17話 メタ仮面あらわる
『幻想国家シビュラ』の顔出しNGプロデューサーがつけていた、『ちびドラ』の面――元の世界の町中で一般人が付けていたら、間違いなく変態扱いしただろう。
「あれ? 今、監査官って……」
「ええ! 初めまして、『領主代理』のエメルレッテ様」
つまりあの炎の矢文は、この変人――もといちびドラが送り続けていたということか。
監査官は皺ひとつないスーツの内ポケットから、アンティーク調の双眼鏡を取り出した。
「どうやら私の評価基準に疑問がおありのようでしたので、ご挨拶がてら説明に参ったしだいでして」
双眼鏡を覗くよう促す監査官を、一度見上げたところ。ちびドラの深淵のような瞳から、強い視線を感じた。
「そんなに警戒せずとも、何も致しませんよ! はい、どうぞ」
「……何を見ろとおっしゃるのですか?」
「ご覧になればわかりますとも」
いかにも渋々、といった調子で双眼鏡を覗くと――麓の町の様子が、大通りを行く種族の表情までよく見える。しかも双眼鏡に触れていると、勝手に声が流れ込んできた。
『ユー、新しいギルド、もう行った?』
『おう! 巣の近くの森を荒らす害獣の退治依頼、出してきたぜ』
道端で、スライム同士が立ち話(?)をしている。数日前に落成した、ブナ・カフェ&ギルドについて話しているようだ。
『この田舎領も便利になったもんだなぁ』
『ミーも、巣の周りの掃除依頼、募集してみる!』
ロードンたちニセ領主に対抗するため創ったギルドが、領民のために機能している――自然と頬が綻んでしまう。
ゲームでは、開発を進めてもトロフィーが回収できるだけだった。こうして実際に領民から反応がもらえるのは、素直に嬉しい。
「いかがです? 貴女の行いが領民にとってどのように映っているのか……それをこうして聞き取った上で、監査官は評価を下しているのです」
「気まぐれではなかったのですね」
しかし先ほど送られてきた評価の項目、「領主夫妻のケンカ:プラス3点」だけは意味が分からない。客観的に見てマイナスならまだしも、なぜプラスなのか。
「それは……おや、あなたへの批判も集まっているようですね」
「えっ!?」
批判は怖い――が、耳当たりの良い言葉だけでは前に進めない。
手袋越しの指先を追って、双眼鏡を覗き込むと。見たことのある珊瑚色の髪のエルフが、魚を売るセイレーンの老人と立ち話をしていた。
「あのメルルレッテルさんと言ったかな? 異種族同士を団結させ、領内を建て直す様は大したものじゃ」
「エメルレッテルですよ、ご老人。それにしてもアイツ……私との約束を忘れたわけではないだろうな?」
約束――シスコンエルフ、ナノの低い声に、ふとひと月前の出来事を思い出した。そういえば、屋敷へクレームを入れにきた彼に、「森を再生させるためノーム族を公費で雇う」と約束していたのだった。
「やっば、忘れてた」
そろそろ対処しなければ、不幸なイベント――「ナノ屋敷凸」2回目が発生してしまう。今はもちろん、クリスタル族のエネルギー問題が先なのだが。
「おやおや、あちらもご覧ください。面白いことに、あなたのことを『怖い』と思っている領民もいますよ」
「えっ……?」
監査官の指摘に、慌てて双眼鏡を動かすと。彼の指先が示すところには、買い物途中のショタじじ吸血鬼と、青果を売るノームの姿があった。
『我が家の領主代理殿は、今度は領内のインフラ問題に着手しておられるそうじゃ』
『いんふら……? なんかすごそうだけど、それ大丈夫なの? シオンの中が急いで変わっていってる気がして、あたしゃ怖いよ』
何かを変えようとする人間への恐れ――これまで、考えたこともなかった。発展を喜ぶ者もいれば、変わることを恐れる者もいるのだと。
双眼鏡からそっと目を離し、自分の目でシオンの町を見下ろした。
「……私のしてることって、この世界にとって良いことなのかな?」
聞こえないよう呟いたつもりだったのに、監査官は「さて」と首を傾げた。
「それはこれからの貴女の働きを見て、シオン領にお住まいの皆様がお決めになることです」
「監査官さん……」
ダメだ。彼の顔に張り付いている『ちびドラ』のせいで、何を言われても頭に入ってこない。
「ですが、『これまでにないほど未来に希望を持てるようになった』――そういった声が上がり始めていることもまた事実」
真っ直ぐに歩いていく監査官は、崖の淵でこちらを振り返った。
「少なくとも、私個人は貴女に期待しておりますよ」
「え……?」
なぜ今日初めて会う監査官が、個人的に期待を寄せてくれているのか。そのわけを尋ねる間もなく、彼は果てしない青空と向かい合った。
「そろそろ宿の昼食……いえ、次の仕事がありますので失礼いたします」
「あっ……!」
何でもないことのように飛び降りた監査官の背中へ、とっさに手を伸ばしたものの――彼の姿は、崖の下にも空にもない。突然の出来事に、ドラグがここから飛び立つ時の映像がフラッシュバックした。
「大丈夫……なんだよね?」
おそらく彼も人間ではないのだろう。無事を祈りつつ、つい思い出した夫の顔を思い浮かべた。
「……ドラグ、どうしてるかな」
『貴方が引きこもっていたせいで資金不足になってしまったのでしょう?』――自分がここで発した心ない言葉に、胸の奥が疼く。
しかし領主代理として、私情を優先させるわけにはいかない。今は、博士の研究がどうしたら成功するのかを考えなければ。
「でも『ちびドラ』は気になって仕方ないな……ねぇ時渡人さん、教えてよ! ここは『シビュラ』と似た世界ってだけで、現実なんでしょ!?」
なぜここに来て、元の世界を思い出させるような物が登場したのか――「出てこないと崖から飛び降りる」、と片足を宙へ踏み出した、その時。辺りが眩い光に包まれ、鳥のさえずりや風の音が消えた。
「……来た」
『まったく――当分は眠っているつもりだったのですが』
光を塗りつぶす闇の中、浮かび上がったのは純白のベール――そして薔薇の刺繍のウェディングドレス。顔のない花嫁だが、その声色から不服そうな様子が伝わってくる。
「久しぶり。やっと出てきましたね」
『こうして其方と言の葉を交わすのにも、魔力を食うのです』
いざという時のために残しているのだから無用に呼び出すな――怒りのにじむ荘厳な声に、思わず首を傾げた。
『あなたって私の中で眠ってるの?」
『……ええ。其方を「真の役割」へ導くため、私の魂は其方と共にあります』
魂。すると彼女の正体は神様的なものではなく、もしかすると霊的な存在なのだろうか――考える間を与えさせないかのように、時渡人は『真の役割』という言葉をもう一度強調した。
「役割って、私はシオン領を建て直すためにここに呼ばれたのでは?」
荘厳な鐘の音とともに、時渡人は『いいえ』と低く言い放った。
「えっ? だって最初に『其方がこの地を救うのです――』みたいな話してたのに!」
では時渡人は、何のために私の魂をこの世界へ運んだのか――答える前に、彼女は両手に持つ黒のダリアのブーケを強く抱きしめた。
『そろそろ対話のために割くリソースが限界です。迷える結晶たちのため、今其方がすべきことは、彼らを正しく導くための「力を見抜く力」を会得すること――』
「えっ? ちょっと待って……なんて?」
『元の世界では疎まれることもあった、他者の才を見抜く力――次は正しく使い時を見極めるのです』
1番聞きたかったこと――ちびドラの面について聞くことができないまま、辺りが再び光に包まれた。周囲の景色が元の崖へ戻る頃には、顔のない花嫁の姿はどこにもなくなっている。
「ちびドラ……はともかく。「力を見抜く力」って、なに?」
転生直前の記憶を辿っても、嫌なことしか思い浮かばない。
『「あなたはこれが向いてる」とか言ってくるんだけど、こっちの気持ちはどうでもいいのかって』――誰かの言葉が頭に響いた。
「でも『力を見抜く力』があれば、クリスタル族のエネルギー問題は解決できるってこと?」
いくらこの世界が魔法や幻想種にあふれているといっても、自分は人間に転生した。その事実は変えようがない。今更そんな能力が開花する兆しはないが――頭が混乱してきた。
「ダメだ……いったん全部考えるのやめよう」
天幕の下、いまだ微動だにしていないパープル博士を横目に、洞窟の入り口へと向かった。
「……お邪魔します」
震える声を抑え、始祖の洞窟を訪れると。そこにはクリスタルボディの一色も見当たらなかった。
実験に参加したクリスタルたちは居住窟で休憩しているのか、真昼間だというのに誰もいない。始祖の七色の輝きに照らされているのは、今ひとり――そう実感した途端、涙が流れてきた。
実験の失敗に続き、監査官の評価に時渡人の言葉と、もう頭がいっぱいいっぱいだ。
たとえ「押し付け」と蔑まれようと、まだ元の世界の方が「チームメンバーの個性を活かせるリーダー」としてうまくやれていた――焦って空回りしていた彼も、こんな気持ちだったのだろうか。
「君が一緒にいるから、僕は今やっとこうして外に出られてる」――そう彼は言っていたが、それはこちらも同じだったのだ。知らない世界で1人きりの私に彼が寄り添ってくれたおかげで、自分よりも強い者に立ち向かったり、少しの無茶を押し通したりすることができた。
なのに、私は――。
「ドラグ……」
領主代理としてではなく「私」として1番心に引っかかっていたのは、領の評価でも時渡人の言葉でもない。何より、彼が今隣にいないという事実に涙が止まらなくなる。
「……ごめんなさい」
誰にも届かないつぶやきが、始祖の巨大な身体に反響した直後。
「うん」
かすかな声を振り返ろうとすると。力の抜けた身体が、そっと引き寄せられた。
暖かい――ほんのり甘い匂いがする、自分よりもずっと大きな身体に抱きしめられている。状況が飲み込めないまま顔を上げると、今にも泣きそうな笑顔がこちらを照らしていた。
「……ドラグ、様?」
次回:気弱な夫竜の過去とは…?




