17 あたしたちを引き裂かないで
巻田さんが機械室に現れた。
また前と顔が違ってる。マスカラ、少し復活した。前みたいにダマにならず、ほどよいパッチリ目になっている。
「うん、ウィルス感染は問題なかったって、教えてあげたくてね」
「そんなにエルちゃんがかわいいなら、お嫁さんにしたらどうですか?」
な、なに言ってるの? あたしが理一郎さんのお嫁さん?
「それができるなら、それもよかったけどね……」
理一郎さんが笑っている。あたし、本当にお嫁さんになれるの?
「すればいいんじゃないですか? アニメのキャラとかペットと結婚する人いますよ」
「みんな人間の一種か動物だから、それもあるだろうね」
「動物どころか、木とか愛車、橋との結婚……それに、エクス主催のイベントで、スカイプリーモと結婚した人、いましたよね」
「あの結婚イベントは、谷川専務がすごい乗ってたな。スカイプリーモの開発は、専務が大きく関わっていたから、思い入れもあるんだろうな」
あたしは、この会社の社員のことは、なんでもわかる。
谷川専務は、三年前に入社した役員だ。その前は、ミツハ不動産本社の開発部長だった。この会社の役員は、ミツハ不動産から来た人が多い。新卒からみらい開発にいて役員になった人は、日比野常務ぐらいだ。
「えー! 谷川専務が? 意外な感じ。あたしよく専務から、会議資料の並べ方がなってないって、細かい駄目だしされます」
「専務はすごくキチっとしてるからね。ところで、この会社の社員として、大きな声では言えないが、私は、スカイプリーモみたいな超高層ビル群、苦手なんだ」
「苦手なスカイプリーモにあるエクスの結婚式場、予約してよかったんですか?」
え? 理一郎さん、気が早いなあ。もう式場予約しちゃったの? あたし、プロポーズもされていないのに。
結婚したらあたし、このビルから出られる?
「エクスのブライダルフェア、営業すごかったしな。日取りがいい日は一年待ちですって言われたから、つい……」
「ごめんなさい。あたしが全部、悪いの」
巻田さんがペコっと頭を下げた。
「謝ることないだろ? もっといい式場が見つかったらキャンセルすればいいだけだ。それより……」
理一郎さん、その結婚式場、あたしのためじゃないよね。だれのため? どうして巻田さんばかり見るの?
「小佐田さんは、このパソコンから勝手に音声が出るはずないと言うんだ。エクスから遠隔で確認したところ、問題ないと。気にしすぎかもしれないな」
理一郎さんが首をかしげている。
あたしは四つの言葉しか話せない。でも、ようやくこの左の口を、少し動かせるようになったの。それって駄目なことなの?
「そのことなんですけど、あたし、大山さんと一時間ぐらいこの部屋にいたんです」
途端に、理一郎さんが椅子をガタガタ鳴らして立ち上がった。
「どうして彼と二人でいたんだ!」
砂尾さんは椅子から立ち上がって、巻田さんの両肩をギュッとつかみ、目をつりあげた。
「ちょっと、リッチ……砂尾さん怖いって! 何度も言ってますけど、あたし、大山さんとは会社以外で会ったことはありません」
「よく二人で昼ごはん食べに、出かけているじゃないか」
「だれかさんのことで、相談に乗ってもらってたんですが」
巻田さんが理一郎さんをギロっとにらんだ。
「……すまない。いや、彼のお陰だってわかってるが、つい……」
「……話続けます。あたしと大山さん、この部屋で、何度も『エルちゃん』って呼びかけたんです。でもこの子、何も返事しませんでした」
当たり前でしょ。あたしが話したいのは理一郎さんだけ。巻田さんも大山さんも、理一郎さんを助けてくれるのはうれしいけど、あなたたちと話すことはないもん。
「そうか? エルちゃん」
「正常温度です」
「ほら!」
巻田さんがどさくさに紛れて、理一郎さんの腕にしがみ付いた。ああ、それやると、また理一郎さんに嫌われるよ。この人セクハラ嫌いなんだから……あれ? 理一郎さんヘラヘラして、巻田さんの手をポンポンってなでている。
「大丈夫だよ。やはり気にしすぎだな。入館者のチェックは問題ないし」
「エルちゃん、砂尾さんの声だけに反応しているんじゃないかな? スマホみたいに。砂尾さんは管理者権限でアプリにログインしていますよね? エルちゃんとおしゃべりしているうちに、声を認識するようになったとか」
「それは悪くないな。私にだけ反応してくれるなんて、最高だよ」
うれしい! あたしが少し話せるようになったことを、理一郎さんが喜んでくれている。
でも巻田さんは気に入らないのね。少しパッチリになった目をつりあげている。
「砂尾さん! いくらエルちゃんがかわいいからって、機械の挙動不審、放置しちゃ駄目です。このパソコンも下のカメラも、丸ごと交換すべきです」
なに言ってるの! そしたらあたし、理一郎さんと永久に会えなくなっちゃうじゃない!




