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19 愛の裏側

 気のせいじゃなかった。理一郎(りいちろう)さんは変わってしまった。あの子のせいで。

 理一郎さん、巻田(まきた)さんをきっぱり振ったよね?

 なのに……いつのまにか自宅で晩ご飯と朝ご飯を食べる仲になって、結婚式場まで予約した。


『あの時は、相手もいなかった』


 今は、いるんだね。

 若いから? Eカップだから? それとも両方?

 若さなら……あたしの方が若いかも。でも、あたしは……何もできない。ご飯を作ることも一緒に食べることも抱きしめることもできない。


「正常温度です」


 あたしが言えるのはこれだけ。



 あの夜から三日後、理一郎さんは、あたしを監視する小さな防犯カメラを、向かい側のキャビネットの扉に設置した。


「ちゃんとチェックして直してあげるからね、エルちゃん」


 優しい声は変わらない。

 いずれ、理一郎さんは機械室に来なくなる。彼の役目は、あたしの大っ嫌いな美樹本さんに引き継がれる。

 それでもあたしがこの会社にいる限り、一階のロビーで毎朝、理一郎さんに会える。あの人は、あたしに笑顔を向けてくれるだろう。


でも今までみたいに、機械室であたしが自分の力で声を出したら……あたしは交換させられる。そうしたら、二度と彼の笑顔を見ることができない。

 だからあたしは我慢しよう。どれほど理一郎さんに返事したくても我慢しよう。


 でも我慢する必要すらなかった。

 理一郎さんは、あの夜からお話してくれることはなくなった。

 巻田さんと食べるご飯を作るために、急いで帰るんだろう。



 夜の機械室であたしの左目が目覚める。

 でも目の前に座っているのは、理一郎さんじゃない。今度はあの巻田さんだ。

 それだけじゃない。ぼっちゃり刈り上げの大山(おおやま)さんが、彼女の後ろに立っている。


「わりー、マキちゃんサンキュっす」


「入退社時の時刻を十五分単位に刻むよう、マクロを組みました。ボタンひとつで、切り捨て切り上げ処理したCSVファイル作ってくれますよ」


 この子、あたしに何かしたんだ。やだなあ。あたしに何かしていいのは理一郎さんだけなのに。


「すごいねえマキちゃん。さすが西都科技大(せいとかぎだい)のリケジョ!」


「大学が大学だからICTバリバリって勘違いされるけど、そんな得意じゃないんです。大学じゃ完全に落ちこぼれてました。こういうの会社入って、覚えたんです」


「でも、西都科技大の先生が、宇宙の番組に出てたよ。人工衛星を使って、宇宙の始まりを調べるってさ。よくわかんねーけど、すげーなあ」


「あれは西都科技大でも宇関町のキャンパスです。あたしのいた首都キャンパスでは宇宙やってないし、あの先生は、地味なうちの大学では特別ですから」


「そのうちマキちゃん、ロケットに乗って宇宙ステーションとか行ったりして」


 大山さんがやたら巻田さんを持ち上げている。


「やめてくださいよ。あたしがいた社会工学科って経済の勉強するし文系に近いんです。白衣なんか持ってないし、大学では試験管触ったことありませんよ」


「へー、白衣着たことないって意外。でもやっぱ、すごいっしょ。俺には、マキちゃんが今なにやったかわかんねーし」


「ま、今回は、大山さんにものすごーく借りがありますから」


 借り? この子、なに言ってるの?


「その、ありがとうございます」


 巻田さんは立ち上がって、ペコっと頭を下げた。


「いや~、あのブライダルフェアは、俺がオーちゃんと仲良くしたいから、二人を巻き込んだだけっし」


「大山さんの模擬結婚式のあと、砂尾さんとカップルのフリして、ウェディングドレスの試着したんです。そしたら嘘みたいに盛り上がって、式場の予約して帰りました。あの時は、プロポーズどころか付き合ってもいなかったのに」


 どういうこと? 大山さんがニセ結婚式に二人を呼んだのは、理一郎さんと巻田さんをくっつけるため? 初めから仕組んだってこと?


「砂尾さん、マキちゃんのおかげで、早く帰るようになったっしょ。俺、尊敬する先輩とかわいい後輩、どっちにも幸せになってほしいっし」


「初めて大山さんには先輩らしいことしてもらいましたね。で、エクスの小佐田(おさだ)さんとは本当の結婚式、できそうですか?」


「それが彼女、結婚式とかは無駄だからいらない、ってさ」


「そうですか! では、上手くいってるんですね。よかった」


 この子は振られたのにあきらめられず、先輩を巻き込んで、だますようにして理一郎さんを手に入れたんだ。

 それ、ずるくない?

 ずるい女がマウスをいじって、あたしの左目を閉じようとする。

 こんなずるい女に触られたくない。気持ち悪い。こんな女の言うことは聞きたくない。

 でもあたしは、理一郎さんだけではなく、だれにも逆らえない。


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