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13話 極光の輝き

 領主代理――そう口にしたドラグの瞳には、強い光とかすかな影が宿っていた。


「父が築いた基盤を壊してしまった僕には、領主の資格はない。でも、エメルレッテさんなら……この地を昔のように、いや、それ以上にしてくれる気がするんだ」

 

 ドラグの真っ直ぐな黄金眼から、胸元で輝く青緑の石に視線を落とすと。その石がただ美しいだけではなく、計り知れない重みがあるように感じてきた。


「領主の証……」


 誰も本当の「私」を知らないこの世界で、唯一「私」を証明してくれるもの――優しく臆病な夫へ頭を垂れ、ドレスの裾を持ち上げた。


「その命、謹んでお受けいたします」


 静寂の中、顔を上げると歓声に包まれた。シンシアがグラスを持ち上げ、「領主代理に乾杯!」と高らかに告げる。


『領主代理に、カンパイ!』


 今回のギルド増築を支援してくれた面々が、新たな門出を祝福してくれている。夢のような光景に、喜びと緊張が込み上げてきた。


「皆様! これからは領主代理として、どうぞよろしくお願いいたします」


 場が落ち着いたところで木陰に移動し、ゴーレムの身体に乗って遊ぶニシカを眺めていると。


「あらまぁ! 主役がこんな端っこにいるわ」


 すでにほろ酔いのシンシアと、料理をもったドラグがこちらへ近づいてきた。


「一緒に食べたら邪魔、かな……?」


 2人に隣へ座るよう促し、改めて乾杯をしたところで。シンシアは何度もくれた賞賛を、再び口にした。


「本当にエメルは商売上手だわ! アナタもシカクみたいに、トウキョウトで学んだの?」

「それ、僕も結局聞けないままだった」


 いつかドラグに聞かれた時は、沈黙で回避できたのだが。今回は逃してくれなさそうだ。


「ええと……」


 言えない。「元の世界でブラック・ハウジング会社の部署をたらい回しにされたおかげで、企画・広報・営業あらゆる仕事を網羅しました〜!」――なんてことを、彼らには決して。


「おばあちゃん!」


 うまい言い訳を捻り出している最中に、空いたグラスを抱えたニシカがこちらへ駆け寄ってきた。


「ゴーレムの飲み物、もう足りなくなりそう」

「あらまぁ! もう?」


 助かった。ニシカに手を引かれたシンシアが席を立ったことで、なんとか話題を転換できそうだ。ドラグと2人になったところで、気がかりだったことについて口を開いた。


「ドラグ様、首飾りの件なのですが」


 まずは町でゲルダと会ったこと、そして彼女が極光石の首飾りをしていたことを話し終えると。


「そっか。ゲルダが、あの首飾りを……」


 ドラグは手元のグラスに視線を落とし、小さくため息を吐いた。


「代々グロウサリア家の妻に渡されるものと聞きました。そんな大事なこと、どうして教えてくださらなかったのですか?」


 それに、そんな大事なものをなぜエメルレッテに渡したのか。前妻のゲルダには渡さなかったというのに。


「それは……」


 互いに沈黙したことで、周囲がやけに静かなことに気がついた。ふと背後を振り返ると、肌を刺すような緊張感が全身を走る。

 燃える赤髪のドラゴン――ゲルダが、無数の視線を集めながらこちらへ向かってくる。その両脇には、粗暴な顔つきのロードンと、顔に無を宿したボロネロが従っていた。


「ゲルダにロードン……!?」

「ごきげんよう、我らが領民の皆さま方」


 彼女の際どいドレスの胸元で、極光石の首飾りが青緑色の輝きを放っている。しかしあれは、正しく贈られたものではない。ニセモノの輝きだ。この胸に輝くブローチの輝きこそが、本物なのだから――。


「あら前妻様。何のご用でしょうか?」


 胸を張り、ゲルダの前へ歩み出ると。


「それは……」


 ゲルダの視線が、胸元の「領主の証」に落ちたまま動かなくなった。彼女の首元に輝く極光石よりも、さらに大きなブローチをさり気なく見せつける。


「前妻さん、どうかなさって?」


 するとゲルダは眉根を寄せ、むき出しの肩を震わせた。錯覚だろうか――彼女の周囲に、赤い小さな粒が舞っているように見える。軽く目をこするうちに、ゲルダが小さく咳ばらいをした。


「改めまして後妻さん。また夜更かししているのね、本当に残念なお肌だわ」

「肌質チェックは間に合っています。それより、何の用です?」


 答える代わりに、彼女がパチンと指を鳴らすと。サイドにロードンとボロネロが並ぶ――ボロネロは、「あっ」と声を上げてどこかへ行ってしまったが。


「ギルド増設の祝いに来てやったんだ。それに新しい建物をオレらの土地に建てたっつーことは。新領主様が、新しく地代を回収しねぇとだろ?」


 強引な主張を予想してはいたが、まさかここまでとは――震える手を握りしめ、牙を見せるニセ領主を見上げた。


「残念ですが、ここにいる方々はご存知です。あちらにいらっしゃるドラグ様こそが、シオンの真の主であると!」


 先ほどまで歓談していたテーブルを指した――が、ドラグがいない。


「テーブルの下の黒い鱗、発見」


 相変わらずマイペースのボロネロがつまんでいる、あの尻尾はまさか。


「ハッ、誰が『真の主』ですって? まさかその腰抜けのこと? アハハハハ!」

「ドラグ様……」


 やはりトラウマ2点セットは厳しかったか――逃げ癖がついている彼を、私までが「情けない」と責められない。しかしここまでひどい扱いをされて、ただ黙っていられるものか。


「みなさん! どうか力を合わせて、彼らにお帰り願いましょう」

「え……そうね……?」


 珍しく曖昧な返事に、シンシアを振り返ると。彼女は夢心地になってゲルダを見ていた。


「シンシア? みんなも、どうしたの!」


 他の客たちも、赤い粒を纏うゲルダに見惚れている。まさか、これは――口と鼻を塞ごうとした瞬間、突然背後から引き寄せられた。


「あの粉を吸っちゃダメ……彼女のフェロモンだ」

「ん、んんっ!?」


 やはり危険な何かとは思ったが、今はそれより。ドラグの頑丈な手に鼻と口を塞がれて、息ができない。全力で引き剥がそうとすると、ようやく気付いて手を離してくれた。


「っはぁ! 窒息させる気ですか!?」

「ご、ごめん……君はアレに耐性がないと思って」


 するとあの輝きには、男女関係なく魅了効果があるということか。


「そういえば、こちらに来て大丈夫なのですか?」


 フェロモンもそうだが、トラウマ2点セットに近づいても平気なのだろうか。


「うん、ちょっと慣れた。それに僕は子どもの頃からゲルダといたから、アレは効かない……ロードンとボロネロも」


 しかしいくら慣れたといっても、ドラグはロードンを追い払えない――こういう時、自分の無力を痛感する。


「久しぶりね、腰抜けさん。マスターの代わりに地代を払いに来たのかしら?」


 相変わらず腹の立つ嘲笑を浴びせられ、ドラグは私の背後に隠れてしまった。が、私はその程度で引く気はない。無茶さえしなければ、ロードンがこちらを傷つけることはないのだから。


「ニセ領主にお支払する地代はございません。『領主代理』を任せられた身として、私は領民のために闘いますから。どうぞ、お引き取りください」

「あぁん!? だぁれが『ニセ領主』で、だぁれが『領主代理』だって?」


 傷つけはしない、と分かっているはずなのに。あの鋭い爪を前にすると、どうしても思い出してしまう。腹から滴り落ちる血と、弱くなっていく鼓動を――。


「……あぁ? なんだテメーは。またぶん殴られに来たのか?」


 閉じかけていた瞼を開くと。目の前に、黒く大きな背中が立ちはだかっている。


「ドラグ様……?」


 いつの間に前へ出てきたのだろうか――肩が震えている。それでも逃げることなく、私を庇ってくれていた。


「どうせ勝てねぇ、勝とうともしねぇクセに出てきやがって……テメーのそいうとこがムカつくんだよ!」


 ロードンが拳を構えた瞬間。


「いっっってぇぇぇ!」


 地を揺るがす雄叫びが轟いた――閉じかけた目を開くと。ロードンの巨体に、茶髪の小さな女性たち5人が喰いついていた。いや、あれは小型のナイフを刺しているのだろうか。ドラゴンの硬い鱗を貫いている。


「ノーム……?」

「お母さん!」


 どこかに隠れていたニシカが、夢中で駆け寄ってきた。


「下がりなニシカ! 仕事中だ!」

「もしかして、あの方たちは……」


 きっとシンシアの娘たちだ。

 彼女たちは刃を返すと、素早い動きで鱗を剥ぎだした。アレはさすがに痛い――隣にいるニシカを抱き上げ、つぶらな瞳を手で覆った。


「クソがぁ! 虫並みに弱ぇえノームどもが調子に乗りやがってぇ……まとわりつくな!」


 誰がノームを『最弱』、ドラゴンを『最強』と言い出したのだろうか。小回りを生かした連携で巨体を撹乱する彼女たちは、まさにロードンを凌駕する『強者』に違いない。


「くっそ、止まりやがれ虫が……っ」


 非常に頼もしいが、このままではロードンを討伐しかねない勢いだ。


「シンシアのお嬢様方、そろそろ勘弁してあげてくださいませ」

「ん? アンタお袋の……承知した!」


 一番背の高い女性が指笛を吹き、全員が地面へ着地すると。唖然としていたゲルダがついに動き出し、ふらふらのロードンを支えた。


「どけっ、あんな虫どもに、オレは……」

「今は帰るわよ。ボロネロ、来なさい!」


 ゲルダはロードンをボロネロに引き渡すと、この状況でも毅然とした態度で顔を上げた。余裕の笑みは消え、鋭い眼光がこちらを睨みつけている。


「必ず、また来るわ。『領主代理』さん」


 肌がひりつくような低音に、口を開くことができなかった。ようやく息を吸えたのは、彼女たちが森の奥に消えた後だ。


「はぁ……死ぬかと思った」


 ドラグがため息とともに座り込むと、つられて膝をついてしまった。


「あら、お顔が真っ青ですわね」

「君がロードンたちの前に立った時、心臓が止まるかと思ったよ」


 無謀と分かっていた。ただ、黙って搾取されるのはもう御免だったのだ。


「それに貴方を貶されて、非常に腹が立ちましたので」


 力の入らない腕をなんとか持ち上げ、ドラグの震える手に触れると。その手がそっと頬に触れた。


「僕らの爪がかすっただけで、傷つくような身体なんだ……無茶はしないで」


 祈るような懇願に、喉が塞がれた。

 契約婚、仮面夫婦――それ以前に、他者を心配する彼の真心。触れた熱から、それが強く伝わってくる。


「お二人さん、ちょっといいかしら?」


「熱々のところ悪いけれど」、と正気に戻ったシンシアが肩を叩いてきたことで、ドラグは明後日の方を向いてしまった。


「い、いえ、全然悪くありませんわ」


 シンシアの隣には、茶髪の女性5人が並んでいた。全員頭に雪よけのゴーグルをつけ、身体より大きな武器を背負っている。


「右からサツキ、コガネ、シヅキ、トウカ、アカネ。今日からうちのギルド専属の傭兵として働くそうよ」

「えっ、良いのですか?」


 ギルド創設祝いのパーティーに来るだけだと思っていたのに、そこまで話が通っているとは――ロードンを撃退した彼女たちが用心棒になってくれるのであれば、非常に心強い。


「護衛は任せとけ。よろしくな、エメル様」


 ゲームの印象を完全に覆す、彼女たちの強さに敬意を示そうと、深くお辞儀をした瞬間。「危ない!」と声が響いた。間もなく背中への衝撃と同時に、何かがしなる音が響く。


「なっ、なにごと!?」

「エメルレッテさん、アレ……!」


 上に覆い被さっていたサツキに助け起こされた後、ドラグの指す方を向くと。新築同然のカフェのドアに、炎を帯びた矢が刺さっていた。


「これは魔法の矢文じゃ。熱くはない」


 今まで大人しくしていたアレスターが矢に近づき、素手で抜き取った。


「この魔法、かなり遠くから放たれたようじゃな」

「かなり遠くって……こんな危ない手紙を、誰がどこから?」


 ドラグの言う通り。シンシアの娘が助けてくれなければ、二度目のゲームオーバーを迎えていたところだ。


「『誰が』に関しては、文を開けてみるのが早かろう」


 炎の消えた手紙をアレスターから受け取り、そっと開いてみると。


「『第1回シオン領査定が完了。総合評価:100点中7点』……なにこれ」


 最後に『監査官』と署名があるが、いったい何様――いや、何者なのだろうか。

次回:エメル、大人向け小説を拾う……?

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― 新着の感想 ―
Xの方から伺わせていただきました! こちらからも読ませていただきましたが、領地の経営状況の改善をメインの話に据えつつ、恋愛ものを混ぜたノリのライト文芸的な作品で、おそらくまだ序盤ということもあって、メ…
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