放課後の、人気の少ない学校が好きだった。
例えば、烏が鳴いていたとして、その時の空は何色かと聞かれたら、私は赤だと答えるだろう。
正確には、赤から青のグラデーションなのだけれど。
朝に素晴らしく弱い私にとって、その色は日に1度しか見れない貴重な色という認識が強かった。
高校時代に見ていた、校舎の陰に沈んでいく夕日を私は今も覚えている。
そしてたまに思い出しては、つと口元を綻ばせるのである。
高校3年生になって、私は部活に行かなくなった。
陸上部しか取り柄のない学校ということもあってか、運動部である私の部活も、特に目立った活動をするでもなく、自然消滅するかの如く終わった。
事実上の引退である。
そして私は、身を持って放課後というものを知ったのだった。
急いで教室を出る必要がなくなった。
それだけで、少しの解放感。
あぁ、縛られていたのかと、その時になって理解した。
それでもなかなか教室に残るという習慣に馴れず、周りの子達よりも早めに学校を出た。
予備校に行くためではない。
色々寄り道して、夕焼け空を背中に帰るのだ。
しかしながら、私の記憶にあるのは、この夕日ではない。
秋の半ばくらいの、日の長くなりはじめた頃。
暑くもなく、寒くもない穏やかな気候。
場所は学校の、廊下だったり教室だったりの窓際。
多少高めの窓枠から、背伸びをして身を乗り出すのだ。
冷たい風に吹かれ、茶色い葉が宙に舞って落ちてゆく。
隣にはいつも、彼がいた。
彼は、よく学校にいた。
頭はそこそこだが、学校には友達のために来ているかのような印象があった。
何度か席が近くになって、割と話すようになってから、私は理解した。
彼は学校にいたい訳ではないのだ、と。
直接聞いたのではないけれど、家に帰りたくないらしいように見えた。
居場所が、ないのだろうか。
そう思った。
だからか、彼が私にそう言ったときは驚くと同時にやっぱりかと思った。
沈んでいく夕日を遠く眺めながら、居場所がないと呟く彼は、どこかとても哀しげであった。
私は彼に色々なことを話した。
彼も私に色々な話しをしてくれた。
受験勉強がはかどらないだとか、弁髪の人がいただとか、話題は様々だった。
くだらない内容だったかもしれない。
それでも私は、二人で見る赤い夕日が好きだった。
秋が終わり、冬になった。
日の入りが早くなるのと比例するように、夕日を見る回数も減っていった。
クラスの気まぐれなヤツが席替えを提案し、隣同士であった私と彼の距離は遠くなった。
元々消極的で、誰かに話し掛けたりなどしたがらない自分である、もう会話などしなくなるかと肩を落とした。
実際、会話は激減した。
しかしながら、私と彼はほぼ同じ距離を保つコトが出来た。
すれ違う際には一言、三言。
放課後には、今日のアイツはノワールだとかなんだとか。
私が受験生という立場でありながらも自分を保てたのは、一重に彼のおかげと言っても過言ではないだろう。
一種の癒しのように機能していたのかもしれない。
冬休みに入る少し前から、私はあまり学校に行かなくなった。
さすがに終業式には参加したが、予備校に入り浸るようになったのだ。
必然、彼とは会うことすらなくなっていった。
冬休みが開けても、今度は学校の授業自体がない。
登校日がちらほら組まれていて、そこで会う程度だ。
話す内容も変わった。
自らの受験状況、終わったらこうしたいと言う希望。
多分、切羽詰まってはいたのだろう。
結局、私はギリギリで第一志望の大学に合格し、彼は割と早いうちに某私立大学に進学が決まっていた。
受験から解放された後、たった1度だけ二人で夕暮れの空を見た。
深い、深い群青色。
そこに射す、透明の緋。
すとんと据わった心に、じんわりと暖かく波紋をたてた。
そんな気がした。
バイトはするのだとかサークルには入るのかとか、そんな問い掛けすらなかった。
きっともう会わない。
連絡もしない。
私達はただ無言で夕日を見つめ続けていた。
その無言が、私にはなんだかとても心地よかった。
この時が続けばいいのにと、思っていたのかもしれない。
その日の夕日は、沈むのが少し速かった。
ビルの間から赤い光が洩れる。
向かいのビルは斑に赤い。
空はずいぶん狭くなった。
汚くなったと言う人もいる。
私は光に背を向けて、赤いビルへと歩き出す。
影はだいぶ長くなった。
見上げると、やんわりと赤い雲。
ただ、暖かかった。