42 幸運
42 幸運
火鼠(俺は…火鼠と呼ばれる前、
呪いを振り撒く、ネズミの王となる前は、
ウサギだったんだ…)
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数百年前(火鼠の記憶)
俺はウサギとして、野山で暮らしていた。
伴侶がいて、4匹の子供がいた。
ある日、腐りかけて死にかけた人間の子供が、
山に捨てられた。
その子供は何かの病に冒されているようだった。
死にゆく人間の子供を、
山の動物達は、ただ見ている事しかできなかった。
子供は呻き声の他に、時おり、
うわ言のように呟いていた。
子供「おとうさん、おかあさん、痛いよ…
苦しいよ…どこにいるの…?」
やがて、子供は絶望の底に落ちた。
子供「なんで…誰も、たすけてくれないの…」
木の上で見ていたカラス達が、
一斉に飛びかかった、その瞬間であった。
子供がドス黒いオーラに包まれた。
子供が立ち上がった。
子供に襲い掛かったカラス達は、
地に落ち、痙攣していた。
子供は、妖しく光る、指輪を手にしていた。
子供は突然、大きな声を上げる
子供「アハ!アハハハハハ!
なんだ、このチカラは!!
チカラが溢れてくる!!
そうか、俺は選ばれたのか!!
俺は闇に選ばれたのだ!!
アハハハハハハハ!!」
子供は、
得体の知れないナニカと話しているようだった。
子供は、指輪を左手の中指に嵌めた。
ドス黒い魔力が、山を覆った。
危険を察した俺は、巣に逃げ帰った。
俺は突然、体が動かなくなり、意識を失った。
俺は気がついたとき、高熱で体が動かなかった。
伴侶も、子供達も高熱で瀕死だった。
やがて、俺の家族は全員死んだ。
俺は熱が下がった。
助かったようだ。
家族の亡骸を前に、
ただ泣く事しかできなかった。
俺は、あの人間の子供の様子が気になり、
様子を見に行った。
俺の他に、山の仲間の猿と狐が、
人間の子供の前に集まった。
人間の子供は語った。
子供「我の名はラギ。この世界の王となる者だ。
お前達は闇に選ばれたのだ。
新しい、進化した生命体だ。
これから我の配下として、
我に仕えられることを誇りに思うがいい。
最初の仕事だ。
馳走を用意せえ。」
猿は新鮮な果物を、いち早くラギに届けた。
ラギは猿を大層、気に入ったようだ。
ラギは猿へ、褒美として雷のチカラと、
鵺という名を贈った。
狐は少し時間がかかったが、大きく
食い出のある魚を届けた。
ラギは狐へ褒美として、
魔力を込めたザゼンソウを贈り、食わせた。
狐は腹に子を宿していた。
狐は突然、苦しみ出した。
やがて狐の子が、母狐の腹を破り
這い出てきた。
子狐の大きさは、親狐とほぼ同じ大きさで、
尾が9本あった。
母狐は絶命した。
ラギは子狐へ風のチカラと、
天狐という名を贈った。
俺は、
ラギが喜ぶ食料を持参する事ができなかった。
俺は正直に謝罪した。
火鼠「ラギ様、申し訳ありません。
私は馳走を用意できませんでした。」
ラギは言った。
ラギ「食いものなら、あるではないか。
お前の肉だ。」
ラギは俺を炎の魔法で焼いた。
俺は業火で焼かれ、死を覚悟した。
耳が焼け落ちたとき、それは起きた。
俺の体が石化した。
俺はラギの業火に耐えた。
俺は自身を石化する能力に目覚めた。
ラギは俺を褒め称えた。
俺は炎のチカラと、
呪いを振り撒くネズミを統率する能力と、
火鼠という名前を賜った。
その日、災厄の魔王ラギと、
その配下の三大天が誕生したのであった。
ラギは世界中に呪いをばら撒いた。
罹患者の中の1〜2%が生き延び、
妖しいチカラを得た。
ラギは億の骸の上に、万の兵を作りあげた。
瞬く間に、世界はラギの脅威に呑まれた。
しかし俺たちは、やり過ぎた。
全てのヒト族が、ラギ討伐のために結束した。
それぞれのヒト族から英雄を抜擢し、
ラギ討伐隊が結成された。
それが、勇者ザトマルを中心とした、
当時最強のクラン【シンドバット】であった。
各地のラギ軍は、次々と殲滅された。
俺達は、ラギの本拠地にシンドバットが
攻め込むという情報を得た。
俺達はラギ軍の総力を結集し、
本拠地で迎撃態勢を整えた。
そして、ついにあの日が来た。
ラギ大陸ラギ城の前に現れたのは、
勇者ザトマルただ1人であった。
俺たちは油断した。
飛びかかった鵺は、
ザトマルの剣の一振りで絶命した。
ザトマルに魔法攻撃を仕掛けた天狐は、
ザトマルが作り出した七色の龍に消し飛ばされた。
ラギの呪いは勇者ザトマルには効かなかった。
勇者ザトマルは、空を割る、たくさんの
巨大な燃える岩を俺たちに落とした。
城は潰れ、大地が割れマグマが噴き出し、
火炎旋風が吹き荒れ、大津波が大陸を飲み込み、
ラギ大陸は一夜にして海に沈んだ。
その日、俺以外のラギ軍全員と、魔王ラギ、そして勇者ザトマルが死んだ。
炎熱を耐える俺は、灼熱の劫火の中、
なんとか生き残った。
大津波が襲ってきたとき、
俺は自分の体を軽石に変え、生き延びた。
俺は幸運だった。
ラギの呪いに耐え生き延びた。
ラギの業火に耐え生き延びた。
勇者の攻撃に耐え生き延びた。
津波に耐え生き延びた。
陸地に流れ着いた俺は、
命を狙われ続け、各地を転々とした。
過去にも火鼠という幻獣が存在していたらしい。
伝説では、火鼠から採れる素材は希少価値が
高いとの事だった。
俺は冒険者たちから命を狙われ続けたが、
全て撃退し、生き延びた。
どこへ行っても俺の周りにはネズミが集まり、
集まったネズミ達は、人間に災いをふりまいた。
そのせいでまた、俺は人間達に命を狙われた。
燃える山の話を聞き、
俺はここを探して旅をした。
そして、長い旅の果てに、
この崑崙山を見つけ出した。
また、幸運な事に、今年は笹が開花した。
俺の配下のネズミたちは数を増やした。
難攻不落の要塞、燃える山と、
黒死病を振り撒くネズミの大軍勢。
俺に負ける要素など、無いハズだった。
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火鼠は回想を終え、現実と向き合う。
火鼠(なんだこの状況は!
しかし、まだ手はある。
前傾姿勢で超速で突っ込んでくる女に、
俺の攻撃をカウンターでぶち込む!
絶対に躱せないはずだ!!)
火鼠は魔力を溜め、レスベラを引き付ける。
レスベラは、火鼠がタメている事に気づく。
レスベラ(逃げる素振りが無いな。やる気か。
いい度胸してるじゃないか。)
火鼠とレスベラが、衝突しそうな程、接近した。
火鼠「スキル【姥ヶ火】!!」
(くらえ!最上級の呪いの焔だ!!)
高齢の女性のような形をしたドス黒い炎が、
レスベラを抱きしめようと襲いかかる。
レスベラは、両足を前に出し、
上体を後ろに起こし急停止した。
レスベラは、スウェーバックで火鼠の焔を躱す。
土が舞い上がり、火鼠はレスベラの姿を見失う。
火鼠(躱された!?バカな!!
攻撃が来る!?
ならば!)
火鼠はスキルで自身を石化した。
火鼠(来い!
数々の冒険者の攻撃を、
ものともしなかった石の体だ!!)
レスベラはスウェーバックと同時に
刀の刃を上に向け、切っ先を火鼠に向け、
刀を手放した。
慣性により刀は火鼠に向かってゆく。
レスベラは、左足で強く地を蹴り、
右足の親指と人差し指で刀を掴み、
そのまま右足を振り上げ、後方宙返りをした。
ミヅハノメの軌跡が青い弧を描く。
キンッ!!
火鼠は、自分の体を通り抜ける
冷たい感覚で悟った。
火鼠(バカな! 斬られた!?)
俺は今まで、ずっと勝ち続けてきた。
生き延びてきた。
俺は誰よりも幸運だった!!
鷹や狼などの捕食者の肉食獣から逃れ、
ラギの呪いに耐え、
ラギの炎に耐え、
勇者の侵攻に耐え、
津波からも生き延び、
冒険者からの襲撃に耐え、
討伐隊の襲撃にも耐えた。
家族、仲間、俺を知る者は全て死んだ。
俺以外、全て死んだ。
俺だけが生き残ってきた。
ネズミたちは仲間では無い。
何かを共感したり、分かち合う事は無い。
ずっと孤独だった。
いつ終わるのか知れない寿命。
希少な素材として狙われ続ける命。
呪いを振り撒くと、忌み嫌われ、命を狙われる。
どうして、こうなってしまったのか。
今となっては、立場は弱者でも、あの頃は
良かったと思える。
季節を感じ、自然溢れる野山を駆け回れる幸せ。
木の皮くらいしか食べ物がない、
厳しい冬を乗り越えた後の、
新緑の芽を食べられる幸せ。
季節の果実や、ナッツ類を楽しんだりもした。
そして伴侶や子供に恵まれる幸せ。
そうか、もう一度やり直せるかもしれないのか。
もう一度、あの日々を…
火鼠(今日、新しい勇者と出会えた事は、
きっと俺の生涯で、
1番の幸運だったのかもしれない。)
レスベラは左足一本で華麗に着地し、
腰の鞘に刀を納めた。
レスベラ「酒乱一刀流・【酒様】[さかさま]」




