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魔導士物語  作者: 湖南 恵
第三章 黒死山の館
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十八 化け物

 広いゲルの中には、族長のバヤルとエイナだけが残されていた。

 会議に参加した各家長は、晴々とした明るい顔で、それぞれの家族にこの吉報を伝えるべく、ゲルから去っていった。

 バータルは馬に跨り、彼らの野営地を包囲しているフレグ族のもとに向かったらしい。会議の結果を伝えるためである。


「バヤル様。

 バータル殿は、お館様は化け物だとおっしゃっていました。

 彼らは異形の者……ということなのですか?」


 エイナは族長と差し向かいで座っていた。

 自ら生贄役を買って出た代わりに、約束どおり情報を聞き出していたのである。

 知りたいことは山のようにあるのだ。


「見た目は人間と変わらんよ。

 だが、化け物であることは確かじゃ」


「彼らは生贄の少女をどうするのですか? 喰らうということですか?」

「まぁ、そんなところじゃ。ただ、すべてが喰われるというわけではないらしい。

 中には、お館様に気に入られ、しもべとして仕える者もおる」


「そんな馬鹿な……。さらわれた娘たちが、素直に服従するとは思えません」

「いや、確かな証拠がある。

 生贄となる娘が決まると、事前に確認するために、お館からお使いが来るのじゃ」


「確認?」

「その娘が、純潔であるかどうかを確かめるということじゃ。

 そんな顔をするな。別にいかがわしいことはされぬ。

 お館のお使いは、娘の匂いを嗅ぐだけでそれが分かるらしい。

 稀な例じゃが、それで男と通じていたことが分かり、急遽生贄が差替えられたこともある。

 お使いは女であることの方が多いな」


「その女って……まさか?」

「そうじゃ。ある時に現れたお使いが、かつてお館様に捧げられた娘だったことがあってな。

 しかも、生贄になったのは何十年も前の話で、とっくに老婆となっているはずなのに、姿かたちは十六の娘のままであったそうじゃ。

 年老いた兄弟姉妹がそのことに気づき、必死で呼びかけても、冷たい顔をして何も答えなかったらしい。

 完全にお館様に支配され、生まれ育った部族のことなど忘れ去ったのじゃろうなぁ」


 次の質問をしようと身を乗り出すエイナを、族長は手を挙げて制した。

「まぁ、そう焦るでない。いろいろと訊きたいことがあるのは分かる。

 いちいち答えるのは面倒じゃ。ここは、順序だてて始めから話した方がいいじゃろう」


 族長は白い髯をしごきながら、のんびりと話し始めた。


「黒死山に化け物が住み着いたのは、もう四百年ほど前のことだと伝えられておる。

 なぜ化け物が現れたのか、どうやって黒死山に館を築いたのかは定かでない。

 何しろ遠い昔の話で、わしらカスム族など、そのころは存在もしていなかったからな」


「化け物どもは、夜な夜な周辺部族のゲルに現れては、若い娘をさらっていくようになった。

 どんなに見張りを増やそうと、黒死山から遠ざかろうと無駄だったそうじゃ。

 奴らは夜に溶けているかのように暗闇から現れる。それこそ地面から生えてくるらしい。

 娘を連れ去る現場に遭遇した男たちが戦いを挑んだこともあったが、すべて返り討ちにあった。

 お館様のお使いは、姿かたちが少女であっても、恐ろしい怪力と不死身の身体を持っておったのじゃ」


「不死身……ですか?」

「ああ。例え腕を切り落しても、すぐに新しい身体が生えてくるそうじゃ。

 さらわれた娘は闇に呑まれ、後を追うこともできなかった。

 じゃが、我らの祖先たちは、どうにかして化け物たちが黒死山をねぐらにしていることを突き止めた。

 そして、千人に及ぶ軍勢を組織して、化け物たちの本拠を攻めるに至ったのじゃ。

 奴らは荒涼たる山中に穴を穿うがち、石造りの館を建てておった。

 館を守っておるのは十人余り、男は二、三人しかおらなんだ。いくら相手が強かろうが、多勢に無勢だと思われたのじゃが……」


「勝てなかった……のですね?」

「そう結論を急ぐな。面白くなるのはここからじゃ。

 いくら不死身とはいえ、首を刎ねることに成功すると、相手は相当の打撃を受ける。

 多勢で取り囲んで殺し続ければ、その再生に要する時間は長くなり、やがては動けなくなる。切り刻まれた肉塊は、最終的に再生能力を失い、黒い塵となって消えてしまうことが分かった。

 もっとも、そこまで持っていくには、三百人を超える犠牲を出したそうじゃ」


「戦士たちは色めき立った。奴らを殺す手段を発見したのだからな。

 じゃが、それはあくまでお使い、即ち、お館様の部下が相手の場合の話じゃった」


「部族連合軍は多大の犠牲を出しながら、数匹の化け物を討ち取り、その勢いをかって館に火を放った。

 そして館の入口を固め、中から逃げ出してくる化け物を、一匹ずつ始末しようとしたのよ。

 しかし、待ち構える者たちの前に現れたのは、化け物たちの首魁〝お館様〟じゃった。

 お館様の力は、それまでの配下どもとは桁違いだった。

 炎などはものともせず、たった一人で数百の軍勢の中に堂々と踏み込んできたのじゃ。

 彼が腕をひと振りするだけで、十人の首が一度に飛んだ。

 矢をことごとく弾き、刀傷は一瞬で消え去った。

 ひと睨みされただけで、百人の軍勢が動けなくなった。

 お館様は、立ちすくむ戦士たちを、まるで紙でも裂くように倒していったと伝えられておる」


 老人は溜め息をついた。

「結果は惨敗だった。

 千人の軍勢で生きているものは各部族の代表、わずか六名に過ぎなかったそうじゃ。

 彼らは降伏し、お館様に服従を誓った。

 自分たちは殺されてもよいから、どうか部族を滅ぼさないでほしいと、懇願したのじゃな。

 毎夜のように若い娘をさらわれては、やがて子を産む女はいなくなり、結局部族は消滅してしまう。

 それだけは許してくれと、泣いてすがったそうじゃ」


「意外なことに、お館様は寛大な態度を見せてくれた」


『家畜であるお前たちが滅ぶのは、自分としても本意ではない。

 よかろう、娘たちを無用に襲うことは控えてやる。

 その代わり、三年に一度、十月の満月の前日までに純潔の乙女を我に捧げよ』


「お館様はそう命じて、生き残った六人をそれぞれの部族に帰した。

 六つの部族が持ち回りで生贄を捧げるようになったのは、それからじゃ。

 ――そう伝わっておる」


 族長の話は、俄かには信じがたいものだった。

 だが、単なる伝承や迷信で、年端もいかぬ少女を犠牲にし続けるはずがない。


 エイナは生贄の身代わりになると言ったが、カー君を使って、そのことをシルヴィアに報せるつもりだった。

 二人で協力すれば、化け物と言えども倒せると考えていたのだ。

 災いの元を断てば、これ以上無益な犠牲を出さずに済むことになる。

 そのことで、アフマド族にも恩が売れ、将来的な交渉で有利になるはずであった。


 だが、族長の話を信じるならば、そんな簡単な相手ではないということになる。

 相手は首を刎ねても、簡単には死なないほどの再生能力を持っているらしい。

 人間のような姿かたちをしているが、比較にならない怪力で、夜の闇に紛れてどこにでも侵入できる。


「あれ……?」

 それは、どこかで聞いたことのある話だった。


「あの……バヤル様」

「なんじゃ」


「そのお館様って、お話を聞いていると、まるで吸血鬼みたいですね?」

「ほう……よう知っておるな。そのとおりじゃよ」


      *       *


 吸血鬼の存在は、この時代の人々によく知られていた。

 ただし、それは実在の怪物ではなく、あくまで架空の物語の登場人物としてである。

 もともと吸血鬼の伝説は、イゾルデル帝国の一部の地方で語り継がれていたものだった。

 それをある脚本家が劇に仕立てて上演したところ、大層な評判となった。

 そして、この脚本を膨らませた小説が出版されると、大ベストセラーとなり、やがて各国に広まったのである。

 それは、もう百年以上も前のことであった。


 エイナの生まれ育った王国でも、この吸血鬼伝説はよく知られていた。

 だが、十数年前に南の古都赤城市に本物の吸血鬼が現れ、一時的に都市機能が麻痺するほどの被害が発生した。

 その他にも、東の貿易港南カシルで、魔導士であるマリウス(現参謀副総長)と召喚士のユニが、正体不明の吸血鬼と戦った記録も残されていた。

 国民の動揺を防ぐため、王国はこれらの事実を隠蔽いんぺいしたが、潜在的な脅威として、軍の幹部将校に対しては極秘裏に情報が伝えられていた。


 将来の軍幹部となる召喚士を養成する王立魔導院においても、吸血鬼に関する正しい知識が教育されていた。

 エイナは召喚士ではなく魔導士候補生であった。それでも吸血鬼の概略は学んでいたのである。


 吸血鬼は太陽のもとでは活動できず、闇の中でこそ、その能力を最大限に発揮できる。

 信じられない怪力と再生能力を持ち、魅了チャームの魔法を使い、闇を利用していかなる場所にも出現できる。

 それらの特徴は、族長が語った話と完全に一致しており、お館様が吸血鬼であることを如実に示していた。


 エイナは魔導院で教わったことを、必死で思い出していた。

 吸血鬼に対しては、物理防御障壁が有効であることが実証されていた。

 となれば、取りあえず自分の身を守ることはできるだろう。


 問題は攻撃である。

 劇や小説で描かれている銀の武器や十字架ニンニクなどは、実際には何の役に立たない。

 吸血鬼は血を吸って人を殺すだけでなく、逆に血を与えて自らの眷属とすることができる。

 その眷属もまた仲間を増やすことができるが、それが限界でその先はない。

 第三世代の下っ端なら、首を刎ねれば殺害できることも分っていた。

 

 

 長老の話では、館の吸血鬼たちは首すらも再生するというから、彼女たちはお館様が直接血を分け与えた第二世代なのだろう。

 彼らには炎系の攻撃が利くのだが、赤龍のブレスだけが実証例だった。

 魔導士のファイアボールが、どれだけの効果があるかは未知数である。

 長老の話にあったように、再生が追いつかないほど何度も殺すことが、確実な手段ということになる。


 そして「お館様」と呼ばれる親玉は、真祖という特別強力な吸血鬼なのだろう。

 そうなると龍のブレスも通用しない。

 唯一、第四軍のアスカ将軍が所持しているミスリル製の武器だけが、対抗手段だった。

 

 もちろん、駆け出しの魔導士であるエイナに、そんな国宝級の代物が与えられるはずもない。

 はっきり言って、エイナにお館様を倒す手立てはない。シルヴィアとカー君が攻撃役として加わっても、通じるのは配下の者どまりだろう。

 これは、国家召喚士であるプリシラの力を借りることになるかもしれない……。

 彼女はそう考え始めていた。


      *       *


「吸血鬼のことを知っておるのなら、人間がいくら抵抗しようと無駄だと分かるじゃろう。

 そなたが何を考えて生贄を買って出たかは知らんが、わしらに害を及ぼすような真似だけはしてくれるな」

 エイナの腹の内を見透かしたように、バヤルは念を押してきた。


「そこはわきまえております。

 ただ、私もむざむざ血を吸われるつもりはありません。無駄だと言われようと、抵抗は試みます」

「それは好きにするがよかろう。

 ただ、エイナ殿のお仲間が助けに来て、逃げられては困る。

 二度目となれば、お館様もさすがに許してはくれんだろうし、その前にフレグ族が先にわしらを滅ぼすじゃろう。

 よって、お館のお使いが確かにそなたを受取るまで、見張らせてもらうぞ」


「ご随意に」

 エイナは魔法が使えるし、そのことをカスムの人々は知らないから、別にシルヴィアがいなくとも逃げるのは簡単である。

 だが、彼女が密かに考えている計画を実行するためには、まずは館に潜入しなければならない。

 だから、逃げるという選択肢はありえなかった。


「よいお覚悟じゃ。

 今さら儀式のやり直しでもあるまい。輿こしを使うのは止めじゃ。

 見張りにはバータルとその部下をつけるから、一緒に登ってもらうぞ」

「分かりました」


「では、準備をしてもらおう。

 儀式は省くと言ったが、生贄としての体裁だけは整えねばなるまい」

「と、申しますと?」


「その服装では恰好がつかん。わしらの衣装に着替えてもらう。

 そなたの体型なら、オユンの晴れ着を借りるがよかろう。

 それと、武器は置いていってもらうぞ」


 エイナは黙ってうなずいた。

 彼女は魔導士であるから、武器の有無はあまり重要ではない。

 どうせ籠に戻れば、予備の武器が置いてあるのだ。


      *       *


 エイナが生贄を買って出たという話は、会議に参加した各家長によって一族中に広まり、大変な騒ぎとなった。

 中でも、オユンとツェツェグの家族は、エイナがいなければ確実にどちらかが犠牲になったはずである。


 二つの家長は、家族全員を引き連れ、長老のゲルに戻ってきた。

 そして彼らはエイナの前にぬかずき、涙ながらに感謝の言葉を述べた。

 二人の娘はエイナに抱きついて泣きわめいたが、困惑する彼女を見かねて、それぞれの父親が引き剥がしてくれた。


「あまり気にしないでください。

 私の方にも、こうなった責任の一端があるのです」

 エイナはもごもごと歯切れの悪い言い訳をしたが、二人の父親には彼女が何を言っているのか分からなかった。


 長老に言われたとおり、彼女はオユンの晴れ着(手の込んだ刺繍が入った見事な民族衣装だった)に着替えた。

 二人の娘は泣きじゃくりながら、エイナの黒髪をとかかして編み込んだり、化粧を施したりして、精一杯に美しく飾り立ててくれた。


 準備が終わったエイナが、オユンたちの家族に取り囲まれてゲルの外に出ると、ちょうどバータルが戻って来たところだった。


 バータルの後には生贄を確認しに来たのだろう、フレグ族の者が数騎続いていた。

 彼らは美しく着飾ったエイナが、自らの意志で歩いているのを見ると、少し驚いた表情を浮かべた。

 異国からの客人が生贄役を買って出たという話を、鵜呑みにはしておらず、どうせ口を塞いで縛り上げ、無理やり生贄に仕立て上げたに違いないと思っていたのだ。


「驚いたな……。おい、娘!

 お主、自分がどうなるのか、分かっていて行くつもりなのか?」

 尊大な態度で呼びかけてきたフレグ族の隊長の顔を、エイナは真っ直ぐに見上げた。


「娘ではありません。私にはエイナという名があります!

 そして私は誇り高きリスト王国の士官です。

 世話になったカスム族の難儀を見捨てては、騎士の名折れ。その覚悟を疑うとは、私を侮辱されるおつもりか!」


 エイナがきっぱりと言い返すと、男は言葉に詰まった。

 馬を横に並べていたバータルが、得意気な表情をしているのがおかしかった。


「……い、いや。覚悟があるのなら、それでいい。

 お役目、ご苦労である」


 気まずそうなフレグ族の隊長に、バータルが笑いかける。

「バトバヤル殿、私と部下がエイナ殿を送り届ける。

 そして我らは、彼女がお使いの手に渡るのを、この目で確かめてから下山するつもりである。

 ついては、フレグ族からも見届け人を一人出してもらいたい。

 異存はあるまいな?」


「当然である」

「ならば、この場で誓ってもらおう。

 エイナ殿をお使いに引き渡した時点で、我らはすべての責任を果たしたことになる。

 その先何が起ころうと、カスム族の関知するところではない。

 それでよろしいな?」


「……う、うむ」

「言ったはずだ。フレグ族の代表として誓ってもらおう!」


「このバトバヤルに二言はない。

 戦士としての名誉にかけて誓おうぞ!」


 フレグ族とのやり取りを見守っていた群衆から、「おおう」というどよめきが上がった。

 彼らはこの交渉の意味を理解していなかったが、自分たちが何らかの保証を得たらしい、ということは感じられたのだ。


 エイナもまた、馬上の二人の応酬に舌を巻いていた。

『バータル殿は抜け目がない』


 族長もバータルも、エイナの企みをどこまで察知しているのだろうか。

 彼らはエイナが魔導士であることなど、絶対に知らないはずである。

 それは弱小部族を率いる指導者の、嗅覚のようなものかもしれない。


 バータルは馬から降りると、てきぱきと同行する部下を選んでいった。

 フレグ族からは、隊長のバドバヤルが自ら見届人として参加することに決まった。

 全員分の馬が用意された。山の麓までは馬で進み、森が切れたところから徒歩での登山となるのだ。

 準備は十分ほどで終了した。


「では、参ろうか!」

 バータルが重々しい声で号令を発し、一行は黒死山を目指して進み始めた。

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[良い点] あー、吸血鬼かあ マグス大佐呼ぼうぜ!
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