77 天才少年・エル
77 天才少年・エル
盗賊王のミイラとの激闘を終えた4人は、
ナミノエに帰還していた。
宿屋の部屋を借り、休息していた。
ヌルはクルムの懸命な治癒により、
切断された腕は一応くっついていた。
しかし、骨まではまだ完全に修復されておらず、骨折のように添え木をあて、
包帯でグルグルきつく巻かれていた。
レイカからもらった秘薬は、
使う事なく、温存しておくこととなった。
荒廃したダンジョンから持ち帰れた宝は
主に2つであった。
1つはレスベラが手にした、
先代勇者の剣【七星流転】であった。
もう一つは、
ミイラが腰に差していた剣であった。
ヌルは入手した2振りの剣を鑑定した。
鑑定の結果、
ミイラが所持していた剣は【ウルフバート】
という名の剣であった。
刀身に刻まれた、ウルフバートという銘柄。
モース硬度、靭性ともに高く、
鉄の鎧を切り裂き、
柔軟で折れない剣という鑑定結果であった。
また七星流転に関しては伝承通り、
7つの属性を斬撃に付与する魔法剣であった。
七星流転は長い間使われるコトなく、
また手入れされなかったために、
錆びのようなモノで表面が腐食されていた。
また、あの戦い以降、レスベラがどんなに
チカラを込めても、剣が輝く事はなかった。
ヌルは包丁用の砥石で研磨を試みるも、
砥石が減るばかりで
剣に輝きが戻ることは無かった。
ヌルはもう一つの剣『ウルフバート』が
気になっていた。
これは実は地球では、ダマスカスと同じ
古代の宝剣であり、また現代技術でも復元できない
ロストテクノロジーが使われた
オーパーツであった。
何故、異世界に地球のオーパーツと
同じ物があるのか?
という疑問を持ちつつも、
ヌルは壊されてしまった自分の剣の代わりに、
これからはウルフバートを使う事に決めた。
七星流転を見たクルムは、
少し考え込んだ後に提案した。
クルム「この剣の研磨は、おそらく高位の
魔法具職人じゃないと無理でしょうね。
ドワーフ国に持ち込みましょう。
きっと、できる人がいるはず。
ドワーフ国は、
これから目指す
オーリヤマと同じ大陸にあるから。」
ヌル「よし。用意ができたら出発しようか。
とりあえずオーリヤマを目指して、
その後ドワーフ国訪問という順で行こう。」
4人は船に乗り込み、
地図を見ながら船を引っ張り泳ぐ
イカのヤラナに指示を出す。
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丸一日ほど経った頃、遠くに港湾が見えてきた。
そして、港湾から立ち昇る煙も。
まるで門のような形の湾口には台座があり、
ヒトの脚のみの石像が2本、立っていた。
その光景はまるで、門を跨ぐ
巨大な【ロードス島の巨像】のような石像が
大腿より上から破壊されたかのようである。
ヌル「様子がおかしい!」
ヌルは一旦船を停め、船に隠蔽魔法をかけた。
視力が良い、うまーるが街の様子を見る。
うまーる「一部の建物が、
メチャクチャに壊されてるんだよ。
そして、誰もいないんだよ!」
ヌル「まだ煙が燻ってる。
魔王軍と鉢合わせは厄介だな。
街の人を助けたいところだけど、
もう連れ去られた後かもしれない。
少し港から離れたところから
上陸して様子を見よう。」
4人は、港から少し離れた浜に船をつけた。
下船すると、弱々しく羽ばたく光の蝶が
ヌルの指に留まった。
それは、魔法で作られた蝶であった。
蝶から眩い光が溢れ出し、
4人に蝶の魔法を作った主が見た光景を見せ、
また4人の頭の中に語りかけ始めた。
「あなた方は、とても魔力が高いようですね。
冒険者の方でしょうか。
私の名はフロ。オーリヤマ十騎聖の1人です。
我々は魔王軍との戦いに敗れました。
敵軍の中には、
強大なチカラを持つ4人の獣人がおりました。
我々十騎聖は最後のチカラを振り絞り、
オーリヤマの英雄であり、
騎士団長のエッジ様を逃しました。
お願いです。エッジ様と合流してください。
そして、人間国の総力を集結してから
戦いに向かってください。
敵は強大です。オーリヤマを滅ぼしたのは、
魔王軍の中でも
最強の【武の四天王】が動かす部隊です。
これから、私が見た最後の光景をお見せします。
願わくば、
これが攻略の糸口となることを祈ります。」
映像が再生されはじめた。
4人の巨大な体躯の獣人を取り囲む人間兵。
その獣人と10人の騎士が戦う様子が
描かれていた。
ヘラジカのような角を生やした
フルフェイス兜の獣人が、一方的に戦斧で
棒立ちの騎士を薙ぎ払う様子。
象の顔をした獣人が、複数のブーメランのような
刃物を手品師のジャグリングのように扱い、
複数の騎士を斬りつける様子。
騎士達は背後などの死角から斬られていた。
キリンの獣人が棍棒を振り回す。
棍棒を避けているのに殴り飛ばされる
騎士の様子。
全身を厚手のプレートメイルに覆われた
巨躯のカバの獣人が巨大な戦鎚を振り下ろすと、
地面に衝突した瞬間に眩く輝いた。
映像はそこで途切れた。
映像が止まると共に、光の蝶も崩れ去った。
ヌル「なんてことだ。
俺たちは間に合わなかったのか。
オーリヤマが滅びた……。」
クルム「まだ終わってないでしょ。
英雄エッジがまだ生きてる。
そして、アンタの師匠のパンダも
生きてる可能性がある。
とりあえずドワーフ国に行きましょ。」
レスベラ「まだアタシ達が負けてねえよ。
パンダの英雄も2人いるんだろ?
チンジャオとロースーだっけ?
それに魔王軍の最強部隊か。
ここで叩いておこうゼ。
魔王の護衛に張り付かれたら
面倒だろ?」
ヌル「そうだな。
まだ負けてない。
ここで四天王を叩いて、
リヴァイアサンも倒せば、
エルフや人魚の同盟軍で魔王と戦える。
前に進もう。」
ヌルたちは地図を開き、
今いる地点からドワーフ国までへの
道のりを確認する。
そして歩き出した。
道中、川を見つけた。
川沿いに進むと、小さな集落が見えた。
地図には無い集落だ。
ヌルは川に造られた水車を見て驚いた。
村の規模にしては、
やけに大きく精巧な水車であった。
また、水車の近くには、人口の滝のような
物があった。
滝の下にはカゴが取り付けられていた。
カゴの中には衣類が入っていた。
水車が汲み上げた水を利用し、
洗濯される仕組みである。
流しそうめん設備の終着点に
衣類が入ったカゴがあるようなイメージだ。
ヌル「川を使った全自動の洗濯機か!?
写真で見たことがある!」
ヌル達が設備を見ていると、
何者かが石を投げつけてきた。
ヌル「うおっ!?危ねっ!」
(どこから飛んできた!?)
ヌルは風の魔法でエコーロケーションを行う。
草だらけの迷彩服を着た小さな子供が、
パチンコのような道具で石を発射している
らしいことを突き止めた。
ヌル「やめてくれ!俺たちは泥棒じゃないよ。」
「こっち来るな! うわああああああ!!
来るな! 来ないで!!」
ヌルは声のする方に歩み寄る。
すると、突然ヌルは落とし穴に落ちた。
クルム、レスベラ、うまーるは
素早く落下を回避する。
3人が回避した地点を目がけ、矢が発射された。
しかし、
レスベラとクルムは全ての矢を払い落とした。
うまーるは、声がした方に瞬時に移動する。
草をかき分けると、
そこにあったのは中華鍋であった。
高度な計算で音を反射させ、あたかもそこに人がいるかのように見せたようだ。
うまーるの頭上から、大きなカゴが落とされた。
うまーるをカゴがすっぽり覆う。
クルムは耳を澄ました。
クルムは一歩で藪の前に跳び、
藪に手を突っ込んだ。
クルムが何かフワフワの物を掴み、
藪から引っ張り出す。
レスベラは穴に落ちたヌルを片手で引き揚げる。
ヌルのケツには細い木の枝が
たくさん刺さっていた。
うまーるは、カゴを持ち上げ立ち上がる。
カゴは軽いようだ。
おそらく鳥か小動物用の罠なのであろう。
全ての罠を使い果たし、
あっさり短時間で見つけられた子供は驚いていた。
観念し、投降する子供。
フワフワモコモコの羊の獣人の子供であった。
ヌル達は子供に名乗り、また経緯を説明した。
オーリヤマへ行くために旅をしていたこと。
オーリヤマが滅ぼされてしまい、
ドワーフ国を目指していたこと。
魔王軍と戦っていること。
などであった。
羊の少年は、自らを【エル】と名乗った。
そしてここは、
羊の獣人族の村【ミヤモト】であると言う。
エルはヌルたちを悪人ではないと認めてくれ、
自宅へと案内してくれた。
エルの自宅へ到着すると、
エルの母親らしき女性は大変驚いた。
ヌルたちが侵略軍の連中にしか
見えないからである。
エルが事情を説明した。
女性はエルの母親であり、ヒミカと名乗った。
辺りはすっかり暗くなっていた。
ヌル達はエルの家で一晩宿泊することとなった。
ヒミカは突然の客人の訪問で、
夕食について悩んでいた。
家禽を飼育していたため、
新鮮な鶏卵はたくさん用意できたものの、
他の食材が心許ない。
ヌルはその様子を察知し、自分達の夕食と、
エルとヒミカのぶんの夕食を
提供することを提案した。
屋根のある所で宿泊できるだけで、ありがたい。
その感謝の気持ちである。
幸い、盟友たちの支援のお陰で、
食糧の備蓄は豊富にあった。
クルムは鶏肉を小さく切り、
フライパンで炒める。
レスベラは、下処理した鶏ガラの骨を
切断するように切り分ける。
うまーるは米をとぎ、
釜に研いだ米と水をセットする。
そこに焼いた肉と鶏ガラ、
ケチャップを入れて火にかける。
クルムが卵を割り、うまーるが卵に
ミルクと白胡椒を少し足す。
割った卵をレスベラが撹拌する。
ヌルはフライパンに油をひき、
少量のバターを溶かす。
フライパンに撹拌した卵液を流し込み、
素早くフライパンを揺りながら、
箸を使い均等になるように卵液を広げる。
少しだけ卵が固まり始めたところで、
フライパンを叩きつけるようにし、
卵液の高さを均一になるようにする。
フライパンを火から外し、
素早くマヨネーズとチーズを乗せ、
またフライパンを火にかける。
フライパンの柄をトントンと叩きながら、
卵を奥から手前に巻くようにし、具を卵で包む。
クルム、レスベラ、うまーるは協力して、
炊き上がった炊き込みチキンライスから鶏ガラを
取り除き混ぜ合わせ、皿に盛った。
皿に盛られたチキンライスの頂上を少し凹ませ、
オムレツが乗るための台座を作る。
そこに、ヌルが焼いたオムレツを乗せる。
ヌル「できあがり!!
特性オムライスだあああああああああ!!
エル! 遠慮なく召し上がれ!」
エルはヌルに言われた通り、
ナイフでオムレツに切り目を入れた。
オムレツが裂け、中から半熟玉子と
溶けたチーズ、そしてマヨネーズが流れ落ちる。
その様子はまるで火山が噴火し、
麓まで溶岩流が流れ込むような光景だ。
エルはスプーンでチキンライスと、
そのトロけた溶岩流をすくい、口へと運ぶ。
そして口の中でまた旨味が大噴火を起こし、
顔をトロけさせた。
エルは、あまりの美味さに
無言でオムライスをかきこむ。
レスベラ「早く! 早くアタシにもくれよ!」
ヌル「コレは一個ずつしか作れないから待ってな。
あと、レスベラはお姉ちゃんなんだから。
まだ待ってな。
最後が俺、レスベラはその前な。」
ヒミカ、うまーる、クルム、レスベラ
の順に提供された。
ヒミカも、これほど手の込んだ料理を食べるのは
初めてで、顔がトロける。
ヒミカ「都会の食べ物は凄いのねぇ。
材料は揃いそうだから、
今度私も作ってみようかしら。」
うまーるも、いつものように目を丸くしている。
うまーる「ふわっふわで、アツアツで、
トロトロで、すごいんだよ!!
そして何より、おいしい!!」
クルムとレスベラは無言で
オムライスをかきこむ。
あまりの美味しさに、
酒も香辛料も忘れているようだ。
ヌルは大きくガッツポーズをする。
ヌル(やった!やったぞ!!
ついに味変させることなく、食べさせた!!
シェフ!やりましたよ!!)
ヌルは窓から夜空を見上げた。
夜空に人魚国のシェフが浮かび上がり、
親指を立て右目を瞑り、
グッジョブと口パクする同志の妄想を見た。
ヌルとエルは寝付くまで語り合った。
ヌル「あの水車とか、
罠とかはキミが作ったのかい?」
エル「うん。そうだよ。
ウチ、お父さんいないんだ。
お母さん大変だから、
お母さんのために色々作ったんだ。
ボク、工作得意なんだよ!
水車のやつは、
大人に組み立ててもらったんだけどね。」
ヌル(たいしたもんだな。
年齢的に小学生くらいか?)
「中華鍋から声を出した仕掛け、アレは
どうやったんだ?」
エル「アレはね、雷と風の魔法を使ったんだ。
ボクね、少しだけど魔法使えるんだよ!」
ヌル(ディレイの原理じゃないか!
知識があるとは思えない。
日常の遊びから、思いついたのか!?)
エル「お兄ちゃん、コレ見て!
今度、コレを作ろうと思うんだ!」
ヌルは、エルから紙を手渡された。
それは、何かの設計図のようだ。
数十個の歯車に、たくさんの棒が
連動して動くようだ。
棒の先には大小様々な玉が付いている。
ヌル「コレは、まさか、時計かな?
しかし針の数が多いな。」
エル「時計の作りと同じだけど、違うよ!
これね、お星様の動きを再現できるんだよ!
これを24回、回すとね、
コレが一周動いて、そうするとね、
これは3分動くんだ。」
ヌル(まさか!
そんな、バカな!
これは、
アンティキティラの機械じゃないか!!
何故、地球で発見されたオーパーツが、
この世界に!?)
無邪気な笑顔で、
文明レベルが違いすぎる機械の説明をするエル。
その様子を見て、ヌルは確信した。
この子はリバアースの戦後の復興と発展を
担う、重要人物になると。




