85 命を賭して
85 命を賭して
散乱する瓦礫の中に体の半分が埋もれたヌル、
マーボー、レスベラ、クルムは動かない。
「はぁっ、はぁっ、はぁ。」
深呼吸をし、胸に手を充てる。
呼吸と心拍を落ち着かせ、
状況を把握するのが精一杯だった。
品々物之比礼の能力で空中に留まった、
うまーるは悟った。
私は、きっとここで死ぬのだと。
皆が目覚めるまで、命を賭して時間を稼ぐ。
それが、自分の使命なのであると。
空中に留まった、
うまーるの存在に気付いたヒポスドール。
ヒポス「俺の雷を躱した?
いや、耐えたのか。
あの黒い体毛に、種族。
……そうか、ライガ殿の血縁か。」
ゆっくりと床に降り立つ、うまーる。
命を賭した、うまーるの戦いが始まる。
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以前、クマバチが飛ぶことができるのは
航空力学上不可能であるという内容を書いた。
クマバチ以上に、飛べるのがあり得ないと
言われている生物がいる。
それは、カブトムシである。
クマバチは4枚の翅を使い飛翔するが、
カブトムシは、あの巨体を2枚の薄い翅で
飛翔している。
カブトムシを含む甲虫は、
薄い翅でマイナスの電荷を作り出している。
翅はマイナスの電荷を帯び、
それが地表のマイナスの電荷と反発し、
反重力のチカラを生み出し、
ソレを利用して飛んでいるのだ。
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うまーるは意図せず、
ソレと同じことをやっていた。
うまーるの素早さの原動力は、
電気による反重力のチカラを
利用したものであった。
うまーるが集中すると、
周りの小石が宙に浮いた。
小石が床に落ちたとき
そこに居たのは、うまーるの本体ではなく
残像であった。
かつてない程、命の危機を感じている、
うまーるの金剛杵の中に宿るクロネコが呼応する。
うまーる「反重力走法【黒雷・クロイカヅチ】」
床、壁、天井、そして空中。
うまーるは縦横無尽に走り続ける。
トップスピードに乗る頃、
その残像は200に達していた。
その光景を目の当たりにした
ヒポスドールは戦慄した。
自分とは、強さのベクトルが違うものの、
この者は真の怪物であると。
その能力は自分達が仕える王、
魔王にとって天敵となり得る存在であると。
ヒポスドールは、うまーるにより
無数の攻撃を受けていた。
しかし、鉄壁の硬さを誇る
ヒポスドールにとって、
うまーるの蹴りや投石による攻撃は
何の影響もなかった。
しかし、ヒポスドールのチカラ強く重い
鈍重な攻撃もまた、
うまーるにとっては無害に等しかった。
また、お互いの雷による攻撃は
互いに耐性があるため効果が無かった。
うまーるは命を賭す覚悟を決めたことで、
また金剛杵により新たな能力を授かっていた。
大雷〈オオイカヅチ〉である。
うまーるは髪の先から、お迎え放電をし
ヒポスドールが放つ雷を自身に引き寄せた。
仲間を守るため、そして受けた電気を
自身のチカラに変換するためであった。
ヒポスドールは気付く。
放電を伴う攻撃を仕掛けると
うまーるは帯電し、青白く輝きながら
速度を増すということに。
そして、もう一つは自身の攻撃は命中しないが、
自身の攻撃により発生した石飛礫は
命中するということに。
もはや、視認することすらできない
敵を倒すためには瓦礫などを砕き、
その破片に敵自らが当たりに行くのを
祈る他ないのだと。
実際、その石飛礫による攻撃は
うまーるにとっては脅威であった。
速度が増せば増すほど、小さな石ころでも
まるで弾丸のような威力になる。
しかし、動きを止めるわけにはいかなかった。
うまーるによる、ヒポスドールへの攻撃は
フェイクであった。
本命は気絶した仲間たちに
蹴りや投石を当て、起こす事であった。
うまーる(みんな、早く起きて欲しいんだよ。
わたしの命があるうちに。
わたしはここで死んでも構わないんだよ。
わたしは信じてるんだよ。
わたしがここで死んだとしても、
きっと皆が
お兄ちゃんを助けてくれるって。
世界を救って、
明るい未来を作ってくれるって。
お別れは寂しいんだよ。
だけど、みんなを守れるんだったら……。
そんな嬉しい事はないんだよ。)
うまーるは涙で視界がボヤけてきた。
うまーる(泣くな! しっかり前を見ろ!
敵から目を離すな!
何があっても、ここはわたしが
なんとかするんだよ!
これは、わたしに良くしてくれた、
皆への恩返しなんだから!)
うまーるは、ヌルと出会ってからの
これまでのことを走馬灯のように思い出した。
海辺に流れ着いた缶から、
裸で丸出しの男が出てきたこと。
夜空に星が舞う故郷のこと。
自分や村の人達が空腹に喘いでいたとき、
空から魚の雨を降らせ、また地を割り、
噴き出した地下水とたくさんの魚を
降らせたヌルの奇跡のチカラを。
呪いと言われていた奇病を癒し、
またその根源を絶ってくれたこと。
星が消えてしまった故郷の復興に
チカラをかしてくれるという、約束のこと。
タカキタでレイドに捕まりそうになったとき、
愛刀を犠牲にして、
体を張って守ってくれたレスベラのこと。
他の人には辛口だけど、
妹のように可愛がってくれて、
優しくしてくれた、クルムのこと。
みんなで作った、かれーのこと。
氷の大陸で震えながら食べた、
あいすくりむのこと。
大事な人のために、全力で戦ったゼットのこと。
海の味がした、あくあぱっつあのこと。
ちーずがとろとろの、がれっとや
おむらいすのこと。
ボロボロになりながら、
みんなで倒したレイドとの戦いのこと。
竜宮村で見た、綺麗な青の洞窟の景色。
龍神村で見た、天使の髪の景色。
きっと、村に残っていたら、
平和に長生きできたこと。
でも、早死にしてしまう
結果となってしまったが、
一緒に旅に出て良かったと、後悔はないこと。
うまーるは、溢れる涙を
堪えることができなくなっていた。
零れた、うまーるの涙が
クルムの頬に当たった。
床が崩落したカイセイ城の3階には、
檻があった。
その檻は天井から吊り下げられていたため、
崩落を免れていた。
檻の中には人質となった、
オーリヤマ十騎聖、聖女フロの姿があった。
フロは死者の霊魂が見えるという、
特殊能力があった。
フロは倒れたレスベラとクルムの前に立つ霊魂を
見つけた。
フロは力を振り絞り、
その2体の霊魂を
レスベラとクルムの意識の世界へ送った。
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ーーレスベラとクルムの意識の世界ーー
レスベラは気がつくと
白い靄のかかった場所に立っていた。
人の気配を感じ、
隣を見るとクルムが立っていた。
レスベラ「クルム、ここどこだ?」
クルム「私が聞きたいわよ。」
レスベラとクルムは、
人の気配を察知して身構えた。
いつのまにか、
目の前に知らない男女が立っていた。
レスベラ「敵か!?」
レスベラは刀を抜こうとしたが、刀が無かった。
クルム「タダモノじゃないわね。」
クルムは身構える。
男の方がレスベラとクルムに語りかける。
男「アメノウズメは……。
そうか。形を変えて今でも……。
レスベラ、クルム。
大きくなったね。
すっかり、美しい大人の女性に
なってしまったね。」
女は涙を流しながら語りかける。
女「ごめんなさいね、親らしい事を
何もしてあげられなくて。
こんなに立派になって……。
ヒロミチさんには感謝しかないわね。」
クルム「親らしい?
お父さんとお母さんなの!?」
レスベラ「まじか!?」
男「せっかくの再会で、話したい事は山ほど
ある。
だけれど時間が無い。
早く戻らないと、お友達が死んでしまう。」
女「私達からね、プレゼントがあるの。
私達のスキルよ。
これは呪いの対象にならないから、
使えるはず。早く行きなさい。
あなた達が起きるまでと、
1人の小さな子が
命を懸けて時間を稼いでる。」
女がチカラを込めると、
レスベラとクルムの手の甲に【継承】という
文字が押印された。
男と女は徐々に薄くなっていく。
レスベラ「お父さん!お母さん!」
レスベラは駆け出し、
2人に抱きつこうとするも、
2人は笑顔のまま消えてしまう。
クルムは涙を流し、誓う。
クルム「ありがとう。必ず、このチカラを
役に立てるから。
いっぱい自慢していいよ。
自慢の娘だって。」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
うまーるの顔には疲労の色が見え始めていた。
スタミナの減りは深刻であり、
また体の複数箇所の骨は折れたり
ヒビが入っていた。
また複数の内臓からは出血もしていた。
うまーるは勝負に出た。
うまーる(動けるうちに。やられる前に
できることをやるんだよ。
うまーるはポーチから、木ネジを取り出した。
ドワーフ国で買った物である。
うまーるは両手で木ネジを摘み、
ヒポスドールの胸に照準を合わせる。
うまーる(これが最後の攻撃なんだよ。
これまでの全てを込めるんだよ。
みんな、今まで、ありがとうなんだよ。)
「ローレンツショット【栄螺〈さざえ〉】」
うまーるが放った木ネジは、
マッハ6の速度で進み、高速回転をしながら
ヒポスドールの胸に命中した。
その弾丸は、まるで戦車の装甲を穿つ
徹甲榴弾のように、ヒポスドールの強靭な皮膚を
貫き、胸骨体にめり込み留まった。
木ネジは全ての運動エネルギーを
ヒポスドールの心臓周りに解き放つ。
それは、まるでハートブレイクショットのように
ヒポスドールの心臓と横隔膜に衝撃を与え、
僅かな時間であるが、
ヒポスドールの心臓と肺の動きを止めた。
うまーる「みんな、ごめん。ここまでなんだよ。
お兄ちゃんのこと、
よろしくなんだよ。」
うまーるは糸の切れたマリオネットのように
倒れ込む。




