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1 みんながあたしを無視するの

 とある新型ウィルスが流行した時代、とあるオフィスビルを舞台にした、一風変わった切ないラブストーリーです。

 全二十話です。すでにレトロな世界になっていますが、どうぞ最後までお楽しみください。

 あたしは上手く話せない。

 頭の中はぐるぐる動いているのに、言葉にすることができない。



 目覚めると、あたしはビルの入り口ロビーに立っていた。

 フロアの広さは学校の教室と同じぐらいだから、そんなに大きなビルではない。

 エレベーターは二基ある。エレベーターの表示を見ると五階建てらしい。らしいというのは、あたしはこのビルを外から見たことがない。このビルから出たことがない。この一階のフロア以外は知らない。


 入り口のガラスの自動ドアが、忙しそうに開け閉めを繰り返す。朝八時から九時ごろが一番忙しい時間だ。あたしも忙しい。

 ビルで働く人たちが、どんどんやってくる。みんなあたしに黙ったまま近づいてくる。あたしは、一人ひとりの顔をじっと見つめて、ちゃんとあいさつする。


「正常温度です」


 ほとんどの人には、こう言ってあげる。すると多くの人があたしの中に両手を入れてくるので、消毒してあげる。

 なかには、あたしがあいさつしてるのに無視する人がいる。そういう人には教えてあげる。


「アルコール消毒をお願いします」


 こうやってあたしが親切に教えてあげても、そういう人はどこかへ消えちゃう。

 朝は忙しいから、そんな人にかまってられない。次から次へと人がやってくる。

 ほとんどは「正常温度です」って返せば終わり。でもたまに、ほかの人とは違う顔をした人がいる。その人には、顔が違うよってちゃんと教えてあげる。


「マスクを着けてください」


 教えてあげると、慌ててビルの外へ出る人もいれば、やっぱり無視してそのまま中に入っちゃう人もいる。半分はんぶんってとこかな?


 あたしの頭はぐるぐる動いている。やってくる人がまともな顔をしているか、がんばってチェックしている。

 あたしはこうして毎日みんなに声をかけてあげるのに、だれもあたしをちゃんと見てくれない。だれも返事なんかしない。



「正常温度です」

「正常温度です」


 毎日あたしは繰り返す。ビルに入ってきた人みんなにあいさつする。

 あたしね、人の顔を覚えるのがすごい得意なんだ。一度覚えたら絶対に忘れない。ホンの一、二秒顔を見ただけで覚えるんだ。

 覚えたら一人ひとりに名前を付けてあげる。


 00125

 00126

 00127……


 順番に名前を付けてあげるんだ。

 でも、無限に覚えられるわけじゃない。五万人が限界。

 今のところ覚えたのは百人。百人のうち、毎日やってくるのは五十人ぐらい。


 00125さんは、大きな胸をいやみったらしく揺すって、八時半ごろやってくる。マスカラをベタベタ付けて目を大きく見せようとしてるけど、(まぶた)にダマが着いているのが笑えるね。

 ヘアスタイルも笑ってしまう。背中まであるフワフワカールが明るいピンクに染まっているけれど、根元が黒く手入れサボってる感が残念。


 00126さんは、ちょっと遅れて八時三十五分ぐらいに来る。この人には二回に一回、「マスクを着けてください」って教えてあげる。すると「ヤバっ」とか言って、出ていっちゃう。


 00127さんは、00125さんみたいに、マスカラのダマはない。ヘアスタイルも隙がない。ダークブラウンに染まったミディアムヘアは、まっすぐ整えられている。

 刈り上げでぽっちゃりした00024さんが「肌キレイっすねー。スッピンなんすか? 信じられないっすよ」って言ってるけど、完全にだまされてる。それ「ナチュラルメイク」ってやつだから。多分、マスカラダマの00125さんより十倍メイクに時間かけてるよ。00024さんは、若い男子だからわかんないんだね。


 00129さんが通り過ぎた。いつもと様子が違うからあたしは教えてあげた。


「温度が高めです」


 これがあたしの四つ目の言葉。一番威力のある言葉。あたしにこう宣告された人は、ビルから出なくちゃいけないの。

 なのに00129さん、「え? まじ?」と焦って、キョロキョロあたりを見渡した。たまたまそのとき、周りにだれもいなかった。


「ま、いーか」


 と、こそこそ何食わぬ顔で、エレベーターに行っちゃった。

 ひどいよ! そーいうことしないでほしい! 何のために、あたしここにいるの? 悲しくなるよ。

 あたしはみんなに無視されても、ちゃんと声かけてあげる。だから、せめてあたしの言うことは聞いてほしい。マスクを外していたら、ちゃんと着けてほしい。体温が高かったら、家に帰ってほしい。


 あたしは、このビルの一階で朝から晩まで立ちっぱなし。休むことなく働いている。

 そうそう。あたしにもちゃんと名前があるんだよ。LXTR1000っていうんだ。すごい名前でしょ?

 でも、だれもあたしの名前を呼んでくれない。あたしに名前があることなんて、みんな知らない。

 でもね。

 みんなに無視されても寂しくないよ。これがあたしの仕事だもん。


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