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魔導士物語  作者: 湖南 恵
第三章 黒死山の館
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十七 一族会議



「化け物って、どういう意味ですか?」

 エイナは釣り込まれたように訊ねたが、バータルの返事はそっけないものだった。


「言ったとおりの意味だよ。

 詳しく説明するのは後だ。俺は会議の準備で忙しいからな」

 彼はそう言い残すと、足早に去っていった。


 化け物……。

 エイナはリスト王国、しかも召喚士養成機関である魔導院に在籍していた人間である。

 一般市民より多くの幻獣をその目で見てきたから、今さら化け物など珍しくもない。

 だが、それはあくまで王国内での話である。こんな北方の辺鄙な地で、異形の者の話を聞くとは思ってもみなかった。


 エイナとシルヴィアが着陸した地点は偶然にも、荒れ果てた召喚遺跡であった。

 やはりその遺跡が何か関係しているのだろうか?

 エイナの中では抑えきれない好奇心が膨れ上がり、まるで餌を前にお預けを命じられた仔犬の気分であった。


      *       *


 カスム族の異動住居は半分以上片付けられていたが、一番大きな族長のゲルは後回しにされ、まだ手がつけられていなかった。


 そこに一族全ての家長が集められた。当然その中には、主だった役職を担う者が揃っている。

 部外者であるエイナが同席していることに、彼らが不審と不満の目を向けるのは当然であった。


 だが、族長のバヤルはそうした雰囲気を気にも留めなかった。

「まぁ、なんだ。エイナ殿は立会人だとでも思ってくれ」

 族長はあっさりとした紹介を済ませると、彼女を自分の隣りに座らせたが、居心地の悪さは格別であった。


 会議の進行はバータル(彼は次期族長と見做みなされていた)に委ねられて始まった。

 彼は改めて現在の状況を説明し、自分たちカスム族の中から身代わりとなる娘を出すのはやむを得ないと明言した。

 包囲しているフレグ族、およそ三百人の戦士の姿は、誰もが目にしている。

 カスム族の戦力は通常で三十人ほど、年少・年輩者を無理に加えても五十人が限界であり、勝負にならないのは分かり切っていた。


 誰もが黙り込む沈鬱な空気の中、おもむろに族長が口を開いた。

「バータルが説明したとおり、我らに許された時間はそう多くない。

 端的に言おう。皆も知っておろうが、お館に捧げる娘には条件がある。

 純潔である美しい少女じゃ。

 我が一族で、十五、六歳前後の娘は七人おるが、いまだ男と通じていない身持ちの固い者は、その半分ほどじゃろう。

 そして、お館様の眼鏡に適うほどの美しい娘となると……これはもう、オユンかツェツェグのどちらかだと、わしは思う。

 異論のある者はおるか?」


 ゲルの中はしんと静まり返り、発言する者はいなかった。

 族長の言葉は、会議を始める前から誰もが心中に抱いていた思いである。

 それは、オユンとツェツェグ、二人の父親たちも同じであった。

 この会議の最大の問題は、その先にあった。


「ふむ、誰も発言せんということは、わしの判断に間違いはないということじゃな?

 では、オユンかツェツェグのいずれを選んだらよいか、意見のある者があれば、聞かせてもらいたい」

 それこそがこの会議の本題である。


 一族の存亡がかかる事態である。娘を一人犠牲にするのは止むを得ない。

 その候補が、オユンとツェツェグの二人であることも、明らかであった。

 どちらかを選べと言われても、答えられる者がいるはずがなかった。


「困ったのぉ。誰も意見はないのか……。

 ではオチル、お主は何と考える」


 バヤルが指名した男が、ゆっくりと立ち上がった。

「俺は……」


 彼は立ったまましばらく黙り込んだ。そして、思い切ったように顔を上げる。

 目元がどことなくオユンに似ている。オチルは彼女の父親であった。


「当たり前のことだが、オユンは可愛い俺の娘だ。

 それを生贄に差し出そうと考える親など、どこの世界にいるだろう?

 だからと言って、ツェツェグに行ってくれとは、とても言えない。

 皆も知っているだろうが、二人は仲のいい友だちだ。

 俺が娘可愛さに『ツェツェグにしてくれ』と言ったと知られたら、娘は俺のことを一生許さないだろう。

 だから俺は、皆の決定に従う。

 俺の言えることは、ただそれだけだ」


 オチルは早口でまくし立てると、どかりと座った。

 そして腕組みをして目を閉じ、そのまま黙ってしまった。


 族長はうんうんとうなずいてみせた。

「さもありなん……といったところか。

 それならば、ナツァグの方はどうじゃ?」


 全員の目が、少し痩せた背の高い男に集まった。

 ナツァグという男は、ツェツェグの父親なのだろう。


「俺の言うべきことは、オチル殿がすべて語ってくれた。

 付け加えることは何もない」

 ナツァグは立ち上がりもせず、怒ったような口ぶりで吐き捨てた。


「皆の者、聞いたとおりじゃ。

 二人の親父殿は、見事に覚悟を決められておる。

 ならば、辛い話だが我らで決めるよりあるまいて。

 もう一度聞く。よい案がある者はおらんか?」


 老人がしわがれ声で訊ねると、一人の男が立ち上がった。


「オユンとツェツェグ、二人のどちらかを選ぶなど、誰にもできはしない。

 ここにいる全員が、あの娘たちを赤子の時から知っているのだ。

 ここは公平に、くじ引きで決めるべきではないだろうか?」


 ゲルの中がにわかにざわめいた。

「そうだ、それがいい」

 そんな言葉があちこちから聞こえ、男たちが顔を見合わせうなずきあった。


 バータルがパンパンと手を叩くと、座はしんと静まった。

 再び族長が口を開く。


「うむ、どうやら皆が賛同しているようじゃな。

 それでダムディンよ。そのくじは誰が引くのかのぉ……?」


 くじを提案したダムディンという男は、「うっ」という声を出し、言葉に詰まった。

 そこまでは考えていなかったのだろう。


「そ、それは……当事者である――」

 言いかけたダムディンに対し、二人の父親が同時に立ち上がって怒鳴った。


「俺はそんなもの、絶対に引かんぞ!」

「俺もだ!

 もし娘を引き当てたら、俺は自分を決して許さないだろう。

 逆に外したなら、娘は俺を許してくれないはずだ。

 俺たちは皆の決定に従うと誓った。

 もうそれ以上、苦痛を与えないでくれ!」


「まぁ、父親としては当然の意見じゃな。

 では、案を出してくれたダムディンよ。

 言い出しっぺのそなたがくじを引いてくれ」


 笑みさえ浮かべる族長に、ダムディンの表情は凍りついた。

「お、俺はそんなつもりで言ったわけじゃない!

 くじを引くなんてまっぴらご免だ!

 どっちを選んでも、この先俺の一家は、ここで暮らしていけないだろう。

 そっ、そうだ! こういう時にこそ、族長がいるのではないか!

 族長が選んだのなら、誰もが納得をする。ここは族長に引いてもらうべきだろう」


 額に汗を浮かべ、必死で抗弁するダムディンに対し、あちこちから賛同の声が上がった。

「そうだ。族長がくじで決めるのが一番いい!」


 誰も責任を負いたくはないのは一緒である。

 ここは一族を束ねる族長に、汚れ役を押しつけるべきだというのが、一同の一致した意見だった。


「わしも嫌じゃ」

 バヤルは堂々とそう言い放った。


「お主ら、好き勝手を言いおって!

 わしだってそんな役目なんぞ、嫌に決まっておろう。

 オユンとツェツェグは、わしにとっても孫のような存在じゃ。

 どっちを選んでも、その家族に生涯恨まれるのだぞ?」


 騒がしかったゲルの中には、再び静寂が訪れた。

 誰もが呆れた顔で、小柄な老人を見詰めている。


「そう非難がましい目で睨むな。

 無論、わしは族長としての責務を自覚しておるし、それを放り出すつもりもない。

 じゃが、わしとて皆と心情は同じだ……ということを理解してもらいという話じゃ」


 一同がほっと息をつく。

 族長が人を煙に巻くのは、いつものことだと思い出したのだ。

 だが、バヤルの次の言葉は、意外なものだった。


「そこでじゃ。わしからも一つ提案がある。

 先ほど言ったように、誰も生贄を決める役目など負いたくない。

 それは、わしらが皆、血の濃い薄いはあっても、親戚同士だからじゃ。

 さて、皆の者は、わしの隣りに客人を座らせておることを、あまりよく思ってないようじゃ。

 だが、よくよく考えてもらいたい。

 ここにいるエイナ殿は、今日にも我らと別れて国に帰る身じゃ。誰の恨みを買おうと関係がない。

 ならば、彼女にくじを引いてもらう……というのは、どうじゃろう?」


「おお!」

「その手があったか!」

「さすがは族長だ!」


 感嘆と賛同の声が、一斉に沸き起こった。

 驚いたのはエイナである。


「わっ、私だって嫌ですよ!」


 抗議の声を上げたエイナを、バヤルは横目で睨んだ。

「エイナ殿。

 我らは何の見返りも求めずに、そなたを客人としてもてなしたつもりじゃ。

 〝一宿一飯の恩義〟という言葉を知っておるか?

 なに、ただくじを引くだけの簡単な仕事じゃ。あとくされも何もない。

 やってくれるだろうな?

 ここに並みいる者たちの顔を、よぉく見てから答えてもらおうか」


 エイナは族長の言葉につられるように、広いゲルの中を見回してみた。

 各家の家長たち全員が、期待を込めた目で彼女を見詰めている。

 恩知らずにも断った場合には、その表情が怒りに変わるだろう。

 ただでは済まないのが目に見えている。


められた!』


 エイナはうついて歯噛みをした。

 族長は初めからそのつもりで、エイナを会議に招いたのだ。


 確かに族長の主張には、理屈が通っている。

 カスム族と別れようとしているエイナが、誰を生贄に選ぼうと責任を感じる必要はない。


 だが、オユンとツェツェグは見知らぬ少女ではない(そうであっても、心理的な抵抗はかなりのものだ)。

 ずっとエイナのもとに通い、食事の世話からお喋りの相手まで、心をこめて尽くしてくれてきた。

 二人とも気立てのよい、とても素直な娘たちで、エイナとも友達と言ってよいほど仲良くなっていた。

 そんな二人のうちどちらかを生贄に選ぶなど、エイナだってご免である。


 エイナは思わず族長の横ににじり寄り、小声でささやいた。

「バヤル様、ずるいです!

 私にそんなことができないと知っていて、罠に嵌めたのですか?」


 老人はちらりとエイナを見たが、すぐに顔をそむけたままでつぶやいた。

 横にいるエイナにしか聞こえない、小さな声だった。


「ところで、柱に縛りつけられた生贄の娘が、どうやって逃げ出せたのか、エイナ殿は不思議だとは思わぬか?」

「今はそんな話をしている場合では……!」


「わしが聞いた話では、現場に落ちていた縄は、刃物で切断されていたそうじゃ。

 明らかに誰か(・・)が助けたということじゃろう?

 その正体は分からぬが、獣と軍靴のような足跡も残されていたらしい。

 不思議ではないか? 誰も近づかぬ山の中に、一体誰がおったのかのう?」


 老人はそうささやくと、わざとらしくエイナの足元に目を遣った。

 彼女は軍服を着ており、当然のように軍靴・・を履いていた。


「選択はそなたに任されておる。

 くじを引くのが嫌なら、それを上回る別案を出せばよい。違うか?」

「それはそうですけど、そんな都合のよい解決法など……」


「そうか?

 二人を犠牲にしたくないのであれば、答えは出ているとわしは思うがのぅ……」


 エイナは突然にすべてを理解した。

 この老獪な族長の考えていた落としどころは、別にあったのだ。


「どうする?

 繰り返すが、選択の自由はお主にあるのだぞ」


 エイナは言葉に詰まった。

 そして少しの間、目を閉じて気持ちを整理した。


『シルヴィアの間抜け! 証拠を消すくらいの頭を働かせなさいよ!』

 心の中で悪態をつくと、不思議と心が落ち着いた。

 族長は、生贄の娘を助けたのが、エイナの仲間だろうと疑っている。

 退路は断たれたのである。ここは覚悟を決めるしかなかった。

 彼女はすうと大きく息を吸い、長々と吐き出した。


「一つ条件があります」

「何じゃ、言ってみぃ?」


「お館様について、そちらが知る限りの情報を開示してください」

「うむ、約束しよう」


 族長のげんを取ったエイナは、すっと立ち上がった。

 ゲルの中、会議に参加している全員の目が集まっている。

 彼女は再び大きく息を吸うと、よく通るきれいな声で宣言した。


「くじを引くことは、お断りします!」

 一瞬でゲルの中の雰囲気が変わった。

 誰もが憤怒の表情で目を剥き、エイナを睨みつけている。


 すかさず彼女は声を張り上げた。

「その代わり、私が生贄となりましょう!」


「おおおおーっ!」

 声にならないどよめきが起きた。

 会議の参加者にとって、それは予想外の申し出であり、最も歓迎すべき解決策だったのだ。


 驚かなかったのは、族長のバヤルと三十人長のバータルの二人だけであった。

 バヤルは皺だらけの顔に、満足そうな笑みを浮かべてうなずいた。


「見事なお覚悟じゃ、エイナ殿。

 少しとうは立っておるが、十八歳ならぎりぎり許されるじゃろう。

 見た目もそう悪くないからな……。

 じゃが、これだけは確認させてもらうぞ」

「何ですか?」


「そなた、処女おとめであろうな?」


 エイナは耳まで真っ赤にして叫んだ。

「当たり前ですっ!」

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