137 明かされる天才少年誕生秘話 〜前編・滅金の王アマルガムキング〜
137
明かされる天才少年誕生秘話
〜前編・滅金の王アマルガムキング〜
〈エル視点〉
ー戦後2年・ドワーフ国施療院ー
ベットに横になる、
全身が白い毛でモフモフモコモコ羊の獣人族
【天才少年エル】は少し具合が悪そうだ。
布団を顔の下半分まで被っている。
エルに寄り添う、母のヒミカ。
そこへ1人の男が訪ねてきた。
男は通信社の記者であった。
「こんにちは。
ネホンマツ通信社のスモークと申します。
本日はよろしくお願いします」
男は見舞いの菓子をヒミカに手渡す。
「あらまぁ……。
御気遣いありがとうございます。
今日はよろしくお願いします」
「こ、こんにちわ……。」
ヒミカは頭を下げ、エルは弱々しく挨拶する。
「この度の快挙。
おめでとうございます。
まだ体調が優れないようですね。
日を改めましょうか?」
「せっかく来ていただいたのに、
手ぶらで帰すのは申し訳ないですわ。
よろしければ私が代わりに話しましょうか。
事の顛末は全て知らされておりますので」
「それは助かります。ではお願いします」
記者はメモを取るために、
手帳と音声録音の魔法具を取り出した。
「よし……。と。
それではお願いします。
どうやって"不死の怪物"討伐を成し得たのか」
「それはですね……。」
ヒミカが語り出す。
ヒミカが語る横でエルは
あの事件のことを思い出していた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーエルの回想・病室での出来事の約一月前、
ドワーフ国会議室ーー
ドワーフ国の主要人物と鍛治ギルドの代表と、
天才少年エルが昨今の【金の品不足】に関して
話している。
「どうやら世界最高の採掘量を誇る、
鬼人国金鉱山周辺で
奇病が流行しているようです」
説明をするのは、
ドワーフ国・宰相のヨルグである。
ドワーフには珍しく、痩せ型の長身。
右手の義手は先の大戦での名誉の負傷である。
宰相でありながら元拳闘士であり、
手甲型の奇銃【フィスト・ガン】を使う
ネホンマツ4銃士の一角でもある。
「奇病とな?」
ドワーフ国王のムラは
ヒゲを捩りながら神妙な顔で問う。
修復の跡だらけのヘルメット型王冠は
歴戦の過酷さを物語っている。
銃が大好きな銃士でもあり、
愛用の戦鎚銃【ガン・ウォーハンマー】
の使い手でもある。
「歩けなくなり、話せなくなり、
やがて死に至るのだとか。
また、採掘に出かけた鉱夫の多くが
行方不明らしいぞ」
続いて話すのが、
ネホンマツ鍛治ギルド・マスターの
カズチョンである。
ヨルグに劣らぬ長身と筋骨隆々の肉体は、
鬼人族とみまごうばかりの恵体である。
その自慢の膂力で重さ40kgを超える大盾銃を
振り回す、ネホンマツ4銃士の一角でもある。
「鬼人国から国連本部へ、
正式に調査と救援の依頼が来ております」
続くのはネホンマツ第一王女アリーである。
剣術に長け、銃剣【ガン・ブレイド】
の使い手で4銃士の一角でもある。
「奇病か。
それならば、オーリヤマ人間国の
聖女・フロ様に打診してみよう。
それと鉱山の調査か……。
火山性の毒ガスに対応した、
最新の防毒装備を持ったドワーフ国の鉱夫と
その護衛に銃士隊を派遣しよう」
「では、そのように」
ムラの提案を纏めるヨルグ。
そこに発言をする、羊の獣人少年エル。
「ボクも手伝えることはないかな?」
「そうだな……。
得体の知れない鉱山の方は危険だな。
療養施設の病人の方を見てもらえるだろうか。
鉱山と関係があるならおそらく、
奇病の原因は細菌やウイルスではないだろう。
鉱毒が原因ではないかと思う。
フロ様と協力して奇病の原因を探り、
治療法を確立してほしい」
「うん。 わかったよ」
ムラはエルに調査を依頼する。
こうして、鬼人国の療養施設と
金鉱山の調査が始まった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ー鬼人国・奇病患者療養施設ー
フロ率いる治癒のスペシャリストチームと
エルと鉱山調査団は施設に到着した。
治療チームは療養施設での活動を開始し、
調査チームは街へと向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーエル率いる調査チームー
エルは街を歩きながら周りを見渡し、
驚いていた。
施設のすぐ裏手には大きな岩山がある。
問題の金鉱山のようだ。
鉱山の麓には巨大な工場がある。
工場のすぐ近くには油田もある。
工場から出る排水により、
近くを流れる川は緑色に濁っていた。
工場、金鉱山、油田周辺には街があり、
エルが予想していたよりもずっと発展していた。
エルが事前に聞いていた話では、
貧しい人が多い地域であるという
内容のみであった。
「すごい街だね!」
「企業城下町っていうんだよ。
ここは資源が豊富な地域。
金と石油が多く取れる。
仕事が多いから人が集まる。
けれど、地元の住人たちは
重労働の割に賃金は安いみたい。
だからこうして、
病にかかっても満足な治療を受けられない。
また食べ物も、
川や海から採れた海産物が主なようね。
農業に向かないこの土地では、
農作物は高価みたい」
エルに同行するのはアリーである。
いつも硬い口調のアリーであるが、
この日はエルが相手ということもあり、
優しく柔らかい口調である。
アリーの解説を熱心に聞いているエル。
「あれは何を作ってる工場なんだろ?」
「あれはね。
石油を加工して、
繊維のようなものを作っているという話ね」
「ぷらすちっくだ……!
ヌル兄ちゃんが言ってたやつだ。
たしか便利な素材だけど環境に悪いとか
川の水はもしかして……。」
エルはヌルが残した手記を開き、
熱心に読み込む。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーー療養施設内部ーー
露出が多い服を好むも、穏やかな性格の
牛の獣人族である"聖女フロ"
率いる治癒チームが施設に立ち入る。
施設内は野戦病院のようである。
簡易で粗末なベットすら足りず、
溢れた患者は通路に寝かされていた。
スタッフの数は足りず、
医療職の人たちは駆けずり回る。
国連から派遣された治癒チームの面子は、
現地のスタッフから話を聞いている。
調査の結果、奇妙なことが判明する。
近隣住民の奇病患者と、
鉱山から命からがら生きて戻った人が
同じ症状であった。
「うにゅう〜〜……。」
病人に治癒の魔法を試みるフロであったが、
ほとんど効果が見られなかった。
フロは原因に見当をつけるも、
対処法がわからず眉間に皺を寄せ悩んでいる。
「こりは、体内で分解できない毒だにょ」
フロがサジを投げた、そのとき。
「きっと重金属が原因だ」
聞き込み調査から帰参したエルが声をあげる。
エル率いる調査チームが感染者の身内や
比較的軽症者から話を聞いて回った後に、
フロ達と合流すべく帰参していた。
エル率いる調査チームは報告書をまとめ、
フロ率いる医療チームに説明を始めた。
その内容は以下の通りである。
最初の異変はカラスや海鳥の大量変死であった。
次いで猫が踊り狂って死ぬ。
という事案が相次いだ。
それが、増えたネズミの大量変死に繋がる。
呪いの噂が広まった頃には、
人々が動けなくなったり死者が出始めた。
また鉱山から生きて戻り、
奇病を発症した者の話は以下のようであった。
「黄金の泉を見た」
「山のような怪物に仲間が呑み込まれた」
また、一部地域に住む者からは以下のような話を聞いた。
“重篤な症状から少し回復した者がいる“
回復した者がいた地域の水を飲むと、
少しだけ症状が和らいだという。
エルは持ち帰った水を患者に与えた。
重篤な患者にその水を飲ませた後に
治癒の魔法をかけると、少しだけ改善が見られた。
その水は、奇跡の水【療水】と名付けられた。
エルは、ふと思うところがあり、
再びヌルが書き残した手記の中の
“文明発展による公害”に関する事項を開いた。
そこには、今回入手した情報と
酷似している記述があることを突き止めた。
エルは調査の内容とヌルが残した手記を
照らし合わせ、答えを導き出していた。
「ミナマタ病。似ているんだ!
奇病の原因はきっと、水銀だ!
治癒の魔法が効かないのは、
体内に残った水銀を除去できないからだ!
それが何故か療水を飲むと水銀が排出される。
そして水銀を排出した後なら、
損傷した神経系には治癒の魔法が効くんだ」
調査チームを中心に治療水の採取、
運搬が行われた。
治癒チームは治療水を元に医療活動を行った。
エルは今回得た情報を、
国連本部に持ち帰るために旅立った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーー国連本部・会議室ーー
本部に戻ったエルはムラを動かし、
急ぎ主要人物を集めた会議を開いた。
奇病の原因と対処療法。
そして謎の怪物の話を皆に伝えた。
ムラは参集した各国の代表に意見を求めた。
赤薔薇のドレスを身に纏う
白エルフの女王”こまちゅ“が
古の書物を紐解いた。
そこには、
流体金属のスライムの記述があった。
その挿絵には、
人の頭に被さる銀色のスライムが描かれていた。
「話によると黄金色で山のような巨体か。
この挿絵のモノとは別のものなのか。
または、コレが変異し巨大化したものである
可能性があるな。
面倒なことに、この生物は不死身であるという」
こまちゅは挿絵の下の文章を読み上げる。
「そのミズカネ、柔らかく硬い。
どんな形にも変幻自在でありながら、
いかなる衝撃をもってしても変形しない。
その吐息、浴びると意識が混濁する。
混乱し踊り狂い、やがて動けなくなり死に至る。
唯一、火を恐れた。
松明の火をかざすと、
逃げるように溶けて地面に消えた」
「柔くて硬い? そんなモノがあるのか?」
ヨルグが訝しむ。
「面白いな。研究してえぜ」
ムラは謎のスライムに興味深々なようだ。
「水銀による病、治す方法があるんだけど、
治す方法を特定したいんだ。
【療水】を飲むと
病状が改善する原理がわからないんだ。
また、この療水は煮沸すると効力を失うんだ。
そのまま飲ませないといけないんだよ。
原理を解明して療水を量産したいんだ。
新しい魔法具を作りたい。
ヌル兄ちゃんが使っていた、”検索魔法“
を使える魔法具があれば、
解決できると思うんだ。
協力してもらえないかな」
エルはムラの目を見て真剣な顔で提案をした。
「未知の魔法具。 ……天秤の出番か」
ムラの言葉にエルは頷く。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーードワーフ国・鍛治ギルドーー
会議から数日後。
エルの発案で、魔法具製作チームが発足した。
メンバーは物作り大好きオッサン3人組
[ムラ][ヨルグ][カズチョン]である。
また、問題の鉱山の調査に行った
ドワーフの調査チームが戻らなかったことから、
鉱山は立ち入り禁止となった。
鉱山には【謎の怪物討伐隊】を編成し
向かわせることとなった。
ムラ王率いる
"魔法具製作チーム"は行き詰まっていた。
魔法具を生み出す錬金魔法具
【ユースティティアの天秤】左の錬金壺に
次々と貴重な品を入れていくも、
右の錬金壺は下がったままである。
作りたいものを右の壺に向けてイメージし、
左の壺に必要な対価である素材を投入し、
魔力を注ぐと高度な魔法具を作れるという、
ドワーフの秘宝であった。
「まだダメか!
どれほどの対価が必要なんだよ!!」
頭を抱えるムラ。
「もはや国宝級の魔法具を、
贄にするしかないか?
しかし、失われて良いものなど……」
困惑するヨルグ
「……いや、あるな。
役目を果たしたものが。
王立博物館のアレを使う」
ムラが何かを思い出す。
「女神の指輪か!」
ムラの発言に驚いた、
カズチョンが声を上げる。
「邪神がいない今、あれなら……」
ムラは迷いながらも決断する。
「神聖視する者たちが黙ってないぞ!」
慎重なヨルグが牽制する。
「聖遺物が今を生きる人の命に代えられるかよ!」
ムラは覚悟を決めて立ち上がり、走り出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーー数時間後ーー
ムラは女神の指輪を贄とする案を、
独断で決行する。
指輪を持ち出し、天秤左の壺に入れてしまう。
その様子を、
頭を抱えて不安そうに見守るヨルグとカズチョン。
天秤左の壺に指輪が投入されると、
天秤右の壺が持ち上がり均衡がとれた。
ムラは恐る恐る、
右の壺の蓋を開けて中を覗き込む。
手を入れて中の物を取り出す。
中から出てきたのは、
黒曜石のような素材で出来た石板であった。
それはタブレットであった。
タブレットは【マフツの鏡】と名付けられた。
ムラは鑑定の後に鏡をエルに渡した。
鑑定士からエルに鏡の使用法が説明された。
知りたい情報をタブレットに音声で質問すると、
答えが文章で表示される
という魔法具であるという。
魔法具が完成したという知らせを受けて製作所へ飛んできたエル。
エルはタブレットに魔力を込めて話しかける。
「教えて。マフツの鏡さん。
奇病から回復した人は療水を飲んでいた。
なんで、療水を飲むと
水銀を体外に排出できるんだろう?」
エルが問うと、まるで電源が入った
タブレットのように鏡に文字が写し出された。
[水銀耐性菌が存在する。
その菌が入った水を飲むと体内で菌が作用し、
水銀を無毒化した上で体外に排出する。]
鏡の文字を見たエルは一瞬で内容を理解した。
「水銀さえ抜けたら、損傷した神経は
治癒の魔法で治せるんだ!
これならまだ、生きている人たちを救えるよ!」
「生物化学に詳しい者を集めろ!
すでに存在する菌の培養だ!
そんなに難しくはないぞ!」
ムラは急ぎ配下の者に指示を出す。
「奇病を治す目処はたった。
だけどまだ終わりじゃない。
鉱山から命からがら戻った人が、
なぜ同じ、水銀を原因とする奇病に
罹っているのか。
水の汚染が原因の奇病と何か関係があるのかはわからない。
しかし調査隊にも腕が立つ護衛がいた。
怪物の強さは侮れない。
もしかしたら討伐隊も危ないかもしれない。
不死の怪物をなんとかしないと……!」
エルは怪物と戦う決心をした。
その瞳に闘志が漲る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ー翌日ー
討伐隊の第一陣が鬼人国に到着した。
メンバーはダークエルフ女王直属の騎士団と
魔法兵団であった。
小柄な体格ながら重鎧と大盾を装備した、
身体強化魔法の達人である騎士団長ヘンゼル。
高速詠唱と緻密な魔力操作が得意な
ダークエルフの魔導師、親衛隊長アカマル。
軽鎧を身につけた剣の達人で、人魚族の戦士である特攻隊長フレームアイ。
軽鎧と金属のガントレットとグリーブを装備し、風の精霊シルフのような自動人形の魔法具を連れた、人魚族の拳闘士でフレームアイの双子の弟でもある、
宴会部長ゴリアシ。
ダークエルフ国が誇る十字騎士の4人と魔法兵団であった。
早速討伐に向かおうとする一団に声をかけるエル。
「ボクも行きたい!」
「!? いやいや危険だから」
「連れて行ったら俺たちが怒られちまうぜ」
エルの発言に困惑する双子。
「前には出ないから!
とても嫌な予感がするんだ。
皆に何かあったら。
見殺しにしてしまったら。
一生後悔すると思うんだ」
「決して前に出ないこと」
エルの表情を見たアカマルが呟く。
「そうですね。私が責任を持って守りましょう。
敵のチカラは未知数。
君はただの子供ではない。
我々とは違う視点で見てもらえるとありがたい」
アカマルの提案に乗るヘンゼル。
「マジか」
「まぁそうだな。相手は不死身の化け物なんだろ?
弱点を見つけてもらわねぇと戦えねーよな」
しぶしぶ納得する双子。
討伐隊と共にエルは鉱山へと向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーー金鉱山洞窟最奥部ーー
金が取れるそこには、黄金色の地底湖が広がっていた。
周辺には鉄製の道具や武具が散乱しており、
まるで古戦場のような雰囲気を醸し出している。
しかし散乱する装備品の持ち主らしき死体は見当たらない。
「なんだこの泉は……? これ全て金なのか?」
「人はドコ行った!? みんな脱いで泳ぎに行ったのかよ?」
目の前の光景に驚く双子。
「喰われたか……」
「そのようですね。骨まで溶かされたのでしょう」
アカマルは皆が考えないようにしていた一言を呟く。
ヘンゼルの表情も曇り、一行に緊張が走る。
「「うわあああ」」
エルと十字騎士は先頭集団にいた。
その後方から悲鳴があがる。
エルが振り返ると、地底湖の入り口が黄金の壁で塞がれていた。
最後尾の人々は、天井の割れ目から染み出して垂れた、
黄金色の粘液状ジェルが頭に被さっている。
「ミズカネのスライムだ!
まさか、この黄金色の泉が全て!?」
エルが叫ぶ。
「まずい! 出口が塞がれているぞ!」
「マジか! これ全部かよ!!」
双子は襲われている兵を助けるべく、
人混をかき分け走り出す。
「戦え! 敵の弱点は熱だ! 炎を!」
魔法兵の頭に覆い被さる黄金のスライムに向けて
火の玉の魔法が放たれた。
熱した鍋に落としたバターのように、
スライムが弾けて泡になり気化する。
そのとき、黄金の泉はまるで
意志を持つ生物のように動き出した。
湖面は大きく持ち上がり、
山のような麓には幾何学模様の魔法陣のような紋様が浮かび上がり、立体的にせり出す。
まるで自身が王であることを自覚しているかのように
頭頂部には王冠のような飾りが縁どられた。
「まるで王だな……」
アカマルは驚くことなく冷静に言い放つ。
「人を喰らい、金を喰らうミズカネの王
アマルガム・キングか」
ヘンゼルは驚きながらも得体の知れない巨大な怪物を見据え、
警戒を強め大盾と槍を構える。
詠唱を終えた魔法兵たちが次々とミズカネの王に向けて炎の魔法を放つ。
王は自身の前に白銀に輝く大盾を創り出し、これを防ぐ。
「あの輝き! ミスリルか!?」
「魔法が弾かれるぞ!」
ここで初めてアカマルの表情に焦燥感が出てくる。
「ミスリルも食らっているか……。 魔法は悪手か。
いや、盾が本体を守るか……。
ならば……」
アカマルが青く輝く燕のような小鳥の形を成した炎の魔法を放つ。
それは弧を描き、ミスリルの盾を躱し回り込み、王の本体に命中した。
ジュワッ
熱い鉄板に肉を置いた時のような音が鳴り、
王の体に小さな穴が空いた。
「……ふむ。熱が弱点であるのは間違いないようだな」
アカマルが杖を握る手にチカラをを込める。
追撃を放とうとした、そのとき。
「いけない! 水銀は気化すると危ないんだ! 毒になるっ!」
エルの言葉でアカマルは追撃の手を止める。
「むぅ……」
「アカさん! ここは俺っちたちに」
「まかせてくんな!
それと活躍の報告も忘れずに頼むぜ!」
アカマルが杖を引くと、
アカマルを制止したゴリアシとフレームアイが地を蹴り王の眼前に踊りでる。
2人は盾を回り込むように走り、王の本体に斬撃と蹴りを浴びせた。
疾風怒濤の連撃は王が盾を作るよりも早く、王の本体を攻め立てた。
ギィン! ゴィン!
弾かれる斬撃と打撃。
王に2人の攻撃は効かなかった。
王の本体からツノのようなモノが生え、
それは触手のように動き2人を捕えようとする。
「本当に硬ぇ!
これ本当にスライムかよ!?」
「オイオイ。この触手の動き、
どう見ても柔ケェだろぉ!!」
2人は触手をかわしながら、なおも王を攻め立てる。
しかし本体には全くダメージが通らない。
「あぁぁ……。どうしたら!?」
エルは困惑しながら、アトラトル(投槍器)と毒矢を取り出した。
「動かないで。 静かに。
あなたは目を逸らさないで見ていて。
あなたが見つけるんだ。 奴の攻略法を」
エルを制止するヘンゼル。
エルはハッと我に帰り、周りを見た。
天井や地面の割れ目から王の触手が伸びて、兵達に襲いかかっていた。
派手に動く者、声を出す者が触手に狙われていた。
魔法兵たちはパニックになり、阿鼻叫喚の地獄絵図であった。
「動かなければ、すぐには見つからない
襲われているものは動く者、声を出しているものだ」
アカマルは冷静に敵を分析していた。
「見つけなくちゃ……。 早く! みんながやられちゃう前に!」
我に返り、敵の動きを観察するエル。
やがてエルは違和感に気づいた。
走って逃げた者が踏んづけた、王の体の上には足跡が残らない。
よろめき王の体を踏んだ者は、王の体に足跡をつけることを。
「これは……。砂浜の波打ち際。
走れば足跡がつかない。
しかし歩くと足跡が残るアレに似ている!」
エルは思い出した。
過去の母親との出来事を。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーエル回想ーー
それはエルが母親の手伝いをしていた時のこと。
水溶きの片栗粉を作っているエル。
しかし手を離して別の作業をすると、
すぐに水と片栗粉が分離してしまう。
「お母さん、なんで片栗粉は分離するんだろ?
そして時間が経つと、なんか硬いね。
うまく混ざらないよ」
「なんで分離するんだろうね。でもお湯なら溶けるのよ。
だからトロミがつくの。
分離して硬くなったときはね、ゆっくり混ぜなさい。
優しくね」
「わぁ! ゆっくり動かすと混ざるね。 何でだろ?」
「なんでかはわからないけど、そういうものなの」
その後しばらくして、エルは海に遊びに行った時に砂浜で同じ現象を見ることとなる。
そして閃く。 水と水に解けない粉。
海水と砂。
走ったときの足跡は小さい。
歩くと足が沈み、足跡がハッキリつくこと。
水と片栗粉の関係と同じであるということに。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
エルはマフツの鏡を取り出し、
魔力を込めて鏡に問う。
「教えて鏡さん。
液体と液体に溶けない粉が起こす、叩くと形が変わらないけど、
ゆっくり押すと凹むみたいな現象。
これはなんなの?」
鏡に文字が映し出される。
『ダイラタンシー現象。
一般的にダイラタンシーが起こるのは、
液体にそれより密度の大きな粉末が混じったとき。
水銀より密度の大きな物質には金(1Lあたり19.3kg)や、プラチナ(同21.5kg)がある。
金は水銀に溶けて【アマルガム】という合金になる。
プラチナは水銀に溶けない。
したがって水銀にプラチナの粉末が混ざっていれば、
物理攻撃を受けたときに硬化する、という現象が起きる。
プラチナと同様にミスリル銀も水銀には溶けない。
目の前のスライムは水銀が主体であり、
溶けた金と溶けないミスリルの粉末の特性を持っていると考えられます』
「これだ! わかったぞ!」
エルは周りを見渡す。
パニックになった魔法兵たちが次々と、王の触手に炎の魔法を打ち込んでいた。
「皆! 慌てるな! 冷静にかわすんだ。
そんなに動きは早くない!
炎で焼くと毒ガスが出るぞ!」
ヘンゼルは大声で皆に呼びかけるも、パニックになった人々には届かない。
「……だめか。
もうここの空気は危ないな」
アカマルは現状を冷静に分析し、チラリとヘンゼルの目を見る。
「アカマル殿。 エル殿を逃がそうと思う。
私が全力で投げようと思う」
「承知した」
ヘンゼルの提案をアカマルが即座に理解し動き出す。
「え? え? わかったんだよ!
アイツの秘密が! アイツを倒そうよ!」
「君は生き延びて。 奴を倒せる者に、いま見て感じたことを伝えるんだ。
我々は命に代えても、君に手を出させはしない」
「ヘンゼルさん! 何を言って! え?」
エルの手足に氷の枷が嵌められた。
そしてみるみるエルが氷の球体に包まれていく。
アカマルが青く輝く炎の小鳥を作り出し、出口を塞ぐ黄金の壁に向けて放った。
魔法が命中すると壁に穴が開いた。
「身体強化魔法【腕力強化・極限】」
ヘンゼルは洞窟の来た道に向けてエルが入った氷のボールを投げた。
氷のボールは開いた壁の穴をすり抜け、
数百メートル飛んだ後に落ちて転がった。
氷のボールが割れて投げ出されるエル。
エルは立ち上がり大空洞の方を振り向く。
先ほど空いた穴はもう、塞がっていた。
「そんな……。 どうしよう。
……戻っちゃだめだ。早く助けを呼ばないと!!」
エルは走り出す。
しかしすぐに転んでしまう。
「あれ!? 足が思うように動かない!
なんで?
……吸ってしまったんだ!
もっと早く奴の特性に気づいたなら……。
早く。 早く行かないと。
みんなやられちゃうよ」
エルは立ち上がり走り出すも、すぐに転ぶようになってしまう。
やがて走ること、立つことを諦めて、
匍匐前進のように地面を這いつくばるエル。
やがて腕にもチカラが入らなくなる。
「はやく、はやくしなくちゃ。
みんなが。
おねがいルーローさん。
チカラを、かして……」
そのとき、天井の岩盤の割れ目から黄金色のジェルが染み出し、氷柱のように垂れ下がりエルの体に覆い被さろうとしていた。
ギィンッ! ギィンッ!
あわやエルの体に王の触手が覆い被さろうとした
そのとき、2対の剣を持つ男が触手に斬りかかった。
「こんな見た目なのに本当に硬えな!
ガハハハハ!」
男は敵を斬れぬと判断すると、剣を投げ捨てエルを掴み抱えて後ろに跳んだ。
「伏せろ!」
力強い女の声が響き、それを聞いた剣士はエルに覆いかぶさるようにして伏せる。
火炎放射器のような炎が迸りる。
炎が消えた後、触手は跡形もなく消し飛んでいた。
男はエルの様子を見やる。
土埃で白い髪は汚れて、顔は擦り傷から血が染み出す。
ボロボロで意識が朦朧としながらも、
必死に地面を掴もうとするエルの手を、
エルよりも大きな手が掴む。
男はエルの手を強く握りしめ、再会を喜んだのか、
はたまた生存に安堵したのか、エルに話しかける。
「ガッハハハハ!
ずいぶん派手にやられたな?
よく生きて戻った! もう大丈だぞ、エル!」
エルを抱き抱える男はパンダのような被り物をしていた。
顔から下は鉄製の鎧を身に纏っている。
「こ、この話し方は……。
ルーローさん?
でも、声が違う。 顔も。
そうか、僕も天国に……。」
エルは最後の力を振り絞り、自分を抱える男の方を見上げた。
男はパンダのような面を外して微笑む。
それは、エルが知らない少年であった。
「だ、誰だろう……。」