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第二話 「ありふれた生産職」


「えっ?」


 ブロードだけでなく、四人の驚くような視線が殺到する。

 まだ誰にも言っていなかったことなので、このような反応をされるのも無理はない。

 それがしかも魔王討伐を果たした褒美のことなので、驚愕はなおのことだろう。

 町への帰路を歩いている中だったが、その足取りを重くしながらブロードが俺に問いかけてきた。


「受け取らないって、何も褒美をもらうつもりがないということかい?」


「あぁ。それとみんなと一緒に王都に戻るつもりもないよ。俺はすぐにこのパーティーから離れさせてもらう」


「どう……して……?」


 言っていなかったことを改めて告げると、皆の疑惑の視線はより色濃いものになった。

 いきなりのことだからこんな顔されるのも当然だよな。

 でも、これは前々から決めていたことだ。

 俺は魔王討伐の褒美を受け取らない。いや、受け取れないと言った方が正しいか。

 そうすることができない確かな理由がある。


「みんなも知っての通り、俺は勇者パーティーの『腰巾着』ってよく言われてる。本来は勇者パーティーにいるのがおかしい、ありふれた生産職の【道具師】で、勇者ブロードの幼馴染のよしみでパーティーに入れてもらっているだけの役立たずって知れ渡ってるだろ」


 不意に皆の表情に翳りができる。

 それもそのはずで、この噂は実際に皆と一緒に町を歩いている時に、何度も耳にしたことだからだ。

 道具師は無能な天職として有名だ。

 素材を組み合わせることで様々な道具を作り出せる天職だが、そのどれもが日常で少し役に立つくらいの性能しか持っていない。

 鉱石を素材に一瞬で剣を作り出せるが、燃え盛る炎の剣を打てる鍛冶師には敵わない。

 薬草を素材に一瞬で痛み止めを作り出せるが、飲むだけで怪我を治せるポーションを調合できる薬師には及んでいない。

 魔物討伐で重宝されるような他の生産職とは、天と地ほど扱いの差がある。

 だから勇者パーティーのメンバーとして相応しくないと言われており、勇者ブロードと幼馴染の関係ということも割れているため、そのよしみでパーティーに入れてもらっているだけの腰巾着と揶揄され続けているのだ。


「そんな俺が魔王討伐の褒美なんてもらってみろ。同業の冒険者たちだけじゃなく、町の人間たちからも反感を買うのは目に見えてるじゃないか」


 役立たずのくせにおこぼれに預かりやがって。そのような言葉を掛けられるのが容易に想像できる。

 ゆえに魔王討伐の褒美を受け取らずに、穏便に身を引こうと思っていたのだけれど、ブロードは納得できないと言うように説得してきた。


「言いたい奴には言わせておけばいいじゃないか。傍目には地味な役割に見えたかもしれないけど、君は勇者パーティーにおいて間違いなく欠かせない存在だった。僕たちがそれを世間に証明してやる。何より君が作った武器や道具は、魔王討伐において一番活躍したと言っても……」


「他の冒険者や町の人たちはそれを実際に見たわけじゃないからな。武器や道具を手掛けたのも俺だって証拠はないし。きっと信じてもらえない」


 実際にあの魔王も驚いていたじゃないか。

 ありふれた生産職の道具師が、勇者パーティーの装備や道具を揃えたなんて、と。

 きっと町の人たちには、幼馴染のブロードが役立たずの俺のことを庇っているようにしか見えないはず。


「なら、君が大衆の前で実際に道具を作って、その性能を披露すればいいじゃないか」


「それでも俺を認めない人間は出てくるはずだよ。そもそも道具師として技術を高めることができたのは、勇者パーティーにいて良質な素材に触れられる機会が多かっただけだ、とかな」


 いちゃもんの付け方なんかいくらでもある。

 どれだけ俺が力を誇示しようと、俺がありふれた生産職の道具師というのは変えようがない事実なのだから。

 妬み嫉みの視線は必ず向けられることになるだろう。


「それに下手すれば勇者パーティー全体に火の粉が飛ぶ可能性だってあるからな。役立たずに上手い汁を吸わせてんじゃねえって。だから俺は魔王討伐の褒美は受け取らない。王都に戻って称賛を浴びる気もない。四人だけで魔王を倒したってことにしてくれ」


 改めてそう言うと、ブロードは複雑そうな表情で歯を食いしばった。

 でもわかってほしい。

 今回の魔王討伐によって、勇者パーティーは世界を救った英雄として称えてもらえる。

 そこに雑音となる俺の存在を残しておきたくはないんだ。

 ブロードたちには純粋な称賛を受けてもらいたい。

 そう思っていると、ビエラが怪訝そうな表情で問いかけてきた。


「ジャカード国王様から巨額の富でも広大な領地でも賜れるまたとない機会なのよ? それをみすみす棒に振るつもりかしら?」


「改めてそう言われると確かに惜しく聞こえるけど、それより俺は悪目立ちする方が嫌だからな。俺が望むのは何よりも平穏な暮らしだよ」


 続いてガーゼが、気だるげそうな表情ながらも俺に尋ねてくる。


「じゃあ、フェルトはこれからどうするの?」


「んー、特に具体的なことは考えてないけど、魔王討伐の旅で疲れた分、これからはのんびりと世界でも回ろうかなって思ってるよ。作った道具でも売りながらその日暮らしって感じで」


「フェルトは、本当に変な奴だね。そんなことしなくても、私みたいに王様からいっぱいお金もらえば遊んで暮らせるようになるのに」


「役立たずって言われてる道具師がそんなことしてみろ、それこそ周りから嫉妬の嵐で大惨事になるだろ。ていうかむしろ聖職者の聖女様こそ、ここは慎むところだろうが」


 聖女ガーゼはバツが悪そうにそっぽを向いた。

 このぐーたら聖女が……

 この聖女様は幼く可愛らしい見た目と聖女の才能で許されているから、巨額の富をもらったとしても何も言われないと思うけど、俺が同じことしたら非難殺到なのは目に見えてるだろ。

 思わず呆れていると、不意にブロードがこちらに問いかけてきた。


「それならどうして、君は魔王討伐についてきてくれたんだ?」


「んっ?」


「褒美も名声もいらない。なら魔王討伐をする意味なんてなかったじゃないか。なのにどうして君は、魔王討伐の旅についてきてくれて、命を懸けてまで一緒に戦ってくれたんだ?」


 同じような疑問の視線を、他の三人の仲間たちからも向けられる。

 確かに褒美も名声もいらないなら魔王討伐について行った意味はないように見える。

 ただ危険を冒して魔王と戦っただけになるので、一般的に見れば命知らずの馬鹿と捉える人が大多数だろう。

 でも、それにはちゃんとした理由があった。


「お前に恩を返すためだよ、ブロード」


「恩?」


「小さい頃、孤児院で周りに馴染めなかった俺を、唯一ブロードだけが気にかけてくれただろ。おかげで俺は心細い思いをすることがなかったんだ。だからその恩を返せればいいと思って、ブロードの旅の助けをしようと決めたんだ」


 ブロードはあまりピンと来ていないのか、小首を傾げている。

 まあ、ブロードにとっては当たり前のことをしただけだから、あまり印象には残っていないのかもしれない。

 でも孤児院で気にかけてくれたことが、俺にとっては心の支えになっていた。

 そしていつか恩を返したいと思っていたので、英雄に憧れていたブロードの夢を叶えるために、魔王討伐の手伝いをしたんだ。


「まあ結局は楽しい旅の思い出も作らせてもらったから、返した恩よりももらったものの方が多い気がするけど」


 そんなことを言いながら歩いていると、やがて二股に分かれている分岐路に差しかかる。

 最寄りの町に繋がる道と、人気のない森へと続く道。

 勇者パーティーは前者の道へ向かう予定だが、そこで俺は森の方へ繋がる道に歩みを進めた。


「じゃあ、俺はここで別れるよ。町まで一緒に戻るところを見られたくないしな」


「本当に君は、それでいいのかい?」


「あぁ。俺には褒美や名声なんかなくても、この五人で旅をしたっていう思い出があるからな」


 本当にそれだけで充分だ。

 王様から巨額の富や莫大な領地なんかもらわなくても、俺は仲間たちからかけがえのない褒美をすでにもらっている。

 まあ、もう少しだけみんなと一緒にいたかったって気持ちはあるけど。

 その名残惜しさを胸の内に秘めながら、俺は仲間たちに背を向けた。


「じゃあ、みんな元気でな。また機会があったらどこかで会おう」


 後ろ髪を引かれる思いはあれど、それを悟られないように陽気な声音で別れを告げる。

 こうして俺は勇者パーティーを抜けて、世間の目から逃れるように仲間たちと別れたのだった。

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