大量の結晶石が積んであったよ」


 石は出荷直前まで丁寧に加工されたものだった――ドラグは首を傾げている。やはりあの量の石を持ち去る方法が謎なのだろう。

 ドラグが始祖のにいる私に気づいて出てきてくれたのが、正午前。実験が終了したのは、おそらく正午過ぎ。その間1時間もあっただろうか。

 

「実験終了直後に黒のクリスタル……ブラックが消えましたが。どなたかブラックの行方を存じている方はいらっしゃいませんか?」


 混乱の声に負けないよう、疑問を響かせると。波を打ったように静まったクリスタルたちは、口々に彼女を庇いはじめた。


『ブラックを疑っているの? どうして採掘場の現場監督が、石を盗む必要があるのさ』

『何より彼女はクリスタル族だ! 仲間だぞ?』


 クリスタルたちの主張はもっともだ。

 先ほどから考え込んでいる隣の夫を見上げると、「でも」とこちらにしか聞こえないよう呟いた。


「犯人は、大量の結晶石を盗んでどうするつもりなんだろう……」

「たしかに、その通りですわね」


 目的が分かれば犯人像は見えてくる。結晶石を売ってお金にするつもりなのか、はたまた自分の商売に利用するつもりなのか――もし仮に挙動の怪しかったブラックが持ち出したとしたら、何に使う気なのだろう。

 頭を捻りすぎて、後ろに倒れそうなほどのけ反っていると。


「あっ、危ない……!」


 突然ドラグに身体を倒され、何事かと思えば。こんな洞窟の中に、見覚えのあり過ぎる炎の矢が刺さっていた。


「これは監査官の……?」

「もうっ! 毎回毎回どこにいるのです!?」


 自分の怒声が響き渡っただけで、誰の返事もない。ここまでくると、あの「チビどら」に四六時中付けられているのではないかと疑ってしまう。


「まったく、今回は何の用ですの?」


 いかにも渋々といった風に、炎の消えた矢から手紙をとると。

 

 新エネルギー実験の成功:プラス10点

 結晶石盗難事件:マイナス20点

 現在の評価:0点

 

「ゼロ……って」


 唇を震わせるドラグを見上げたまま、声が出なくなった。

 まさか、なけなしの10点がとうとうゼロになるとは――。


「『ひとつのことに集中し過ぎず、より広い視野で領内を視ること』……」

 

 今回ばかりは、文句の言いようがない。領地査定の点数を上げようと躍起になって、新エネルギー実験にばかり精を出していたことは事実だ。


「……このままだとウチ、国に領地を没収されるってこと?」


 あまりの衝撃に、返事ができないでいると。ふと、好意も敵意もない視線が頬に刺さるのを感じた。


「……あれは?」

 

 岩場の影に見えるのは、ドラゴン特有のねじれた青いツノ。忍び足で近づいていくと、七色に輝く始祖を見上げる、細身の竜人が立っていた。


「ボロネロ……どうしてここに?」

 

 ドラグの問いかけにも、ボロネロは振り向かない。ドラグの前妻であるゲルダの現夫、という複雑な立場にある彼が、なぜこんなところにいるのか――ようやく翡翠色の瞳をこちらへ向けたボロネロは、「あっ」と声を上げて洞窟から逃げ去った。


「待ちなさい!」

 

 足の速いボロネロには、さすがのドラグも追いつかない――が。相変わらずの彼は、博士のヘンテコ実験器具に見惚れ、テントの前で足を止めていた。


「さっ、さぁ、説明していただきますわよ。どうして貴方がここに?」


 息を切らしながら尋ねると、ボロネロは涼しい顔でこちらを振り向いた。

 

「機械、面白い。後妻、見て」

「……はぁ。どうせゲルダの命令で、私たちを見張っていたのでしょう?」


 先日ノームの攻撃でロードンが傷を負ったこともあり、ただでは済まない様子だったゲルダ――きっと自分たちの動向を、ボロネロに見張らせているに違いない。


「もしかして、結晶石を盗んだのはあなたたち?」


 シンシアのブナ・カフェで孫娘を人質に取り、脅迫を行っていた彼らのことだ。また集金と称して、強引な手段をとっているかもしれない。それに飛行できる竜たちならば、短時間で結晶石を持ち去ることも不可能ではないだろう。

 しかしボロネロはいつもの調子のまま、「分からない」と即答した。


「やっぱり、後妻小さい」


 本当に彼の脳内はどうなっているのか――私の頭が自分の胸あたりに来ることを手で測って確かめ、深青の瞳をかすかに細めた。


「ぐっ……!」

 

 ボロネロが推しではなくて助かった。

 もし彼のファンがこの稀に見る笑顔を至近距離で目撃していたら、心肺停止は免れなかっただろう。


「あっ、あんまり近寄らないで……」

 

 こちらを隠すように前へ進み出たドラグの表情は、ゲルダやロードンを前にした時と違う。明らかな敵意を向けてくるわけでもないボロネロに対しては、恐怖心がないのだろうか――2人は真っ直ぐに視線を交わしている。


「ゲルダの考えてること、確かめたいなら来る?」


 ボロネロに案内され、たどり着いたのは竜人族が本来暮らしていた灰色の崖地――竜の巣だ。途中まで「危険すぎる」とかなり渋っていたドラグも、ここまで来て諦めたらしい。


「し、シオンには大きく分けて4つのエリアがある……って話したっけ?」


 各地の名前から地形的特徴まで当然把握している――とはいえない。「いえ、まだです」と微笑めば、ドラグは気を紛らわすかのように解説してくれた。ここは竜族だけが住む崖地帯だと。

 まだこんなにも竜が残っているのか――ドラグが竜の姿になった時ほどの大きさはないが、数多くの竜が切り立つ崖の周りを飛び交っている。


「はぐれたら、人間はうっかり捕食されそうですわね」

「はっ、はは……まさか」

 

 黙々と進むボロネロに続いていなければ、この恐ろしくも壮大な光景に足を止めていたところだ。

 金色の瞳を鋭く光らせる竜たちを眺めていると、こちらへ何体かの小さな竜が飛来した。


『見ろよお前ら、「坊ちゃん」だ』

『引きこもりの臆病竜か。小さな番も一緒だよ』


 ドラグは必死に顔を隠しているが、彼らは次から次へと集まってくる。


「何ですの? この失礼な方たちは」

「親父殿の代でグロウサリア家に仕えてた竜たち……僕の代になった途端、見捨てられたんだ」


 ドラグの尻尾が震えている。そんな辛い過去を自ら話すのに、どれほどの勇気を振り絞ってくれたことか――本当はこの地へ足を踏み入れるのだって、相当な覚悟をしてくれたはずだ。


「行きましょう。『力がすべて』のシオン領は過去のお話ですから」


 家を出た竜たちが、どれほどドラグを罵ろうと関係ない。さっさとボロネロの後へ続こうとすると。


『無用な文明により衰退した地が、お前のような脆弱な血族を生み出したのだ!』


 それはドラグのことを言っているのか――これ以上は無視できない。

 委縮するドラグの前へ進み出ると。こちらを睨む無数の金色の瞳を真っ直ぐに見つめ返し、深く息を吸い込んだ。


「『シオンのみんなが幸せになれる領地作り』――それこそが私たち領主家の使命です」


 見ているだけで何もしないくせに文句を言うな――と、最後の言葉は何とか飲み込んだ。

 やっとすべての竜が口を噤んだところで踵を返し、振り返らずに立ち止まっているボロネロへ駆け寄った。


「……後妻、ゲルダに似てる」

「はぁ!?」


 ボロネロの聞き捨てならない言葉に、思わず素が飛び出てしまった。慌ててお嬢様口調を取り繕いつつ、「なぜですの?」と訊ねると。


「血気盛ん」


 その一言だけを返すと、ボロネロは灰色の坂を登っていく。隣でクスッと笑い声を上げたドラグの脇腹に小さく肘を入れ、先を進む青いツノの竜に続いた。


「ここ、ノクサリア家の屋敷……人の姿専用の家。雨の時、怪我した時にみんないる」


 崖の途中に切り取られた洞窟を見上げると。ぽっかり空いた洞窟の中に、どこからか運んできてそのままはめ込んだかのような屋敷が建っている。


「ロードン、ゲルダの手当受けてる……」


 ロードンをノーム族が撃退してから2日――傷はまだ塞がっていないらしい。おそらくロードンは殺気立っているだろう。そしてゲルダも。


「……エメルレッテさん、やっぱり行くのやめようよ」


 ドラグも同じことを懸念しているに違いない。それでも、結晶石の件については確かめなければ。

 ボロネロに通されたのは、紫とピンクを基調とした部屋だった。きっと、ソファで優雅に紅茶を嗜む彼女の趣味だろう――文字通り燃える赤髪の竜は、「あら」とティーカップを置いた。


「……昨晩は10時前に寝たの? お肌の調子()絶好調みたいねぇ、後妻さん」


 相変わらずの肌質チェック――ギルド創設パーティーの時の殺気が嘘のように消えている。しかしここは敵地のど真ん中。いつもの調子で「あら前妻さん」と煽る気にならない。


「……お邪魔いたします」

 

 試しに【能力鑑定】を発動させ、ゲルダを鑑定()てみたが。やはりこの力にはなんらかの制約があるのか、例の世界観を壊す表示は現れない。


「小人さんたちを連れてこなかったのは良い判断ね」


 もしロードンと彼女たちノームが顔を合わせれば、今度こそロードンが本気の姿になってしまう――ゲルダは感情を削ぎ落した声でそう語った。


「でも、まさか引きこもりが竜の巣(ここ)まで来られるなんてね。後妻さんの影響力、ちょっと舐めていたわ」


 そうは言っても、ドラグは相変わらずだ。部屋に入れず、扉の隙間からこちらを覗いている。


「それで? ウチのおとぼけさんは、どうしてゾロゾロ引き連れて来ちゃったの?」

「ボロネロに監視をさせていたのは貴女でしょう。もしかすると、結晶石の行方を知っているのも貴女たちなのではなくて?」


「結晶石?」と訊き返すゲルダに、クリスタル族の結晶石が盗まれたことを話すと。


「盗難って……アハハハハ!」

「なっ、笑い事ではありません!」

「あなたたちが頼りないから、盗難事件なんて起きるのよ」


 ゲルダの強く燃え盛る瞳に睨まれ、何も言い返すことができなかった。事件現場のすぐそばにいながら、異変に気づかなかった私に反論する資格はない。


「本家の腰抜けが引きこもっていた5年間、誰がシオンを守っていたかご存知?」


 ロードンが睨みを利かせていたおかげで、他領から攻められることはなかった。またゲルダがカリスマ的スーパーモデルとなって多民族を統制していたおかげで、事件や反発も起きなかった――詳細はさておき、「何も起こらなかった」というのは認めざるを得ない。


「発展だなんだって騒いでいるけれど。『シオンを守る』っていう最低限のお仕事すらできないあなたには、やっぱり領主代理の資格なんか無いわ」


 チンピラロードンに対処するだけでなく、治安を保つためにもギルドは必要だった。それに「発展」がプラスの要素だけを生むとは考えていない。そう、分かっているはずなのに――返す言葉が見つからない。

 実際に、事件は起きてしまったのだから。


「とにかく、盗人なんてとんだ言いがかりよ。ロードンが気づく前にお帰りなさい」

「……お邪魔、いたしました」


 おそらくゲルダたちは犯人ではない――彼女たちはただ私たちの邪魔をする小物ではなく、やり方は違えど、シオンを守ろうとしていると分かってしまった。


「……最後にひとつだけ忠告してあげる」


 重い足を止め、振り返ると。ゲルダは紫の壁を見つめたまま、小さな赤い炎を吐き出した。


「その七色の瞳、とっても美しいわぁ。くり抜いて、そこの壁に飾りたいくらい」


 冗談とも言い切れない調子に、思わず右目を隠すと。ゲルダは「でも」、と強い語気で続ける。


()()を過信しすぎて、本質を見失っちゃダメよ。あなたの憎らしいほどキラキラしてた、元のお目々も忘れないことね」

「それは……」


 ゲルダの口ぶりは、まるでこの眼の力が分かっているかのようだ。

 ドクンと疼く右目を押さえ、その真意について訊ねようと、口を開いた瞬間。


「はい、サービスタイムはここまで」


「早く出て行ってよ」、と吠えるゲルダのティーカップにヒビが入ったところで、紫とピンクのギラついた部屋を後にした。

次回:落ち込むエメルを支えるのは…そして結晶石を盗んだ真犯人と、ついに対面?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ