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第五話 「孤児院」


「久しぶり、アラベスクさん」


 この人の名前はアラベスク・テーパード。

 チェック村にある孤児院を営んでいる院長だ。

 そして実質、この世界における俺の育ての親でもある。

 俺はこの世界に転生して目覚めた時、親がいなかった。

 チェック村の入り口に捨てられていた状態で、そこを孤児院を営んでいるアラベスクさんに拾ってもらった。

 おそらく何かしらの理由で俺を育てられなかった親が、チェック村の孤児院を頼って村の入り口に置いたのだと思われる。

 そうして孤児院で育ててもらうことになり、この人のおかげで俺は健康的に育つことができたのだ。


「おかえりなさい、フェルト君。随分と大きくなりましたね。無事に帰ってきてくれてとても嬉しいですよ」


「アラベスクさんこそ元気そうでよかった。孤児院も相変わらず賑やかそうだね」


 洗濯物を干すアラベスクさんの後ろで、子供たちが元気に庭を駆け回っている。

 ここはチェック村の旧教会を利用した孤児院で、新しい教会はまた別に建てられている。

 古くなった教会を持て余していたところ、アラベスクさんが領主と交渉して孤児院として利用させてもらっているらしい。

 そのため古くはなっているものの、敷地自体は広く子供たちものびのびと生活することができている。


「それで、どうして突然チェック村に戻ってきたのですか? ブロード君と一緒に旅の最中のはずでは……」


「その旅が終わったから、アラベスクさんに報告しようと思って村に帰ってきたんだ。ついでに旅の思い出も聞いてもらいたいと思って」


「なるほど、そういうことですか」


 そう、ここへ戻ってきたのは魔王討伐の報告を、恩師のアラベスクさんにしようと思ったからだ。

 それが済んでようやく、俺の魔王討伐の旅にピリオドを打てると思った。


「であれば中へ入って、腰を落ち着けて話をしましょう。フェルト君も家路を歩いて疲れているはずですから」


「うん、そうさせてもらおうかな」


 アラベスクさんに促されて、俺は久々に孤児院の中に入った。

 中の風景は、六年前に見た光景とほとんど何も変わらない。

 子供の数が少し増えたくらいだろうか。

 どうやらこの人のお人好しはますます強くなっているみたいだ。


「また見境なく新しい子を引き受けてるみたいだね。孤児が可哀そうなのはわかるけど、引き受けは程々にしときなよ」


「た、頼られてしまうと、どうにも断れない性分なんですよ。一応孤児院にはまだ余裕がありますし」


 この人はそう言って、自分の食い扶持を限界まで切り詰めて、行く当てのない孤児たちを助け続けている。

 アラベスクさんは、元々は別の孤児院で育った元孤児だ。

 その時の院長さんからよくしてもらったため、自分も同じく孤独に苦しむ子供を助けたいと孤児院を開いたらしい。

 その心掛けは立派だけど、自分の身を削ってまで孤児を助けようとしているのは手放しには褒められない。

 全体的にほっそりとした体つきをしているのもそれが理由である。


「まあ、じきにブロードが孤児院のために莫大な援助資金を持って帰ってくると思うから、もう少し引き受けても問題はないと思うけどね」


「莫大な援助資金? ということはやはり、フェルト君たちは魔王を……?」


「うん、そういうこと」


 俺がこの村に帰ってきた時点で察していたとは思うが、ここで俺は確信を与える頷きを返した。

 しかしブロードが一緒にいないことに疑問を抱いている様子だったので、その辺りのことも腰を落ち着けて説明していく。


 魔王討伐が無事に済んだこと。

 じきにその話が世界全土に広まること。

 俺は勇者パーティーで腰巾着と揶揄されていたこと。

 だから魔王討伐の報酬を受け取らずにパーティーを離れたこと。

 これから自由に世界を見て回ろうと思っていることを。

 アラベスクさんはその話を静かに頷きながら聞いてくれて、すべて聞き終えると納得したように微笑んだ。


「なるほど、それでフェルト君だけ先に一人でチェック村に帰ってきたわけですか」


「うん。ブロードは今頃、他の仲間たちと一緒に王都に到着した頃じゃないかな」


 次いでアラベスクさんは、心なしか昔のことでも思い出すように、遠い目をしながら話す。


「あなたは相変わらず歳不相応に達観していると言いますか、大人びた行動を取りますね。富や名声ではなく安寧を選ぶとは」


 まあそりゃ、中身は元々四十歳手前の大人だったんで。

 歳不相応と思われるのは当然ではある。

 俺だって十八の若い頃に魔王討伐の栄誉を得られる機会があったなら、喜び勇んで飛びついていたに違いないから。


「しかしそれがあなたの選んだ道だというのなら、何も言うつもりはありません。私からはただ、魔王討伐の称賛だけを送らせてもらうとしましょう。さすがはフェルト君とブロード君ですね」


「ありがとう、アラベスクさん」


 アラベスクさんは優しげな表情で、俺の選択を肯定してくれた。

 そして名声を得られなかった代わりに、アラベスクさんからの称賛を受けることができて、俺はそれで充分に満足できた。


「それにしても、お二人が無事で本当によかった。何より今日まで仲違いをせずに冒険を続けてくれて、私はとても嬉しいです。やはりお二人は仲がいいですね」


「仲がいいっていうか、俺はあいつに恩があるからそれを返したかっただけだよ」


 俺とブロードは一緒にこの孤児院で育ち、俺はあいつに色々と助けてもらった。

 孤児院の孤児たちは基本的に出自がはっきりしていることが多く、親も出身も定かではない俺は孤児たちから気味悪がられてしまったのだ。

 前世の記憶があるため変に大人びた口調と態度をしていたことからも、孤児院で孤立してしまったのは今思えば当然の成り行きだったのかもしれない。

 精神は三十代後半のため、孤立すること自体は別に苦痛ではないと思ったが、思いのほか俺の心は徐々に擦り減っていった。

 それを気にかけてくれたのがブロードである。


 ブロードは孤立している俺にも優しく話しかけてきてくれて、孤児たちの中心人物でもあったため俺と皆の仲を上手く取り持ってくれたりもした。

 同い年ということもあって、それからよく一緒に行動するようになり、おかげで俺は孤独に苦しむことがなかったのだ。

 だから俺はブロードに感謝していて、勇者として魔王討伐を志したあいつを手助けしてやりたいと思った。

 それが無事に終わったので、俺は最初の目的であった自由気ままな旅にこれから出ようとしている。


「それで、君はこの後すぐ旅に出るのですか?」

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