1-2 身に余る光栄
ステラーは思いました。『生肉はビタミンCを含んでいるから、壊血病の薬になるカモ』と。
「ヨシ。アイツらを狩ろう。」
座礁した船から銛やら縄やらイロイロ持ち出し、板を外して小舟を作りました。
狙うは巨大海牛。シッカリした物で無いと、使い物になりません。生き残った隊員は力を合わせ、セッセと働きます。
彼らは作戦を立てました。船で近づき、長い縄を結んだ銛を打ち込む。縄の片方を引いて、陸上で解体し食らおうと。
小舟にしたのは暗礁や浅瀬に乗り上げ、大破すると困るから。樹木が生えておらず、強風の吹き付ける地。失敗は許されない。
私たちは、島の海岸全域。特に川が海に注ぎ、いろんな種類の海藻が繁茂している場所に群れて居りました。その数、1500とも2000とも。
殺すダケなら銃殺すれば良いのですが、彼らが欲しいのは生肉。陸揚げ出来なければ、意味が有りません。
「シッカリ狙え。」
「オウ、任せとけ。」
ギイギイと近づいた小舟が、群れから少し離れた所で止まりました。
私ども『なんだろナ』とは思いましたが、殺されるなんて夢にも思いません。みんな仲良く、ノンビリゆったり。
背で一休みしていた鳥さんが、『気を付けて』と言い残し、フワッと飛び立ちました。
「ピッ。」 イタッ。
後ろに縄がついた銛が勢い良く、仲間の一頭に刺さりました。
「引けぇぇ。」
「ヲォォ。」
縄がピンと張り、グイグイ陸へ引き寄せられます。
仲間の悲鳴を聞き、急いで向かいました。何が起きたのか分りません。けれど、この長いのが仲間を苦しめている。そう思い、グルリと皆で囲みました。
「何だ?」
アチコチからワラワラ集まって、銛が刺さった一頭を。コイツら、仲間を守ろうとしているのか? いや、まさか鯨のように聴覚が発達して・・・・・・。
一頭がフワンフワンしながら勢いをつけ、エイッ。ピンと張った縄の上に伸し掛かる。
「アッ!」
縄が海に取られた。男たちはアリッタケの力を振り絞り、縄を引く。ズルズル引かれ、海の方へ。
体長7メートル、最大8トンを超える巨体が飛び乗ったのだ。壊血病で弱った男たちに、なす術は無い。
「ワァッ。」
銛が抜け、ドスンと尻餅。
呆気なく敗れ、止せば良いのに歯ぎしり。残っていた歯がポロッと抜けて、意地になる。
生肉が欲しいなら、海牛じゃ無くても良い。海には他にもラッコやオットセイ、メガネウなど。イロイロ居たのだから。
数週間に亘る攻防の末、二頭の海牛を獲得した隊員たち。我を忘れて、生肉を貪り食う。
とっても美味しかったのだ。子牛に似た味と食感、とろけるような甘さ。グチャグチャもぐもぐ、ゴックン。ガブリ。
海牛一頭から、3トンの肉と脂肪を入手。美味しくて比較的、長期保存可能。脂肪はアーモンドオイルのようで、灯し油にも使えた。
ミルクはゴクゴク飲んだり、バターに加工。皮は靴やベルト、波除けに利用。
彼らが生還できたのはステラーカイギュウを、有用な資源として活用できたから。その生息域に居たから。
遭難中の生活を支え、航海中の生活をも支えてくれたのに、人類は・・・・・・。
「いやぁ、良く戻った。」
数か月に及ぶ航海の末、彼らはカムチャツカ半島南部東岸、ペトロパブロフスク・カムチャツキー港に到着。
発見当初から天然の良港として評価される、不凍港である。
ロシア帝国極東部の軍事・行政の中心地として、また毛皮の捕獲基地として繁栄。現在でもロシア海軍、太平洋艦隊の重要な軍港となっている。
つまり一行は、国の英雄として迎えられマシタ。
「ステラー。君が見つけた海牛、ステラーカイギュウと名づけよう。どうかな。」
「ハッ。身に余る光栄です。」