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第三話 「人助け」


 勇者パーティーと別れてから、俺は旅の準備を始めた。

 これからの予定についてだが、ブロードたちにも言ったように、自由気ままに世界を旅しようと思っている。

 魔王討伐の旅が過酷だった分、これからはのびのびと自由に生きていこうと考えているのだ。

 と、ブロードたちには語ったけれど、実はその他にも理由があったりする。

 俺は前世での経験から、世界を気ままに旅することに密かに憧れを抱いている。


 俺には、前世の記憶がある。

 日本人、布施優斗ふせゆうととして過ごしてきた時の記憶が。

 三十代後半、社会人として責任ある役職に就かされて、しがらみや息苦しさを感じながら仕事に明け暮れる日々を送っていた。

 そんなある日、俺は通勤中に暴走車と思われる事故で命を落とし、気付けばこの世界へと転生していた。

 人々に天職という名の力が与えらえて、蔓延る魔物や魔族たちと戦いを繰り広げている空想的なこの世界に。


 前世ではファンタジー系のゲームが好きで、それによく似た世界へやって来られたとわかった時は、強烈な驚きと感動を覚えたものだ。

 さらにはファンタジーゲームの中でも特にクラフト要素の強いゲームを好んでいて、授かった天職が生産系の【道具師】だったのも運命的な何かを感じた。

 だから俺はこの世界を自由に歩き回りながら、各地の素材を使って色々な道具を作ってみたいと最初に思ったのだ。

 で、幼馴染であり恩人でもある勇者ブロードの手助けが終わったので、俺は最初にしたいと思った異世界旅に出発しようとしているわけである。


「着きましたよお客さん」


「んっ?」


 ただその前に、故郷に戻ってやっておきたいことがあったので、俺は一度生まれ育ったチェック村に戻ることにした。

 最寄りの町まで馬車で送ってもらい、そこからは自らの足で故郷の村を目指す。

 田舎村だから、馬車が最寄りの町までしか行ってくれない。その分、人が少なくて静かで暮らしやすいんだけど。


 思えば前世の実家もこんな感じだったなぁ。

 周りに田んぼや畑くらいしかなくて、バスも電車も本数が少なく車必須の交通環境。

 ゲーム屋や電気屋、書店などももちろんあるはずがなく、隣町まで遠出しないとろくにゲームやラノベが買えなかったな。

 そんな不便さはありつつも、都会と違って雑踏の圧迫感がなく、静かで解放的な場所だった。

 それらの懐かしさを感じながら、俺はチェック村までの道のりをのんびりと歩いていく。

 するとその道中……


「ううっ!」


 道端にうずくまっている人が見えた。

 傘のような帽子を被っていて、大きなカバンを背負っている。

 おそらく行商人と思われる男性は、右脚を押さえて地面に座り込んでいた。

 トラブルはさすがに避けたかったけれど、さすがに無視できずに声をかける。


「あの、どうかしましたか?」


「さ、さっき、森の中で小さな狼の魔物に襲われてな。右脚をやられてここまで逃げてきたんだ」


 見ると確かに引っ掻かれたような傷が窺える。

 しかもそれなりに傷が深い。

 町まではそれなりに距離があるので、この脚で歩いていくのは難しそうだ。


「町で大切な商談があるっていうのに、このままじゃとても間に合わない」


「……」


 男性は嘆くように歯を食いしばる。

 その姿を見た俺は、しょうがないと思いつつ男性に告げた。


「もう少し我慢してください。すぐに傷薬を作りますから」


「えっ?」


 別に、困っている人がいたら誰でも彼でも助けるという、人情に溢れた性分を持ち合わせているわけではない。

 何か莫大な見返りを期待しているわけでもない。

 ただ……


『ブロードさぁ、困ってる人がいたら誰にでも手を貸してるけど、あまり得する生き方じゃないと俺は思うぞ』


『えっ、どうして? 確かに見返りは得られないかもしれないけど、人との繋がりができていいじゃないか』


『人との繋がりができるほど、しがらみもまた増えていくからだよ』


 旅の中で、ブロードが人助けをする姿を何度も目にしてきた。

 誰でも彼でも助ける心意気は殊勝なものだと思ったけれど、いつかブロード自身が疲れてしまうのではないかと思って俺はそれとなく苦言を呈したのだった。

 前世の俺も善意だけで頼み事やら無茶な仕事を引き受けたりして、自分の身と心をボロボロにしてしまった苦い経験があるから。

 その時にブロードが、爽やかな笑みを浮かべてこう言ったのだ。


『だとしても僕は、目の前に困っている人がいて、その人を助けられる力があるのなら、それを使わないのはもったいないって思ってしまうんだ』


 あのお人好しのそんな生き方を、後ろからずっと見ていて、最後までそれを貫き通した姿をかっこいいと思った。

 だからこれは、少しでもブロードみたいにかっこよくなるための、いわば真似事である。

 俺は何もない空間をタンッタンッと、右手の人差し指で二度叩く。

 すると目の前に半透明の板が浮かび上がってきた。


 生産職ならば誰もが出せる『ウィンドウ』。

 ゲームでいうメニュー画面のようなもので、色々と便利な機能が使える。

 荷物や道具を仕舞っておける『アイテムウィンドウ』だったり、周辺地域を地図化してくれる『マップウィンドウ』だったり。

 そして【道具師】は『クラフトウィンドウ』も開くことができ、収集した素材を組み合わせて道具を製作できる。

 クラフトウィンドウを開くと、持ち合わせている素材の一覧がずらっと表示されて、俺はポチポチと手慣れた所作で素材を選んでいく。

 それから調合開始のボタンを押すと、ウィンドウが僅かに青白い光を放ち、画面が切り替わって『調合終了』の文字が浮かび上がってきた。

 アイテムウィンドウを見てみると、作成された傷薬がきちんと入っているのが確認できる。

 それを取り出し、座り込んでいる男性に渡した。


「これどうぞ」


「これって、もしかして『安らぎの良薬』か? あんた道具師だったのか」


「はい」


 どうやらこの道具について知っているようで、こちらの天職を道具師と見抜いてきたらしい。

 行商人さんならこれまで多種多様な物品を扱ってきただろうから、道具師の作った道具を知っていても不思議はないな。


「ありがとう、気遣ってくれて。これで“少し”は楽になるよ」


 少し。

 そう、この『安らぎの良薬』という道具は、いわばちょっとした痛み止めのようなものだ。

 薬師が手掛けるような、飲めばみるみる傷口が塞がっていく傷薬とは違い、道具師が作る傷薬はせいぜい自然治癒力を促進しつつ痛みを緩和するだけ。


 これこそが道具師が無能の天職として名高い最大の理由である。

 傷薬は作れるけど、薬師の天職が手掛けるような強力な傷薬や解毒薬は作れない。

 武器は作れるけど、鍛冶師の天職が打つような特殊効果付きの武器は作れない。

 作れる道具の種類が多い代わりに、低性能なものしか作れない、生産職の中において器用貧乏な存在と言える天職だ。


 そんな道具師が作った傷薬では気休め程度にしかならないが、男性はこちらの気遣いを無駄にしたくないと思ったのか、大切そうに『安らぎの良薬』を飲んでくれた。

 すると……


「えっ?」


 薬を飲み干した直後、男性の右脚に異変が起こる。

 狼の魔物に引っ掻かれた傷が、“一瞬にして完治”した。

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