1-1 泳ぐのは苦手です
絶滅種シリーズ第二弾 ステラーカイギュウ編
はじまります。
はじめまして。私、ステラーカイギュウと申します。海牛目ジュゴン科、ステラーカイギュウ属に分類される哺乳類。
・・・・・・絶滅種です。
私どもは寒冷適応型カイギュウ類の、最後の生き残りでした。好きな食べ物は昆布。体を大きくして大量の脂肪を蓄える事で、寒冷な気候に適応。
はい、泳ぐのは苦手デス。
少しくらい練習しておけば、逃げられたのに。フフッ。過ぎた事を言っても、ねぇ。
昔話をしましょう。デンマーク生まれのロシア帝国航海士で探検家、ベーリングはカムチャツカ探検隊を二度も率います。私は二度目の探検で、たまたま発見されました。
1741年6月。ベーリング率いる探検船、セント・ピョートル号は北太平洋の調査のため、カムチャツカを出発。深い霧と嵐により、他の船と逸れてしまいました。
アララ。
同年7月、アラスカ南岸に到達。その時、探検隊に加わったのがドイツ出身、ロシア帝国の博物学者で探検家、医師でもあるステラー。
はい、その通り。私の名前は、彼に因みます。
何だカンだ有りましたがベーリング隊は、アリューシャン列島の一部の島を発見。上陸し先住民族、アレウト族と遭遇。同年9月、アリューシャン列島を離れて西へ。
再び嵐に翻弄された船は漂流の末、11月。コマンドル諸島の無人島、今のベーリング島の近くで座礁しました。
当時、海図にも載っていない島です。どんな島なのか、何が有るのか。人は住んでいるのか、どんな生き物が生息しているのか。あれこれイロイロ調べる事に。
暫くすると、『ギャァ』と悲鳴が。と同時に、ズドン。
失礼ですねぇ、叫ぶ事ナイでしょう。しかもイキナリ、撃ちますか? 巨体を揺らして昆布をゲット。プカプカ浮かんで、モグモグしていたダケですよ。
銃声に驚き、駆け付けたベーリングたち。浅瀬で昆布を味わう私どもを発見。カチャカチャと銃を構えます。
気持ちは分かりますヨ。見た事の無い巨大な生き物に、ジッと見つめられればコワイでしょう。でもね。諄いようですが、モグモグしていたダケ。
どれくらい大きいのかって? 体長約8メートル、胴回り6メートルを超す、マシュマロボディです。ウフッ。
私ども、人なんて初めて見ました。銃声には驚きましたが、暴れずパチクリ。
『騒がしい生き物だナ』『昆布、食べる?』とまぁノンビリ、ズッシリ構えて居りました。そんな時です。
「お待ちなさい! この生き物はジュゴンやマナティの仲間。きっと、大人しい生き物ですよ。」
声の主はステラー。お医者さんの言う事なら、聞くんですね。隊員は銃を下ろしました。
実は既に数名の隊員が、命を落としていたんです。探検は命懸け。覚悟の上で乗船したのでしょうが、仲間を失うのは辛い事。解ります。
話を戻しましょう。島を調べた結果、無人島だと分かりました。探検船は酷い状態で、修理は困難。それでも諦めず、励まし合いながら頑張りました。
けれど、何事にも限界は有ります。島での越冬を決めるも、飢えと寒さに苦しめられ一人、また一人。このままでは全滅してしまう。
「だ、るい。」
体調不良を訴える者は多かったのですが、その多くが疲労感や倦怠感を訴えました。ビタミンCの欠乏。新鮮な野菜や果物の、摂取不足時に起こる病気。壊血病です。
初期症状は倦怠感、皮膚蒼白・乾燥。皮膚の点状出血が起こり、やがて歯肉・粘膜・筋鞘・骨膜・皮下に出血が。脛骨痛により、歩行困難などの症状が現れます。
「シッカリしろ。」
ビタミンCは生野菜や果物など、熱を加えずに食べれば摂取できます。けれどココでは、決して口に出来ない物ばかり。多くの隊員が壊血病に罹り、次次と死亡。その中には隊長、ベーリングも。
「・・・・・・ハラ減った。」
ベーリングの死後、ステラーは自ら隊長となり、生き残りの隊員を指揮。話し合いの末、セント・ピョートル号の残骸から船を作り、脱出する事に決定。しかし、食料の残りは僅か。
お腹空いた、寒い。となれば人間、ロクでも無い事を企むモノ。隊員らの態度は日に日に悪化。幸か不幸かフラフラなので、暴れる元気は有りません。
「なぁ、あのデカブツ。食えないかなぁ。」
視線の先には私たち。幸せそうに昆布を食べる、ステラーカイギュウの姿が。