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魔導士物語  作者: 湖南 恵
第四章 魔法王の森
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三 口頭命令

 女は二十代半ばといった感じだった。

 特別大柄というわけではないが、しっかりと筋肉のついた体つきである。

 無造作に垂らした艶やかな黒髪が、抜けるような白い肌と対照的であった。


 濃い目の眉、切れ長の大きな目、鼻筋の通った形のよい鼻、ぽってりとした大きめの赤い唇が絶妙のバランスで配置されている。

 要するに、滅多にお目にかかれない美女だったのである。


「何用ですか?」

 女はニコルたちにそう訊ねたのだが、なかなか答えが返ってこないので、少し困ったように首をかしげた。

 その仕草がまた可愛らしく、見惚れていたニコルは顔を振ってどうにか自分を取り戻した。


「こっ、これは失礼しました!

 ご存知かもしれないが、この辺りではアフマド族の襲撃が頻発しております。

 ご婦人の一人旅は危険と思いますが……一体、どこへ向かっておられるのですか?」


「マリコフ村ですけど」

 女は首を傾げたまま、あっさりと答えた。


 ニコルたちが馬を進めているこの街道は、マリコフ村に向かう一本道で、その先にもう道はない。

 ほかに目的地などあろうはずがなく、ニコルは自分が間抜けた質問をしていたことに気づいた。


「では、我々と同じということですね。

 それで、どのような用件で村をお訪ねなのですか?」

「はい、村の方から困りごとがあるので解決してほしいという依頼がありまして……。

 軍の皆さんは、なぜ村へ?」


「現在、村の周辺には別の部隊が展開中なのですが、自分たちはその交替要員として赴くところです」

「まぁ……ここ最近、アフマド族襲撃の話は聞いておりませんけど?」


 女に訊き返されたニコルは一瞬言葉に詰まったが、ここは正直に答えた方がよさそうだった。

「それが、自分も知らされていないのです。

 ただ持ち場を交替し、その場で命令を引き継げとしか……」


 女は少し考え込んだ。

「そうでしたか。もう軍が包囲・・していたのですね……。

 私はアデリナ・ライエンと申します。あなたは?」


「あっ、いや、これは重ねて失礼しました。

 自分はこの中隊を指揮しておりますニコル・クライバー中尉です」

「そうですか。どうやら私は急がないといけないようです。いずれまたお会いすることになるでしょう。

 では、ごきげんよう」


 アデリナと名乗った女は、再び馬首を巡らした。

 そして馬の首をぽんぽんとやさしく叩くと、軽く馬腹を蹴った。

 黒馬は一声いななきを上げると、いきなり走り出した。

 女と馬はあっという間に遠ざかって行く。


「追いますか?」

 オイゲンがすばやく囁く。

「いや、止めておこう。重装備の軍馬では追いつけまい。

 あの女の言うとおり、どうせマリコフ村に着けばまた会うことになる。

 こちらも行軍を再開するぞ」


 ニコルがそう命じると、「出発!」という掛け声が、次々と後方に伝えられていく。

 中隊は再び動き出したが、ニコルは隊の中央に戻ることをせず、先頭のオイゲン少尉に並んだままであった。


      *       *


 ソミン村を出て約三時間後、ニコルの中隊は予定どおりマリコフ村に達した。

 村には頑丈そうな木柵が二重に巡らしてあり、柵に添って内側には、いくつも櫓が建てられていた。

 村というよりも、ちょっとした要塞といった雰囲気である。


 村まであと三十メートルといったところで、街道上に五人の騎馬が待ち受けていた。

 ニコルが中隊に停止を命じ、一人で馬を進めると、向こう側からも将校が進み出た。

 まっ先に徽章に目が行くのは、軍人の身体に染みついた習性である。中央のラインに星が三つ、相手は大尉であった。


 ニコルは馬上で敬礼をして官姓名を名乗り、到着を申告した。

 相手も礼を返す。

「北岸第三即応大隊、第一中隊長のミュラー大尉だ。

 遠路ご苦労であった」


 その声には力がなく、無理に絞り出したようであった。

 大尉が疲労困憊しているのは、隈ができた落ちくぼんだ目を見ただけでも分かる。


「自分たちはここで持ち場を交替するよう命じられました。

 それ以外、作戦の目的も何も知らされておりません。

 我々はここで何をすればよいのでしょう?」


 ミュラー大尉は中隊長のはずだが、後方に控える四人の部下のほかに人影はなかった。

 その部下たちも、隊長同様に疲れ果てた表情をしており、一人は顔面の半分を包帯で覆っていた。

 包帯は血に染まっており、軽い怪我ではなさそうだった。


 中隊長はニコルの問いに軽くうなずいたが、しばらく無言であった。

 やっと口を開いたかと思うと、最初に出たのは溜め息である。


「緊急の事態ということもあるが、正式な書類は出ていない。

 君には口頭で命令を伝えるよう厳命されているが、これは第一級軍機に指定されている。

 中隊の全員には緘口令を布き、決して口外しないよう徹底せよ」


「はっ!」

 ニコルは敬礼とともに答えたが、頭の中では警報が鳴っていた。

『これは想像以上にヤバい事態だ!』

 心臓が締め付けられ、鼓動が撥ね上がる。


 ミュラー中尉は目を伏せながら、早口で命令を伝えた。

「貴中隊はマリコフ村を包囲し、村の出入りを一切遮断せよ。

 村の出入口は東西南北に四か所だから、それぞれに兵を配置してほしい。

 しかるのち、貴殿は魔法を使用すること――以上だ」


「お待ちください。

 村の包囲は分かるのですが、魔法を使えとはどういう意味でしょう?

 魔法に無数の種類があることは、大尉殿もよくご存じのはずです。私が使える魔法だけでも三十近くあります。

 一体、何の魔法を、誰に対して使えばよいのでしょうか?」


「それは知らされていない。と言うより、私はそれを知ることを禁じられているのだ。この命令を伝えた後、我々はすみやかに撤退しなければならない。

 察するに、君は何か口外を禁じられている魔法を持っているはずだ。

 それを使えということだろう」

「馬鹿な! そんなことをしたら、村は全滅します!」


 ミュラーが言っているのは、間違いなく爆裂魔法のことである。

 村はそれなりの規模であるが、爆裂魔法なら丸ごと吹っ飛ばすことができるだろう。

 だが、それは村人たち全員を殺すということを意味していた。


「やはりそうか。要するに司令部の命令とは、村の殲滅だな」

「では、すでに村人の避難が完了しているのですね?

 村を包囲して外と遮断するのは、誰かがうっかり戻ってしまわないため。

 そうですよね?」


 ニコルはわずかな希望に縋るように確認を求めた。

 だが、ミュラー大尉は肩を落としたまま、のろのろと首を横に振った。

「村の殲滅とは、二百人余りの村人全員を区別なく殺害することだ」


「納得できません! 自分は説明を求めます!」

 ニコルは叫んでいた。


「マリコフ村の武装開拓移民は、帝国臣民のはずです。

 我々は彼らを守るため、この北部戦線に派遣されたのではないですか?

 一体、彼らが何の罪を犯したと言うのです?

 それを説明してもらわねば、自分は抗命する権利を有するものと判断いたします!」


「だろうな……」

 大尉は力なくつぶやき、馬を降りた。


「少し離れたところで話そう。部下には聞かれたくない」

 彼はそう言って背を向けた。ニコルも下馬してその後に続く。

 大尉は十メートルほど歩くと、街道を外れた草むらに腰をおろし、ニコルもその横に並んだ。


「当初、俺たちの中隊に下された命令はこうだった。

 マリコフ村で凶悪事件が発生している。状況を確認の上、治安維持と犯人逮捕に努めよ。犯人が抵抗するようなら、殺害を許可する。

 まぁ、武装開拓民は荒っぽい連中が揃っている。頭のいかれた奴が混じっていても不思議はない。

 俺たちはそれほど警戒もせずに、村に踏み込んだんだ」


 ミュラーはいったん言葉を切り、顔をしかめてみせた。よほど思い出したくないことなのだろう。

「村に入って驚いたよ。人っ子一人いないんだ。

 俺たちは手近な民家を訪ねてみた。

 ノックをしても返事がない。扉を開けようとしても、内側からかんぬきが掛けているようでびくともしない。

 何軒か試してみたが、どこも同じだった」


「業を煮やした俺たちは、無理やり中に入ってみることにした。

 一軒の家を選んで部下が扉を蹴破ると、中からわめき声とともに槍が突き出された。

 ある程度警戒していなければ、部下は串刺しにされていただろうよ。

 別の部下が槍の柄を掴んで引っ張り出すと、そいつはどう見ても普通の村人(と言っても武装開拓民だがな)だった。

 暴れる男を取り押さえたが、奴は恐怖に錯乱していて、話が通じるまでかなり時間がかかった」


「俺たちが派遣されてきた軍の部隊だと知った男は、恥ずかしげもなく泣き崩れたよ。

 何とか家に入れてもらうと、床板が開いて地下室から奴のかみさんも出てきた。

 二人を落ち着かせて話を聞いてみると、こういうことだった」


「十日ほど前から、毎夜のように殺人事件が起きるようになったそうだ。

 殺されたのは一人じゃない。一家まるごとで、女子どもも含めた全員が干からびたミイラのような死体になっていた。

 村人たちは最初はアフマド族の仕業を疑ったようだが、高く堅固な防柵を越えた形跡はなく、死骸の状況も不自然だった」


「夜になると住民は鍵をかけ、武器を手にして交替で不寝番についたが、犠牲者は止まず、無駄な抵抗だった。

 そして数日経って、初めて襲われながら生き残った者が発見された。

 それはある男の女房で、旦那と二人の息子はやはり干物のような姿で床に転がっていたが、なぜか女房だけは無傷だったんだ」


「村人たちは女房に何が起きたのか訊き出そうとしたんだが、女房は錯乱して暴れ出し、手が付けられない有様だった。

 きっと恐怖でおかしくなったんだろう――そう思った村人たちは、いったん家を出たのだが、その女は扉も窓も固く閉ざして閉じ籠ってしまった。

 だが、その夜のことだ。女房は扉を開けて外に出てきた。そして隣家の扉をどんどんと叩き始めたんだ。

 殺人鬼がうろついているというのに危険極まりない。驚いた隣の女房は扉を開け、女を中に入れようとした。

 ところが、その女はいきなり隣家の女房に襲いかかり、首に噛みついた。

 女房の悲鳴に驚いた隣家の旦那が長剣を手に奧から出てくると、女は口元を血で真っ赤に染め、干からびた女房の死骸を片手にぶら下げていたそうだ」


「隣家の旦那は喚き声を上げて女に襲いかかった。

 武器を持たない女は、肩から袈裟切りの一太刀を浴びた。上着が裂け、乳房が斜めに切り裂かれ、鮮血とともに白い肋骨までが露わとなるほどの一撃だった。

 当然、即死したものと思われたが、女は倒れなかった。

 そればかりか、切り裂かれた傷口がみるみるうちに塞がっていくんだ。

 村の男たちは全員が元軍人だっただけに、その旦那の判断も早かった。

 彼は家の蔀戸しとみど(撥ね上げ式の板窓)に頭から突っ込んで外に転がり出て、別の家に助けを求めた」


「翌朝、報せを聞き、武器を手に集まった村人たちが家の中に踏み込むと、床に干からびた女房と、生まれたばかりの女の子の死骸が転がっているだけで、女の姿はどこにもなかったそうだ」


「その後も夜間の襲撃は続き、生き残りも何人か生まれた。

 全員、最初の女房と同じで、人が変わったように凶暴となり、話も通じなかった。

 そしてその連中は、夜になると村人を襲うようになった」


「もちろん、事件の早い段階で、村は軍司令部に早馬を出して救援を求めていた。

 それで俺たちの中隊が派遣されたというわけだ。

 俺は司令部に住民から聞き取った報告を送るとともに、村人を守るため、部下に命じて夜間パトロールを実施した。

 だが、結果は酷いものだったよ。

 最初の晩だけで、俺の中隊は戦力の三分の二を失った。

 部下たちは果敢に戦ったが、敵は恐ろしい怪力で、切っても突いても死ななかった。

 俺は生き残った部下たちを引き連れ、村から撤退するよりなかった」


 ミュラー大尉の話は信じがたいっものだった。

 ニコルは思わず口走った。

「それって……まるで吸血鬼じゃありませんか?」


 大尉はゆっくりとうなずいた。

「お前もそう思うか?

 俺と部下たち、そして村人たちも同じ意見だった。

 司令部へもその意見を伝え、村人の避難を具申したんだが、上の命令は冷たいものだった」

「村人を村から出すな……と命じられたのですね?」


「そうだ。まぁ、吸血鬼なんて小説か舞台の出し物に過ぎないからな。信じてくれと言う方が無理だろう。

 司令部の見解は、これは未知の風土病であり、患者が錯乱して凶暴性を帯びるに至ったというものだった。

 村人は感染している恐れがあり、誰も村外に出してはならない。

 俺たちの中隊は戦力が激減してしまったので、これ以上村に干渉せず、包囲に終始せよ。

 防疫措置については別の部隊を派遣するから、それまで現状を死守せよ……というわけだ」


「そうでしたか……」

 ニコルはこの年上の大尉に、かける言葉を見つけられなかった。

 部下の過半を失い、助けるはずの村人を閉じ込める命令を受けたのだ。

 そして、何も知らずにやってきた若い中尉に、村を全滅させるよう伝えねばならなかったのである。


 しばらくの間、沈黙が続いたが、ニコルはふいに顔を上げた。

「そう言えば、自分たちの前に黒づくめの女が来たはずですが、追い返したのですか?

 街道ではすれ違いませんでしたが……」


 ミュラー大尉は怪訝な表情を浮かべた。


「こんなところに女……何の話だ?

 君たち以外に誰も来なかったぞ」

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[良い点] 人狼ゲームみたいな事になっとる
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