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15話 ぶきようドラゴン

 洞窟中を震わせる轟音に、胸騒ぎがする中。ヘルメットを次々と脱ぎ捨てたクリスタルたちは、水の結晶石を腕からこぼれるほどに抱え走っていく。


「ドラグ様、私たちも!」

「うん……!」


 意外にも素早い彼らの後を追うと。パープル博士の研究窟がある洞窟の穴が、燃え盛る炎で塞がれていた。そんな状況でも、博士は助けに来た他のクリスタルを押し除け、研究器具を運び出している。


『パープルいい加減にしテ……! このままだと崩れるって分かるでショ?』


 水の結晶石から生み出した水で、消化活動を行う黒いクリスタル。彼女の言葉にも耳を傾けず、博士は再び炎の中へ飛び込んでいこうとした――穴の天井部分から、小石がパラパラと崩れ落ちている。


「博士あぶない……!」


 途端に轟音が響き渡り、穴が土石流に塞がれてしまった。幸い片足が埋まっただけの博士は、他のクリスタルたちに引っ張り出されている。


「……はぁ。クリスタルの身体で良かった」

「本当ですわ! なぜあんな無茶を」


 いくら研究のためとはいえ、身体が砕けてしまっては元も子もない。こちらが責めるまでもなく、博士は同族たちに囲まれ追及を受けていた。


『あなたの失敗は、全員を危険にさらすものだっタ。どうしてこんなことになったノ?』


 博士はしばらく無言を貫いた後。小声で『フラスコが割れた』と答えた。


『魔性ツリーを燃やしていた巨大フラスコが、増幅された魔力に耐えられず爆発した。予想よりも莫大なエネルギーが生じたせいだ……あぁ! 50万ソロンもした器具があっさり割れるなど』

「……50万ソロン」


 お金が無駄になったことを嘆く気持ちはよく分かるが、周囲の熱が急速に冷めている。同族を危険に晒したことへの謝罪より、壊れた器具を嘆く彼の姿に、クリスタルたちは背を向けはじめた。


「せめてひとこと謝罪した方が良かったのではなくて?」

『……何だ、まだいたのか貴様ら。どけ! 屋外に助け出した器具を雨曝しにするわけにはいかないからな』


 じきに雨になると予想する博士は、鉱山の外に転がっていたシートを広げ、テントを立て始めた。他のクリスタルは、当然博士に手を貸す様子はない。


「エメルレッテさん……これは博士に恩を売るいい機会なんじゃない?」

「え? ええ、そうですわね」


 ドラグからそういうことを言い出すのは意外だが、たしかにその通りだ。

 博士の持つ天幕を一緒に広げると、博士は『やめろ』と言ってきたが。ただ微笑みながら、テントの設営を最後まで手伝うと。


『手を出すならば、器具の並び替えまでやれ』


 ため息混じりの博士は、元の世界の電柱とよく似たコンクリートの塊を指した。見た目通りの重さがありそうだ。


「僕がやるよ」

「え……では、お願いいたします」


 妙だ。積極的に動いてくれるのは助かるが、いつものドラグならば自ら他と関わろうとはしない。やはり何か焦っている気がする――。


『どれも研究には欠かせない器具だが、割れてしまったフラスコが一番貴重だったのだ……それ、同じのをもう一本運べ』

「分かった……あぁっ!」


 珍しい大声に振り返ると。彼が運んでいた途中の電柱が、真ん中からポッキリと折れていた。


「強く握ったつもりは……ご、ごめんなさい!」

「……それって折れるものなのですか?」


 ドラグは慌ててくっつけようとしているが、どう考えても手遅れだ。


『これだから竜族は……加減ができないにも程があるだろうが! 邪魔をするなら出て行け』


 赤い光を激しく点滅させた博士に押され、テントの中から強制的に追い出されてしまった。

 ここは逆らっても仕方ない。ひとまず博士の視界に入らないよう、麓の町が見渡せる崖の方へ向かった。


「ごめん、僕のせいだ……」

「いいえ。きっとまだ取り返しはつきます」


 うなだれたドラグに向けて微笑むと、曇った金色の瞳がこちらを見上げた。


「でも、すごく怒ってたよ」

「博士のご機嫌を取り戻すには……そうです! 壊れた器具に代わるものを用意できれば、きっと私たちをビジネスパートナーとして認めてくださるはず」


 幸いここに、シンシアから受け取ったばかりの50万ソロンがある。意気揚々と封筒をドラグの目の前に掲げると、彼は頭を抱えて首を振った。


「そんな勿体ないこと駄目だ! 君がせっかく手に入れた地代なんだから……」

「これは未来への投資なのです。意義のあることに使うのですから、後悔はありません」


 博士の研究は、シオンの未来を大きく変える可能性がある。それに監査官の次の査定まで、たった3ヶ月しかない。打てる手は打っておかなければ――それは彼も分かっているはずだ。

 しかしドラグは、顔を上げようとしない。


「……黒いクリスタルも言ってたけど。成功するか分からない研究に、大金を渡すのは無謀じゃないかな」


 無謀――当たり前のように同意してもらえると考えていた頭が、ぎゅっと締め付けられた。


「確かにリスクを考えることも必要ですが、信じることも大切です」

「で、でも。魔性ツリーの魔力を増大させてエネルギーとして使う……とか。前例のない実験がそんなすぐに成功するなんて思えない」


 まったく、監査官の再査定まで時間がないというのに――ドラグはこちらを真っ直ぐ見ようとしない。

 意見してくる割に、その態度はいかがなものか。いつものことと言えばそうなのだが、焦りと苛々が募る。


「今は資金が少ないし、使い道をもっと考えてから……」

「いつまでも考えていたら領地を没収されてしまうのですよ! そもそも貴方が引きこもっていたせいで資金不足になってしまったのでしょう?」


 思わず強くなった言葉が、切れた瞬間――ドラグの目が見開かれ、次いでしゅんと伏せられた。


「あっ……」


 しまった。

 沈黙が耳に痛い。鼓動が頭に響く。

「本当のことを言っただけ」、と反省のない言葉を放ちそうな口を、必死に閉じていると。


「……その通りだ。君が一緒にいるから、僕は今やっとこうして外に出られてる」


 ドラグの尻尾が震え、崖の方を向いている。視線も同じ方向に逃げていった。


「君はシオンに来て間もないのに……ギルドを創ったり、ゲルダたちを追い払ったり、すごいことを成し遂げてる」

「そんな……」


 シンシアにシカク、それに他ならぬドラグの助けがあってこそ、成し遂げられたことだというのに。

 こちらが口を開く間も与えず、ドラグは震える息を呑んだ。


「僕はそんな君に頼り切りの情けない夫だって、分かってるんだ。だから役に立とうと必死で……」


 言葉をかける間もなく、彼はこちらに背を向け、崖の方へと歩き出した。雲ひとつない晴天を背にして、黒い体が揺れる。


「何を……」


 崖の淵から傾いていく背中へ、必死に手を伸ばした瞬間――下から突風が起こり、目の前に黒い巨体が浮上した。


「わっ……」


 青緑の炎を纏う神々しい竜の姿に、一瞬すべてを忘れて見入った。初めて間近で見る、夫の本当の姿――しかし弱々しい光を宿した金色の瞳は、こちらを向いていない。引き留める言葉が出ないうちに、竜は彼方へ飛び去ってしまった。


「ドラグ……」


 引きこもっていた自分を一番責めていたのは、彼自身だというのに――感情のまま責めた後悔で胸が苦しくなる。

 今すぐ帰って謝りたいところだが――。


「……どうやって降りよう」


 上りはドラグが抱えてくれたおかげで、険しい鉱山を登ることができた。

 本当に、1人では何もできないことを痛感する。


『おい』


 鐘の音に似た声を振り返ると。設営を終えたテントを背景に、パープル博士が立っていた。赤い点滅は収まっている。


『代わりの器具を用意できると言っていたが、それは本当か?』

「聞こえていたのですか? この距離で?」


 序盤は、そんなに大きな声で話していた覚えもない。


『あの引きこもり竜の小声はともかく、貴様の声はよく通る。我輩の身体に反響していたぞ』

「そ、そうですか……」


 遠回しに「声がでかい」と言われた気もするが。たしかクリスタル族は、音の波を身体で感じることができたはずだ。


『話を戻すが。もし貴様の「シオンを再興したい」という言葉が嘘偽りないのであれば、援助を受けてやらんでもない』

「ええ。それは勿論、誠の言葉ですわ」


 ただ。みんなに助けられ手に入れた50万ソロンを、本当に私の独断で渡して良いものか。先ほどまでは、自分の判断に迷いはなかったが――ドラグの震える声と暗い金色の瞳が、今も頭から離れない。


『だが先刻も告げた通り、我輩は貴様ら領主家が信じられないのだ』


 それでは、いったいどうすれば出資金を受け取るというのか――同じくらいの背丈の、半透明の頭を見据えると。博士は静かに始祖の眠る鉱山を振り返った。


『我輩は長年ひとりで研究を行ってきた。連中から白い目を向けられながら、それでもこの研究が一族のためになると信じて。ただ……他者を信じる方法が、もう分からんのだ』


 同族たちの働く鉱山を無言で眺める異端の彼――もしかすると彼が本当に望むものは、私では与えられないのかもしれない。実験に必要な器具やお金はもちろんだが、彼の研究を進めるために最も必要なものは――。


「博士。私に、貴方の研究について詳しく教えていただけませんか?」

『なんだと? 貴様のような凡人が我輩の研究パートナーになれるとでも?』

「辛辣……ですけど間違ってはいません。そうではなく、私は私なりのやり方でサポートしたいのです」


 ()()を見届けた上で、出資金を受け取るかどうか判断してほしい――真っ直ぐにそう告げると。


『……良いだろう。何をするつもりかは分からんが、せいぜいやってみるがいい』


 相変わらず偉そうな彼の身体が、青く柔らかい光を放っている。


「では、さっそくお願いいたします!」


 テントに戻ると、博士は研究窟で聞いた内容の復習をしてくれた。


『まず魔性ツリーを細断し、魔法の暴走を抑える特殊な薬液に浸し……先ほどはこの薬液の量を誤ったがために爆発が起きたのだ。そして割れてしまった巨大フラスコ、あれがエネルギーを生むための魔力増強装置で……』


 絶え間ない早口を何とか書き留める間はまだ良かった。説明が終わり、テントの一角を借りて内容をまとめていると――頭から湯気が出そうになってくる。


「もう限界……」


 朝のギルド創設パーティー以来、何も食べていないのだ。空腹と眠気で集中が保たない。


『食え』


 外出していた博士が、突然目の前にカゴを差し出してきた。


「これはフルーツですか?」


 イチゴにキウイ、オレンジ、ビワ――「のようなもの」だが、みずみずしく美味しそうだ。


『じきに日も暮れる。山を降りるならば明日にしろ。人間は日に3食摂らねば活動効率を損ねるのだろう?』

「あ……ありがとうございます」


 わざわざ採ってきてくれたのか――研究の詳しい説明をしてくれている間も、淡々とした態度だったのに。


『そこに魔法で催眠をかけた山獅子(もうふ)を寝かせておく。そいつで暖を取って早く寝ろ』


 まさかそこまでしてくれるとは――。


「私、博士を誤解していたかもしれません」

『……夫に置いて行かれた憐れな貴様に、せめてもの施しをくれてやるだけだ』


 相変わらず淡々と言い残すと、博士は実験器具の隙間に横たわった。一応彼らにも、睡眠の概念はあるらしい。


「ていうか、やっぱり聞かれてたかぁ……」


 博士の地獄耳(耳はあるのだろうか)には、ドラグとの会話が聞こえていたらしい。気恥ずかしいやら情けないやらだが――何やかんや気遣ってくれる博士のためにも、このプレゼン資料を完成させなければ。

 とりあえず鉱山の明かりが落ちるまで、研究内容の資料づくりを続けていると。


『いい加減寝ろ! ペンの音がうるさくて敵わん』

「はっ、はい! すみません」


 完全に沈黙したように見えたが、音に敏感なクリスタルにはペンを走らせる音すら邪魔だったようだ。


「でも、大体まとまった……」


 博士の研究が、クリスタル族――ひいてはシオン領にとって、いかに有意義かつ経済効果の高いものであるか。明日はそれを、博士の研究を「無意味」と切り捨てる彼らに知らしめる時だ。

次回:元の世界の『アレ』と邂逅…?

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