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第十二話 「思い出の味」

 完全に日が落ちる前に森を出ることができて、再びストライブの町の景色が見えた。

 すでに街灯がついていて、賑やかな町の雰囲気が離れたところからでも伝わってくる。

 さあようやくのことで第一目標の町に入れるぞ、と喜び勇んでストライブに駆け出そうとしたが、またしても俺は不意に町に向かう足を止めてしまった。


「そういえば、ピケのことどうしよう……」


 名前をすっかり憶えてくれたのか、ピケが反応して耳がピクッと動く。

 呼んだわけじゃないよと軽く頭を撫でながら、今さらながらの深刻な問題に俺は悩みを覚えた。

 さすがに町の中だと、ピケのこの姿は目立ってしまうよな。

 大型犬よりさらに一回りほど大きなサイズ。下手したら俺を乗せて走り回れるくらいの余裕まである。

 新雪を思わせる純白の獣毛は光を反射するように輝いて見え、立ち姿だけで言い知れない凛々しさを感じる。

 そんな白狼が町中を堂々と歩いていたら、注目の的どころか明日の情報誌の一面を華々しく飾ることはまず間違いあるまい。

 町の中で人間以外の動物を見ないかと言えばそういうわけではなく、荷車を引く馬だったり野良猫なんかはしょっちゅう見かける。

 けどそれらの動物と比べて、ピケはあまりにもなんか……神々しすぎる気がするのだ。

 ただでさえ勇者パーティーにいた道具師と知られたくないので、どうにかして目立たない方法を考えないと。


「町の外に置いてけぼりは、さすがに可哀そうだしなぁ……」


 俺は顎に手をやって、ピケを見つめながら思考を巡らせる。

 その視線を受けて、ピケは不思議そうに首を傾げていた。

 大きな体が問題なら、体を小さくする道具でも作るか?

 いやでも、そんな便利な道具をパッと作り出せるほど、俺の力は万能ではない。

 道具師として技術を高めたとは言ったが、万物を創造できる神様になったわけじゃないから。

 一応、姿を薄くして周りから見えづらくする外套や、短時間ながら透明化できる薬なんかは素材があれば調合できるけど、それもただの一時しのぎにしかならない。

 今後もピケと一緒に町に立ち入る機会は何度も訪れるだろうし、これは根本的な解決を図らなければいけない問題だ。


「うーん、どうしたもんかなぁ」


 ……と、頭を悩ませながら立ち尽くしている最中のことだった。

 ピケが不意に、意味ありげに目を合わせてきて、次の瞬間全身から白い光を放ち始めた。


「えっ……」


 やがてじわじわと光の中のシルエットが縮んでいく。

 そして光が収まると、そこには子犬サイズになったピケがいた。


「そ、そんなこともできるの……?」


 ピケは小さな足をトテトテと動かして、俺の足元に近づいて体をすり寄せてくる。

 その愛らしい動きについ気持ちが昂り、俺はミニピケをそっと抱き上げた。

 すごい、本当にピケが小さくなっている。

 外見はほとんど白柴の子犬にしか見えないぞ。

 これなら町の中に入ってもまったく目立つことはなさそうだ。

 もしかして困っている俺を見かねて、状況を理解して体を小さくしてくれたのかな?

 という心の中の疑問に頷きでも返すかのように、ピケはペロッと俺の頬を舐めてきた。


「賢いな、ピケは」


 というか本当にすごい種族だな。

 魔物を倒す力を持っているので、ただの犬や狼ではないと思ったけど、よもや体の大きさを自在に操れる能力まであるとは。

 これは非常に助かる。

 俺は小さくなったピケを抱えたまま、今度こそ町に向かって歩き出した。

 そして変に注目されることもなく、町の門を潜ることに成功する。

 まあ、傍から見たら本当にただの白い子犬だからな。


 こうして抱えていると、まさに前世の実家で飼っていた白柴のピッケをより彷彿とさせる。

 あまり大人しい性格ではなかったので、十秒ほど抱っこしていたら『下ろしてー!』と言わんばかりに足をジタバタさせていたけれど。

 そんなことを思い出しながら久々にストライブの町を歩いて、当時の記憶が鮮明に蘇ってきた。


『フェルト、早く討伐依頼に向かおう! こうしている間にも魔物に困っている人たちが大勢いるんだから』


『落ち着けよブロード。慌てて俺らが怪我したら元も子もないだろ』


 この町の大通りを、当時十二歳だった俺たちはよく駆け回っていた。

 冒険者になったばかりで気合の入っていたブロード。そのブロードを落ち着かせるために呆れながら追いかけていた俺。

 ブロードは駆け出し冒険者として飛躍的な躍進を遂げていたが、活躍するのが目的ではなく、どちらかと言えば誰かの助けになれるのが嬉しくてたくさんの依頼を受けていた。

 そして二人してへとへとになって帰って来てから、食堂に駆け込んで部活直後の男子高校生ばりに、冒険者定食にがっついていたものだ。

 その思い出の味を再び味わうために、このストライブの町にやって来たので今からすごく楽しみである。

 ただその前に今夜の宿をとって、寝床を確保しておこうと思った。

 ピケもいるので、小さなペットなら大丈夫という宿を探して回る。


 すると思いのほかすぐにそれは見つかり、ついでにすぐ近くに道具や素材の買い取りをしている買取屋もあった。

 明日にでも安らぎの良薬を調合して売りに行けるように、今のうちに奇怪樹きかいじゅの葉の乾燥を進めておくことにする。

 その準備を終えてから、俺はピケを連れてくだんの食堂へと向かうことにした。

 程なくして到着し、久々に見る看板にジンと胸を熱くさせる。


『小鳥たちのさえずり』


 当時この食堂の女主人であったメルトンさんという方から、お店の名前の由来を聞いたことがある。

 駆け出し冒険者たちを“小鳥たち”と称し、彼らの愉快な話し声がいつまでも響いていますようにという意味で付けた名前だそうだ。

 その想いが通じてか、今でもこの食堂には多くの駆け出し冒険者たちの姿が見えて、皆一様に愉快そうに笑いながら食事と談笑を楽しんでいた。

 そんな様子を外から眺めていると、お店の中から香しい料理の香りが漂ってくる。

 ピケもすっかり空腹なのか、俺の腕の中で鼻をすんすんと動かしながら、尻尾を陽気に振っていた。

 ちなみにピケは人間の食べ物でも喜んで食べてくれる。


 たぶん同じものを食べても大丈夫な種族だろうけど、一応健康に気を遣って味付けの薄いものを食べさせるように心がけてはいる。

 果たしてそれで栄養が足りているのかは定かではないけど、見た限り栄養不足の様子もないのでまあ大丈夫だろう。

 それから俺は足早に食堂の中へ入ると、カウンターの方に空いている席を見つけてそこに座る。

 そういえば動物を連れて入っても大丈夫だったっけ? と思って店員さんに確認するよりも先に、カウンターの方から女性店員さんに声をかけられて結果的に遠回しな了承を得られた。


「ご注文はお決まりですか? ワンちゃん用のお肉もご用意できますよ」


「じゃあそれと、冒険者定食一つで」


「かしこまりました。少々お待ちください」


 女性店員さんはそう言って厨房の方に戻っていく。

 俺は膝の上に乗せたピケに、人知れず「よかったね」と声をかけた。

 それから程なくして、注文した料理が運ばれてくる。


「お待たせしました、冒険者定食とワンちゃん用のお肉になります」


 カウンターの卓上に置かれたのは、まさしく俺が『また食べたい』と思っていた当時のままの冒険者定食だった。

 最後に食べたのは今からおよそ六年前だというのに、記憶に焼きついている献立のままで思わず感動を覚えてしまう。

 なんて密かに思っていると、膝の上に乗せたピケがワンちゃん用のお肉を見つめながらごくりと喉を鳴らしていることに気が付いた。

 すごく我慢している様子。俺からの許しをじっと待っているのだろう。

 感慨にふけっていたあまりお預けをさせてしまったらしく、申し訳ない気持ちでピケに言った。


「じゃあ食べよっか。いただきます」


 そう言うと、ピケはお皿に口先を突っ込んでもごもごと食べ始める。

 それを眼下に見ながら、俺も出された冒険者定食に手をつけ始めることにした。

 まずは鶏肉のソテーから。じっくり焼かれた鶏肉に爽やかな風味のソースがかかっていて、皮目もパリッとしているから食欲をそそる。

 次に芋のフライ。外側はざっくり中はホクホクと、まるで揚げたてのハッシュドポテトのような食感と食べ応えだった。

 続いて焼き立てのパン。香りが立っていてもちもちふわふわとした食感で、ソテーにかかっているソースをつけて食べるとなお美味しく感じる。

 付け合わせのサラダも新鮮そのもの。


 そしてとにかくすべてがでかい。

 食い切れるもんなら食い切ってみなと言わんばかりの特盛定食だ。

 普段の状態で見ると、とても食べ切れる気がしない量だけど、汗水垂らして依頼を終わらせた後、この食堂に駆け込んで来るとちょうどいい量に見えてくる。

 そして毎回、貪るように食い尽くして、明日のための血肉になっていたのは本当にいい思い出だ。

 今日はそこまで腹を空かしていたわけではないので、さすがに多すぎる気がしたけど、ぎりぎりでなんとか完食に至る。

 ピケも綺麗にお皿を空にして、二人して心地よい眠気と満足感に浸っていると、不意に厨房の方から誰か出てきて声をかけられた。


「おや、どっかで見た顔だね」


「んっ?」

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