告白を断るつもりで「あなたが騎士団長になれたら結婚しましょう」と言ったら、ひ弱少年が忠犬騎士様に育ちました。
「フィーナ様、あなたが好きです。僕は叶うならあなたを妻に迎えたい」
そう言って告白してきたのは、私の従弟で男爵家の五子オルガ。今年十二歳になる。
ひ弱で、毎月熱を出して寝込んでいるような男の子に言われてもときめかない。しかも四つも年下。
だから遠回しなお断りのつもりで
「あなたが騎士団長になれたら結婚しましょう」と返した。
この国で歴代騎士団長になったのは王家か公爵の血筋の男性ばかり。最下級の男爵家からなんて前例がない。
それに、私は侯爵家。
結婚するなんて無理に決まっている。
「本当ですか!? あなたと国を支える騎士になれるようがんばります!」
青い瞳をキラキラさせて喜ぶオルガ。これが断り文句だと理解できないくらい幼い。
オルガは私のどこを好きになったのかしら。
年下でひ弱で家格が下だからと言う理由で告白を断る女なのに。
オルガはその日から騎士団に入るために剣術の特訓をするようになり、背が伸び、細かった腕は筋肉質になっていった。
毎週のように私のところに今日の訓練の成果を報告に来る。
まるで忠犬。
さすがに冷たく追い返せなくて、話を聞く。
「がんばっているのね」
「はい。フィーナ様を幸せにしたいですから!」
笑顔で言わないでほしい。七年経ってもいまだに、あれがお断りの返事だったと気づかないんだから。
「無理は禁物よ。あなた体が弱かったじゃない。騎士団長になる前にお墓に入るなんてやめてよね」
オルガは熱を出して倒れてばかりの少年だったから、そんなことにもなりかねない。
「そんなことにはなりません。国一番に強くなるんです」
「そうね、がんばって」
毎回、オルガは跪いて私の指先にキスをする。
頬でも額でも、唇でもなく、ゆびに。
子どものよう。
なのに、帰っていく背中は日に日に逞しくなる。
私の背丈をゆうゆうこえてしまった。
その夜、お父様が公爵家の長男ドリーとの縁談を持ってきた。
年は二十五。騎士団長最有力候補と言われている人だ。
「お前もいい加減、従弟のおもりに飽きただろう。彼にはぼくの方から、もう来ないよう手紙を送っておくからフィーナはいい縁を結びなさい。家格も、将来性も、夫にするのにこれ以上ない相手だぞ」
お父様の言うことは正しいし、もうオルガが来なくなるなら私も時間を取られなくてすむ。
いいことずくめじゃない。
わかりましたわ、と一言いえば済む話。
オルガとは二度と会わない。
それでいいはずなのに、私の口から出たのは
「待ってください。まだ、オルガが騎士団長になっていません」
「侯爵家の娘、僕の娘ともあろうお前が、ぱっとしない男爵家の末子なんかに肩入れするのか? 騎士団長になれるわけがないだろう、あんな雑草のような者が」
父にオルガを馬鹿にされて、私はたまらなくなった。
告白されたとき、結婚する気なんてなかったのに、いま無性に腹立たしい。
「オルガは騎士団長になるわ。必ず。だからこの縁談は待ってください」
「…………何を言うんだフィーナ。弱みでも握られているのか? あいつの家にはもう話を通してあるから、心配いらないぞ」
「オルガは人の弱みを握るような汚い人間じゃない。私はこの七年ずっと見てきたもの」
見てきた時間なんて、なんの担保にもならない。いますぐオルガの家が公爵家に格上げされるわけでもない。
「相手は、ドリーはなんと言っているの?」
「俺は王子の側近になるから、稼ぎはいい。生活の苦労はさせない。君は領主の妻として領地運営してくれ、頭のいい女だと聞いている……と」
まるでただの雇用契約。
夫婦になろうという相手に言うことがこれだなんて。
家格は低くても、ひたむきに努力して私の声を聞きたいと言うオルガを選びたいだなんて思う私は、どこかおかしいのかしら。
「父上。私は騎士団長の妻になりたいの。王子の側近では足りないわ」
「なんだと!?」
もう話しても無駄。
話を遮り、私は足早に自室へ戻った。
翌日の早朝、オルガが早馬を走らせ、血相変えて私に会いに来た。
「フィーナ様、父上から聞きました。……公爵家と婚約の話が出たって」
オルガは今にも死んでしまいそうな、泣きはらした目をしている。
「しないわよ。父上が勝手に言っているだけ。あなたが、私を騎士団長の妻にするんでしょう?」
オルガは毎回会うたびに、私に好きだと言ってくれたのに、私は一度だって、返していない。
不安になるのも当然だ。
「ドリーとの話は断るわ。騎士団長になるのを見届けないといけないんだもの。ね、そうでしょう。オルガ」
「フィーナ様…………。はい。必ず、必ず約束を果たします。だから、もう少し待っていてください!」
いつもはオルガが私の指先にキスをするけれど、今回は私が背伸びをしてオルガの頬にキスをする。
「そう長くは待てないわよ。私、気が短いんだから」
「はい。それじゃあ全力で急ぎます」
オルガ史上最年少、男爵家の子で騎士団長になるのは、それから十年後のこと。