24 その後のみらい開発
LXTR1000が停止して三十分後、エクス・システムの小佐田は、代替機を抱えて、株式会社みらい開発にやってきた。初めて彼女は、何度か取引をした会社を訪問した。
代替機には、勤怠管理システムとの連携機能はなかったが、温度測定にアルコール消毒といった最低限の機能は備えていたため、ことなきを得た。
およそ二十年ぶりに復活した受付嬢チームは、一時間弱で解散した。
その後、暴走したLXTR1000と管理用パソコンを再起動したが、どちらも復帰することはなく、立ち上げ画面で停止した。
砂尾理一郎は、再インストールを強く主張する。
「ここまでがんばってくれたエルちゃんが、かわいそうだ」
しかし巻田聖良は反対した。
「かわいそうだ、じゃないよ。調子悪い機械を置いてまたトラブルが起きても、あたしは二度とフォローしないよ」
大山一太も加勢する。
「俺、メカのことは、リーチさんよりマキちゃんを信じるっす」
二人がかりで説得され、泣く泣く砂尾は、「エルちゃん」に別れを告げた。
小佐田は、故障したLXTR1000を引き取り、早急に無償で同機種のサーマルカメラに交換することを、約束した。
後日、エクス・システムは、LXTR1000に異常が発生したのは、ウィルス感染ではなく、初期不良による熱暴走だと回答した。
サーマルカメラ騒動の日に、企画課から総務課へカメラの管理の引継ぎを予定していたが、それどころではなくなった。
美樹本は、これまでもカメラの運用にほとんど関わっていなかったが、完全に業務を放棄した。
結局、砂尾理一郎がサーマルカメラの運用を継続し、交換したLXTR1000をインストールすることとなった。が、彼は、企画課兼務の大山と、総務課員たちに指示こそするが、インストール作業を含めて、サーマルカメラ管理のアプリには触らなかった。いや触れなかった。
ベテラン総務課員たちは、LXTR1000の継続導入に消極的だった。トラブルが発生した機種と同じものを使うより、利用実績のあるシンプルな装置を使う方が安全だ、との意見が強かった。
砂尾は、LXTR1000の継続を強く主張した。
勤怠管理システムと連携できるので、業務が軽減できる。他メーカーの同機種より安い。メーカーのエクス・システムは、親会社であるミツハ不動産の関連企業であり、融通が利く、などなど。
もっともな意見に聞こえるが、彼が毎晩機械室でLXTR1000に話しかけていた奇行は、社内で知られている。
ベテラン総務課員たちは、入社二年目の開発課員に相談する。
「旦那さんを説得してくれない?」
二年目の開発課員は悩みながら、ひとつ提案した。
「あたしに説得なんて無理です。あのカメラはよくできてますし、故障したのは他に原因がありそう。そうか、原因をなくせば……では、こうしたらどうでしょう?」
ベテラン社員は、二年目社員の提案を実行した。
「あのカメラの継続導入に賛成します。しかし、砂尾さんは絶対、カメラに触らないでください! それが条件です」
砂尾は逡巡する。
「そんな、二度とエルちゃんにタッチするな、と? しかし、ここであきらめたら、エルちゃんの努力が水の泡だ」
砂尾は、新しいLXTR1000のインストール作業には、一切関わらなかった。
それが功を奏したのか、交換したサーマルカメラは、トラブルなく順調に稼働した。
カメラ騒動の一月後、日比野常務が、友人の会社立ち上げを手伝うとのことで、退職した。美樹本栄子総務課長も、夫の日比野と共に退職する。
しかし、それは表向きの理由だった。
今回、美樹本はカメラのトラブルに一切対処せず、企画課主任の砂尾理一郎に丸投げした。
美樹本の無能が明るみになったことをきっかけに、彼女のセクハラ・パワハラ行為を告発する者が、続々と現れる。
夫である日比野常務は、長年、彼女の不品行を隠してきたが、ついに庇いきれなくなった。
三年前に親会社のミツハ不動産からみらい開発に移ってきた谷川専務は、社内を乱す美樹本を苦々しく思っていた。日比野に彼女の指導を求めたが、口先だけで事態は改善しない。ついに自ら動き出した。
谷川は、機械室に防犯カメラが設置されたことを思い出し、砂尾にカメラの映像の提出を求めた。
砂尾は当初「カメラの目的はサーマルカメラの管理PCのエラーを記録するためだ」として、谷川専務の求めを拒んだ。
が、美樹本の被害者たち、そして大山と巻田の二人に説得され、防犯カメラの記録を谷川に提出した。彼らが説得に動いたのは、谷川の働きかけだった。
提出された映像には、彼女が砂尾に業務引継ぎや昇進と引換えに、性的関係を要求する様子がしっかり記録されていた。
谷川から証拠を突きつけられた美樹本は、押し黙るしかなかった。彼女を庇ってきた日比野も求心力が低下する。
立場を失った美樹本の強い希望で、二人はみらい開発を去った。
カメラの存在を知っているはずの美樹本が、なぜあの場でセクハラを行ったのか、一部の社員から疑問の声が上がる。しかし、総務課の部下たちによると「あの人、何もわかってませんから」とのことだった。
美樹本栄子の退職後、空いた総務課長のポストに、砂尾理一郎が就任した。
砂尾が長年、主任のままだったのは、独身時代、美樹本に接近したことを、日比野に睨まれたから、と社員たちは噂した。
砂尾は、前課長のようにパワハラ・セクハラといった問題行動はなく、部下の意見を尊重し仕事を任せたため、課内での評判は上々だった。
ただし、今回のサーマルカメラを始め、新規システムの導入作業からは、遠ざけられた。課員たちから「課長が触ると、前のカメラみたいに壊れますよ」と、きつく言われたからだ。
新課長は、渋々課員の要望を受け入れた。彼は部下の意見を尊重する上司だった。




