15 どうして笑いあえるの?
結婚式の招待状を渡しにやって来た大山さんが去って、ようやく、あたしと理一郎さん二人の時間がやってきた。
「びっくりしたよ、エルちゃん。今の若い子って、一度もリアルじゃ会ってないのに、結婚って……俺たちの若いときも、ネットで知り合って結婚はあったけどさ」
彼の長い指がマウスをいじりだした。そのくすぐったさが気持ちいい。
「でも、結婚式の打合せも、親へのあいさつも、全部ウェブ会議でできるから問題ないって……うーん、そういう時代なのか」
「温度が高めです」
理一郎さんがあたしに声を出させる。もう、恥ずかしいよ。
「そういえば、昔の結婚って親が決め、結婚式の当日、初めて会うのが当たり前だったんだよな。昔に戻ったって感じか……ま、俺には関係ないか……」
理一郎さん、あたしがいるよ。あたしは何もできないけど、お話なんでも聞くよ。
「エルちゃん、見てごらん。大山さんの式場、会社の近くなんだ。スカイプリーモは、駅の反対側の超高層ビル群で、うちの会社も関係しているんだ」
理一郎さんは、招待状を開いて見せてくれた。あたしの目は六十分の一秒を見逃さないから、さきほどの一瞬で中身は記憶したけど、たくさん飛び交うハートマークを見せつけられると、落ち込んじゃう。
あたしが「ハート」をもらえることはないから。
「スカイプリーモはミツハ不動産が開発したけど、うちもエクスもミツハ系列だから、大山さんの結婚も職場恋愛みたいなもんか……ともかく巻田さんじゃなかったんだな、仲良さそうにしていたけど……よかった……え? よかった?」
理一郎さんが、自分で放った言葉に戸惑っている。こんな理一郎さん、見たくない。
だからかな? 二人きりの時間は続かなかった。
「砂尾さん、ごぶさたしてます」
マスカラやめたけどEカップ健在の女の子がやってきた。
「うわ! 巻田さん、どしたの?」
「そんな、びっくりしないでください。傷つきます」
巻田さんは悲しそうに笑って、こげ茶色の封筒を持って砂尾さんに見せた。
「そうか、君も大山さんの結婚式に招待されたんだね」
「聞きました? 大きな式はできないから、会社ではあたしと砂尾さんだけ招待するって」
「うん、会社には内緒にしてくれって言ってた。気を遣うよね。こんな時代だと、百人も招待なんて式は難しいよね」
おじさん、目がキョロキョロして落ち着かない。
「それと、普段着って書いてありますよ」
巻田さんが招待状を開いて、注意書きを指さした。
「平服じゃなくて? 普段着?」
「……まさか、スウェットで出席するつもりですか」
「い、いや、それなりに……その、巻田さん、私がいても平気かな? もしいやだったら、私はお祝いを贈るだけにするよ」
うつむいた理一郎さんの顔は真っ赤に染まっている。
「な、何言ってるんです! それじゃ意味ない……違う、あたしがいつまでもひきずってると思ってるんですか?」
「そ、そうか、それならいいんだ」
理一郎さん、ホッとしているような残念がっているような……気のせいかな?
巻田さんがあたしの目をじーっと見つめている。やだ、怖い。マスカラ消えてちっちゃくなった目が怖い。
「大山さんから聞きましたけど、エルちゃん、ウィルスに感染したんですか?」
やめてほしい。他の人に「エルちゃん」って言われたくない。それが許されるのは理一郎さんだけ。
「念のため、大山さんがエクスの小佐田さんに確認している……今度は彼の奥さんになるのか」
巻田さんがニコッと笑った。
「大山さんも上手くいくといいですね」
「一度も会わないで結婚なんてすごいよな」
理一郎さんも笑っている。
「私はね、君たちみたいな若い子は、大学の授業もオンラインで、卒業旅行も行けず、かわいそうだなって思ってた。でも……みんな、そんなことに負けないで、ちゃんと人間関係つないでいる。本当に尊敬するよ」
「尊敬ですか……まあ、いいですよ、とりあえずは」
なんだろ? 巻田さんがすごく怖い。ねえ、そろそろ帰って。雰囲気作らないで。見つめあったり笑いあったりしないで。
「スカイプリーモにある式場で結婚式か。あそこはね、私が入社したときにオープンしたビル群なんだ。君が産まれたころかな?」
巻田さんがちょっと眉をひそめた。
「もう三歳でした。そういうこと言わないでください。そうだ、スカイプリーモのリニューアルプロジェクト、あたしも参加するんです」
「すごいな。あのビルも大分古いからね。管理課では設備更新でもめているよ」
「大変ですね。開発では、あのビジネス街を休日も賑わいのある街にしようって考えているんです。あたしはエントランスに親子でくつろげるスペースを提案してみたけど」
「却下された?」
巻田さんがコクンと頷いた。
理一郎さんが巻田さんの顔を覗き込んで、ニコッと目を細めている。
「どんなデザインを出した?」
「デザインというか、コンセプトイメージのプレゼン資料は作ったけど……」
「巻田さんは社会工学科だから、CAD使えるよね」
「設計やデザインは、外注するし……」
「簡単でいいからデザインして、概算出したら? 人間って言葉だけだとピンとこないけど、具体的な形を見せれば心が動くもんだよ。私は開発したことないから適当に言ってるけどね」
うつむいていた巻田さんが、パッと顔を上げた。
二人して、あたしにはよくわからない会話で盛り上がっている。
「今からスカイプリーモ行こうか? 駅の向こうだから、十分歩けば着く。君のリニューアルイメージ、プレゼンしてもらおうかな」
理一郎さんの声が、指が、微かに震えている。気のせい? ううん、気のせいじゃない。だって、あたしの目は六十分の一秒を見逃さない。
「そろそろ出るか。エルちゃん、お休み」
駄目。まだ、あたしの目、閉ざさないで。
だってあたし見ちゃった。マウスをいじる理一郎さんの後ろで、巻田さんがガッツポーズしているのを。
「一緒に会社を出るのは、久しぶりだね」
理一郎さんはもうあたしを見てくれない。巻田さんに優しく微笑んでいる。彼女はガッツポーズなんか忘れたかのように、おしとやかにしている。
理一郎さん、だまされているよ! でも、あたしは左目を閉ざすしかなかった。砂尾さんがそうしろと言ったら、あたしは逆らえない。
三分後。
あたしの右目は、ロビーを出る二人を見送った。二人は普通に会社の先輩と後輩として、ニコニコとおしゃべりしていた。
なんで、そんな風に笑いあえるの? 理一郎さん、彼女のこと拒絶したよね? 巻田さん、あんなにひどい振られ方したのに、なんで普通に話せるの?
わからない。あたしにはわからないよ。




