第八話 「神獣の加護」(勇者視点)
(フェルトは目立つことを嫌がっている。なら彼のその意思を尊重すべきかもしれない)
世間の人々にフェルトの活躍を伝えると提案した時は、どうせ信じてもらえないだろうからと諦めもしていた。
ツイードならばおそらく信じてくれるだろうが、そもそもフェルトは良くも悪くも自分が噂になることを嫌うタイプなのだ。
前々から一緒に過ごしている幼馴染の身として、それを重々理解しているブロードは、ツイードの問いかけに対してお茶を濁しておくことにした。
「魔王の怪物性を、僕らの絆が少しだけ上回っただけの話だよ。別に特別な準備をしたわけでも作戦を立てたわけでもないさ」
「チッ、あぁそうかよ。お前らは俺の想像を遥かに超える成長をしていたってわけか。じゃあ、魔王の『灰化の呪い』も気合か何かで乗り越えたってのか?」
「呪い?」
ふとツイードの口からこぼれた台詞に、ブロードは疑問符を浮かべる。
何も知らないといったブロードのその様子に、ツイードはつまらなそうに顔をしかめた。
「んだよ、やっぱ知らずに戦って魔王を倒したのかよ。とんでもねえ連中だな」
「魔王は呪いの力を使えたのか? そんな情報聞いたことがないけど」
「ま、俺らもついこの前、偶然手に入れた情報だけどな。地方領地を侵攻してた魔王軍の幹部を捕らえた時、尋問が上手くいって魔王の情報を聞き出すことができたんだよ」
ツイードは給仕に新しい飲み物をオーダーしてから、グラスに残った氷をガリガリ齧りながら続ける。
「魔王は人体を灰に変える特殊な呪いを使える。歴代の勇者たちがやられたのもそれが一番の原因だって話だ」
「人体を灰に……」
「魔王と戦って生還したパーティーがこれまで一つもなく、なぜか遺体すら残らないって言われてたのも、この灰化の呪いでみんなやられちまってたからだ」
呪い。
主に死霊種の魔族が使う特殊な力で、人体に様々な悪影響を生じさせる。
悪寒を覚えさせたり、幻覚を見せたり、視力を低下させたりなど……
毒と違って治すことも予防しておくこともできず、条件さえ整えば確実にかけることのできる厄介な力だ。
ただ呪いは戦いにおいて決定打になるほど恐ろしいものではなく、あくまで煩わしい些細な影響を与える程度である。
だから『魔王は呪いを使えた』というだけだったら、さほどの驚きはなかったが、人体を灰に変えてしまうほどの呪いとなれば話は別。
「一介の魔族たちが使うような呪いだったら、俺らも気にせずに魔王に挑みに行ってたとこだが、灰化の呪いを持ってるとなりゃ対策が必須になる。だから充分に準備を整えてから魔王を倒そうと考えてたんだけどよ……。まさか直後にお前らの魔王討伐の報告を聞くことになるとは思わなかったぜ」
そのタイミングで、ツイードが頼んだ飲み物がやってきて彼はまた勢いよく飲み始める。
そんな彼の傍らで、ブロードは疑問に思ったことを呟いた。
「どうして僕たちは魔王の呪いが効かなかったんだ?」
「さーな。気まぐれで魔王が呪いを使わなかったか、もしくは使う余裕がないほどお前らが圧倒してたのか。呪いによって発動条件もちげぇし、死人に口なしだから具体的なことはわかんねえけどな」
呪いをかける方法は魔族によって様々だ。
対象に触れる、言葉を聞かせる、目を合わせるなどなど……
魔王のその灰化の呪いがいかなる条件で発動可能なのかは定かではないけれど、これまで多数の腕利き冒険者を屠ってきたことからも戦闘中にその条件を満たすのはそこまで難しいことではないように思える。
本当に呪いの力を使う余裕がないほど、自分たちは魔王を追い詰めていたのだろうか?
今さらながら自分たちの勝利に少しの違和感が湧いてくる。
「それかあるいは、お前ら神獣の加護でも受けてたんじゃねえのか?」
「神獣って、まさか冒険譚に出てくる幸運の神獣フェンリルのことかい? 冗談はよしてくれよ」
確かに呪いは、発動条件が満たされても、幸運によって跳ね返すこともできると聞く。
よほどの豪運の持ち主ならば、魔王の呪いですら無効化できてもおかしくはない。
それこそ伝説上の神獣フェンリルの加護でもあれば呪いに怯える必要はないだろう。
伝奇の中の空想上の生物――フェンリル。
様々な冒険譚、英雄譚、絵本に登場していて総じて人々に幸福を授ける幸運の神獣として伝えられている。
そのフェンリルの加護なら魔王の呪いを防ぐことなど造作もないだろうが、いくらなんでも冗談が過ぎるとブロードは思った。
が、同時に密かに引っ掛かりを覚える。
(思えば、旅の中で幸運を感じる場面も、いくつかあったような……)
滅多に見つからない魔物を頻繁に見つけたり、大事な依頼の日は決まって天候に恵まれたり、希少な素材がたくさん集まったり。
たまたま、では説明がつかないほど、勇者パーティーは幸運な出来事に度々遭遇している。
まさか本当にフェンリルの加護を……?
「まあ単純にお前たちの運がよかったってことだな。灰にならずに済んでよかったじゃねえか」
「そう、だね……」
腑に落ちない点はあるが、自分たちが魔王に勝ったのは事実だ。
だからそれらの違和感を飲み込んで、今は素直に魔王討伐成功の喜びを噛み締めることにした。
仲間たちが談笑している光景を眺めながら、自分も新しい飲み物でも頼もうかと思っていると……
「んっ? そういやそっちのとこにいた道具師はどうしたんだよ?」
「えっ……」
ツイードから唐突な問いかけをされて、思わず心臓が鳴る。
ツイードはただ純粋に、いたはずの仲間の姿が見えないことに疑問を抱いている様子だった。
まあ当然の質問ではあると、ブロードは密かに思う。
見知ったパーティーの中から仲間が一人減っていたら、気になってしまうのは当たり前のこと。
ただでさえ勇者パーティーは魔王との激戦を終わらせた後なのだから。
その時に命を落としてしまったのか、その辺りの心配をしてくれているようだった。
だからブロードは、いらない心配をかけないためにも、すぐにツイードに答えようとした。
「えっと、フェルトは魔王討伐の作戦前に……」
自主的にパーティーを抜けたんだ、とあらかじめ用意していた嘘の経緯を話そうとする。
本当は魔王討伐の作戦にも参加して、戦いのために武器や道具も用意してくれた。
そして褒美を受け取れば禍根を残すことになるからと、仲間たちを気遣って身を引いてくれたのだ。
正直にそう言えればよかったが、フェルトは変に目立つことを嫌がっているため、彼のことを聞かれたら嘘の経緯を伝えようとブロードは決めていた。
しかしその時――
「あらあら、主役のあなたたちがこんな隅っこにいていいのかしら? 勇者パーティーさん」