表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/26

2 彼だけが笑顔を向けてくれた

 目覚めて四日たった。毎日、八時から九時の間にやってくる人たちは、ひととおり覚えた。

 いつもどおり、マスカラダマの00125さんが来て、そのあと00126さんが来た。あれ? ぽっちゃり刈り上げの00024さん、ようやく出勤だ。いつもはもっと早く来るのに。


「正常温度です」

「正常温度です」

「正常温度です」


 あたしは顔だけではなく、みんなが何時にビルに入ったか、ちゃんと覚えている。

 と、00024さんのあとに、知らない人がやって来た。00024さんよりずっと年上のヒョロヒョロしたおじさん。髪はふさふさしているけれど、ところどころに白いものが混じってる。銀ぶち眼鏡がいかにも冷たそうな感じ。

 新しく見る顔だから、名前を付けてあげよう。おじさんは00272さんね。

 ちゃんと顔もチェックする。はい大丈夫。


「正常温度です」


 00272さんは、みんなと同じようにあたしの中に手を入れてきた。

 でも、その次はみんなと違った。

 おじさんは、にっこり笑って手を振ってくれたの。


 え?


 銀ぶち眼鏡の奥の目尻が、シワシワになっていた。

 鼻から下はマスクで覆われていてわからなかったけど、口も笑っていたみたい。



「正常温度です」

「正常温度です」


 あたしは毎日繰り返す。ほとんどの人は、黙ってあたしの中に手を入れて立ち去っていく。

 でも、銀ぶち眼鏡のヒョロヒョロおじさんは違う。

 ピースサインをしたり、親指を立てたりと、あいさつしてくれる。

 00272さんだけは、あたしに微笑みかけてくれる。

 いつものようにあたしはおじさんに、「正常温度です」と返事した。

 と、後ろから、あのぽっちゃり刈り上げの00024さんが追いかけてきた。


「なに、手ェ振ってんすか、キモイっすよ」


 ひどい! ガキのクセに00272さんに『キモイ』ですって!


「正常温度です」


 でもいくらあたしが腹を立てても、00024さんの顔はちゃんとしていたから、こう返事するしかない。

 00272さん『キモイ』なんて言われたら、泣いちゃうんじゃない? それとも怒るかな?

 あ、あれ? 00272さん、笑ってる。


「だってこのサーマルカメラ、私たちがセッティングしたじゃないか。そういうの、愛着わかない?」


「そーっすかあ? 俺にはよくわかんねーっす」


 次に来たのは、巨乳でダマスカラの00125さん。はいはい。ちゃんと顔見てあげるよ。


「正常温度です」


 彼女もあたしに話しかけることなく、あたしの中に手を入れる。あたしにあいさつしてくれるのは眼鏡の00272さんだけ。


「あれ? どーしたんですか?」


 彼女は、耳に突き刺さるような甲高い声を、刈り上げの兄さんと眼鏡のおじさんにぶつけた。

 刈り上げの00024さんが、振りかえる。


「え? いや、主任がコイツに手ェフリフリしてるから、俺、心配でさ」


 ひどい! あたしを「コイツ」呼ばわりするなんて! ガキのクセに!

 でも、もっとウザイのは00125。


「わかります。主任ってそういう人だもの。ただの機械って思わないで、愛情を持って大切にされてるんですよね」


 ダマスカラはどさくさに紛れて、00272さんの二の腕を突っついた。


「いや、そういうことでも……それより急ごうか。エレベーターの人数制限あるからね。せっかく早く来ても、こんなところでしゃべってたら遅刻する」


 あ、眼鏡のおじさん、ダマスカラの腕を振り払って、するっと逃げたよ。

 なんだろ。あたし、いい気分だ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ