16話 元OLの全力プレゼン
パープル博士に叱られるまで、徹夜覚悟でまとめたプレゼン資料。それを朝一番に博士へ手渡すと、彼は素早く目を通しつつも、1ページずつ確認をしてくれた。
「『魔性ツリーを利用した新エネルギー開発』は、もはや博士だけの研究ではありません。シオンの未来に繋がる希望なのです」
もしこの研究が成功すれば、魔力の有無に関係なく、すべての領民――いや、シビュラ中の種族が電気や水道、ガスといった生活インフラの恩恵を受けられる。文明の歩みが数歩進むほどの大業だ。
『……ふん』
「どうか他のクリスタル族にも、この価値を知ってもらえるよう協力させてください!」
そうすれば始祖を切り売りするという、その場しのぎの商売をやめてくれるはず――最初から最後まで沈黙していた博士を、期待を込めて見つめると。
『炭鉱夫のプライドが高い連中を、貴様が説得できるとは思わない……が、素人にも分かるこの資料は悪くない。やってみろ』
「はい! 任せてくださいませ」
元の世界で、ある程度の企画をリーダーとしてこなしてきた経験を、惜しみなく注ぎ込んだプレゼン資料だ。こちらとしては、大船に乗ったつもりでいて欲しいのだが――博士はまだ何か言いたげに、紫の光をぼんやりと発している。
『しかし連中には、言葉やデータでは弱いな。我輩が何年説得しても聞き流してきた連中だ』
「それは……」
想定の範囲内だ。
「もし博士にご納得いただけるのであれば、実際に実験を手伝ってもらうのはいかがでしょうか?」
研究を批判する彼ら自身が、当事者意識を持つように巻き込んでしまえばいい――そう提案すると、博士は赤と青の光を交互に点滅させた。
『……奴らに何をさせる気だ。要のフラスコが砕け散った今、我輩ですら足止めを喰らっているのだぞ?』
「これまでのことを考えれば、いきなり協力はお互いに抵抗があるでしょう。ですがクリスタル族の団結が実験成功の鍵になると、私は信じています」
小さなフラスコや魔性ツリーの枝は、まだ少し残っている。実験の詳細を聞いた限りだと、その2つさえあればエネルギーを発生させること自体はできるはずだ。
「あのフラスコの中の輝きを目にすれば、皆さんに分かっていただけるはずです。貴方の研究がシオンの未来だけでなく、一族の繁栄をもたらすということを」
テント内の器具や資材を振り返った博士から『知らんぞ』、と投げやりな許可を得た。
さっそく始祖の洞窟で働くクリスタルたちに声をかけ、注目を集めていると。
『人間、なに始める気……? みんな忙しいのニ』
現場監督をしている黒いクリスタルが立ちはだかってきたが、そんなことで声かけをやめるわけにはいかない。
「今よりずっと効率よく稼げる上に、貴方たちの大切な方を失わずに済むのです! どうかお聞きになるだけでも……」
始祖への想いはともかく、「もっと稼げる」という部分は彼らに刺さったようだ。ツルハシや三輪車を置いて近づいてくる色とりどりのクリスタルを誘導し、博士の待つテントまで誘導することに成功した――最後尾には、黒いクリスタルもついてきている。
「では皆さんお揃いですので、始めさせていただきます。『効率的な新エネルギーについて』」
資料を博士の魔法で白い岩壁に投影してもらうと、顔のないクリスタルたちが一斉に頭を上げた――やはり『シビュラ』と同じく、彼らの種族柄は「勤勉」だ。目先の商売に囚われてしまうところも同じだが。
「現在、領地のエネルギー源である結晶石は、始祖の身体から切り取ることで成り立っています。しかし、この方法には限界があります」
博士の試算では、この鉱山の結晶石は60年余りで枯れるという。
「ですがご安心を! 博士の研究が成功すれば、結晶石を使わずとも安定したエネルギーを生み出すことができるのです」
物音や呼吸音ひとつない空気に負けないよう、声を張ったのだが――思った通り、現状維持派の反応は冷ややかだ。
『話は分かったが、研究が成功する保証がない』
青いクリスタルの突き放すような言葉に合わせ、黒いクリスタルも『信用できなイ』と同調した。他のクリスタルたちも深く頷いている。
頑固かつ冷淡な態度に心が折れそうになるが、ここまでは想定内。大切なのはここからだ。
「では、実際に博士の研究を体験してみてください。成功するかどうかは試してみないと分かりません。皆さんの協力こそが、成功への鍵なのです!」
静かに聞いてくれていたクリスタルたちは、一斉に博士の方を向いた。本人が「協力させるはずがない」と思っているのだろう。
「……もし研究が失敗してもお前たちの責任にはしない」
博士の言葉が後押しになり、クリスタルたちは渋々ながらも実験への参加に同意した。
良かった――ここまでは順調に進んでいる。
『どうせ失敗すると思うけど、見物させてもらウ』
「それは皆さんの協力しだいですわ」
他のクリスタル族も半信半疑のまま、実験の下準備が始まった。まずは博士の指導の下、実験に使用するサイズに魔性ツリーを加工するところからだ。
『貴様は触るなよ。これは魔族である我々だからこそ、素手で取り扱える代物だからな』
そういえば最初に研究窟を訪れた時――『魔性ツリーの粒子を人間が吸い込めば、意識が混濁することもある』――博士にそう強く注意されたことを思い出した。
初めての作業に戸惑うクリスタルたちを、少し離れたところから言葉でフォローするしかなさそうだ。
『ダメだ! そんなにうまくできないよぉ』
『結晶石を加工できる貴様の方が、こういうものは得意だろうグリーン!』
緑のクリスタルが、資材の削り方について博士からダメ出しをされている。
『あぁ、我輩が一人でやった方が早い! やはり連中は採掘しか能がないのだ』
「まぁまぁ。数をこなす実験ならば尚更、彼らの協力が不可欠ですわ。ここは少し寛大なお心で見守ってさしあげては?」
『しかし……』
博士の気持ちはわかるが、ここで大切なのは「彼らが協力し合って成果を得られること」だ。
『分かった。生まれたばかりの石ころに教えるようなつもりでやる』
ほんの少し態度を軟化させた博士の指導の元、魔性ツリーの加工がなんとか無事終わった。得られる成果の割にシンプルな実験は、もう次のステップで最終段階だ。
「あとは加工したツリーを、フラスコの中で燃やすだけですわね!」
これまでの、博士1人の研究とは違う。クリスタル族が力を合わせて加工した、あの木材を燃やしたら、何が起こるのか――期待の眼差しを博士に注ぐと、不安げに揺れる青い光が点滅した。
「博士……?」
『……そうだな。燃やすだけ、のはずだ』
博士のコアが放つ光は、成功の期待に胸を膨らませる研究者のものではない。
むしろ、何かを恐れているようにさえ見えた――。
『……貴様は「燃やすだけ」、と簡単に言ってくれるがな、それが1番の難題だ。薬液の量や器の強度、炎魔法の加減によりエネルギーが過度に増幅し、爆発を引き起こすからな』
それが昨日の爆発騒ぎに繋がったというわけか。
「器の強度は、そう簡単に上げられないのですが?」
『あの巨大フラスコは、ブルームーン・トロイカのドワーフに頼んだ特注品だ。あれの小型版がいくつか残っているだけだが……はたして増幅する魔力に耐えうるかどうか』
たしかにドワーフの工芸品や鍛冶に対する技術は抜きん出ているが、魔法といえば魔族の専売特許。そして身体が結晶石でできている彼らクリスタル族は、シオンでもトップクラスの魔力を誇るはずだ。それを博士は知らないのか――なぜ自分の魔力で器の強化をしないのだろう。
「そうです! 皆さんで力を合わせれば、きっと器は割れないはず」
さっそく小型フラスコの中に魔性ツリーの加工材を入れ、その周囲にお手伝いのクリスタルを何体か呼び出すことにした。
『ただの炭鉱夫に何をさせようというのだ?』
「まぁ見ていてくださいませ。そちらのボディが赤と黄と白の方々! この器を包み込むように、魔力を放出してくださいませんか?」
パッと見で身体が大きなクリスタルに声をかけたのだが、彼らは不安定な光を灯している。
『俺らはパープルと違って、魔法があんまり得意じゃないぜ』
「ですがモノは試しと言いますし」
クリスタル族は、全員結晶石の塊だ。魔法が得意ではないことなどあるのだろうか――とにかくまずはやってみるべきだ、と彼らにフラスコの周りへ移動してもらうと。赤、黄、白の半透明な腕が、恐る恐るフラスコの周りを囲んだ。
『じゃあやってみるか…………ムンっ』
色とりどりの光を反射するフラスコを、博士もじっと見つめている。この先は彼にも予想がつかないのだろう。
少しずつ、少しずつ光が増幅し、中の資材がオレンジ色に燃えはじめている。息を呑む間に炎がフラスコの中を巡り、直視できないほどの光を放ちはじめた。
「わあっ……!」
『これは……』
『初めて目にする輝き』――隣で立ち尽くす博士は、静かにそうこぼした。半信半疑だったクリスタルたちも、今は全員がフラスコの光に見惚れている。
『すごい! 俺らにこんな力が……』
感動の声を上げる赤いクリスタルが、軽く飛び跳ねたその時――フラスコが弾け、ガラスが溶けるように霧散してしまった。
一瞬のことだった。
「どうして……」
やはり膨大な魔力に耐え切れず、割れてしまったのか。それとも中と外の魔力が釣り合わなかったのか――隣の博士は、割れて半分になったフラスコをまだ見つめている。
『ほら、やっぱりダメだっタ』
低い女性の声が、混乱する頭に突き刺さる。
黒いクリスタルが背を向けると、他のクリスタルたちもそれに続いた。魔力を送ってくれた赤いクリスタルは、『やっぱり俺じゃ無理だったんだ』、とうなだれて出ていった。
「そんな……博士、途中まですごくいい感じでしたよね? ここからまた微調整をしていけば――」
『今は1人にしてくれ』
いつになく力のない声に、それ以上言葉が出てこなかった。
博士のテントにも、クリスタル族の住居窟にも居場所がない。ドラグとのこともあって一度山を降りたいが、ひとりでは降りられない。
「はぁ……どうしよう」
ドラグが飛んで行ってしまった崖から、麓の町を眺めていると。ごうっと鳴る何かが近づいてきた――音の方を向くより早く、目の前を赤い線が通り過ぎていく。
「なっ……!?」
炎の矢文だ。どこからか飛んできて、いつの間にか岩肌に刺さっている。とっさに周囲を見回すが、誰の姿もない。
「いったいどこから……てか、次の査定は3か月後って言ってなかったっけ」
実験の失敗ムードで大変な時に、いったいなにごとか――炎の消えた矢から手紙を外し、薄い紙を破らないよう慎重に開けると。
新エネルギー実験の失敗:マイナス3点
領主夫妻のケンカ:プラス3点
現在の評価:10点
「『プラマイゼロです。監査官』――って、変化なしならわざわざ送ってくるな! それに『領主夫妻のケンカ』って項目なんなの!? プラスだし!」
ひたすら息を切らして暴れた後。風だけがうなる崖に静寂が流れ、虚しさに襲われた。ため息交じりに肩を落とし、破り捨てたい衝動を抑えて手紙を懐にしまう。
「ほんとみんな、何なの……」
行き場のない寂しさと失敗の余韻が重なり、肺が重く感じる――私はどうすれば良かったのか。ただの人間である自分は、実験を眺めていることしかできなかった。
「『周りは人外ばかりで』ついていけない! そのお気持ち、痛いほど身に染みます」
「そうそう……って」
突然の声に崖を振り返ると――岩に寄りかかっていたのは、面をつけた男だった。男の手には、かすかに赤い火花が散っている。
「だっ、だれ……っていうか! それ!」
あの面は見間違えようがない。『幻想国家シビュラ』の顔出しNGプロデューサーが、取材や放送の時につけている面だ。そう気づいた途端、長らく忘れていた元の世界のことが、滝のように頭の中へ流れ込んできた――そうだ、私は本来「別世界の人間」だったのだ。
「ドラグ様をデフォルメした『ちびドラ』の面……なんで?」
人間とほぼ同じ大きさの男は、ふっと笑いをこぼすだけで答えない。「そんなことより」とこちらに向き直り、流れるようにお辞儀をした。
「私この度『神域』より遣わされました、シオン領監査官……そうですね、今は『ちびドラ』とでも申しておきましょうか」
「は……?」
次回:メタな監査官の目的とは…?




