1-3 楽園での虐殺
ベーリング亡き後、探索隊の隊長となったステラーの報告を受けた上層部は、それはもう大喜び。
ロシアはヨーロッパとアジアにまたがる、世界最大の領土を持つ国です。が、その大部分が高緯度に位置。
冬が長く、寒冷・多雪。一部を除けば、農業生産は高くない。つまり、イロイロ足りない!
1940年、ペトロパブロフスク・カムチャツキーを発見したベーリング探検隊。
その隊長ベーリングは失いましたが、毛皮獣や鳥、海牛など。魅力的な獣の楽園が、コマンドル諸島にある事が判明。
英雄扱いナンテされれば、イロイロ自慢しちゃいマスよね。
『ステラーカイギュウ』と名づけられた海牛の話は、アッという間に広まります。
美味しい食べ物の話を聞けば、誰だって『一度は食べてみたい』と思うモノ。となると商魂たくましい人たち、ピコォン。目を輝かせながら、パチパチと算盤を弾く。
富を齎す獣を求め、カムチャツカの毛皮商人や、ハンターが動き出しました。彼らには楽園の生き物が皆、商品にしか見えません。
・・・・・・乱獲が、始まりました。
「殺せぇ!」
ステラーカイギュウは動作が鈍く、優しい生き物です。人間に対する警戒心なんて、持ち合わせて居ません。
攻撃されても有効な防御法を持たず、ひたすら海底に蹲るダケ。ほとんど潜水できず、常に浮いた状態で漂っていたのです。宛ら、転覆した舟のように。
それら全て、ハンターにとって好都合でした。銛やライフル銃で、簡単に殺せるのだから。
「ピッ。」 ヤメテェェ。
どうして痛い事するの。ボクたち、争うのが嫌いなんだ。昆布を食べて、平和に暮らしていた。なのに、どうして。ねぇ、どうして?
島の周辺のね、浅い海に群れを作って。潮に乗って海岸の浅瀬に集まって、いっぱい生えてる昆布を食べて生きている。それだけだよ。
ズドン。ズドン、ズドン。
「親方。コイツら、どうやって運びます?」
「・・・・・・そうだなぁ。」
何トンにもなる巨体を、離れた陸まで運ぶのは困難。結果、銛などで傷つけてから、海上に放置しました。
出血多量で死亡したステラーカイギュウの巨体が、プカプカ浮いて岸に打ち上げられるのを待ったのです。
幾ら脂肪分が多くても、波に乗って岸まで運ばれる死体は多くアリマセン。
殺されたステラーカイギュウのうち五頭に四頭は、海の藻屑となって消えました。だから取り分を増やすため、乱射乱撃。
「ピッ。」 タスケテェェ。
大変だ! 酷い事するのを、みんなで追い払おう。
「これだけ群れて、ウヨウヨしてるんだ。ジャンジャン殺しまくれぇ!」
目の前にいる生き物は、数が多いように見えますが少しづつ、数を減らしていたのです。そうとは知らず。いえ、知っていても殺したでしょう。金の亡者どもは。
「薄鈍! 悔しかったらカカッテコイや。」
ハンターは彼らを見た目で判断し、決めつけました。知能が低く、動作や反応が鈍いのだと。
「ギャハハハハ。死ね死ねぇ。」
笑いながら乱射する人間を、彼らはどう思ったのでしょう。
ステラーカイギュウの頭部は体に比べると小さく、ノンビリ屋さん。首が短くて、胴体との境界が分かり難い。
目は小さく、周りには太い毛が生えていました。外から見た耳は可愛らしく、目立ちません。けれど内耳は発達していて、音は良く聞こえていました。
浅瀬で暮らす彼らは、冬になるとガリガリになります。理由は簡単。流氷が海岸を埋め尽くすと絶食状態になり、脂肪が失われるから。
氷が流れ去るまで、沖合いに。氷が無くなると再び、海藻を食べ始めます。この時期、繁殖活動に入り、一年以上の身籠り期を経て出産。生むのは一子のみ。
つまり他の動物と争わず、静かに暮らしていたのです。
発見当初ステラーカイギュウは既に、コマンドル諸島など、限られた地域にしか生息してイマセンでした。
化石から曽て、日本沿岸からアメリカ、カルフォルニア州あたりまで分布したと思われます。
なぜアリューシャン諸島にしか、集まらなくなったのでしょう。
気候の変化か、人類から逃れたか。詳しい事は分かりません。けれど、一つだけ確かな事が有ります。
楽園で暮らす生き物は皆、優しかった。