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第十話 「素材採取」

 気ままな異世界旅へ出発して、一週間が経過した。

 俺は故郷で再会した白狼のピケと共に、今はストライブという町を目指して進んでいる。

 ストライブはトップス王国の北部に位置する町で、駆け出し冒険者が集まることで有名な場所だ。

 別名『始まりの町』とも呼ばれており、俺も冒険者になった当初はブロードと一緒によく世話になった。

 格安で泊まれる宿屋、銅の剣や木皮の鎧を揃えた武器屋、手頃な依頼ばかりが寄せられる冒険者ギルド。

 まさにゲームで言えば序盤の町と呼んで差し支えのないその場所に、今さら向かっている理由は……


「あっ、見えてきたぞピケ」


 草原にできた道を歩いていると、やがて石の壁に囲われた懐かしい町が見えてきた。

 まだ若干の距離があるけれど、ここからでも町の喧騒が聞こえて人々の雑踏が窺える。

 ピケは一度に大勢の人間を見るのが初めてなのか、物珍しそうに遠くに見えるストライブの町を眺めていた。

 少し気持ちも高揚したのか、白毛に覆われた尻尾がぶんぶんと風を切っている。


「あそこが俺とブロードが最初にお世話になった町だよ。ここで食べた冒険者定食がどうしても忘れられなくてさ」


 思い出しただけで唾を飲み込んでしまう。

 そう、ストライブの町を最初の目的地に選んだのは、駆け出し冒険者の頃に何度も口にした冒険者定食をまた味わっておこうと思ったからだ。

 その定食は、特別な食材は何も使っておらず、むしろ駆け出し冒険者を思って安い食材だけで作られていた。

 比較的安価な鶏肉のソテー、腹持ちがいい芋のフライ、新鮮なサラダに焼き立てのパン。

 味よりも安さを重視したようなメニューになっていたが、それでも当時汗水流した後に食べたその定食は、どんな高級料理よりも骨身に染みて思い出深い美食として記憶に焼きついている。

 だから魔王討伐の旅が終わったら、きっとまた食べに来ようと前々から思っていたのだ。

 かねてよりの願望がいよいよ叶うことになり、足を速めてストライブの町に駆け出そうとしたが……


「あっ、そうだ」


 俺はふとその足を止めて、別の方角へと視線を移した。

 同時に後ろからついて来ていたピケもピタッと立ち止まり、僅かに首を傾げる。


「町に行く前に、ちょっと森の方へ寄って行こうか。素材とか拾っておきたいし」


 旅中の生活費は、道具師として作った道具を売って生計を立てようと考えている。

 そのためには道具作りに必要な素材を、各地で採取しなければならないのだ。

 現在の手持ち資金は、正直心許ない。

 魔王討伐の際に皆で準備資金を出し合ったり、故郷のチェック村に帰るまでの交通費もそれなりにかかったし、魔王との戦いで手持ちにあった道具もほとんど使い切ってしまった。

 残されたお金だけでは、おそらく格安宿に一週間も泊まれないだろう。


 手持ちの道具を売ればまだ懐を潤すことはできると思うが、貴重な素材を使ったものばかりのためあまり売りたくない。

 なので、今からでも少しずつ貯金を増やすために、素材採取をして道具をたくさん作っておこうと思った。

 というわけでいったん、ストライブの町ではなくその近くの森へと向かうことにする。

 程なくして到着し、これまた懐かしい景色に感慨深い気持ちになった。


「ここも懐かしいなぁ」


 とてつもなく広大な森だが、駆け出し冒険者に適した小さくて脅威性の低い魔物ばかりが現れる場所。

 ストライブの町で冒険者になった初めは、まずはこの場所で魔物との戦い方を学ぶ。

 俺とブロードも最初は右も左もわからない状態でこの森に入って、弱い魔物を相手に少しずつ強くなったものだ。


 ……いや、ブロードは元から強かったから、少しずつ強くなっていたのは俺だけだったかな。

 勇者の天職を持っていて才能に溢れていたあいつは、初日から駆け出し冒険者とは思えない活躍を見せていた。

 初見では苦戦するはずの森の魔物も、経験不足を補って余りある才能だけで易々と返り討ちにしていた。

 そしてすぐさまブロードの噂は駆け出し冒険者の町ストライブで広がって、異様に注目されていたっけ。


 そんなブロードに追いつきたくて……お荷物になりたくなくて……必死にこの辺りの素材をかき集めて、色んなパターンの調合を試した。

 だからこの辺りで採取できる素材に関しては、他の誰よりも熟知している自信がある。


「おっ、『清香草せいかそう』かぁ。まだこの森で群生してるみたいでよかった」


 見慣れた素材が落ちているのを発見して、俺は慎重にそれを採取する。

 するとピケが、俺の持っている青白い草が気になったのか、鼻を近づけてすんすんと香りを嗅いできた。

 清香草せいかそうからは爽やかな香りがするのでそれに釣られたのだろう。

 次いでピケは不思議そうに首を傾げたので、伝わらないと思ったけど教えてあげることにした。


「これは傷薬に使える素材だよ。これに『浄雨茸じょううだけ』を合わせて調合すれば『安らぎの良薬』になるんだ。まあそれだけだと痛み止め程度の効果しか出ないけどね」


 チェック村への帰路の途中、行商人さんと思しき怪我人を助けてあげたことを思い出す。

 その時に渡した傷薬がまさに、この『清香草せいかそう』と『浄雨茸じょううだけ』で作った『安らぎの良薬』である。

 まああの時渡したものは、『瑠璃鳥るりちょうの羽』っていうレア素材も一緒に調合した特別製で、治癒効果を飛躍的に向上させたものだけど。

 清香草せいかそうは『安らぎの良薬』以外にも使い道があり、多くの人たちが求めて採取に来るので、採りすぎには注意して程よいタイミングで切り上げる。


 続いて少し進んだ先に、強風によって逆さまに開いてしまった傘のような、そんな面白い形の茸が生えている地帯を発見した。

 これは先ほど話した浄雨茸じょううだけで、これもまた様々な道具の素材になってくれる。

 そのため採りすぎない程度に採取をすることにした。

 ピケもどうやら俺がこの辺りの素材を集めているのだと理解したようで、浄雨茸じょううだけを見つけては銜えて持って来てくれる。


「ありがとうピケ。おかげでもう随分と集まったよ」


 浄雨茸じょううだけの採取もこのくらいにしておこうかな。

 するとピケが、銜えて持って来た浄雨茸じょううだけを不思議そうに見つめていたので、相変わらず言葉が通じるかはわからなかったけれど説明してあげることにした。


「この茸は逆さ傘みたいな形になっているのが特徴的で、そこに雨水が溜まるようになってるんだ。それが特殊な柄部分を通してろ過されて、膨らんだ石突き部分に綺麗な水が貯水されるようになってるんだよ」


 いわばこれは天然のろ過装置だ。

 人が手を加えることなく、綺麗な水を作り出すことができるありがたい茸である。

 綺麗な水は様々な道具の調合に使えるだけでなく、薬の製作には欠かせない素材で、薬師たちもこの浄雨茸じょううだけには度々お世話になっていると聞く。


 浄水を取り出した後は茸は再利用不可となるが、柄部分を除いて綺麗に洗えば美味しく食べることもできるためエコな面もある。

 特に香辛料を振ってバターと塩で焼いたらおかずに最適だ。

 それでいて繁殖力も凄まじいため、汎用性と利便性が高い優秀な素材となっている。

 と、そこまで説明してもピケは首を傾げているだけで、やっぱり伝わらないかと俺は苦笑を浮かべた。

 次いで日が落ち始めた空を見上げてピケに告げる。


「さて、そろそろ町に向かおうか」


 素材採取は充分にできた。

 清香草せいかそう浄雨茸じょううだけがたくさん手に入ったので、安らぎの良薬を大量に生産できる。

 けどただの安らぎの良薬だと、そこまでの買値はつかないよなぁ。

 やっぱり瑠璃鳥るりちょうの羽みたいなレア素材を加えて治癒効果を底上げしたり、何か特殊な効果を持たせないと高値はつかないと思う。

 となればもう少し散策して、別の素材も探した方がいいだろうか。

 なんて思っている最中のこと。

 突然後ろから、ガサッと草木が揺れるような物音が聞こえた。


「――っ!?」


 完全に油断していた俺は、息を詰まらせながら咄嗟に振り返る。

 するとそこには……


「……トレントか」


 動く樹木が立っていた。

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