14話 有限クリスタル
2章:「クリスタル族の虹色研究」スタート!
領査定7点を、エメルはどうやって30点以上にもっていくのか…?
「100点中7点って、いくらなんでも低すぎでは……?」
いったいどのような評価基準なのか――たった今、ギルドを創設したばかりだというのに。危険な矢文を飛ばしてきた相手を探そうと、辺りを見回していると。炎の消えた矢を眺めていたアレスターが、「そういえば」と顔を上げた。
「頻繁に支援金を申請したせいで、国から監査官を送り込むと宣告されたのじゃった」
「監査官?」
監査ということは。その名の通り、領地を査定する者ということか。『シビュラ』にはなかった役職だ。
「当家が支援金の不正利用を疑われて、監査官が領主の力量を査定しに来るってことだよ……」
ドラグが頭を抱えている理由がようやく分かった。それはマズい。非常に。
「あっ、まだ続きが……『なお3ヶ月後の再査定までに30点を下回った場合、シオン領は現領主家から没収する』!?」
このまま流暢にパーティーをしている場合ではない。すぐさま対策を立てなければ――端の焦げた手紙を握りしめ、踵を返すと。
「あら? 何か落ちたわ」
便せんの隙間から落ちたらしきメモを、シンシアが拾ってくれた。
「『監査官アドバイス。1番評価を下げている要因はインフラ』、ですって」
「インフラ……」
痛いところを突かれた。たしかに周囲を見渡す限り、町以外の道路は獣道。電気や水道などは通っているはずもなく、魔法が使える種族でなければ、現在のシオンでの生活は不便極まりない。
「魔法が使えない僕らは、クリスタル族が大量に卸してくれてる結晶石に頼り切りだけど……」
「そう、それです!」
生活インフラといえばクリスタル族。さっそく彼らの職場へ向かい、領内のエネルギー事情を把握せねば。
「ドラグ様、彼らの鉱山に案内してくださいますか?」
「え……僕でいいの? もう護衛がいるのに」
エメルレッテの病弱な身体では、山を登り切る自信がない。しかし小さなノーム族に運んでもらうのも申し訳ない――仮にもドラゴンの夫が適任だ。
「やはり外出はお嫌ですか?」
シカクにお願いするように、「抱っこしてください」と両腕を広げたところ。彼は高速で視線を泳がせつつも、身体を持ち上げてくれた。
「スキンシップはとらない、のでは?」
「移動のためのやむを得ない接触です」
こちらだって、推しと外見要素の被ったドラグに触れられて何も感じないわけがない。しかし今は、手段を選んでいる暇はないのだ。
「……分かった。君の役に立てるなら」
かすかに震えるドラグに運ばれながら、険しい山道を登っていくと。切り立つ岸壁の合間から、赤や青、黄色の原石が光を放つ鉱山が見えてきた。その巨大な空洞の中で働くクリスタル族の身体は、色とりどりの宝石そのものだ。
「『宝石箱』の中で『宝石』が働いていますわね」
「……彼らの始祖もここにいるよ」
ドラグが指さす巨大な石塊。それがクリスタル族の始祖だという。子孫たちはカケラを切り出すことで、エネルギー源の結晶石を得ているようだが――複雑な横顔を見る限り、ドラグも気づいているのだろう。
『このままでは枯渇するぞ!』
背後からの怒声に振り返ると。簡易的なテントの下で、クリスタル同士が揉めている。
『始祖の身体は有限なのだ! なぜ何度忠告しても分からない?』
白衣を纏った紫のクリスタルが、ヘルメットを被った黒いクリスタルの行く手を阻んでいた。顔のない彼らの表情は読めないが、殺伐とした空気は肌に伝わってくる。
『また邪魔しに来たのパープル……働かないなら帰っテ』
『我輩は働いているぞ! 一族のため日夜研究を』
『パープルの研究、お金にならなイ。ワタシたちの仕事は炭鉱夫……現状維持が1番良い。邪魔、帰っテ』
まずい。あんな風にクリスタルを突き飛ばしたら――。
「危ない!」
とっさにドラグの腕から飛び降り、紫のクリスタルを支えようとすると。彼はこちらの手に触れる直前に飛び上がり、半透明の頭をカタカタと揺らした。
『ふん、助けてくれと頼んだ覚えはない』
「なっ……」
『だが礼を言ってやらんでもないぞ。我輩が砕ければ、一族の未来を紡ぐ研究が永遠に失われるのだからな』
偉そうだが、悪いクリスタルではなさそうだ。他の仲間が現実を無視している中、彼だけはことの重大さ――このままではいつか結晶石がなくなることに気づいているのだから。
「私、こういうものでございます」
極光石のブローチを見せつつ、「領主代理」を名乗ると。ドラグも小声で「その夫です」と続けた。
『我輩はパープル、学者だ。引きこもり領主とその奥方が何をしに来た?』
彼はドラグが引きこもっていた5年の空白を良く思っていない領民のひとり、ということか――町中でゲルダと相対した時の緊張が背筋を走る。しかしただ悔いて立ち止まっていても、信頼の回復は得られない。
「私たちは今、このシオンを再興しようとしているのです。先代の頃の、活気ある姿に」
そのために、インフラ整備は欠かせない。ニセ領主の対処で後回しになってしまったが、経済を回す前にまず取り組むべき事項だ。
「博士が憂慮することについて、お話を聞かせていただけませんか?」
自分の野望、ドラグの名誉回復、そしてシオンのため――博士の透明な頭を真っ直ぐに見つめていると。
『……良いだろう。エネルギーの話が聞きたいのであれば、我が研究窟へ来るといい。茶は出ないがな』
「やった!」
うっかり令嬢口調を忘れてドラグを見上げたところ。夫はどこか不安な色を瞳に浮かべ、こちらに微笑み返した。
「ドラグ様、どうかしましたか?」
「君にとって僕は……いや、何でもない。早くしないと博士が行っちゃうよ」
「え、ええ……」
ほんの一瞬、夫の指先が動いた気がした。私の手を取ろうとして、思いとどまったように――しかし今は、彼を問い詰めている場合ではない。視線を逸らす夫に背を向け、さっさと洞窟を出て行く博士を追った。
『まったく……我が研究窟へ、竜と人間が入る日が来ようとはな』
不機嫌な声色だが、博士はきちんと研究窟までの道のりを案内してくれた。他のクリスタル族の住む洞窟よりも、入り口がひときわ大きい。
「中も広いのですね。ここに積んである材木の山は……」
『近づくな! 魔力を帯びた大木――「魔性ツリー」を加工したものだ。その黄金の粒子を人間が吸い込めば、意識が混濁することもある』
そんな危険なものを、玄関先に積まないでほしいのだが――人間が来ることは想定していなかったのだろう。
「シオンの特産品……? 最近価格が高騰してるって聞いたけど、こんなにたくさん何に……はっ、クシュ!」
今の可愛らしい声は――キョトンとして振り返ると。ドラグは照れたように顔を覆いつつも、小さなくしゃみを連発している。
『粒子に鼻をやられたか? 竜は魔法に敏感だからな。早く奥へ来い』
博士に続き洞窟の奥へ進むと、四角く整形された空間に出た。カラクリ装置のような機械が隙間なく並んでいるが、どれも何となく見覚えがある。
「これは……人族の技術?」
ドラグの呟きで気づいた。岩壁を貫いて天井を通っているのは、高架橋の下などで見かけるパイプ。上へと伸びるコンクリートの塊は電柱だ。
普段よく見ていた物すら、いつの間にか忘れてしまっていたとは――元の世界の記憶が薄れている気がして、身体が小さく震えた。
「……あら? こちらのヘンテコ装置は見覚えがありませんわね」
『ヘンテコではない! 「低燃費エネルギー発生装置」だ』
クリスタルボディが発する、赤紫の光が激しく点滅した。興奮気味で仕組みを説明してくれているが、この装置が博士の研究の要らしい、ということ以外は分からない。
『現在のエネルギー開発には無理があるからな。領主夫妻もご覧になっただろう? 始祖の身体から結晶石を削り売り払う、悪魔の所業を』
短期的には利益を生むが、一族のやり方ではこの鉱山も数十年しか保たない――表情はわからないものの、博士の声色には憂いがにじんでいる。
「他の方々は、博士のお話を聞こうともしていませんでしたね」
『麓の文明社会に馴染もうと、みな商売に必死なのだ。だが我々は、すべて始祖……母の身体から割れ生まれた存在だ』
親を切り売りするなど、文明社会に馴染もうとする者の行いではない――激しい輝きとともに声を荒げる博士をなだめつつ、再び実感した。ここは現実で、ゲームと違って資源が無限に存在するわけではないのだ。
「それで、博士は代替エネルギーの開発を?」
『ああ。しかし連中を説得できるほどの成果が出ていない、というのが現状だ』
もし博士の研究がうまくいけば、有限の結晶石に頼らないエネルギーが作れるようになるということか――未来のためにも、できるだけ持続可能なインフラを整備したいところだ。
「この巨大なフラスコの中の炎魔法……もしかして、『バイオマスエネルギー』を生み出そうとしてる?」
ヘンテコ装置を眺めていたドラグの口から、元の世界でも馴染みの薄い横文字が飛び出してきた。
『……なぜそう思った?』
「この中で燃えてるのは、さっき入り口で見た魔性ツリーの枝だったから」
ドラグはさらに、魔法を使えない人間は有機生物を燃やしてエネルギーを作り出している、と続けた。
「ドラグ様……すごい」
夫が難しそうな事をスラスラ口にしている。これには博士も驚き、専門的な話に入っていった――薄々気づいていたが、この夫、めちゃくちゃ優秀なのではないだろうか。カフェの新装開店イベントの時も、彼は欲しい資料を一瞬で持ってきてくれた覚えがある。
「それにしても完全アウェイ」
「ご、ごめん……博士は魔性ツリーの枝1本で、領全体1日分の生活インフラがまかなえる装置を作ろうとしてるらしい」
それが本当に実現したら、某科学賞ノミネート間違いなしの発明だ。しかし博士は、『重大な問題がある』と輝きを消した。
「なんですの? 協力いたしますわ」
できることならば、一族から孤立してしまっている彼を支援したい――それに領地の再査定も、3ヶ月後に迫っている。
「ぼ、僕も……できることなら、協力する」
『エネルギーの話をするとは言ったが、貴様ら領主家の人間にそこまで求めていない。5年もの間引きこもっていた奴を信用できるか?』
ためらいのない博士の言葉に、ドラグは何か言いかけた唇を軽く噛んだ。
事実だが、そこまでハッキリ言われてしまうと私まで胸が締め付けられる。反論できないうちに、『話は終わりだ』と研究窟から追い出されてしまった。
「……ごめん。僕のせいで」
「そんな! ドラグ様のせいでは」
豆腐メンタルに追い打ちをかけてしまってはマズい。言葉を慎重に選ばなければ。
「あっ、そうですわ! 他のクリスタル族の方々からもお話をうかがいましょう」
3分の2程度に折れて頭を抱えているドラグの手を引き、鉱山で働くクリスタル族たちと対話を試みようとしたのだが。最初に博士と争っていた黒いクリスタルを筆頭に、彼らは口を揃えてこう言うだけだった――「現状維持が儲かる」と。
「ですが、それだけでは未来がないのですよ? パープル博士がおっしゃっていたことは、部外者の私たちから見ても容易に想像のつく結末なのです!」
水晶のような壁面に声が反響し、作業中のクリスタルたちが手を止め振り向いた。しかし黒いクリスタルが首(のような結晶)を横に振ると、彼らは何事もなかったかのように仕事を再開してしまう。
『パープルの研究、成功するかも分からなイ。だったら、今のままが1番いイ』
黒いクリスタルの主張に、背後でツルハシを振っていた数体が頷いた。
「一筋縄ではいかなさそうですわね」
「ど、どうしよう……君の役に立ちたいのに、今は何も思いつかないんだ」
「……ドラグ様?」
領主代理の任命式後から、何となく気になっていたが――やはりドラグは繰り返し、「役に立ちたい」と口にしている。
「何だか、焦っていらっしゃいませんか?」
「えっ! そ、そんな……別に」
稀に見る笑顔がぎこちない。
巨石の陰に隠れようとするドラグの腕を捕まえ、さらに追求しようとした、その時――地面を揺らすほどの激しい爆発音が、空洞内に反響した。
『みんな来い! パープルのやつが、またやらかしたぞ』
先ほどの爆音でまだ鼓膜が震える中、クリスタルたちは体内に赤い光を宿しながら出口へ向け走っていった。
洞窟の中で、あんなに大きな爆発が起こったら――嫌な予感がする。
次回:不器用夫は考える




