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最終話 推しの妻になりました。

 1年後


 鏡に映る花嫁を前に、思わずクスッと声が漏れた。


 私が“ウエディングドレスと一生縁がない”なんて、どこの世界の誰が言ったのだったか――もう忘れてしまった。


「えめる。竜の夫、つれてきた」

「はい、ただいま!」


 自室の扉を開ければ、花冠を被ったノームの子どもたちが笑顔で並んでいた。


 その後ろには、彼女たちに手を引かれてきたドラグが――タキシード姿で立っている。


「……ッカー!! どうしてこの世界にはカメラがないわけ!?」


 公式でも出さなかった、推しのマリッジ・タキシード【SSR】ピックアップ確定演出だというのに。

 これを映像で収められないとは何事か。


「白で揃えたのほんと大正解。銀のベストとブーケも最高のアクセントで、発狂待ったなしのジャストフィット――」


 せめて目に焼き付けようと、拝みながらドラグの周囲を回っていると。


「エメル……それ」


 見開かれた黄金眼は、純白のドレスに釘付けだった。

 彼はすでに、“エメルレッテ”のドレス姿を見ているというのに。

 この世界で目覚めた初日の私が、ウェディングドレスでこの部屋に転がっていたことは忘れていない。


「きれい……っ」

「えっ、待って、泣いてる!?」


 震えるドラグの肩に手を添えれば。

「女神……」と呟きながら、大理石に膝をついた。


「その大袈裟な反応、恥ずかしいのですが」

「いつも君がやってることだけど……?」


 それはそうだが――推され慣れていないせいか、背中がむず痒い。

 とにかく、早く立って欲しいと手を差し伸べたところ。


「綺麗だよ。本当に」


 こちらを見上げたのは、温かい笑顔。

 私がここにいることを確かめるような視線に、胸の中心が熱くなる。


「……うん」


 頬が緩むと同時に、目の前が透明に揺らぎはじめた。

 早くも耐えられなさそうだ――泣くのは式の後と決めていたのに。


「ほら、えめる! みんな待ってるから」


 イチャつくのは後で、とシンシアの孫――ニシカに急かされ、ついに部屋を出た。


 今日は私たちの結婚式。

 “エメルレッテ”ではなく、“匡花”としての。


「ですが、本当に良かったのですか?」


 ドラグが提案してくれたこととはいえ、彼が二度(前妻含め三度)も式を挙げているのは、体面的にどうなのだろうか――。

 隣を見上げれば、「そんなこと」と笑い声が降ってきた。


「君と挙げたかったんだ……エメルじゃなくて、“匡花”と」

「ひぇっ」


 正装のせいか、稀に見る「イケ竜オーラ」が絶好調すぎる。

 この調子で、夜まで保つのだろうか――。


 普段よりよく笑うドラグから、丘の下へ視線を避難させたところ。

『エメル村』の広場から、賑やかな声が聞こえてきた。


『あっ、今日の主役、来た』


 青い鉱石のゴーレム、シカクがこちらに手を振ると。花に囲まれた広場のみんなが、一斉に振り返った。


「ふんっ、主役が遅れてきたな」


 ツンデレ・エルフのナノはいつもの悪態をついているが――野菜畑が広がっている場所は、淡い色の花々で埋め尽くされていた。

 エルフ族とオーク族が協力して育ててくれたのだろう。


「聖歌隊、準備はよろしいですか?」


 さすがに前妻ドラゴンは顔を出さなかったが、「出張料はサービスね」と派遣してくれたキャバレーのセイレーンたちが並んでいる。

 透き通るような祝福の歌に、手元のブーケが揺れた。


「……みんな、エメルを待ってたんだ」


 君に救われた領民たちばかり――そう言って微笑む夫の顔を、まだ見られない。

 向かい合ったら、今度こそ涙腺が崩壊しそうだ。


 ノーム、オーク、エルフ、ゴーレム――その他にも、たくさん。これまで縁のあったシオンの領民たちに囲まれると、自然と頬が緩む。

 絶え間なく浴びせられる「おめでとう」の言葉ひとつひとつに、実感させられる。


 私は、この世界を選んで良かったのだと。


「ほれ、じいのところへ飛んでくるんじゃ! 父親に似て、のんびりした子竜よのう」


 何事かと思えば――ジョタじじ吸血執事ことアレスターが、必死になって()()を呼んでいる。


「あら、ばぁばのところへ歩いてくるのよね? エメルに似て、賢そうな顔つきをしているわ!」


 元傭兵ノームのギルマスこと、シンシアもゾッコンだ。


「まーたやっていますわね」

「うん……今日くらい、僕らを見て欲しかったけど」


 私に似ているところと言えば、緑の髪と鱗くらい。ほぼ竜人として産まれてきた「ドラグ・ジュニア」が、最初に飛ぶか歩くかをみんなで予想している。


 “人生の推し”がもうひとり増えた上に、それをシオン領のみんなが()してくれている――これ以上ないくらい、幸せなのに。


 ドラグからまだ、あの日の“代償”がなんだったのかを聞いてない。


 でも、なんとなく分かる。

 彼が言わないのは、きっと――彼と私にとって、良くないことだから。


「……エメル?」


 ほんの少し陰った彼の顔から、視線を外してしまったが。

「何でもない」と、すぐに笑みを繕った。ここ1年、そうしていたように。




 異種族の笑い声の絶えない式が終わり、坊やが寝息を立てはじめた後。

 明かりを落とした部屋の中に、黄金眼が光った。


「エメル、起きてる?」


 起き上がったドラグは、「久々に散歩しない?」とバルコニーまで手を引いてくれた。


「でも……」


 ひとりで残していけない、と坊やを振り返れば――ベビーベッドの傍らには、アレスターが寄り添っていた。


「えっ、仕事はや……」

「お願いしてたんだ」


 いったい、いつの間に――そんなことを考えるうちに、夫はバルコニーから飛び降りていた。


 激しい羽ばたきに窓枠が揺れる。

 久々に見る竜化した夫の姿に、思わず見惚れてしまった。


『じゃあ、行こうか』

「……はい」


 連れてきてくれたのは、いつか一緒に話をした森の鐘楼小屋。

 そういえば――この屋根の上で、ドラグは幼少期の“事故”のことを話してくれたのだった。あれは結局、シトの呪いだったわけだが。


 地上で青く光る池を見下ろしたまま、ため息を吐くと。


「もしかして……“あの日”のこと?」


 ドラグは私の手に手を重ね、静かに言った。

 あちらの世界から帰還した時のことを、まだ話していなかったと。


 聞きたくない。

 でも、知っておかなければならない。


 扉を開く代償に、ドラグが失ったものとはなんだったのか――。


 冷えた息を吐き出し、隣を見上げれば。

 ドラグは「ようやくこっち見てくれた」と、いつものように笑った。


「やっぱり、ちゃんと話した方がいいよね……」

「当然です! これから、一緒に生きていくのですから」


 私はすべてを置いてきた。

 その代わりに、彼を選んだ。


 もし、彼がいなくなってしまったら、私は――。


 考えただけで、震えが止まらない。


「君が思ってるほど、悪いことじゃないよ」

「え……?」


 彼は尻尾と翼、腕、すべてで、私の震える身体を包み込んでくれた。

 かすかに甘くて、安心する匂いが胸いっぱいに広がる――そんな中。


「シトの呪いの力を使って、寿命を削ったんだ」


 恐れていた言葉が、上から降りかかってきた。


 寿命を削った――。


 殴られたような衝撃に、身体が動かない。


「え……じゃあ……」


 声が出ない。

 君が思ってるほど、悪いことじゃない――そんな前置きをしておいて。


 いきなり訪れた絶望に、喉を塞がれていると。


 翼に覆われた闇の中、ふたつの光が私を捉えた。

 穏やかな息を感じる。

 熱い唇が、唇に重なる。


「……っ!」


 慰めは今いらない――それすら言えず、夫の肩を押し返した瞬間。

 翼が引っ込み、夫の顔がよく見えるようになった。


 星明かりの下、柔らかく微笑んでいる。


「大丈夫だよ。君と一緒……なんだ」

「え……」


 それは、どういうことなのか――まだ声が出ない。

 早く続きを話すよう目で訴えれば、ドラグは自分の心臓の上に手を当てた。


「呪術師のカムカムに診てもらったら、残った寿命が……だいたい100年くらいなんだって」


 100年――何でもないことのように言うドラグに、目を瞬かせるしかなかった。


「ちょうど、人間の君と同じくらいだよ」

「そう、ですけれど……」

「同じ時間を過ごせるのって、奇跡だ……だって」


 君のいない時間を何千年も過ごすことが、ずっと怖かった――そう言ってドラグは笑った。本当に嬉しそうに。


「……っ」

 

 私はずるい。

 さっきまで、彼が私の前からすぐにでも消えてしまうのではと心配していた。

 それが、「同じ時を生きられる」と分かった途端。地の底から青空へ引き上げられたような気分になっているのだから。


 ドラグが本来生きられるはずだった時間を削ってまで、私を迎えに来てくれたのに――。


「私、ひどいね……嬉しいって、思っちゃった」

「いいんだ。僕も嬉しいから」


 結婚式の時はついに出なかった涙が、今になってあふれた。


 いつでも自分を支えてくれた夫が、今も背中を撫でてくれている。


「100年はあっという間だ……シオンを盛り上げていくのに、ちょっと足りないかも?」

「ふふっ。それ、ドラグ様がおっしゃいます?」


 最初は引きこもって、私の後ろに隠れていた夫。それが自分から、領の未来の話をするようになるなんて――。


「限りある時間の中で、できることを成し遂げましょう。ふたりで一緒に!」


 もう誰も、私を『匡花』とは呼んでくれないのだろうか。親も友達も幼なじみも、本当の私を知る人は、ここには誰ひとりいない――そんなことを、この世界に来たばかりの頃に思った。

 でも。


「匡花……愛しているよ」


 今は隣に彼がいる。


「もし僕が君より先に逝ったとしても、あの子がいるし」

「そんな寂しいことは、まだ言わないでほしいのですが……なんだかジュニアの寝顔が見たくなってきました」

「じゃあ、戻ろうか。でも……」


「その後は僕の部屋ね」と囁かれ、思わず笑ってしまった。

 転移直後。初夜の呼び出しを回避するため、自分の頭を殴っていた最初のことを思い出したのだ。


「えっ、どうして笑うの……?」

「ごめんなさい。もう夢じゃないんだなぁって」


 シオンの空に瞬く燃えるような星々を見上げ、今は遠い世界を想像した。

 あの中のどれが、私の生まれた世界の灯なのだろうか――。


 でも、もう確かめる必要はない。

 星の光よりも確かな黄金眼が、すぐ隣で私を見つめている。


 推しの生きる『幻想国家シビュラ』――

 ここが私の、帰る場所だから。




 《End》

『シャイな異形領主様に代わりまして、後家のわたくしが地代を徴収(とりたて)いたします。』

――約1年の連載を経て、本日、物語の幕を閉じました。


まずはここまでお付き合いいただいた皆さまに、心からの感謝を。


“推しモドキ”との政略結婚からはじまった匡花が、“人生の推し”を得るまでの物語。

少しでも楽しんでいただけたなら、作者としてこれ以上の喜びはありません。


この物語は、私にとっても挑戦の連続でした。

「推し」からはじまる恋が、ただの“推し活”ではなく“人生を選び取る力”へと変わるまでを描きたくて。


異世界という舞台を借りながら、結局は“誰かを信じる勇気”という、人間的な答えにたどり着いた気がします。


最後に。

この物語を見届けてくださった、すべての方へ。


執筆の夜に灯りをくれたのは、皆さまの存在でした。

私にとっての“人生の推し”は、物語を読んでくださる皆さまです。

またいつか別の世界線で、匡花とドラグのように、“信じることから始まる恋”をお届けできたらと思います。

本当にありがとうございました。


……ほんとうに最後に、ひとつだけ。

日常のふたりの「甘み」を絞り出したスピンオフ、

『今日も旦那さまのツノが良い!~転生後妻と夫竜、領地・夫婦再建物語の舞台裏~(仮題)』、後日連載予定です。


見早

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