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11話 シオンのラフレシア

 即席のステージで、無類の美しさを誇る竜人女性――ロードンに渡した極光石の首飾りを、堂々と胸に輝かせている。


「……シカク。あの非常に珍しい首飾りがお似合いの彼女は、どこのどなた?」

「シオンを支配する竜族、ゲルダ。いちばん強い雄竜の妻」


 やはり彼女がドラグの前妻――現夫のロードンを領主に立てようとしている、野心家のドラゴン。群衆を見渡す鋭い金の瞳は、揺るぎない自信に満ち溢れている。


「ゲルダとロードンがやってること、滅茶苦茶。ボクは騙されない。でもみんな、キラキラした色香に騙されてる。『シオンの艶花(あでばな)』って、讃えてる」


 シオンのスター的存在の彼女がイベントを開くと言えば、領民たちは暗黙の了解で従わざるを得ない――シカクの言葉に深く納得した。この熱狂ぶりを目にすれば、嫌でも察してしまう。彼女のもつ自信の強さ、そして美しさの影響力を。


「でも、どうしてこのタイミングでショーを?」

「カフェの新装開店、みんな気になってた。それ知ったゲルダ、突然ショーはじめた」

「えっ! それって」


 明らかに喧嘩を売っているではないか。

 先日カフェで、ロードンを追い払った時の話をゲルダが耳にしたのだろうか――「ニセ領主を放ってはおけない」と宣言した、後妻のことを。とにかく、本人を直接問い詰めなければ。

 全身を駆け巡る怒りを噛みしめ、こちらをじっと見つめるシカクを見上げた。


「お願いです。私を最前列まで連れて行ってください!」


 彼の巨体ならば、群衆に割り込んで前まで出て行くことは容易いはず。するとシカクは、「任された」、と優しく肩に担いでくれた。

 あのキラキラした空気に近づいていくほど、めまいがしてくる。ゲルダの赤い鱗が生えた肌、ワインレッドの髪、力強く豊満な肉体が放つ輝きに、言葉の殴り合い(レスバ)を始める前から弱気になってしまう。しかしドラグの名誉回復のため、そして何より自分自身の目的――いずれドラグから領主の座をいただくためにも、こんなところで(つまず)くわけにはいかない。


「ショーの最中失礼!」


 渾身の大声に、ゲルダはすぐさま振り返った。賑わっていた群衆がいっせいに凪いだが、すぐに「乱入か?」、「人間だ」と囁く声が聞こえてくる。


「あら、アナタ」


 ゲルダの赤い爪先が、真っすぐ目の前へ伸びてきた。


「なっ、なんですか……?」


 ここで引いては、負けを認めたようなものだ。迫り来る爪先に、じっと耐えていると――やがて頬に触れる寸前で、彼女の手が止まった。考えの読めない蛇のような瞳が、こちらをねっとりと見つめている。


「悪くない素材ね。でもダメ。アナタ、昨晩22時以降に寝たでしょう」

「はい……?」

「いいこと? 夜更かしは美容の大敵。そんなことも知らない小娘が、このアタシとステージで張り合おうなんて100年早いのよ」


 もしや、ファッションショーの乱入だと思われているのか。

 ステージを取り囲んでいる群衆が、いつの間にか勝手に盛り上がっている。


「なぁ、オマエどっち派? オレは断然ゲルダさま」

「分かるぅ! あの豊満ボディに潰されてみたいよネ」


 もはやファッションに関係のない話をしている連中の声に、意識を取られてしまう。それほど、ゲルダの反応は意外だった。

 グロウサリア家前当主の遺産を喰い尽くし、ドラグを捨てた雌竜。そして今は、乱暴者のロードンにニセ領主を騙らせ、領主の座を狙っている――どんな「悪女」かと思いきや、「美魔女」だったとは。


「それで、本当は何の用? 後妻さん」


 瞳の色より濃い、金のシャドウを塗りたくった目蓋が伏せられた。この女――私が何者か、最初から気づいていたのか。しかし、このまま彼女のペースに乗る気はさらさらない。


「お宅の旦那様(ロードン)の悪行について、奥様は把握していらっしゃるのかしら? 領主を名乗る旦那様が、領民を苦しめていると知りながら……まさか奥様は、その後押しをなさっている、とか?」


 皮肉たっぷりの声色で返すと、ゲルダは一瞬目を見開いた。しかしすぐに元の余裕を取り戻し、真っ赤な唇に笑みを添えている。


「フフッ、ただのか弱いお嬢様じゃあないようね」

「私、シオン領領主ドラグマンの妻、エメルレッテ・グロウサリアと申します!」


 ざわつく領民たちをよそに、ゲルダは声を上げて笑い出した。


「あぁ、やっぱり。あの引きこもりに嫁いだ哀れなお嬢様ね。私のお古で申し訳ないわ」

「んなっ……!」


 前言撤回。意外と中身はただの美魔女か、と思いきや、決してそんなことはなかった。これが遺産を食い潰した、とんでもない前妻ドラゴンか。


「引きこもりをどうにか領主として働かせようとしているんですって? でも、そんな無茶をする必要ないわ。ロードンが新領主として働いているもの」


 地代だけを回収して領民に還元しない、あのチンピラのどこが領主として「働いている」と言えるのか。


「彼女の夫は領主を騙り、不当に地代を集めているのです! 皆さんもご存知ではないのですか?」


 ステージを囲む群衆全体へ響き渡るよう、懸命に声を張ると。ゲルダはさらに高笑いを上げた。


「本家の腰抜けが引きこもっているから、代わりにシオンを支配する者の役目を果たしているだけよ。不当って言える証拠はあるのかしらぁ?」


 ドラグがずっと引きこもっていたことは事実だが、「代わりに」という部分はおかしい。誰の許可を得て、「領主」の特権を利用しているのか――しかし群衆は、誰も口を開こうとしない。


「どうして……」


 ゲルダの言動を疑問に思う囁きが聞こえる一方、5年もの間沈黙していたドラグへの不満の声も上がっている。


「不当に地代を集めてたっていうのは言いがかりよ、後妻さん。5年間で内紛や侵略がゼロだったのは、誰のおかげだと思っているのかしら?」


 なんとゲルダたちは、ドラグが引きこもっていた間、領内外へ睨みを利かせていたという。

 それが事実だとすれば――次の言葉が出てこない。こちらを静かに見上げる領民たちの顔を、かすむ視線でなぞっていると。


「なーんじゃ、今日はカフェの新装開店イベントに出かけようと思っていたんだがのぅ」


 聞き覚えのある、ショタじじの声――群衆の中でも目立つ燕尾服の彼が、わざとらしい大声で注目を集めている。


「アレスター……?」

「『なりたい』の叶うキノコのコーヒーとやら、今日行けば1割引きじゃと言うのに! シオンのラフレシア――失敬、シオンの艶花のゲリラショーとは、なんともタイミングが悪い」


 執事の意味深な目配せが飛んできた直後。沈黙していた群衆が、「カフェ」という単語を交えてざわめきだした。


「誰だよ、ゲルダ様のことラフレシアって言ったヤツ! でも……オレ、今日ホントはノーム族のカフェに行きたかったんだよな」

「しっ! ゲルダ様のお耳に入るネ」


 もう遅い。誰かの不満は、ドラゴンの少し鈍い聴覚でも、ばっちり拾えていたようだ。全身の鱗を立てた彼女が「シャラップ」、と吼えると。場がしんと静まり返った。


「耳障りな声は、すこーしあるようだけれど。今日ここに領民を留めた時点で私の勝ちよ、後妻さん。貴女が何をしようと、アタシのもつ領民の支持は絶対的! 本物が偽物に、偽物が本物に代わるのも時間の問題ね」

「それは……」


 たしかに、このままではそうなってしまうだろう。前領主が亡くなり、ドラグが沈黙していた5年間で、彼女の築いてきた支持は揺るぎない。

 次の言葉を選べないでいると。ゲルダは胸元にかかった赤髪を後ろに払い、首飾りを見せつけてきた。


「このアタシがどんなに欲しいと言ってもくれなかった、極光の輝き……グロウサリア家の妻に代々渡す首飾りを、あの腰抜けが贈ったっていうからどんな娘かと思えば。口ほどにもないわね」

「え……?」


 あの首飾りを受け取った時、たしかドラグは――『結婚記念のプレゼント……送るのが当たり前だって聞いて』――なぜ、エメルレッテにそんな大事なものを送ったのだろうか。前妻のゲルダには送らなかったものを。

 そういえばあの首飾り、用心棒の前金に使おうとしていたのだが。それを知っても、ドラグは止めようとしなかった。ロードンを追い返す時も、彼が首飾りを渡すよう助言してくれたのだ。


「ドラグ様……」


 推しとは違い、気弱で優しい彼の顔を思い浮かべた瞬間。悔しさと焦りで鈍っていた思考が、少しずつ回り出した――そういえばポーチの中に、この状況を利用できる良いものがあったはずだ。


「そうだ、これを……」

「あら、なんとおっしゃったの? 負け犬の遠吠えは、ハッキリ聞こえるようにどうぞ」


「うるさい」と感情のままに吠えたくなるが、ここは我慢だ。それこそ負け犬になってしまう。

 ゲルダの高笑いが響く中、静かに深く呼吸をし、真っ直ぐに前を見据えた。


「皆さん! どうぞご注目を!」


 群衆の目を引いたところで、ポーチから取り出した紙の束――ニシカたちノームに手伝ってもらい、量産した割引券を振りまいた。


「なっ……!?」

「皆さま、本日は『ブナ・カフェ』の新装開店イベントです! イベントはこれから1週間、毎日開催されます! 領民の皆さまが心ゆくまで楽しめるよう、どうぞ()()()()いらしてくださいね」


 舞い落ちる紙吹雪を、領民たちが拾ってくれている。


「1週間もやってるなら、明日行けるネ」

「1週間1割引きじゃと!? 毎日行こうかの」


 身内の声が混ざっていた気がするが、群衆の反応は上々。動揺を顔に出さないよう努めているゲルダに向けて、満面の笑みを見せると――ついに、彼女の眉間のシワと鋭い牙を拝むことができた。

 たしかにゲルダの人気はすさまじいが、領民に毎日イベントへの参加を強制できるはずがない。


『でもエメル、勝手に決めて良い? シンシア、困る』

「そうでした! 早くシンシアにイベント期間の延長をお知らせしなければ。ノームの皆さんのシフトも組み直さなきゃ……シカク、このままカフェまで運んでくださいませんか?」

『任された』


 こんなところにいる場合ではない。さっさとステージを降り、再びシカクの肩に乗せてもらったところ。


「待ちなさい」


 必死に感情を抑えている声を振り返ると、ゲルダの鋭い視線に射抜かれた。


「アナタたちが何をしようと、極光の輝きは返さない。いずれは正式に領主の座も奪ってみせるから、覚悟しておくことね」

「……失礼しますわ」


「のぞむところだ」――そう胸のうちで唱え、町を後にした。彼女たちがこちらを舐めている間に、早く優秀な用心棒を誘致しなければ。


『じゃあボク、客になる、良い?』


 町からカフェまで運んでくれたシカクが、どこからともなく革の財布を取り出した。


「もちろんです! と……あら?」


 シカクの背中から、土色のフードを被った何者かが飛び降りた。肩に座っていて気が付かなかったが、いつの間に乗っていたのだろう。


「シカク、こちらは?」

『ええと』


 言い淀むということは、知り合いではないのか。勝手にゴーレムを足に使っていたなんて、怖すぎる。


「失礼ですが、どちらさまでいらっしゃいますか?」


 人間の女性よりひと回り大きいが、性別や種族は分からない。背中に何か収納しているのか、土色のコートがやけに膨らんでいる――怪しい。

 無言を貫いているフードの者に向けて、「顔を見せてください」と手を伸ばした瞬間。


『エメル、待って!』


 慌てたシカクが指で妨害してきた。


「なんでアナタが止めるのです? 知り合いではないのでは……」

『それは、そう、いや』


 のんびり屋のシカクが、ここまで動揺するとは何事か。多少強引にでも、フードの者の方へ近づこうとすると。


『ダメっ!』

「あっ」


 シカクの幅広い指がフードに引っかかり、珊瑚色の髪が宙をきらめく――そうだ、この髪色は知っている。画面の中だけではない。シビュラの世界で、一度見たことがあるはずだ。


「キャアッ! 何をしているのですか、シカク!」

『ご、ごめん』


 人に近い形をしているが、彼女は人間ではない。尖った耳、蝶と似た形の半透明の羽――。

次回:彼女はシスコンの……?

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