2518号室【バラのような彼女をご案内】
皆様、今晩は。
今宵も四階へようこそ。
月が綺麗な夜にあなた様とお会いできて光栄です。
さぁ、あなたの価値をこちらで確認しましょう。
あ!申し遅れました。
私、四階進行員仁神と申します。
これからどうぞ宜しくお願いいたします。
カツン、カツンと、赤いピンヒールの歩く音がエントランスに響き渡る。ただその音にいきおいはなく、非常にゆっくりゆっくりとヒールが床にあたる音が聞こえている。そのピンヒールを履いた女性はかなりお酒を呑んでいるのか、履いているピンヒールのように顔もかなり赤く火照っている。歩く度に明るい茶髪のロングヘアは揺れ、手に持ったそれまた真っ赤なショルダーバッグは今にも落としそうなほど弱々しく握っている。着ているタイトスーツのジャケットはボタンも閉めず、よぽど動き回ったのかスカートも少し皺が目立つ。もちろんスーツも赤とまではいかなくともワインレッドのような色味。全身を赤色で統一したその女性はゆっくりとエレベーターの前に向かう。そこに向かうまでに力つきそうなのか道の真ん中で止まった。そして一呼吸し、はぁと少しため息混じりの声を発した。そしてまた女性は何とか自分の部屋へ向かおうと再び歩き始めた。やっとのとこでエレベーターに到着し、自分の部屋がある階数の25階のボタンを押した。何とかここまで辿り着き、壁によりかかりながら今度はふぅとタメ息を一つ吐く。そして登っている間に仮眠するかのように目を閉じた。最新のエレベーター内はとても静かだった。聞こえるのは微かな機械音と自分の呼吸。一息、一息、ゆっくりと呼吸をする。その束の間の休息もあっという間に終わり、ポーンっと自分の押した階に到着した音がなった。しかし女性は酔っているからかその音がいつもより高く感じた。だが感じただけで特に何か違和感があるわけではない。疑問に思うほどの違和感ではない。それよりも早く自分の部屋のソファにダイブしたいという気持ちが強い彼女は壁から身体をゆっくりと離し、開いた扉を通った。その一歩が自分の人生にとって運命の一歩だとも知らずに……。
「今宵は四階へようこそ。篠宮様。」
彼女はふらつきながら声がするほうへ顔を上げた。目がよく開けられない。もしかして間違えてどこかのホテルへ迷い込み、フロントロビーにきてしまったのか…。そう思ったが朧気ながらじーっと注意深く確認すると、そのフロアは異様なほどに全ての物が真っ黒だ。壁も、カウンターも、花瓶も、ベルでさえ真っ黒。当然花瓶に生けられたバラでさえ真っ黒。高級感があるというよりは厳格化された異質な空間に感じる。そしてそこにポツンと一人男性がフロントの向こうでハイチェアに腰かけている。男性は見た目20代くらいで、やや痩せ形の体型、これまた全身真っ黒と表現していいほどの黒髪マッシュルームヘアのスーツの男性が飄々とこちらを見ている。
「おやおや。かなり酔っているようですね。今宵は地上の月がとても綺麗でしたから、最期の美酒はさぞ美味でしょうね~。私としてもパパっと仕事は終わらせて、大好きな黒ビールを飲みたいところです。」
「……。あんた、誰。」
と、篠宮と呼ばれた女性は壁に手をつきながら男を軽く睨み、少し荒めな声で聞いてきた。
「あ、これはこれは大変失礼致しました。私ともあろうことか名乗らずにペラペラと…大変申し訳ありません。私こういう者で御座います。」
と言うと、男性はこれまた真っ黒な名刺を渡してきた。
「……。四階進行員……仁神……。」
「はい。私、四階進行員仁神と申します。改めて宜しくお願い致します。」
「だから、あんた誰。しかも何この四階って。フロアの階数のこと言ってんの?そのマッシュルーム頭やられてるんじゃない。ここ25階だからっ!ばぁーか。」
そう言うと、仁神はキョトンとした顔でこちらを見ていた…。かと思えば、とっさに口を両手で押さえて下を向いた。顔が見えなくなったせいで余計に黒一色の統一感が増した。そしてしばらくすると肩を上下に小刻みに動かした。その光景に篠宮と呼ばれた女性は気色悪い奴だなと思い、今のうちに警備員に通報しようとショルダーバッグから携帯を取り出そうとバッグの方へ顔を向けた。すると急に耳に小さい声が聞こえた。何だろうと声がする方に顔を向けると仁神から発せられているらしい。
「|死ッ、死ッ、死ッ《シィッ、シィッ、シィッ》シシシッ…。」
「……。」
そして急に手を離し、顔を上げ荒い呼吸を整えるとまた話し始めた。
「……はぁーっ。面白い方ですね。篠宮様は。私、ここ最近で一番笑ってしまいましたぁ。」
「……冗談だろ。」
「え、はい。冗談ですよね。とても面白かったですぅ~。来世ではお笑いピン芸人を目指すのはいかがでしょうか。」
「……何て?」
「……へ、お笑いピン芸人ですよ。篠宮様ならL-1グランプリも夢じゃないと思いますよ。」
「……じゃなくて、そこじゃなくて。」
「あ、N-1グランプリでしたか。それは大変失礼しましたぁ。土俵が違うという…。」
「………うっ、ざいな!あんた。さっきからペラペラペラペラと喋りやがって、あんたみたいな男はモテないだろうねっ!一人でどんどん話を進めやがってっ!」
「えぇ~。それはあんまりですよ。篠宮様がこちらのフロアを25階なんて冗談言うからじゃないですかぁ。」
と、仁神が言い始めたので何を寝ぼけたことを言い始めたんだと思い、半笑いしながら振り返るとそこにあるはずのエレベーターが消えて大きい黒い扉が立ちそびえていた。そしてそこの扉にでかでかと"四"という数字が刻まれていた。あまりの出来事に思考が一瞬停止した。
「……エ、エレベーターないじゃん。なにこれ夢の中てきなやつ…。」
「篠宮様…。頬っぺたつねって差し上げましょうか。」
「……きも。こっちくんな。」
ひどいぃと仁神が震えている間に篠宮と呼ばれた女性は恐る恐る指を頬にもっていき、軽くつねった。案の定、じんじんと痛みを感じる。これが今現実ということに気付くと、先程のよう足に力が入らず思わず尻餅をついた。
「…ハッ、何なの?新しいマジックドッキリ?テレビとかでよくあるやつの類い?あたしそういうの興味ないんだけど。」
と言うと、篠宮は強く打ち付けた臀部をさすりながら少しずつ扉を這うように立った。だがまた足元がふらつきヒールが床をすべった。またいきおいよくぶつけると思っていたのだが今度は痛くない。そっと尻の下を触ってみるとそこには無かったはずの黒いソファに座っている。座れて少しホッとしたのも束の間。次の瞬間どこからかシュルっと飛んできた何かが両足を縛り上げた。
「……っ!」
「篠宮様!大変失礼致しました。本来なら椅子をすぐにご用意するべきでしたよね。またしても失態を…」
「いやっ!離せよ!お前さっきからズレてんだよキノコ!」
「き、キノコ!私は食べれませんよっ!……いや、食べようと思えばいける口かもしれませんがっ!」
「だからそういうところがズレてんだろうがっ!離せって……」
「離せませんよ。」
その急な低い声に思わず篠宮は黙った。さっきまで勝手に能天気に話していた男が急に真顔で言葉を制した。そのギャップに初めて篠宮は目の前の男に恐怖を感じた。しばらく二人の間に沈黙が流れ、篠宮の頬に汗が伝った。暗いこの空間に重い空気が流れ始めた。するとまたケロッと仁神が話し始めた。
「さて篠宮様、そろそろ本題に入らせて頂きますね。今宵は篠宮様にとって運命の時でございます。」
「……運命?」
「篠宮様ご自身の命の価値でございます。」
「…………は?」
「篠宮様の歯に価値があるんですか?」
いよいよ目の前のよく分からない男につっこむのも面倒になってきたのか篠宮は続けてと言った。
「はい。続けさせて頂きますね。人の価値というのはつまりどういう事か……。ではこちらの砂時計をご覧ください。」
と言うと、仁神が指をパチンと鳴らした。その瞬間どこからともなく真っ黒の砂が入った砂時計が現れた。一見それはごく普通の砂時計に見えた。
「こちらはこの世に産まれた瞬間に一人一つ、必ず作られるまぁ言わば人生の時間を測る為の砂時計で御座います。こちらは篠宮様の砂時計をご用意致しました。よくご確認頂けますでしょうか。」
そう言われてよく目を凝らしてみると砂時計のふちに何か文字が掘られている。
――――篠宮優子 24歳 残数1時間――――――
その文字を読んだ瞬間彼女は目を疑った。何故なら今現在がその24歳だからだ。
「お気付きになりましたか?篠宮様はもう砂があとわずかしか残っておりません。こちらの通りあと1時間ほどで命が尽きようとしております。」
「いやいや、何言ってんの!人の命を何だと思ってんのっ!」
「ええ、そうです。篠宮様。そのままお伺い致します。人の命を何だと思ってらっしゃるんですか。」
「…………質問に質問返すなよ。」
「お答えになれないんですか?」
篠宮はそのまま黙って目の前の男をきつく睨んだ。その態度に仁神は返答無しですかと小声で漏らすとまた指をパチンと鳴らした。すると今度は何かの資料が手元に現れ、その紙を一枚ペラっとめくった。
「えー、まずこの世界で生きる方々には寿命というものがあります。その寿命は産まれた時から決まっております。それが何で決まるのかと言いますと…前世での生き方でございます。」
前世ってマジで言ってんのかと篠宮は頭がクラクラとしてきた。さすがにもうアルコールは抜けてきたのでそのせいではないだろう。
「前世でどれくらい徳を積んで過ごしたかで寿命は決まります。そしてそこからは分かりやすく言うと減点方式でまた変わっていきます。例えば100歳の寿命で産まれます。そこから悪いことをすればマイナスがかかっていき寿命がどんどん短くなります。結果80歳前後で寿命が尽きる……という感じが一般的で、時間が来ると人々はこの世を去ります。」
「…はぁ?じゃあ良いことは?加算されないの?」
「先程申し上げた通り加算されるのは来世の自分ですので、現世の自分に見返りはございません。まぁ、加点という意味ではないですが他にも………いやこの説明は後にしましょうか。」
「……じゃあ、私は何の為にここにいるの?」
「とってもいい質問で御座います!ただその前に今から篠宮様に映像をお見せします。そちらを見ながら再度よく考えてみて頂けると幸いです。ではまず一つ目ですがこちらの方は覚えていらっしゃいますか。」
すると黒い壁にいつの間にかモニターがついており、そこに前髪の長い女子高生が現れた。その女性がモニターに現れた瞬間に篠宮は顔を青ざめた。
「こちらの女性は篠宮様の高校3年生の時にクラスメイトだった熱川華美様でございます。覚えていらっしゃいますよね。」
「……。」
「熱川様は絵を描くのがお好きなので、美術部に所属されておりました。その一つ一つの作品は穏やかな性格とは違い、名前の通り熱く華やかな絵ばかりでした。いつか絵を描くことを仕事にできればという素敵な夢をもちながら日々努力されておりました……がそれは叶わずに終わります。自らそのまま命を絶ってしまうのですから…では何故その様なことが起こったのでしょうか……?」
「……知らない。」
「いいえ、篠宮様はご存知だと思いますよ。」
「……知らないったら知らない!」
「……思い出せないんですか?それとも思い出したくないんでしょうか……?」
「…私のせいじゃない……。」
「……と申しますと…?」
「だぁからっ!私のせいじゃないって言ってんじゃん!」
篠宮は白々しい仁神の態度に頭がカチンときてしまい、大声で叫びそのまま話し始めた。
「確かにいっつも飄々と余裕そうなあいつにムカついて、何回か机とか上履きに落書きしたことあったけど、それくらいで人が死ぬわけないじゃんっ!」
「それだけですか……篠宮様は取り返しがつかない一番大事なものにもいたずらされてますよね?」
「……はっ、何、別にそれ以外なんて――。」
篠宮は言いきる前にあることをふと思い出した…。
「…もしかしてあの絵……?」
と、篠宮が言うと仁神がニヒルな笑みで大きな拍手をし始めた…。その姿に篠宮は急に背中がゾッとして身震いした。
「さすが篠宮様ご明察でございます。実はあの絵は熱川様の人生がかかった一枚でございました。国立大学推薦がかかった特別な絵でございました。その絵をたまたま見た篠宮様が先生からの呼び出しで、イライラしていた腹いせに絵の具で落書きをされましたよね?あの暑い暑い夏の日に…。熱川様の家はとても裕福と言えるご家庭ではありませんでしたので、ご自身の夢を叶える為には何としても特待生にならなければなりません。だからこそ夏休みに毎日毎日描き続けた作品があの一枚でございました……しかしその絵が提出期日の前日に酷いことになっていたのはさぞ絶望的だったでしょう……。」
「…っ!だってしょうがないじゃん!ちょっと夜遅くに大学生の彼氏と夜遊びしただけで担任が呼び出しやがってさ。またその担任が嫌味なのかあいつは、熱川は真面目に夢に向かって頑張ってるのにとか訳の分からない説教してきてさ!あいつは彼氏どころか友達もいないから、それしかないから真面目に見せてるだけで腹の底では人をバッ――――。」
篠宮がまくし立てるように話しているとそれを遮るかのように急に上のほうからゴーンゴーンと低い鐘の鳴る音が聞こえた。そのあまりの音の大きさに篠宮は両耳を抑えた。しばらくの間、鳴っていたがだんだんと音が小さくなっていった。
「…何、今の鐘の音…。」
「……さて、篠宮様次に参ります。またモニターをご覧下さいませ。」
仁神はいつの間にか持っていたリモコンでモニター画面を変えた。すると今度は白髪の70歳くらいの女性の老人がモニターに映った。そのモニターの人物を見た篠宮は絶句した。
「あ、流石に今日会われた方ですもんね。覚えてらっしゃるいますか。」
そう言われると篠宮は苦い顔をして仁神から目線をそらした。
「こちらの女性は寺田とめ様でございます。寺田様は数年前に旦那様に先立たれてから一人で生活をしておりました。遠方に嫁がれた一人娘さんにはなかなか会えず、たまに電話で会話をするくらいでござました。それでもとめ様はある叶えたい夢がありまして…その為に日々元気に過ごされておりました。それは死ぬ前にニューヨークに行って自由の女神を見ることでした。旦那様がとても海外ドラマや映画が好きな方で老後の楽しみに2人で行く約束をされておりました。しかし旦那様の65歳の定年退職後にすぐ病気が見つかり、健闘されるも完治とはいかず、飛行機に乗ることも禁止され泣く泣く諦めたそうです。その夢を寺田様は叶えようとしていた矢先に今日不幸な事が起き、寺田様は夢をまた叶えることはできせんでした……ちなみに精神的ショックのあまり倒れてしまい、現在入院されているそうですよ。」
仁神はそこまで言いわり資料を閉じると、先程までいきおいづいていた篠宮はマジかよと言いながら罰悪そうな顔を下に向けた。
「篠宮様……何か仰いましたか。」
「……~が悪いから……~んだよ。」
「篠宮様……先程のように大きい声で話して下さらないと困りますー。聞こえません。しの……」
「……っ世の中が悪いからこうなるんだよっ!」
「……と、仰いますと?」
「あんた知らないでしょ!今ね世の中には食べていける仕事なんてほんの少しなんだよ!感染症が流行って数年で色んな会社が倒産して、その間に震災もあってさ、働くとこどんどん減ってんだよ。なのに老人ばっか国は支えてさ、誰がお金納めてるからそいつら食ってけてるか分かってないんだよ。若い人に潤いなんて全然くれないんだよっ!だからちょっとぐらいさ、いいじゃん貰ったってさ。それで使えば経済が回るでしょ?」
「篠宮様……"貰う"のと"騙して盗む"のは違うと思いませんか?」
「……っ!」
「篠宮様はいつから寺田様の一人娘になられたんですか?」
と、言いながら仁神はまたニヒルな笑みをしながら頬杖をついた。
「今お召しになられている仕事着もバックもお履き物もなかなかの高級品ばかりですね…どなたかの娘さんになられたのは初めてでしょうか?」
「……あんたさっきの話といい、分かってやってるよね。」
「何を私が分かって、やっているんでしょうか?」
「とぼけんなよっ!マジでムカつく男ッ!一生死ぬまであんたにもう会いたくないんだけど!早く終わりにしてっ。」
と、篠宮が言った瞬間、先程の鐘の音がさらに大きな音で鳴り響いた。また再度篠宮は急いで両耳を両手でふさいだ。心の中でくそぶん殴って逃げてやりたいと呟きながら音が止むのを待っていた。すると苛立ちを逆撫でするかのようにあのキノコ頭の男がニヤニヤしながら何かを指差しながら話している。このとてもうるさい中では耳をふさぐのを止めても聞こえないだろう。そんなことも分からない男にずっと拘束され続けているかと思うとさらにイライラのボルテージが加速していく……。そしてだんだんと音が小さくなっていき、また静けさが戻った。やっと会話ができそうだなと思い、篠宮は両手をひじ置きへ置いてあまり見たくも話したくもない男へ声をかけた。
「……で、何?」
「……。」
「……聞こえてんでしょ。さっき何て言ってたの?」
「……。」
「……話が終わったなら足離して貰いたいんだけど……。」
「離しませんよ。」
篠宮はまた少し前のあの嫌な感じを思いだし、全身に鳥肌が立つのを感じた。そして仁神のほうを改めて見つめるといつの間にかモニターも紙も砂時計も全て消えていた。いつ片付けたんだろうか。
「……篠宮様の質問に答えてませんでしたね……。」
「……質問はもう良いから終わらせて。」
「終わりましたよ。」
「……あっそ。じゃあ帰るよ。」
「はい。ぜひ還りましょう。」
「じゃあ、取りなさいよ。」
「いえいえ、篠宮様に手間は取らせません。そのまま後ろの扉から還れますので……ご心配には及びません。」
「……………なに、いってんの」
「篠宮様は無事に還えれます。ただちょっといつこの世に産まれるかは分かりませんが……それに関しては担当外な業務ですのでお答えできかねまして……。」
「……ねぇ、……もしかしてだけどさ、おわりって……。」
「はい。篠宮優子様の時間がさっき終わりましたよ。私が砂時計を指差しながら説明したではありませんか。」
「……っ!」
その言葉を聞いた篠宮はどうにか去ろうと両足の拘束を外そうとした。しかし触れた瞬間その巻き付いた物は紐ではなく黒い蛇だったことに気づいた。
「いぃいやぁああああっ!なにっ、これっ!やだやだやだ。」
「篠宮様、私の業務は人の価値を決めてその方の人生の門出を進行させて頂くのが仕事でして…それでですね。実は来世の寿命が0になるのを防ぐのも一貫でして……。小さい罪だけなら何とかなるんですけど篠宮様は事が色々大きくてですねぇ…その前の前世もあまり徳を積まれなかったので……。」
仁神が淡々と喋っている間も篠宮は話も聞かずただ叫びどうにか逃げれないかと必死にソファに爪をたてていた。折角綺麗にしているであろう両手の赤いネイルが剥げるほどに爪をソファに引っ掻けていた。その様子を気にも止めず仁神は話を続ける。
「……実は0になるとまぁ本部の方々は煩くてですねぇ。魂を浄化してぇ、高めてぇ、また浄化してぇ、でもそれでも取りきれない事もありまして、致し方無く生を与えても寿命短いからまたすぐ戻ってしまうんですよ。徳を積むって意外と大変じゃないですかぁ?だから面倒ごとは避けて僕達もなるべく定時には帰りたいですしね~。だから篠宮様にこの2つの案件だけでも何とか悪いって思って頂けないかなとご説明に伺ったのですが……。」
仁神がここまで話をしてやっと篠宮の耳に届いたのか、篠宮は動きを止め、涙と鼻水でボロボロの顔をささっと手で拭き取り膝に手を置いて物凄いいきおいで頭をこれでもかと下げた。
「すみません!反省してます!心洗い直します!許して下さいっ!」
「篠宮様っ!」
と、言うと仁神はポケットからハンカチを出しポロリと瞳から流れ出た涙を拭った。
「私共の思い伝わりましたか?」
「はい!とっても伝わりました!」
本当ですか?と仁神は今日一番の笑顔をぱぁあと明るいオーラを出しながら言った。それに対して篠宮も今日一番の微笑みで首を何度も縦にふった。
「……あぁ篠宮様とても嬉しくそのお言葉恐れ入ります。」
「じゃあっ!」
「はい!篠宮様の来世に少しでも上手く加点できるように上司に伝えます!ではまたいつかどこかでお会いしましょう!」
「……はぇ?」
「あ、来世はハエになれるようにしますか?そちらもお伝え致します!ご安心下さいませっ!」
「……ま、まって。ちがう……。ハエも違うけど……。」
そうこうしている内に篠宮のソファがゆっくりと後ろに動き始めた。後ろの扉もガコンと音が鳴りそのままぎぃぃっとひどく鈍い音で扉が開き始めた。篠宮はこの世の者とは思えないような何とも言えない叫び声を出しながら暗闇の中へとゆっくり、ゆっくりと静かに消えていった。
そして扉は閉じられた。
――――――――――――――――――――――
『ニュースです。昨夜マンションのエレベーター内で女性の死体が見つかりました。死因は急性アルコール中毒で、警察によるとここ最近多発しているオレオレ詐欺グループの一員だったようで――――――――――』