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魔導士物語  作者: 湖南 恵
第三章 黒死山の館
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四十 事情聴取

「でも変だわ。魔導院の召喚の間なら窓があるはずだし、バルコニーもないわ」

 不思議そうにつぶやくシルヴィアに、プリシラが答えた。


「いや、召喚の間は魔導院だけにあるわけではない。

 四古都の城の地下には、それぞれに召喚の間がある。

 私は蒼城のそれしか知らんが、ここは別の城のようだ。かなり小さいからな」


「これで小さいのですか?」

 エイナが驚いたような声を上げた。

 彼女も魔導院の召喚の間や、その広大な空間のことは知っている。

 確かにここは、舞踏会ができそうな広間だったが、魔導院の馬鹿げた大きさには及ばなかった。


「ああ。蒼城の召喚の間は、蒼龍グァンダオ様を呼び出すところだから、十分な広さが必要なのだ。

 これでは窮屈過ぎる。……ということは、もしかしてここは黒城か?

 黒蛇ウエマク様は、それほど大きくないと聞いたことがある」


「ほう、ここは黒城というのか。覚えておこう」

 プリシラの言葉に、伯爵が呑気な声で応じた。


「あ、いや。今のは私の憶測で、確信などありません」

「そんなことはないぞ、ドリー大尉。私はウエマク殿の居場所に出るつもりだったのだ。

 黒城というのは、かの黒蛇殿の居城なのだろう?」


「いやいやいや、黒城の主人は黒龍帝閣下です。

 というか、伯爵はウエマク様と面識があったのですか?」

「ああ。この世界に来る前からの顔見知りだ」


 伯爵はそう言うと、くるりと後ろを向いた。

「やれやれ、いつまで隠れている気ですか?

 覗き見とは趣味が悪いでしょう」


 吸血鬼は、誰もいない広間に向けて呼びかけた。

 すると、その場にいた全員の頭の中に、ふいに何者かの声が響いた。


『おやまぁ、バレてしまいましたか……』

 柔らかで落ち着いているが、男とも女とも判断がつかない不思議な声だった。

 それと同時に目の前の空間が揺らぎ、大理石の床の上でとぐろを巻いている、大きな蛇の姿が現れた。


 丸太のように太い胴をきれいに巻いているのではっきりとしないが、少なくとも五、六メートルはありそうだった。

 見た目は大蛇に間違いないが、全身が鱗ではなく、黒い羽毛に覆われている。

 まるで若いカラスのような艶やかな羽根で、光の具合によって虹色の金属光沢を放っている。


 一瞬、呆けたようになっていたプリシラは、はっと我に返ると片膝をついて深々と頭を下げた。

「四神獣が一柱、黒蛇ウエマク様とお見受けいたします。

 無断で立ち入った我らの無礼、なにとぞお許しください!」


 彼女の態度を見たエイナとシルヴィアも、慌てて同じように礼を取った。わけの分からないアリマまでも、見よう見まねで頭を下げた。

 立っているのは(幻獣たちを除き)、オルロック伯爵のみである。


『そうかしこまらなくてもよいですよ』

 黒蛇は大きな目を細め、にこりと笑った。

 蛇が表情を変えるというのは変な話だが、彼は当たり前のようにそれをやってのけた。


『まぁ、楽にしてください……と言っても、ここには椅子も敷物もないのですよ。

 今、黒蛇帝を呼びました。彼が来れば、外の衛兵に命じて何か運ばせるでしょう』

 穏やかな口調で話す口元からは、先の割れた細い舌がしゅるしゅると出入りするだけで、実際に声を発してはいない。

 カーバンクルと同じように、彼も脳内に直接語りかけるタイプの幻獣らしい。


「そうか。ならば私はこれで失礼しよう。

 私は人間には嫌われているからな。面倒事は起こしたくない」

『おや、久しぶりに会ったというのに、ずいぶんとつれないですね?』


「いや、ウエマク殿の顔が見られたのだ。それで満足だ。

 いきなり土足で踏み込むような真似をして済まなかった。いずれまた、ゆっくりと話そう」

 伯爵があっさりとした別れの言葉を口にすると、その足元に黒い闇が生まれ、彼の身体がゆっくりと沈んでいった。

 胸の辺りまで床に沈み込んだあたりで、伯爵はふいにプリシラの方を見て、念を押した。

「私との約定、忘れるでないぞ」


 プリシラは言葉を返そうとしたが、約束を守ると請け合うか、窮地を救ってくれた礼を述べるかで躊躇した。

 そのわずかな時間で、伯爵は姿を消してしまった。

 伯爵は吸血鬼であり、プリシラは彼に対して特に好意は持っていなかった。いや、むしろ嫌悪していたと言っていい。

 だが去られてみると、彼に礼を言えなかったことで、後悔を感じていたのである。


『タケミカヅチ殿を従えているということは、あなたは蒼龍帝の副官ですね?』


 下を向いていたプリシラは、はっとして顔を上げた。

「はい、お初にお目にかかります。

 蒼龍帝シド様の副官を務めております、プリシラ・ドリー大尉と申します」

『そうですか、プリシラとお呼びしてもよいですか?』

「ご随意に。

 後ろに控えておりますのは、カーバンクルの召喚主であるシルヴィア・グレンダモア准尉、軍服を着ておりませんが魔導士のエイナ・フローリー准尉です」


 ウエマクの目がすっと細められた。

『ああ、あなた方が……。

 カーバンクルがこの世界に召喚されるとは、珍しいこともあるものですね。

 名は何というのですか?』


 シルヴィアが顔を上げた。

「私はカー君と呼んでおります。名前というより、あだのようなものです」

『では、私もカー君と呼ぶべきでしょうか?』


『いや、カーバンクルでいいよ。

 シルヴィアがつけてくれた名前を、あんたに呼ばれたくはないからね』

「こらっ、カー君! ウエマク様に何て口を利くの。謝りなさい!」

 慌てて叱りつけるシルヴィアだったが、カー君はぷいと顔を横に向けた。


『かまいませんよ、シルヴィア。私は気にしません。

 私は闇に属する者ですから、嫌悪する者は多いのですよ』


「我も好かんぞ」

 腕組みをして立っているタケミカヅチが、吐き捨てるように呟いたが、プリシラに睨まれて口をつぐんだ。


『分かっておりますよ、タケミカヅチ殿。

 それより、もう一人の少女は誰でしょう? 王国人には見えませんが……』

「これは失礼しました!

 この者はアフマド族の娘で、アリマと申します。

 吸血鬼への生贄にされていたのを、シルヴィアが助けたのです。

 それで行きがかり上、放っておくわけにもいかず、連れて参りました」


『そうでしたか。いかにも伯爵が好みそうな、可愛らしいお嬢さんですね。

 彼の趣味は相変わらずですか……』

「あの……ウエマク様は伯爵とお知り合いなのですか?」


『ええ。私は闇属性だと言ったでしょう? ですから、友達が限られるのですよ。

 彼とはこの世界に召喚される前からの、古い知り合いです。

 さてと……どうやらエギル(黒蛇帝)が来たようです。

 あなた方がどうしてここに現れたのか、なぜ吸血鬼と行動を共にしていたのか……。

 いろいろと面白い話が聞けそうですね』


 黒蛇はちろちろと舌を出して微笑んだ。

 それと同時に広間の扉が開き、黒光りする鎧に身を包んだ青年が姿を現わした。


      *       *


 その後しばらくの間、エイナたち一行は繰り返される事情聴取で、うんざりとする日々を過ごすことになった。


 まず始めは黒城の召喚の間で、黒蛇帝エギル・クロフォードと神獣ウエマクを相手に、今回の事件の顛末を説明しなければならなかった。


 この事件は、そもそも蒼龍帝の副官であるプリシラが、休暇で一族の祭りに参加するという話に端を発している。

 祭りの会場というのが帝国領であり、そのため万一の事態に備えた後方支援要員として、エイナとシルヴィアの二人が派遣された。


 単なる里帰りだったのだが、せっかく人員を派遣するのだからと色気を出した参謀本部が、エイナたちにアフマド族との接触を命じたため、話がややことしくなったのだ。

 このことは、蒼龍帝と参謀本部のマリウスを中心とした、ごく一部の関係者の間で調整された。


 プリシラは黒城市から出国したが、民間人の立場だったので、黒城を表敬訪問することなく帝国に渡っていた。

 したがって、黒蛇帝にとって、この件は初耳だったのである(ウエマクは何か知っていたかもしれない)。


 マグス大佐という大物が、東部北方の辺境に姿を現わしたという事実は、黒蛇帝の関心を惹いた。

 彼女が皇帝の命によって、各地の巡察を行っているという情報は、エギルも掴んでいた。

 だが、東部本面軍の視察と、辺境に位置するノルド人の村とがどう関係するのか、帝国軍の意図を探る必要があった。


 一方のウエマクは、話そのものを面白がったが、特にエイナと吸血鬼との接触に強い興味を示した。


 黒蛇帝とウエマクの質問は些細なことにまで及び、聴取は長時間にわたった。

 一行が尋問から解放されたのは夕方のことで、彼女たちはようやく風呂と着替え、そして食事にありつけた。


 エイナたちが王都に護送されたのは、その二日後のことだった。

 すぐに移動しなかったのは、運び役であるアラン少佐とロック鳥が、放置されている輸送籠を回収しに行かねばならなかったからだ。

 一見すると山小屋にしか見えない籠であったが、帝国軍に押さえられて詳しく調べられれば、いろいろな機密事項が暴かれてしまう。


 アラン少佐の回収作業は、何の問題もなかった。

 この時、小屋の存在を知っていたマグス大佐たちは、ようやくオシロ村にたどり着いたところだった。

 二人の副官は、大佐が起こした火砕流を逃れる際に、彼女をかばって複数個所の骨折、捻挫と無数の打撲を負っていた。


 ユリアン少尉が治癒魔法を使えたので、取りあえずの応急措置はできたが、王国の召喚士の安否を確認するなど、無理な相談だった。

 さすがの大佐も、東部軍司令部への撤退を決断せざるを得ず、彼女たちは馬で街道を南下することになった。


 この十日ほど後、マグス大佐からの報告を受けた東部方面軍は、大部隊を差し向けて捜索に当たったが、召喚士の消息はおろか、隠れ家となっていた小屋すら発見できなかった。


      *       *


 王都でエイナたちを待っていたのは、参謀本部と情報部による合同の事情聴取だった。

 ここで最も執拗な追及を受けたのは、エイナとアリマだった。

 参謀本部としては、アフマド族との交渉の糸口を掴むことが、今回の作戦における大きな目的であったから、これは当然のことであった。

 エイナはカスム族から得た情報を細かく書き留めていたが、貪欲な上層部は、アリマからもできる限り情報を絞り取ろうとした。


 アリマは数え年で十五歳になったばかりの少女であったが、利発な子であり、アフマド族の民情、生活や文化に関する多くの知識をもたらしてくれた。

 ただ、彼女は警戒心が高く、シルヴィアが同席しないとまともな聴取ができなかったので、結局シルヴィアも同じ目に遭った。


 プリシラは伯爵との約束を守り、参謀副総長のマリウスと二人きりでの面談を要望し、吸血鬼から提示された契約条件をありのままを伝えた。

 この情報は、マリウスを介して女王の耳にも入ることとなった。


 吸血鬼の申し出は一笑に付され、相手にされない――プリシラはそう信じていたのだが、マリウスもレテイシア女王も、この話に異常ともいえる興味を示した。

 そして、プリシラは極秘裏に拝謁し、女王にも直接説明をすることになった。

 結局、この契約に関して王国上層部がどう判断したかは、プリシラに知らされることはなかった。


 王都での聴取は十日ほど続き、次いで一行は蒼城市へと向かった。

 プリシラは当然、直接の上司であるシドに報告をしなけらばならなかったが、エイナとシルヴィアは参謀本部の人間なので、普通に考えれば王都に留まるはずであった。

 だが、参謀本部は二人にプリシラと同行するよう命令を下したのである。


      *       *


 聴取は蒼龍帝のこぢんまりとした執務室で行われた。

 プリシラは溺愛するシドとの再会に上機嫌であったが、エイナたちはいい加減うんざりしていた。


 彼女たちは蒼龍帝が一人で聴取を行うものだと思っていた。彼があまり部下を信用しない性質たちだということは、プリシラから聞いていたのだ。

 だが、いざ執務室に入室してみると、そこにはシド以外に予想外の人物が待っていた。


 二級召喚士ではあるが、王国内では半ば伝説化している人物、ユニ・ドルイティアであった。

 シドはユニのことをオブザーバーだと紹介しただけで、それ以上何の説明もしなかった。

 ユニもプリシラたちが報告を行う間、一言も口を挟むことがなく、黙って耳を傾けるだけであった。


 蒼城における事情聴取自体は一日で終わり、エイナとシルヴィアは翌日、王都に向けて旅立っていった。


      *       *


 いつもの朝、プリシラは蒼龍帝の執務室で、いつものように机の上をていねいに拭き清めた。

 机の上に昨夜仕分けをしておいた書類の束を置くと、続き部屋に入り、秘書のボニータと挨拶を交わした。


 プリシラは小さな戸棚から缶を取り出し、ミルにコーヒー豆を入れてゆっくりと挽く。

 それをネルの濾し器に移し、沸騰したポットの湯を少量注ぐと、たちまちコーヒーのよい香りが漂ってくる。

 銀のお盆の上に皿とカップを並べ、熱々のコーヒーを淹れたポットをのせると、隣りの執務室から物音が聞こえた。


 プリシラはお盆を持って、執務室に続く扉をノックした。

「お入り」という声がして、片手で扉を開いて中に入る。


「おはようございます」

 彼女は落ち着いた声であいさつをすると、シドの机の横へと歩み寄る。

 皿を机の上に置き、音を立てないようにカップをその上に重ね、ポットに入った熱いコーヒーを注いだ。


「ありがとう」

 シドは小さな声で礼を言うと、カップを取り上げて美味しそうにコーヒーをひと口飲んだ。


 いつもの日常が戻ってきたことが嬉しく、プリシラは思わず微笑んだ。

 シドはそんな彼女をちらりと見た。


「そう言えば、あのアフマド族の少女はどうしたのかね?」

「アリマでしたら、アスカ様のお屋敷で働くことになりました」


「ほう」

「家令のエマさんがお年なので、お嬢様のお世話をする若いメイドを雇いたかったそうなのです。

 アリマは子守りの経験が豊富で、うってつけだったみたいですね。

 住み込みで働きながら、学校にも通うことになるようです」


「あの娘は、かなりプリシラに懐いていたようだが、よく一人でアスカの元へ行くことを承知したな?」

「それが……。実を言うと、私もアスカ様のお宅に下宿することになりまして」


 シドはうつむいて、くすくすと笑い声を洩らした。珍しいことである。

「それはいい。いい歳をした副官が、いつまでも軍の寮暮らしというのでは、外聞が悪い。アスカのところなら、賑やかでよいだろう。

 ベルゲン村(プリシラの実家)の方へは顔を出さないのか?」

「次の休みに行くつもりです。

 祖父の手紙では、オシロ村から私が優等賞に選ばれたとの報せが届いたらしいです。

 ノルド六か村をあげてのお祭り騒ぎになった、と書かれていました」


「そうか、祖父孝行ができたな」

「はい!」


 嬉しそうにうなずく副官の表情に、シドはかすかに目を細めた。

 そして、カップに残っていた香り高いコーヒーを、一息で飲み干した。

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