130 呪われた双子と受け継がれる想い
呪われた双子と受け継がれる想い
ーー戦後より18年前のタカキタ村ーー
タカキタ村で2人の赤子が誕生した。
双子は金髪と銀髪の2卵生双生児の
女の子であった。
誕生の直前、村で同時多発の火災が起きた。
双子の父親である【オコチャ】は、
早く娘に会いたい気持ちを押し殺し、
消火活動に従事した。
急いで自宅へと向かう、オコチャ。
オコチャが自宅で見たのは、凄惨な光景であった。
空き巣が荒らしたかのように、
家の中は物が散乱し、惨殺された妻と産婆の姿。
泣き叫ぶ2人の我が子。
血塗れの賊はその手に錫杖を持つ。
修行僧のような出立ちである。
体長はゆうに2メートルを超える巨躯。
鬼人族の呪術師の男であった。
錫杖の先端は血に濡れている。
賊の額には、薄っすらと【弱体】という
文字が押印されていた。
それは、オコチャの妻であり双子の母親
【サクラ】が使う、言霊魔法であった。
「チィッ! しつこい女のせいで、人が来たか。
まぁよい。貴様は父親のようだな。
案ずるな。家族全員、同じ場所に送ってくれるわ。」
オコチャは悲しみと怒りに打ち震える。
「サクラ、すまない。間に合わなくて。
命をかけて2人を守ってくれたんだね。
コイツは必ず、俺が討つ」
オコチャは賊が犯人であると確信した。
踏み込み、腰に差した刀を抜き、賊に斬りかかる。
剣の達人であるオコチャの剣を、
容易く錫杖で受け止める賊。
賊の口元がニヤリと嘲る。
賊は力任せに錫杖を薙ぎ払うと、
オコチャは吹き飛び壁に激突する。
「……おかしい。チカラが思うように出ない。
あの賊の魔法攻撃か。」
体格差はあれど、オコチャは武の達人であった。
圧倒的な力の差に、直感で疑問を感じていた。
普通の人間ならば内臓を損傷し、
致命的なダメージになるハズの衝撃を受けても、
立ち上がるオコチャ。
賊もまた、自身にかけられた不思議な術に
直感で気付いた。
「生きてやがる……。すぐに立ち上がっただと?
あの女、この儂に弱体の魔法をかけたのか。
儂と同じようなスキル持ちだったか。
あっさり殺してやろうと思うたが。
まぁよい。かえって苦痛なだけだろう。
なぶり殺しは。
皮肉なものだな。あの男を助けるために、
儂を弱体したのだろうが。
かえって苦しませることになろうとは。」
オコチャの家には空間魔法が仕掛けられていた。
それは賊が得意とする、弱体の効果が
付与される罠であった。
「ハハハハハ!
勇者の血筋といえど、呪いで弱体の影響を受ければ赤子も同然。
お前達の首を手土産に、私は新たな魔王様の元で
活躍するのだ!」
オコチャは弱体の呪いにより、
いつものようなチカラを出せず、
一方的に叩きのめされた。
それでも果敢に賊に挑み続けた。
何度、打ちのめされても。
オコチャは敗北と死を覚悟した。
自身に最後のタトゥー魔法をかける。
それは、たとえ自分が死しても、
敵を叩き続ける。
敵を殲滅するまで手足が動き続ける、
という術式をタトゥーに変えて、
自身の体に刻み込んだ。
「すまない。ずっと、もっと側に居たかった。
君たちの成長を見ていたかった。
でも俺にとっては、そんな願いよりも、
君たちの命の方が大事だ。
俺の命と引き換えにしてでも、
コイツを道連れにしてみせる。
必ず君たちを守ってみせる。
……サクラと一緒に、ずっと君たちを見守るよ」
何度打ちのめしても、骨を砕いても、
起き上がり向かってくるオコチャに
賊は次第に恐怖する。
賊は気付いた。
オコチャの顔には既に生気は無い。
この男はアンデッドモンスター化している、
ということを。
もはや痛みや恐怖を感じない、そんな敵が毎回、捨て身で全力で斬りかかってくる、
という事実に恐怖する賊。
「こいつ! もう絶命してるはず。
この顔! どうなっている!?
何故、アンデッドモンスター化してやがる!
何をした! 呪術なのか!
くそっ!
どうすればコイツを止められるんだ!!」
賊の魔力が尽き、空間魔法が解けた。
同時に、オコチャの動きが勢いを増す。
オコチャが振るう刀がついに、
賊の錫杖を切断し、賊を斬り伏せた。
倒れた賊に執拗に刀を振り下ろすオコチャ。
「化け物め! くそっ! くそっ!
こんなハズでは……。
こんなところで、ただ殺されるわけには。
こうなったら儂の命と引き換えに、
あの双子に呪いをかけてやる!
ざまぁみろ。あの赤子どもは生涯、
そのチカラを使うことは叶わぬ!」
賊は聞いた。確かに聞こえた。
もう話すハズがない。
話せるハズがない、アンデッドモンスター
と化したオコチャの言葉を。
戦慄する賊
「……俺の、俺たちの娘は、決してお前などの
呪いには負けない。必ず力強く生きていく。
お前達のような、間違った者たちには
絶対に屈しない。
一時的に苦労はするかもしれない。
けれども、必ず道を切り開き、自分らしく
生きていく。
お前なんかには絶対に負けない!」
「貴様、生きて!?
いや……。ぐわば!」
賊は絶命した。
絶命した賊の骸に、
ひたすら刀を振り下ろすオコチャ。
駆けつけた村人が止めに入っても、
オコチャは村人を振り払い、
機械のように同じ動きを続ける。
話を聞いた、オコチャの叔父である【ヒロミチ】
はオコチャの元に駆けつける。
オコチャの首を木剣で叩くヒロミチ。
オコチャは聖属性攻撃により、
死してなお動き続ける魔法が解除され、
糸が切れたマリオネットのように倒れ込む。
オコチャを受け止めるヒロミチ
「オコチャ、サクラ。
間に合わなくてすまない。
安心してくれ。
お前達の愛する娘達は、
俺が必ず立派に育てあげる。
見ていてくれ。あの子達を見守っていてくれ」
かねてより腰痛に悩んでいたヒロミチは、
冒険者を引退した。
2人の親代わりとなり、
子育てをするという道を選んだ。
男手一つでは不憫であろうと、
村の皆で協力して子育てが行われた。
ーー8年後ーー
カンッ! カンッ!
カカカカカカカカガガガガガガンッ!!!
凄まじい、木と木がぶつかり合う音が鳴り響く。
まだ幼いレスベラが両手に持った短めの木剣を
ふるい、嵐のような連打でヒロミチを圧倒する。
剣の達人であるヒロミチは
受けるだけで精一杯だ。
「そこまでよ!」
レスベラを止めるクルム。
腰の痛みで顔を歪める、
ヒロミチに治癒の魔法をかけるクルム。
「無理しすぎなんじゃないの?
もう若くないんだから。
アンタも少しは相手のことを見なさい。」
クルムは、力加減というものを知らない
レスベラを諌める。
「だってよー。 ミチおじ以外に、
相手してくれる人いないんだもんよー」
「……クーちゃん。助かる。
不甲斐ない。もうこの村じゃ、
レーちゃんの相手になる者は……。」
「わたしがいるから大丈夫よ。」
「クルムはさー。魔法使うじゃん。
きたねーよなぁ。」
「このバカゴリラ! 実戦の殺し合いなら、
相手は何をしてくるかわからないのよ。
相手が正々堂々、アンタに有利な剣で
勝負してくるとは限らないのよ。
アンタはもう少し、アタマを鍛えなさい。」
剣だけの勝負ならば、
ダントツでレスベラが最強であった。
しかし、この頃のクルムは既に、
魔法を使った搦手を得意していた。
負けず嫌いのクルムは、身体能力で劣る
自分がレスベラに勝つために、
必死で剣と魔法が融合した武術を構築していた。
本気のクルムの魔法剣技は、
やはり8歳にしてヒロミチを圧倒した。
クルムが剣技のみで、
ヒロミチを打ち負かしたのは
2年後となる10歳であった。
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「やーい! ゴリラ女!」
「うわっ! きたぞ! 逃げろ!」
村の男の子より大きく、また剣術やケンカで
負け無しのレスベラであったが、
それが理由で男の子たちから、からかわれていた。
それが原因で、
レスベラは人知れず、
隠れて泣いていたこともあった。
レスベラを馬鹿にし、走り去る男の子たちが、
一斉に転んだ。
「いてて!
「なんだ!?」
「あんたたち。そんなだから女に負けるのよ。
負けて悔しいなら、
勝つまで正面から挑みなさいよ。情けない。」
男の子たちの前に腕組みをし、
立ちはだかるクルム。
男の子たちは、クルムの魔法によって
転ばされていた。
「うわっゴリラ妹だ!
「魔女だ!」
「うわあああああ! 逃げろ!!!」
クルムはレスベラ以上に恐れられていた。
若干8歳にして、影の実力者となっていたクルム。
これは、双子が8歳。
2人は異常なほど成長が早かった。
双子は様々な種族の混血ということもあり、8歳にして、小人族の成人の平均身長より大きくなった。
農作物が不作だった年の出来事であった。
この年は子供まで山に出かけて、
食べ物を探す程であった。
子供たちは、カエルやザリガニなどを
捕まえては、焼いてオヤツにしていた。
それくらい、人々は食べる物に困っていた。
そして、飢えていたのはヒトだけではなかった。
冬が間近に迫った、そんなある日のこと。
「熊だ! 熊が出たぞ! デカいぞ!
穴もたずだ!」
村人が慌てて、村人に知らせる。
顔が青ざめている。
よほど恐ろしいものを見たのであろう。
穴もたずとは、あまりの巨体ゆえ、
冬籠もりの穴が見つからず、
空腹で彷徨う凶暴な熊のことである。
「女子供は家の中に入れ!」
「子供達の数が少ないぞ!」
「どうした? いないぞ!」
「どうやら、山で遊んでる最中に熊が出たようだ。皆、散り散りに逃げて隠れたようだ!」
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「グルルルルルルル」
熊は匂いを嗅ぎながら、
笹薮に隠れている男の子の方に向かっていた。
それは、レスベラをイジメていた、
少年たちの中の主犯格【マサオ】であった。
その近くで隠れていた、レスベラとクルム。
「まずいわね。私たちの匂いに気付いてる」
クルムは落ち着いていた。
どうやって熊を撃退するかを、必死に考えていた。
「ううう……。あの熊、デカいゾ」
レスベラは恐怖で震えていた。
レスベラが熊を見るのは初めてではないが、
それはあまりにも、規格外の大きさであった。
「そうね。私が魔法で撹乱する。
その隙にアンタは、マサオを連れて逃げなさい」
クルムは、
自らが囮になる案をレスベラに提案した。
クルムの勇気にレスベラが奮い立つ。
レスベラはヒロミチの教えを思い出す。
レスベラがまだ幼い頃。
5歳になり、剣の稽古を始めた頃のこと。
ヒロミチに何度挑んでも、全く歯が立たな勝った頃のこと。
それは、悔しくて泣いているレスベラに、
ヒロミチがかけた言葉であった。
ーーいいかい、強さはね、優しさなんだよ。
弱い者にいくら勝っても、
それは強さの証明にはならないんだ。
勝つということはね、
自分より弱い者を、叩きのめした結果にすぎない。
いいかい、強い者は弱い者を守るんだ。
人というのは、
互いに支え合って生きていくんだ。
みんなそれぞれ、得意なことは違う。
レーちゃんは同じ歳の子達よりも、
少しだけチカラが強いね。
その強さはね、妹のクーちゃんや、
村の小さい子たちを守れる強さなんだ。
そして、勝つという目標を持つのなら、
それは自分に勝たなきゃダメなんだ。
戦うのはいつだって、自分が相手なんだよ。
どうしても負けられないとき。
自分より強い者と戦わなくてはならないとき。
負けることを恐れる。怖い。
それに打ち勝つというのは、
自分との戦いなんだよ。
これは、ご先祖様である、勇者様の教えだよ。
忘れちゃだめだよーー
何度も何度も聞いた、ご先祖様の教え。
その教えがレスベラを奮い立たせる。
「クルム。お前はマサオを連れて逃げろ。
アイツは私がやっつける! うああああ!!!」
レスベラは木剣を手に、叫びながら飛び出した。
レスベラに気付いた熊が少し驚くが、
レスベラを敵、そして餌候補と認識し、
レスベラの方へ向き立ち上がり、
両前足を上げて戦闘態勢に入る。
レスベラは立ち上がる熊を見て戦慄する。
相手は500キロをゆうに超える、巨大な熊だ。
木剣で熊に殴りかかるレスベラ。
殴られた熊は怯むことなく、
レスベラに爪を振り下ろす。
振り下ろされた、丸太のような熊の前足。
爪はレスベラの額を掠める。
最小の動きで躱したレスベラは、
カウンターのように反撃を決めていく。
「へっ! 当たったらヤベーけど、
ミチオジの剣に比べりゃ、
遅すぎて欠伸が出るぜ!」
最初は恐怖でいっぱいだったレスベラの心は、
いつしかワクワクしていた。
これまでの、たゆまぬ訓練が結実したのを
実感していた。
レスベラは当たれば即死ダメージ級の熊の攻撃に
恐怖を感じながらも、今までのヒロミチとの愚直に積んだの稽古を思い出し、熊と戦った。
手数で圧倒するレスベラ。
熊の攻撃をスレスレで躱すレスベラ。
戦況は拮抗していた。
しかし熊にはダメージが入らない。
疲弊したレスベラが一度でも被弾すれば、
という、レスベラが不利な状況が続いている。
そんな中、クルムは逃げずに
影に潜み魔力を練っていた。
クルムは幼い頃から辛い物が好きで、
常にトウガラシの粉を持ち歩いていた。
クルムは魔法で風を緻密にコントロールし、
熊の目と鼻と口に
微量のトウガラシ粉を注いでいた。
熊は目に異変を感じて目を閉じる。
「アンタの木剣なんか、熊にとっては
痛くも痒くもないのよ! 鼻よ!
鼻を狙いなさい!」
クルムの助言、そして何故か
いきなり動きが鈍くなった熊。
レスベラの剣が冴え渡る。
「わかった! うおおおお!」
レスベラの猛攻が的確に
熊の鼻に集中して浴びせられた。
熊は鼻腔、気道、肺に炎症を起こしていた。
それに加えて浴びせられる、
レスベラによる高速で強力な連撃。
「キャイン」
熊は、負け犬のような声を出して逃亡した
「うわああああああああん」
熊が走り去った後。
恐怖から解放され、
隠れていたマサオは泣き出した。
熊の爪が頭を掠めたレスベラは
頭から血を流していた。
自分の傷のことも忘れて、
レスベラは笑顔で自分をイジメた男の子に
手を差し出す。
「さぁ帰ろうぜ」
村に戻った3人の子供を、迎える村人たち。
ヒロミチは涙を流し、
血塗れのレスベラを抱きしめる。
村の男衆により、熊は発見され駆除された。
話によると、かなり弱っていたという。
決め手となったのが、クルムの風の魔法と
唐辛子であった事は誰も知らない。
しかしクルム自身は、レスベラが身を挺して
時間稼ぎをしたことが、
勝利の要因であったことを認めていた。
クルムにとって初の試みであった、
風魔法の緻密なコントロール。
集中して魔力を練ることができたのは、
レスベラが命懸けで
時間を稼いだからである。
この戦いをキッカケに、
クルムは魔力量に頼った、
威力が強い魔法頼みではなく、
緻密な魔力コントロールの練習に励んだ。
村人たちは皆、飢えていた。
村人たちにとって、熊は御馳走となった。
久しぶりの肉にがっつく、レスベラとクルム。
その様子を微笑んで見守る村人たち。
オコチャとサクラが残した双子は、
これ以前から注目されていた。
この日から更に、英雄に近い存在となった。
突如現れた魔王。
よくない噂話ばかり耳にする昨今。
世界を包む暗い雰囲気。
そんな中、現れた双子。
子供のうちから強いチカラに目覚めた、
勇者の子孫。
2人が立派に成長するまで、
2人の話は村の外に出ないように、
村人たちは全力を尽くして2人を守った。
そんな村人たちの想いは、双子にとっては、
とても窮屈なものであった。
結果、双子は外の世界への興味を募らせる。
そしてあの日、運命の出会いを果たす。
運命に導かれるように、出会った4人。