136 封印されし邪竜と約束の花束〜後編・花束に込められた想い〜
9月も忙しくなる予定でして更新が滞ります。
申し訳ございません。
136 封印されし邪竜と約束の花束
後編・花束に込められた想い
大きく息を吸ったアマツは、
レムに向けて勢いよく息を吐き出す。
金切音とともに発射された、
その細く圧縮された熱い吐息は、
まるでレーザービームのようにレムの腹を貫いた。
「指向性の熱風か……。
数回のやりとりで、妾の弱点が熱であることを
看破したか。
小賢しい獣よ……。」
吐血するレム。
身に纏う白い装束は、
みるみる紅く染まってゆく。
そのとき、レムにかけられた変身魔法が解けた。
左前足を失い、腹から血を流す白い狼。
手負いの“極上の餌”を視認したアマツは
歓喜の咆哮をあげ、激しく帯電し輝き出す。
「ホアアアアアアアアアア!!!」
「月明かりでも発電するか……。
遊んでいる時間は無いようだな。
やはり、この命を賭けねばならぬか」
レムが口に咥えた杖を振るう。
「雪魔法【純一無雑の闇】」
強い風を起こし、あたりの粉雪を舞上げ、
地吹雪を巻き起こしたレム。
レムは作り出したホワイトアウトとともに、
自身の体も粉雪に変え、
強風を用いてその身を溶かし、嵐と一体化した。
嵐に巻き込まれたアマツは視界が真っ白になる。
アマツは聴力でレム本体の居場所を探る。
「雪魔法【蒼雪】」
レムの魔法により、雪がうっすらと、
淡く水色の光を放つ。
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ー討伐隊待機所ー
遠く離れた場所の映像を映し出す魔法具
【沖津鏡】に映に映し出された、
うっすら青く光るホワイトアウト。
レムが出した合図を視認した、
同志達が控える待機所が慌ただしくなる。
「レム殿からの合図だ!」
「皆の者、用意せい! 仕掛けるぞ!」
待機していたエルフとスカディと人魚の長達が、用意していた罠魔法具に遠隔で魔力を送り込む。
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ーレムとアマツが戦う戦場ー
レムはまるで"熟成した果実が放つ芳醇な香り"
のように、アマツが好む魔力をホワイトアウトに
溶けこませる。
レムは命懸けでアマツの気を引き、
囮の役目を果たしていた。
アマツはレムの魔力に誘われ、
レムの索敵に夢中になる。
首と耳を忙しなく動かすアマツが、
雪の色の変化を察知し、警戒する。
エルフ族が仕掛けた魔法具により、
アマツの周囲から突如、
発芽した植物が地面から突き出した。
植物はみるみる成長し、その蔦は伸び、
絡まり、巨大な鳥籠を形成した。
人魚族の水魔法により、蔦は水を帯び、
スカディ族の氷魔法により水は凍り、
巨大な氷の鳥籠となった。
氷と植物のツタで出来た檻に捕えられるアマツ。
アマツは少し驚くが、すぐに冷静さを取り戻す。
それが罠であること、
自身が捕えられた事をアマツは察していた。
警戒していたアマツであったが、
落ち着き冷静に事態を分析していた。
知能が高いアマツは、
それが危険な攻撃では無いことを認識すると、
再びレムへの索敵を再開した。
極上の魔力に誘われ、
目の前の獲物に夢中のアマツ。
貧相な檻など、いつでも壊せる。
そんな自信に満ち溢れているようであった。
しかし、本当の罠は檻では無かった。
「風に舞ふ、桜の花弁のごとく
とみに死なむとする我
春の雪 名残惜し
されどやるべし
残されしゆくすゑがために
空の上より
とこしへに見たり」
レムは魔法の詠唱のように、
小声で言葉を発した。
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ー討伐隊待機所ー
レムが詠んだ辞世の句を聞いた
同志達のほとんどは、
その意味がわからず騒めき出す。
「これは、歌!? なにかの暗号なのか?」
「打ち合わせには無かったぞ!」
レムの意図を察知した、
博識な白のエルフ女王・アンが通訳を買って出る。
「これは東方の文化にある、
辞世の句というものであろう。
遺言のようなものだ」
「どういう意味なのだ?
アン殿、我々にも理解できるような、
解説をお願いしたい。」
「残り少ない私の命。
散る桜のように死に急ぐ私の気がかりは、
ひとり残された我が子である。
皆の者、息子を頼む。
ゼット殿と我々の未来ために、この命をかけよう。
我が息子よ。遠く離れても、
私はずっと其方を空の上から見守っている。
といった内容だ。
暗号ではない。母心であろう。」
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ーレムとアマツが戦う戦場ー
レムの辞世の句により、
レム本体の居場所を特定したアマツ。
粉雪と化したレム本体に向けて、
再びアマツは首を横に振りながら、
薙ぎ払うように熱風を吹きかける。
それは檻とともに、白い竜巻を切り裂いた。
切り裂かれた檻は瞬時に氷が伸びて修復された。
その様子を見たアマツが初めて動揺した。
檻を破壊するために魔力を貯め、
帯電するアマツ。
「ゼットを頼んだぞ。 アン殿。
【封印術・永久凍奴】」
熱風を受けながら、その身を両断されながらも、
レムは竜巻のようなその身を、
最期のチカラを振り絞り、動かす。
竜巻のような自身の体と風で、
抱きしめるようにアマツを包み込む、レム。
「ホ? ホア……ァァ……。」
アマツは自身の異変に気付くものの、
時すでに遅し。
帯電は不思議なチカラで抑えられ、
アマツが身に纏う魔力もかき消されてゆく。
アマツは動けなくなり、その体は
徐々に氷に包まれてゆく。
巨大な狼の姿をした氷の像に閉じ込められ、
凍結封印されたアマツ。
その狼の氷像の顔の向きは
ゼットが残されたエルフの森の方を向いていた。
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ーほえほえ回想終了・現代ー
破滅の金星【アマツミカボシ】は
レムによる封印術・永久凍土により封じられた。
氷の檻はそのまま鉄筋のように使われ、
コンクリートのような氷の壁を支える
支柱となった。
檻は祠へと改造された。
アマツミカボシの肉体は祠に厳重に保管された。
スカディ族が監視と保管の役目を請け負った。
以上が碑文の全容であった。
当時まだ幼かった、
ほえほえは作戦に携わらなかった。
しかし事の顛末は、作戦に参加した先代である、
親から聞いていたのであった。
我に帰った ほえほえは、
エルフを裏切ることになってしまった、
あの日の出来事を思い出していた。
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ー再び、ほえほえ回想ー
ヌルのパーティとエルフの合同軍が
氷の大陸に渡る数日前の出来事。
「ヒャーッハハハハハ!
効かないねぇ」
アマツが封印された祠で戦闘が行われていた。
雪だるま型のゴーレム
【魔王軍将・ジャックフロスト】と相対する、
スカディの勇士たち。
ほえほえ率いる、スカディ族の勇士たちが
氷の魔法でジャックを攻め立てるも、
全く効いていないという状況であった。
スカディ族の全力の攻撃を持ってしても、
無傷で不敵に笑うジャックフロスト。
その魔力は不気味に増大してゆくとともに、
封印の氷像から流れ落ちる雫の量と速度は
増していった。
「選べ。アマツミカボシに仲良く滅ぼされるか、
エルフと戦ってエルフを滅ぼし、生き残るか。
エルフは魔王様に盾突いた。
どのみち生き残ることはねぇよ。
迷う事はねぇ。やっちまえよ!
ヒャハハハ!」
ほえほえは、脚の部分の封印が溶けて、
脚が剥き出しのアマツミカボシを見て、
苦渋の決断を下した。
アマツミカボシは絶対に復活させてはならない。
エルフと戦うという選択肢を。
「……わかった。言う通りにしよう。
それの封印を解くのはやめてくれ」
結果、スカディ軍は
エルフに戦いを挑むこととなった。
そしてスカディ族は、エルフとヌルたちの
連合軍に敗れ、アマツミカボシをも
復活させてしまう結果となった。
敗戦の責により、
ほえほえは処刑を覚悟していた。
しかし、ほえほえ含む
スカディ族の戦犯は連合軍に赦された。
その恩を返すため、スカディ軍は
アイスクリームの製造だけでなく、
戦闘訓練にも励んだ。
来るべく魔王軍との戦いに備えて。
友軍と共通の敵である、魔王軍と戦うため。
自分たちを赦してくれた、
盟友への恩に報いるために。
エルフ国を襲った、改造昆虫の大軍団。
これは最終決戦にも必ず出てくると、
ほえほえは予想した。
自分たちが得意とする、
低温魔法が有効である。
必ず戦果をあげる。
強い覚悟を胸に秘めて、過酷な訓練に挑んだ。
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ーほえほえ回想・エリアス湖攻略から数日後ー
「これ以上は死んでしまいますよぉ」
鬼のような形相で、
ボロボロになりながらも訓練を続ける、
ほえほえを見かねて諌める、
スカディ軍男性の武官・ヨシビト。
「こんなに根をつめては……。」
同じく諌める、
スカディ軍女性文官で魔術師のゼルファ。
「我々は、エルフとの戦いで死んだも同然だ。
この程度で弱音を吐くでない!
この命、盟友のために捧げる覚悟で
魔王軍との戦いに挑むぞ!
……盟友としての責務は
この命に換えても……。」
危機迫る表情のほえほえ。
疲労の色を色濃く出しながらも、
その青い瞳の内側には闘志の炎が猛っていた。
エリアス湖攻略のあと、
ほえほえはヌルから聞いた
魔法具【六花万華鏡】の
真のチカラの話を元に、新技の開発に挑んだ。
それは氷を巧みに操り、
ステンドグラスや鏡を作りだし、
組み合わせ組み立て、建物を作る。
それらの建造物に幻覚や催眠の魔法を付与する。
という空間魔法であった。
そんな訓練が、スカディ軍総出で連日行われた。
複数人で行われる相互協力型の、
全く新しい連携魔法の開発は困難を極めた。
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ーほえほえ回想終了ー
「そういえば、ゼット殿はアマツ封印以降、
ここに来た事が無かったのだな。
こまちゅ殿が見せたくないようだとの
話であったか……。
たしかに、我々はアン殿を見殺しに、
犠牲にした上での平和を謳歌していた。
しかしゼット殿はもう、分別がつく年齢であろう。
母君の言葉を伝えるべきではないであろうか」
ほえほえは復興記念祭と称して、
戦友たちに招待状を送った。
こまちゅにあてた招待状には、
碑文の中のレムの言葉に関する内容が
含まれていた。
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ー復興記念祭当日ー
スカディ国首都・ウラバンには、
白黒エルフとセイレーン含む人魚族
の要人が集まっていた。
その中にはゼットの姿もあった。
完璧に復元されたアマツ封印像は、
台座に刻まれた碑文も再現されている。
ほえほえに促され、碑文を読むゼット。
ゼットは瞳を閉じ、物思いに耽る。
母が残した想い。
そしてあの日、自分が命と引き換えに
封印術を使ったときの想い。
「これが、母さんの最後の言葉……。
……わかる。わかってたよ。
自分が捨てられたわけじゃないこと。
皆が母さんを見殺しにしたわけじゃないこと。
母さんが大切な者を守るために、命を懸けたこと。
俺も、同じ気持ちだったから」
ゼットの言葉を聞いた
こまちゅは不機嫌そうな顔をしながら、
ゼットを問い詰める。
「……同じ気持ちか。
教えていない封印術のこと。
それと、あのときの氷の薔薇の花束。
誰の入れ知恵だ?」
「それは……。」
ゼットは言葉に詰まる。
それは本人を目の前に語るには、
少しばかり勇気がいる内容であったためだ。
ゼットは、あの日のことを思い出していた。
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ーゼット回想ー
最終決戦の少し前、
白エルフの森襲撃の少し後のこと。
ゼットは密かに、エルフの図書館に通っていた。
ゼットはずっと疑問に思っていた。
封印の腕輪グレイプニルに飾られた、
不自然な薔薇の花の装飾の意味。
腕輪を失った後に、
隷属の指輪に施された薔薇の花の数。
その数が違うことの意味について。
ゼットはアローヒに尋ねた。
花の数に何か意味があるのか。
ゼットの気持ちを察したアローヒは、
答えは図書館にあると教えた。
直接教えなかったのは、
こまちゅの気持ちと性格を慮ったからであった。
ゼットは図書館の本を読み漁った。
そこでゼットは花言葉を知った。
そして偶然、花言葉に関する本を探す過程で
アマツミカボシに関する本を見つけてしまう。
「……アマツミカボシ。
母さんが命と引き換えに倒した魔獣か」
そこでゼットは真実を知った。
母レムは、アマツと刺し違えて
共倒れになったのではなく、
命と引き換えに封印したということ。
そして封印術の存在。
最終戦争。殺せない魔王。
もしもの場合は、
自分が命と引き換えに封じなければいけない。
ヌルが勇者から引き継いだ封印術で、
魔王を封じるという作戦。
それが失敗した場合は、
自分がやらなければならない。
ゼットは本の情報のみを頼りに、
独自に封印術修得に向けて動き出した。
強い覚悟を胸に秘め、
試行錯誤の秘密の特訓の日々が始まった。
これは、こまちゅが
1番危惧していたことでもあった。
不死の魔王の誕生。
世界が求めていた封印の勇者。
勇者誕生までにゼットが封印術の存在を知る事。
勇者誕生からの、勇者の敗北および死。
世界のため、仲間のために
ゼットが自らを犠牲にする、という選択。
そんな、こまちゅの想いとは裏腹に
ゼットは考える。
もしもヌルが魔王封印に失敗した場合、
自分の命と引き換えに
やらなければいけない、ということ。
そのときは、世話になった
こまちゅに言えなかった気持ちとともに
薔薇の花束を贈りたい。
そして最終戦争のあの日、
しぶとい女王蟻キメラを封印したゼットは、
封印の氷柱に細工を施した。
それが999本の薔薇の花束であった。
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ーゼット回想終了ー
「封印術と花言葉は、図書館で調べたよ。
指輪に込められた想いのことも。
あれは……。」
ゼットは照れくさそうに、
こまちゅから視線を逸らし、
話し始めるも言葉に詰まる。
しかし意を決したように、
今度は顔を こまちゅの方に向けて、
目を合わせて強い口調で言い切った。
「たとえ自分が先に死んでも、
必ず生まれ変わってまた、一緒になるから。
生まれ変わっても、気持ちは変わらない。
どんなに遠く離れたとしても、
必ず一緒に歩める道を、必ずまた見つけ出すから。
何度でも、貴方のためなら……。
この命に代えても守ります。
そして、何度生まれ変わっても、
貴方を愛します。
それが、999本の薔薇の花言葉だから」
大勢の招待客の中での、突然の告白。
こまちゅは顔を赤くし、
ゼットに背を向け涙を流す。
「おっ! 鬼の目にも涙ってやつか」
「いいねぇ。ギャップ。
グッとくるもんがあるよな……。」
小声で茶化す、フレームアイとゴリアシ。
「ヒューヒュー!
熱いねぇ。 このまま式やっちゃう?」
「いいわねぇ。
ドワーフさんや人間さんも呼ばなきゃネ!」
乗っかるレイカとヨーリー。
盛り上がる周囲。
突如、大気が震え出した。
こまちゅの肩の震えと連動するような、
大気の振動。
そして膨れ上がる、こまちゅの魔力。
アローヒがいち早く、危機を察する。
「ダメ! こまちゅ! こんなところで!
ああっ!! みんな! ダメ! 逃げて!!!」
「……金鞭【ヤマタノオロチ】」
こまちゅが握りしめた蛇比礼は、
自身が身に纏う、赤薔薇ドレスの
伸びた裾に絡みつき、一体化する。
それは三つ編みにされた髪のように
編み上げられて、巨大な大蛇の姿となる。
こまちゅの薔薇魔法の奥義【金鞭】はそれが2本。
2対の大蛇が圧倒的な力で、
敵を握り潰すというものである。
アマツミカボシを屠った大技である。
それが今回は8本にも及んだ。
「うおおお!!
アマツを仕留めた技が
パワーアップしてやがる!?」
「まだ強くなんのかよ!
4倍!? ……って、マジで殺す気かよ!?」
大蛇に追い立てられて逃げ惑う、
フレームアイとゴリアシ。
2人の他にも、
こまちゅを茶化した主要人物目がけて
追いかける荊の大蛇。
「キャー! コワーイ()」
「ちょっと、こまちゅ! コレはやりすぎだって!」
走って逃げるヨーリーは、
鬼ごっこを楽しむ子供のように少し楽しそうだ。
アラクネ絹製のドレスを身に纏うレイカは
飛翔して金鞭を躱しながら、
怒る こまちゅを諭す。
スカディ族が苦労して復元した王家の墓地が、
カキ氷のように粉砕されてゆく。
その様を呆然と見ている、
ほえほえとスカディの面々。
ゼットとアローヒによる
命懸けの説得が功を奏し、
事態は鎮静化した。
しかし、復興したばかりのスカディ族の
王族の墓と氷の碑は一瞬で瓦礫の山と化した。
後日、
招待客含む全員で復興に尽力することとなった。
その人災が大地震による被害よりも
甚大であったことは、
ほえほえの心の奥に封印された。