1-5 私たちも皆さんと同じ、生き物です
1768年。元ベーリング探検隊員、ポポフが島に渡りました。目的は観光では有りません。そう、ラッコです。
一攫千金を夢見て、思い出の島へ。
『あの島にラッコは、もう一匹もイナイよ』と、仲間から聞いていました。それでも諦めなかったのは、ナゼでしょうね。
借金でも有りましたか? 思い人に高価な贈り物でも、強請られましたか?
事情は分かりません。けれど、金儲けの事で頭がイッパイ、毛皮の事しか考えて無かったのは確か。
でなければ殺せません。
「どうなってんだ。」
嘗ての楽園は閑散として、ラッコもアザラシも見当たらない。一羽の鳥も見つけられず、不気味なホド。静かすぎて、耳がキィーンとしました。
ブルッとしたのは寒いから? いいえ違います。
愚かな人類によって、その命を奪われた獣たちの霊が黙って、ポポフを見つめていたのです。
「探すか。」
諦めて帰れば良いのに。ポポフはライフル銃を構えなおし、浅瀬沿いを歩き出しました。けれど、幾ら探しても見当たりません。狩り尽くされましたから。
一匹くらい。そう思いながら歩いても歩いても、ちっとも見当たらない。次第に焦って、苛立ちを覚えます。
そんな時でした。視界の端に、ステラーカイギュウの番が飛び込んできたのです。
「ハッ! オマエたちじゃ、金にならねぇんだよ。」
岩陰に隠れる二頭は、静かに前足を動かします。メスを守るように、オスが前に出ました。
そんな彼らを口汚く罵り、銃口を向けズドン、ズドン。
「殺した。」
「ヒドイ。」
獣たちの霊が、悲しそうな目で呟きます。けれど、ポポフには届きません。罪悪感が欠片も無いのですから、当然です。
『大恩は報ぜず』と申しますが、本当なのですね。
ポポフは彼らの犠牲によって、命を救われた一人。にも拘わらず、『金にナラナイから』と殺した。
金にナラナイなら殺さず、サッサと帰れば良かったのに。
肉も脂肪も取らず、死体を放置したのはナゼ? 打ち上げられる確率が低い事くらい、分かっていたハズでしょう。
帰還したポポフは、『まだダイカイギュウが二三頭、残っていたので殺した』と報告しました。
コレがステラーカイギュウに関する、最後の記録となります。
ステラーカイギュウは1741年、人類に発見されてから27年で姿を消しました。
たった27年です。
その後もステラーカイギュウでは? と思われる海獣の捕獲や目撃が報告されました。けれど何れもステラーカイギュウなのか、他の海獣類なのか判りません。
「ごめんよ、アンナ。君を守れなかった。」
「いいえ、ユーリー。盾になって守ってくれたわ。ありがとう。」
アンナのお腹には、愛の結晶が。
『金にならない』からとポポンに殺されたステラーカイギュウは、二頭では無く三頭だったのです。
波に乗って沖に流された二頭は、抱き合うように沈みました。
海底に横たわった時、死んだ多くの仲間が。その時、ポンと可愛い赤ちゃんが誕生。冷たい海の底から三頭の親子が、仲良く旅立ちました。
今でも常世の国で、仲良く幸せに暮らしています。
人間の皆さん。金になるトカならないトカ。利用価値が有るとか無いとか、関係ありません。私たちも皆さんと同じ、生き物です。
愛する家族がいる。友だちに知り合い、親類。ドキドキしたりワクワクしたり、ウットリしたり。恋をして想いを伝えあって、共に生きる。
ね、同じでしょ?
次に絶滅するのは、人類かもしれませんよ。奪う事ばかり考えず、共存を目指しましょう。
ステラーカイギュウ。もし絶滅しなければ、人気者だったでしょうね。