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第十九話 「素材入手」


「き、消えた!?」


 その動きが見えなかったのか、後方でバラシアが驚愕の声を漏らしたのが聞こえてくる。

 それに後押しされるように一気に花型の魔物に肉薄した俺は、右手のナイフを振って花弁を斬りつけた。

 刹那、ナイフから深紅の火炎が迸り、花型の魔物を一太刀で焼き斬る。

 後方でバラシアがまた驚いたように息を飲む気配が伝わってきた。


 このナイフは『赤石あかいし短刀たんとう』という道具で、斬撃時に微かな炎が迸る。

 それだけだと単に火が付いただけのナイフなのだが、道具製作の際に最高危険度の魔物である『サラマンダー』の残存素材を用いることで、強力な炎を宿して切れ味を底上げしてくれるようになるのだ。

 サラマンダーの残存素材『火竜の熱牙ねつが』は希少素材のため、誰も加工方法を知らず、手探りで加工を進めるのは本当に難しかったけど、その甲斐あってこのような強力な道具を作り出すことができた。


「キシャァァ!!!」


 仲間の魔物がやられたからか、もう一体の人食い花が怒りを覚えたように、大口を開けて急速に迫ってくる。

 俺は慌てることなく、正確に敵の動きを観察し、危なげなく攻撃を躱して裏に回った。

 直後、右手で力強く握った赤石の短刀を、魔物に向けて一閃する。

 また一体撃破。


 我ながら目覚ましいほどに身体能力が向上している。

 普通なら、ただの道具師が超速度で魔物に接近したり、余裕を持って相手の攻撃を躱すことなんてできるはずもない。

 しかし赤石の短刀と一緒に装備した青い指輪のおかげで、今の俺の身体的な能力は上級戦闘職と遜色ないほどにまで高められている。

 これも苦労して作った『超越の指輪』だ。効果時間に限りがあるから、いざという時にしか使わないようにしている逸品である。

 その二つの道具を装備したおかげで、ただの道具師の俺でも複数の魔物を穏便に討伐することができた。

 目的の薬草も踏み荒らされたりしていない。


「まあ、このくらいの魔物だったら俺でもいけるか」


「……」


 見える限りの魔物を倒し終えると、口をあんぐりと開けたまま固まるバラシアと目が合った。

 次いで彼女はハッと我に返り、驚愕したような様子で問いかけてくる。


「せ、生産職の方じゃなかったんですか!?」


「戦いにも役立つ道具をいくつか持ってるだけだよ。俺自身の戦闘能力は本当にただの生産職と同じだから」


 突然生産職らしからぬ戦いぶりを見せられたからか、バラシアはとても驚いたようだ。

 今回はピケが戦えなかったので仕方なく俺が戦ったが、なるべくこういうのは避けるようにしていきたい。

 道具はあくまで消耗品なので、いくら便利であろうと使いすぎると壊れてしまう。

 いざという時のために、俺は装備を再びアイテムウィンドウに戻して戦闘を終了したのだった。

 これにて天涙草、無事に獲得である。


 天涙草の採取を終わらせた後、身の安全を考慮して即座に奥地から離れることにした。

 本音を言えばまだまだ奥地で薬草採取を続けたかったけれど、先ほどのようなトラブルがまた起こらないとも限らない。

 それにバラシアの分は一本だけでいいということなので、俺は四本の天涙草をもらえることになったから。

 これで色々と加工や調合を試せる。

 百病百毒に効くと噂されるほどの希少素材なので、シンプルに薬の調合に使うのもいいし、装飾品なんかと組み合わせたら病や毒を完全予防する腕輪や指輪などが作れるかもしれない。

 今からとてもわくわくしていると、森から出たタイミングでバラシアからこんな提案をされた。


「フェルトさんがいなかったら、絶対にこの薬草を手に入れることはできていませんでした。ですから何かしらお礼をさせてください!」


 とは言われたものの、パッと思いつくものもなく、何よりそこまで大したことをしていないのでお礼は大丈夫と返した。

 それならせめてご飯だけでも奢らせてほしいと言われてしまったが、金銭的に余裕がないと聞いていたのでさすがに断ろうと思った。

 けれど……


「ダマスクの町のご飯屋さんで美味しいところを知っています。故郷がすぐ隣の町なので、この辺りの名産についてもお教えできますよ」


 ダマスクの町、もといこの周辺地域はまだ観光し切れていない。

 美味しいご飯屋さんはもちろんながら、名産についてもまったくの無知だ。

 だからガイドがいてくれたら助かると思い、彼女のお言葉に甘えることにした。

 まだバラシアとも話したいと思っていたのもそうだし、ピケも彼女に興味があるようだったから。

 そうして森を離れた俺たちは、ダマスクの町に帰ってきて一緒にご飯を食べることになった。

 無事に薬草採取を終わらせることができた打ち上げ、といったところである。


「この度は本当にありがとうございました、フェルトさん。これでお母さんの病気をよくしてあげられます」


「こちらこそ案内助かったよ、バラシア。おかげで迷わずに薬草の群生地に辿り着けて、こうして貴重な素材も採れたから」


 俺たちはグラスを打ち付けあい、爽やかな果実ジュースで乾杯をする。

 この異世界では酒は十五から大丈夫ということになっているが、俺はあまり得意じゃないしバラシアも同様に酒は飲めない口だそうだ。

 それでも健闘を称え合うことはできるため、俺たちは改めて喜びを噛み締め合う。

 ピケにもお肉の山盛りを頼んであげて、俺の足元で子犬モードになったピケがむぐむぐと皿に顔を突っ込んでいた。

 その微笑ましい様子を眺めながら美味しい料理をつついていると、バラシアが不意に問いかけてきた。


「フェルトさんとピケちゃんは、またすぐに素材採取の旅に出るんですか?」


「うん。もう二、三日ダマスクの町に滞在して、この周辺の薬草をあらかた採取したら、次の町に行こうかなって思ってるよ」


 それだけの時間があれば、このモアレ地方の薬草もかなり網羅できるだろうし、テンポよく次の町に行こうと考えている。

 色々な素材を採取して様々な道具を手掛けたいからね。まあそれと同じくらい、やっぱり各地を見て回るのも楽しいから。

 町での滞在期間はなるべく短くするつもりだ。

 そう答えると、バラシアは僅かに眉を寄せてため息を吐いた。


「そうですか。まだしばらくダマスクにいてくれたら、母の治療を終わらせた後で、私にこの辺りの案内をさせてもらいたかったんですけど。お礼も全然できてませんし」


「気にしないでいいよ。この美味しいご飯屋さんも教えてくれたし、お代まで払ってくれるんだから、それで充分お返しになってる」


 責任感の強い子だなと思っていると、ちょうどその時足元のピケがお肉を食べ終わった。

 次いでピケは、卓上の匂いに釣られてか、ご飯をせがむように俺の足を前足でちょんちょんと小突いてくる。

 追加のお肉を注文するから少し待っててと言うと、次にピケはバラシアの足元に移動して、俺の時と同じく前足でちょんちょんと小突いていた。

 せっかく知り合えたし、この通りピケもバラシアにすごく懐いてるみたいだから、もう少し一緒に過ごしたいという気持ちはあるけどね。


「それで、次はどの町に行くか決まってるんですか?」


「うーん、そうだなぁ。今一番気になってるのは、特殊な魔力水が買える水の都『バブルドット』かな」


 ここトップス王国の西部に隣接しているアウター王国。

 その北側に、特殊な魔力が宿った水源を保持している大都市があると聞く。

 名前はバブルドット。

 町の中の至るところにも水路や噴水があって、そこからキラキラと輝く水が湧き出ているようだ。

 ゆえにそこは水にゆかりのある町として、“水の都”と呼ばれている。


「バブルドットですか。確か特殊な魔力が宿ったお水を財源にしている大都市ですよね。そのお水を素材として手に入れたいということですか?」


「そうそう。高濃度の魔力水は鍛冶や調薬でも重宝されるものらしいし、道具作りでも色々と生かせると思ってね。あとここから割と近いし、何より“観光地”としても有名だから」

 

 というか万人からするとそちらのイメージの方がよほど強いだろう。

 バブルドットの町中では、輝く魔力水が年がら年中流れている。

 その様子は世界でも有数の美景の一つとして数えられていて、しかも美肌効果や保湿性能、血行促進作用のある魔力水を利用して温泉施設まで充実させているのだ。

 美景も温泉も楽しめるなんて観光地としてずるすぎる。これはさすがに行っておかないと損だ。


「私も母の病気がよくなったら、一緒にバブルドットの温泉に行ってゆっくり浸かりたいです。小型のペットでしたら一緒に入っても大丈夫と聞いたことがありますので、ピケちゃんと一緒に楽しんできてください」


「うん。ピケも温泉は初めてだろうから、連れて行くのが楽しみだよ」


 思えば前世の実家でも、白柴のピッケと何度も風呂に入ったものだ。

 動物は水の類が苦手だと聞いていたのに、ピッケは湯船に入るのが好きで、俺が風呂に入っている時よく扉をカリカリ引っ掻いて「開けてぇ~」と抗議してきたっけな。

 でも犬掻きはへたっぴだったから、ほっといたらどんどん体が沈んでいたけど。

 ピケはどうなんだろう? 温泉喜んでくれたら嬉しいな。

 と、今からとてもわくわくしていると、不意にバラシアが――


「あっ、でも確か……」


 何やら気がかりなことを言い始めた。


「ちょっとくらい前から、バブルドットで一部の魔力水の購入が制限されてませんでしたっけ?」


「えっ?」


 初耳の情報に、俺は目をぱちくりと見開いて固まったのだった。

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