129 魔王誕生
この話の前半は
53 話 魔王マハルポージャ
に掲載された話とほぼ同じ内容となります。
邪神に選ばれた、7代目となる
魔王【マハルポージャ】
その故郷である暗黒大陸は資源が乏しく、
貧困に喘いでいた。
その貧しさ故に、奴隷貿易商に
子供を売る事などは日常茶飯事であった。
まだ幼いマハルとその妹【ハル】は、
奴隷貿易商に売られた。
マハルとハルは奴隷貿易商人によって、
石油と鉱物資源が豊富な
人間国【クローバー王国】へと連れて来られた。
イーストエナ近郊領の貴族の家へと
売られた2人は毎日、農業に向かない土地での、
砂糖キビと綿花の生産という
過酷な労働を強いられた。
ハルの方はまだ体も小さく、
また、喘息のような持病を持っていた。
それでも毎日なんとかやっていけたのは、
奴隷の先輩である、鬼人族の青年【ランガ】の
おかげであった。
ランガは体が大きくチカラも強く、
兄妹のノルマだった分の仕事の遅れを、
体を張ってカバーしてくれたのであった。
兄のように、ときには父親のように、
まだ幼く弱い2人の面倒を見た。
貴族の下で奴隷の管理職をしている、
ハイエナの獣人族【ゲロルド】は、
働きが少ないマハル兄弟に対して
特に厳しい態度で接した。
「一人前働かない奴に、一人前の飯って、
どうなんだろうな? なぁ?
お前らに食う資格は無いと、俺は思うんだよ」
マハルは妹のために土下座をして懇願する。
「必ず、必ず! 食べた分は働いて返します。
お願いします! このままでは死んでしまいます」
見ていたランガは、たまらず割って入る。
「俺たちは3人合わせて3人分の働きをしている!
3人分の飯を貰うのは当然ではないか!」
「うるせぇ! 反抗的なヤツめ!!」
ゲロルドはランガに対して、執拗に殴る蹴る
の暴行を加える。
「ゲロルド様! もしもランガが怪我をしたら、
生産性が落ちてしまいます。
どうか、どうかご容赦を」
マハルは床に額を擦り付け、懇願する。
「そんなに言うなら仕方ねえな。
妹の方も、もう少し成長すりゃ、
稼げるようになるだろうしなぁ。
ヘッヘッヘ。
ここで死なれたら、もったいねえか。
そら食えっ! ほらよっ!
ヒャハハハ!」
ゲロルドは床に3人分の飯をぶちまける。
「ちゃんと床の掃除までしとけよ。ヒャハハ!」
ランガが2人の足りない分の働きまで
カバーしていたとはいえ、
幼く体が弱いハルにとっては、
ノルマに満たないとはいえ、加重労働であった。
満足な食事を与えられなかった事もあり、
ハルはみるみる衰弱していった。
数日後とうとう、ハルは動けなくなってしまう。
それでもランガとマハルの2人で、
3人分働いた。
実際は、ランガが2.3人分くらい働いた。
ある日、マハルが仕事から帰ると
小屋で寝ていたハズの、ハルの姿が消えていた。
マハルはゲロルドを問い詰めた。
「うるせえ! 近寄るんじゃねぇ!
臭ぇんだよ!」
ゲロルドはマハルに暴行を加えたあと、
真相を話した。
ゲロルドの話によると、
“肉体労働に向かない”という判断を下された
ハルは、別の貴族に売られたというものだった。
しばらく静養した後、
『使用人として働くから心配するな』
という話だった。
その話を信じたマハルは、
『いつか妹を買い戻す』と心に誓う。
そのために働き、お金を貯める決意をする。
妹がいなくなっても、
仕事のノルマは変わらず3人分であった。
欠員が補充されるまで、今までと同じ仕事量を
こなさなければならなかった。
そんな日々が続き、無理が祟ったランガは
怪我により働けなくなってしまう。
ランガの二の腕は、酷使により
筋肉が骨から剥がれてしまう『腱板断裂』という
大ケガに見舞われた。
ランガが働けなくなった分のノルマは
マハルに加算された。
1人分になってしまった食事。
マハルはランガに半分与えようとしたが、
ランガは決して受け取らなかった。
マハル1人で3人分の仕事量のノルマを
こなすのも無理な話で、
過労によりマハルも倒れてしまう。
貴族の命令で、ゲロルドとその配下により
ランガとマハルは魔物が徘徊する森に捨てられた。
マハルを捨てたゲロルドが、
去り際にひとこと言い放つ。
「妹が死んだ場所と同じだ。
"あの世"で妹に逢えるといいな?
ヒャハハハハハ!」
マハルは悟った。
衰弱した妹は、売られたのではなく、
生きたまま、ここに捨てられたのだと。
深い絶望と怒りが、マハルを襲う。
マハルは涙を流し、唇からは血が流れる。
衰弱したランガがマハルに言った最後の言葉。
「諦めるな。絶対に生き延びろ。希望を捨てるな」
大ケガをしてから食事を取らず、
衰弱していたランガが先に息をひきとった。
マハル自身ももう、1週間近く食事と水を
摂取していなかった。
衰弱して意識が朦朧としていく
マハルが見たのは、
カラスの群れに喰われるランガの姿であった。
「なんだこの地獄は。理不尽は。
許せない。俺たちが何をしたというのだ。
何故、こんな仕打ちを受けなければいけない」
気がつくと、マハルは小石のようものを
握りしめていた。
それは、小石ではなく指輪であった。
指輪から声が聞こえてくる。
「生き延びよ。復讐するチカラを与えてやる。
世界を変えるチカラを与えてやる。
お前が今の気持ちを忘れずに努力すれば、
必ず願いが叶うだけのチカラを与えてやる。
多くの人間どもに復讐し、絶望を与えよ。
お前は闇に選ばれた。
お前は闇の王となるべき者だ。」
憎悪をチカラに変えて、
力を振り絞り、マハルは起き上がった。
異様なオーラを察知したカラスの群れは、
目の前の“ご馳走”を放棄して全力で逃げ出す。
起き上がったマハルは、恩人であり、
仲間であり、親友であり、または兄のようであったランガの亡骸を貪った。
(俺は生きる。
ここで死ぬわけにはいかない!
誰よりも強い力が欲しい。
強い肉体が欲しい。
そのためなら、
俺は友の亡骸であろうとも……。
ランガ……。そして、ハル……。
必ず、俺が世界を変える。
理不尽な格差が無い世界を、俺が必ず作る。
見ていてくれ。)
マハルの体からドス黒い魔力が溢れ出す。
ーーマハルが仕えていた貴族の館ーー
「なんだぁ? オメエはよぉ?
ここがどこだか……ぶきゃああああ!」
「お、お前はまさか、666番か!?
なぜ生きて!? ギャアアア!」
「曲者め! 出あえ! 出あえ! うびゃあああ!」
衛兵たちの悲鳴を聞いたゲロルドは、
即座に正門へと向かう。
「何事だ!!」
正門へと駆けつけたゲロルドが見た光景は、
戦場さながらの惨憺たるものであった。
その空間は血の匂いで充満していた。
手足を潰され、マハルに尋問されていた兵が
ゲロルドの姿を見て叫ぶ。
「森に捨てた666番が戻ってきて、
使用人を殺しながらこちらに! ぶぎゃっ!」
ゲロルドの姿を見たマハルは、
人質として生かしていた兵を潰す。
ゲロルドは瞬時に理解した。
目の前で生きた人間が一瞬でミンチになる。
いつもそこにいるはずの門番や、
非常時に出動するはずの護衛の姿が無く、
血の海が広がっている。
その全てが、勇ましい自分の部下たちの姿の
"成れの果て"であるということを。
血の海をゆっくり、一歩一歩、突き進む
憤怒の形相をした男。
男からは大気が震えるような怒気と魔力が迸る。
「ひいいっ! なんだ貴様は!!
貴様、ほんとうにあの666番か!? あもっ!?」
マハルはゲロルドに向けて掌をかざす。
まるで大きな手で掴まれたように、
ゲロルドの両頬が凹む。
親指と人差し指でゆっくり、
プチトマトを摘むように指を動かす。
ゆっくり、ゆっくり、
親指と人差し指を閉じるマハル。
「貴様は楽に殺さぬ。 己の罪を悔いて死ね」
「な、なにこぺ!? ぱぴこぺぺぺ……ぷぴゅっ!」
徐々にゲロルドの顔が細く縮んでいく。
顔は真っ赤になり、血管は浮き出す。
やがて、噛み潰したプチトマトのように、
赤い汁をぶちまけて潰れるゲロルドの顔。
頭部を失った死体は、力無く血の海に沈む。
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貴族がくつろぐ、ダイニングに踏み入るマハル。
館の主人であり、貴族のゲスドーは、
単身、正面から乗り込んできた賊の姿を見て
戦慄し、狼狽える。
同じく、恐怖で身動きできなくなった近衛兵を
恫喝する。
「何をしておる!! 早くつまみ出せっ!!」
貴族が捨てたのは、貧弱で
みすぼらしい少年であった。
今、貴族に向かってくる者は、
悍ましい魔力を放ち、凄まじい眼力で
こちらを睨みつけ、近づく近衛兵を潰しながら
歩みを進める、悪魔のような、鬼のような
強大な刺客であった。
それは、貴族が知る666番マハルとは、
まるで別人であった。
ゲスドーの眼前が鮮血で染まる。
「ひっ! ひいいぃぃぃっ!」
「……貴様か。よくも……。よくもっ!!」
マハルは右手を突き出し掌を貴族に向ける。
右手の拳を握ると、貴族の体は
赤黒い球体へと変わり果てた。
マハルが握った拳を開くと、
球体は、ペンキが入ったバケツをぶちまけたように
床を血で染める。
それからマハルは、近隣の貴族や富豪たちを
殺しながら奴隷たちを解放して回った。
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国王が住まう、クローバー王国の
首都イーストエナの王城へと単身乗り込むマハル。
「侵入者だ! ぶぎゃっ? あああぁぁ!!」
「ひいいっ! 化け物め! ぺぎゃっ!?」
ドス黒い魔力を放ちながら、
近づく者を潰しながら、玉座へ向けて
歩みを進めるマハル。
マハルは王側近、
近衛の兵達を諭すように語りかける。
「退け。貴様らの命に興味は無い。
退けば見逃してやる」
王は戦慄した。
普通の成人男性と変わらぬ体躯の男が、
得体の知れない威圧感を発し、
地鳴りのような足音を鳴らしながら歩み寄る。
男が一歩、また一歩と床を踏み締めると、
まるで微弱な地震のような揺れが起きる。
擦れた天井や壁の継ぎ目から砂がこぼれ落ちる。
たとえゾウが石畳の上を歩いたとしても、
そんな揺れは起きないであろうというほど、
その男の歩みは力強く重みがあった。
男に特攻を仕掛ける近衛兵が何もできずに、
ミートソースにされていく。
「貴様らが命を賭したところで、
貴様らの王が死ぬという結末は変わらぬ。退け」
マハルは、恐怖で引き攣った顔をしながら
特攻してくる兵に再度、諭すように語りかける。
近衛の長が長剣を構え突撃する。
潰れこそしないものの、マハルの前に跪き、
立てなくなる。
マハルが一歩、また一歩と王に向かうたびに
マハルと近衛の長との距離も縮まる。
容赦なく浴びせられる、
弓矢と投げ槍と攻撃魔法。
しかしマハルは歩みを止めない。
肉を裂かれ、皮膚を焼かれても
すぐさま再生していく。
刺さった矢と槍は、傷が癒えると共に
押し出され、床に落ちる。
「ばけものめっ……」
マハルを間近で見た兵士長は、絶望した後
意識を失う。
土下座のような状態から強制的に
うつ伏せに床に磔にされる。
「貴様も命と引き換えに、部下の命を救えたなら
本望であろう。見せしめとなれ」
近衛の長の全身の骨は砕け、体は潰れ、
厚手の重鎧はスクラップとなる。
「今日からその玉座は我が使うこととする。退け。
汚したくはない。もう一度言う。退け。
どの道貴様は死ぬ。
最後くらい潔く腹を括れ」
マハルは王に警告する。
「だ、だれか! このくせものをぶっ……」
マハルは王に向けて掌をかざす。
王が宙に浮く。
王の後ろに控える弓兵は潰れ、
魔力が高い魔法兵は跪くような格好になる。
「な、なんだこの魔力はっ!?
悪魔! いや、新たな魔王か!?」
魔力が高い者は魔法攻撃による耐性も高く、
重力による即死を免れた。
感が鋭い魔法兵は、マハルが新たに誕生した
魔王であると直感で悟る。
マハルが拳を握ると、
王は赤黒い球体へと変わり果てる。
マハルは窓から外に向けて球体を投げ捨てた。
「最後まで往生際が悪いな。
こんな愚物が王か。国が腐るのは至極当然か」
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城から上がる狼煙。
それを城の外で確認した、ぼろぼろの服装の集団が城へと雪崩れ込む。
それはマハルが解放した奴隷たちと、
奴隷によって解放された奴隷たちであった。
マハルが解放した奴隷たちは、
更に他の奴隷を解放していき、
その数は1万人以上に膨れ上がったいた。
新たな王となったマハルが玉座に鎮座し、
詰めかけた同胞に向けて、演説を始める。
「生まれた地域や血脈などで、
優劣を決めるのは間違っている。
力があるもの、努力をする者が
報われるのが正しい社会だ。
人は皆、平等にチャンスを与えられるもの
でなければならない。
そしてチカラある者は弱き者を支えよ。
助け合い、共にゆこう。我が作る新世界へ!!!」
「「「ウオオオオオオ!!!」」」
集まった万人の大歓声が沸いた。
マハルが立ち上げた新興国の噂を聞きつけ、
現状に不満がある者。
不遇な種族でありながら、
実力に自信がある者らが集い、
マハルの国はチカラをつけていく。
かつてのクローバー王国の友好国からの
騎士や冒険者傭兵などの討伐隊が、
頻繁に魔王国へと送られたが、
圧倒的な武力でマハルはこれを跳ね除ける。
生き延びた討伐隊は、
マハルの新たな戦力となった。
また、マハルの自動蘇生と自動再生の能力が
明らかとなり、
各国は下手に討伐隊を送れなくなった。
元奴隷と貧民だらけの新体制は
経済の基盤が貧弱であり、外の世界への
侵攻に至るまでに十数年の月日を要した。
世界は待ちわびた。
神話に登場する、かつて“女神とともに
邪神を封じた封印の勇者”の再来を。
魔王新興国の立ち上げから5年後、
チュートリ村でナナが生まれた。
その数日後、ヌルが生まれる。
物語はここから始まる。