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第十三話 「昔話」


 鍛え上げた成人男性並に大柄で、クリーム色の長髪を後ろで一本に結んだエプロン姿の女性。

 わずかにできた小じわから歳の程は四十から五十ほどに見える。

 特徴的な外見のその女性店員さんを目にして、俺はぎょっと目を見開いた。


「メ、メルトンさん!?」


 六年前、俺とブロードがこの食堂でご飯を食べている時、よく話しかけてくれた男勝りな女主人。

 お店の名前の由来も教えてくれたメルトンさんだった。

 六年前とほとんど姿が変わらない。とっくに五十後半に差し掛かっているはずなのにあの時からしわがほとんど増えていないなんて。

 それにまだこのお店の主人をやってくれていたんだ。

 驚きのあまり固まっていると、メルトンさんは俺の顔をじっと見つめながら微かに顔をしかめた。


「あぁ、ちょいと待ってくれよ。もう喉元まで出かかってるから」


 どうやら俺の顔に見覚えはあるが、正確なことまでは思い出せていないらしい。

 まああれから六年経って、顔と体もそれなりに成長したからね。

 しかしすぐにハッとなって、すっきりした顔で言った。


「そうだそうだ、あんた確か勇者の坊やと一緒にいた子じゃなかったかい?」


「……」


 やや周りにも聞かれそうなくらいの声量だったので、俺は思わず表情が強張る。

 そしてつい気まずい顔をしながら周囲に視線を泳がせた。

 すると今の声を聞いていた人はいなかったらしく、変に注目されていることはなかった。

 その様子を見てか、メルトンさんが気遣うように声を落としてくれる。


「なんだい? 周りに知られちゃ少しマズイかい?」


「ま、まあ、はい……」


 絶対にバレてはいけないというわけではないけど、やっぱり勇者パーティーにいた道具師と周りには知られたくない。

 王都で行われた祝賀会も筒がなく終えられたようなので、俺が諸事情でパーティーから抜けていることはすでに知れ渡っていることだろう。


 影が薄いので気にかけている人は少ないかもしれないが、もしここで正体に気付かれたら、どうしてパーティーを抜けたのかなど無粋に聞いてくる人だっているかもしれない。

 ということを理解してくれたのか、メルトンさんは声を落としたまま申し訳なさそうに頬を掻いた。 


「そいつは悪かったね。有名人と一緒にいた冒険者なんだから、もう少し気を付けるべきだったよ」


「い、いえ……」


「けどどうして周りに知られるとマズイんだい? 別に仲違いしてパーティーを追い出されたとかじゃないんだろ」


「えっ? どうしてそう思うんですか?」


「勇者パーティーが魔王討伐に成功したって噂がこの町に流れてきて、まだ間もない。そんなタイミングで久々にあんたの顔を見たんだ。となればあんたも最後まで勇者パーティーの一員として戦って、この町に帰ってきたってことだろ?」


 す、鋭いなこの人。

 実際に俺は魔王討伐に参加して戦いの一部始終を見届けた。

 確かにこの町に戻ってきたタイミング的に、俺も魔王討伐に参加したと考えるのが自然か。


「何よりあんたたち、仲がすごくよかったからね。喧嘩別れするようなタイプじゃないだろ」


「俺たちのこと、そんなに詳しく覚えてくれていたんですか?」


「ハハッ、そりゃ当然だろ。うちの店でちょっとした騒ぎまで起こしたんだから」


「あぁ……」


 そういえばそうだったと俺は遅れて思い出す。

 俺とブロードは昔この店で、ちょっとした騒ぎどころか、割と大きめな言い争いをしてしまった。

 より正確に言うなら、俺とブロードではなく、俺たちに話しかけてきた賢者ビエラ・マニッシュとだ。


『勇者ブロード・レイヤード、あなたの活躍はすでに聞かせてもらっているわ。この賢者ビエラ・マニッシュがパーティーに入ってあげてもいいわよ?』


 この店でブロードと一緒に食事をしている時のことだった。

 高圧的というかなんとも偉そうな態度で話しかけてきたのが、俺たちより歳が三つ上の、当時十五歳のビエラだった。

 彼女は世界でごくわずかしか存在しない魔術師系統の天職の最高峰である【賢者】を授かった人物で、当時はまだ冒険者になって間もなかったがブロードと同じくその活躍を聞かない日はなかった。

 そしてビエラは整った容姿でも注目されていて、多くのパーティーから勧誘を受けたと聞く。


 しかし彼女は誰ともパーティーを組むことはしなかった。

 話によれば、ビエラは平凡な天職しか授かっていない冒険者たちには興味ないと突っぱねたそうだ。

 自分の才能を自覚しているからこそ、高飛車な性格に育ってしまい、同列の人間にしか興味がなくなってしまったものと思われる。

 ゆえに期待の双星として並べて語られていた勇者ブロードには、逆に強い関心を示していた。

 そのこともあってこちらのパーティーへの加入を提案してきたのだろうが、しかしブロードはビエラのその誘いを断った。

 理由は、その後に続けられたビエラの台詞が原因だった。


『そんな数合わせの道具師なんかとパーティーを組んでいないで、もっと相応しい人物とパーティーを組むべきだわ』


 今の冷静沈着で周りへの配慮が行き届いているビエラとは思えない台詞である。

 しかし当時十五歳で高飛車だったビエラは、実際にそんな言葉を放ってブロードを怒らせてしまった。


『相応しい人物とならすでにパーティーを組んでいる。君こそこのパーティーに相応しくない人物だと僕は思うけどね』


 あいつは俺のために怒ってくれて、ビエラと激しい口論まで繰り広げた。

 この店でちょっとした騒ぎを起こしたというのはこの出来事である。

 その後、ビエラは負けず嫌いなこともあってか、来る日も来る日も諦めずに俺たちにパーティー加入の提案をし続けてきた。

 最終的には俺への侮辱を謝ってくれて、勇者パーティーで最初の仲間になってくれたわけだけど、あの時はブロードもビエラもまだまだ若かったなぁと感慨深く思ってしまう。

 今ではビエラは、旅の中で成長したことで高飛車だった性格もすっかり落ち着いて、勇者パーティーで参謀やら歯止め役を担うまでになっているからな。


「あの時は申し訳なかったです。お店の中で言い争いをしてしまって」


「いやいや、別に謝ってもらおうと思ってこの話を持ち出したわけじゃないよ。それに店の営業の妨げになる騒ぎは勘弁だが、あれもあれで駆け出し冒険者たちらしい若々しいさえずりだったからね」


 メルトンさんは嬉しそうに微笑みながら、お店の看板がかかっている方に目をやる。

 駆け出し冒険者たちが集うこの食堂で、長年主人を務めているから、あのような言い争いはもう幾度となく見てきたのだろう。

 彼女はニカッと豪快な笑みを浮かべて言った。


「またあの坊やを連れてうちに来なよ。腹いっぱい飯食わしてやるから」


 少しだけ、駆け出し冒険者の頃の新鮮な気持ちを思い出し、俺は「はい!」と力強い頷きを返したのだった。

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