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第十一話 「加工方法の熟知」

 木の根を足のようにして動かして歩行を可能にしている樹木の怪物。

 幹からは両腕のように、二本の太い木の蔓が伸びていて、鞭のようにしなっている。

 あの木の蔓を自在に動かして攻撃してくるのが特徴的で、この森ではよく見かける魔物だ。

 体の大きさが長身男性の背丈を超えるほどで、一見すると恐ろしい魔物に見えるが一応弱い部類に数えられる。

 最低限の装備さえ揃えていれば大怪我を負うことなく、松明程度の炎だけでも充分に討伐が可能だから。


 そのため俺は焦りかけていた気持ちが収まり、自分を戒めつつ腰からナイフを抜く。

 今の俺でも、簡易的な装備だけで充分に倒せる魔物だ。

 貴重な道具を使う必要もないだろう。


「ピケ、少し下がってて。すぐに終わらせるから」


 そう言いながら早々にトレントを討伐しようと前に出ようとする。

 いくら危険性が低い魔物だからって、ピケが怖がってしまってはいけないと思い早期討伐を心がけることにした。

 すると、次の瞬間――


「グウゥ……!」


 驚いたことに、いつも温厚で静かなピケが、唸り声を出し始めた。

 いつの間にかトレントを睨みつけながら前傾姿勢になっている。

 てっきり怖がっているものかと思っていたので、ピケの様子の急変に驚愕している最中――


 ズバッ!!!


 目の前からピケが消え、同時にトレントの体が真っ二つになった。


「……えっ?」


 上半身と下半身に分かれた樹木の怪物は、ドサッと地面の上に力なく倒れる。

 次いで魔物特有の消滅現象が起きると、その後方にいつの間にかピケが立っていることに気が付いた。

 鋭い爪が覗く右前脚を、振り抜いたような体勢になっている。


「もしかして今の、ピケがやったのか……?」


 ピケはこちらを振り返ると、おもむろにテッテッと歩いてきた。

 そして頭を俺の右手にぐりぐりと押しつけてくる。

 まるで撫でて、褒めてと言わんばかりに。

 やっぱり今のはピケがやったことなんだ。

 普通の犬ではないと思っていたけど、まさか魔物を一刀両断にするなんて。

 しかも勇者や他の腕利き冒険者たちの動きを見慣れている俺ですら、目で追い切れないほど素早い動きだったぞ。


「ピケ、こんなに強かったんだ……」


 改めてピケの特異性に驚愕を覚えさせられてしまう。

 ピケはいったいどういう存在なんだろう?

 人間に敵対心を抱いていないことから、魔物とは違う生き物だとは思う。

 かといって普通の犬や狼とは思えない力も持っているし、頭だってかなりいい。

 本当に何者なんだ?


 と不思議に思っている間も、ピケは頭をぐいぐいと押しつけてくる。

 その仕草が可愛らしくて、もふもふ柔らかい感触が手に走ってきたので、まあなんでもいいかと俺は自己完結させた。

 ピケはピケだ。可愛くて人懐っこくて、それでいて頼もしい相棒ということである。

 魔物討伐まで手伝ってくれるなんてありがたい限りだ。

 まあここは異世界だし。まだ見知らぬ特殊な種族の生き物がいても不思議ではないから。

 ともあれ危険も去ったので、今度こそ町に向けて歩き始めようとしたその時――


「んっ?」


 ピケが倒したトレントがいた場所に、何かが落ちているのを見つけた。

 それは一枚の黄金色に輝く葉っぱだった。

 これは……


「あっ、奇怪樹きかいじゅの葉だ」


 トレントから極稀に入手することができる残存素材。

 魔物は絶命するとその体が消滅するようになっている。

 しかしたまに著しく生命力が偏った部位や、強い力が宿った体の一部が現世に残されるようになっているのだ。

 それらは武器や薬、道具の素材として大変有用であり、総じて『残存素材』と呼ばれている。

 そして今ここに落ちている『奇怪樹きかいじゅの葉』は、残存素材の中でも特に入手が困難なレア素材の一つとして数えられている。


 ……けど、俺の場合はストライブの町で活動をしていた頃、割と頻繁に入手できていた。

 最近はトレントと戦う機会自体が少なくなっていたので見るのは久々だけど、そういえばこの素材にはよく助けられていたっけ。

 目を引く見た目の黄金色の葉に、ピケは興味を示したのかクンクンと匂いを嗅いでいる。


「その素材は安らぎの良薬の調合に加えると、治癒効果の底上げと身体能力向上の効果を付与することができるんだ」


 同じレア素材の瑠璃鳥るりちょうの羽も、安らぎの良薬の治癒効果を底上げしてくれるけど、奇怪樹きかいじゅの葉はそれに加えて服用者の身体能力まで強化してくれる。

 しかもこの素材一つで、強化された安らぎの良薬を五つ分調合できるほどだ。

 この辺りで入手できる素材の中では群を抜いて有用性が高いと思う。

 駆け出し冒険者の頃はよくこの素材を集めて、加工や調合を色々と試したっけ。

 レア素材は入手できる機会が非常に少ないため、有効的な利用方法や適切な加工方法が確立されていないことが多い。


 だから奇怪樹きかいじゅの葉を手に入れても、無駄にしてしまう生産職の人間が大半なんだとか。

 けど俺の場合は運が良くて、この素材を頻繁に手に入れることができたから、価値ある利用方法や加工の仕方を充分に心得ている。


奇怪樹きかいじゅの葉は一度熱を通してしんなりさせてから、空気にさらして乾燥させるんだ。それを何度か繰り返すと、中の水分が抜けて細かい粉にすることができる。そうすると『奇怪樹きかいじゅの葉屑』って素材名に変わって、色んな道具の調合に使えるようになるんだよ」


 ピケは不思議がる犬のようにきょとんと首を傾げた。

 まあ、無理もないよな。こんな説明されてもわかるはずないだろうし。

 でもなんか話しかけたくなっちゃうんだよなぁ。昔から実家のピッケとかにも、よく話しかけちゃうタイプだったし。


 ともあれ貴重な素材も手に入ったことなので、今日はこれを使って安らぎの良薬の強化版を作ろうと思う。

 それなら充分にいい買値がつくだろうし、懐もまあまあ潤うんじゃないかな。

 できればまだまだトレントを狩って、奇怪樹きかいじゅの葉をたくさん手に入れたいところだけど、日も落ちてきたしピケの疲労も気になる。

 今日のところはこの辺りでいいだろう。


「長い間歩かせちゃってごめんね。遅くなったけど町に行こうか」


 ピケは頷きを返すように純白の尻尾をぶんぶんと振り、一緒に森の出口に向かって歩き始めた。

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