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魔導士物語  作者: 湖南 恵
第三章 黒死山の館
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十 偵察

 地面に降ろされた籠の中に入っていったアラン少佐は、程なくして再び姿を現した。

 行きと違うのは、彼の後に二人の女性がとぼとぼとついてきていることだった。


 彼女たちは軍服を着ており、一人は背の高い金髪の美少女、もう一人は黒髪で小柄な娘だった。

 松明の近くまで来ると、彼女たちの顔がはっきりと見え、二人はプリシラが見知っている人物だと知れた。


「シルヴィア! それにエイナではないか。

 なぜお前たちが来ているのだ?」


 プリシラが驚いたのも無理はない。

 アラン少佐は単に彼女の安否を確認するために、連絡をつけに来たに過ぎない。

 少佐は二十人近く存在する国家召喚士の中でも、最も忙しい人物である。


 その彼をわざわざ敵国の奥深くまで派遣するのは、プリシラが国家召喚士という、存在そのものが軍事機密だからだという理由は、何とか理解できる。

 だが、さらに人員を追加してくるというのは、どう考えても過保護であった。

 おまけに、それが学校を出たての新米二級召喚士と、魔導士であるとなれば、なおさらである。


「はぁ……まぁその、自分たちはマリウス閣下のご命令で、大尉殿の後方支援をするべく参りました」


 シルヴィアが、何とも情けない表情でそう答えた。

 二人は二度にわたり蒼城市でシドに謁見しており、当然副官であるプリシラとも面識があった。

 特にシルヴィアにとっては、わずかな期間ではあるが、魔導院で共に学んだ先輩である。


「後方支援……お前たちがか?」

 プリシラにそう問われると、シルヴィアは返す言葉がなかった。

 国家召喚士は数千の兵に匹敵する、存在自体が人間のレベルを超越した暴力装置である。二級召喚士や半人前の魔導士とは、格が違い過ぎる。

 もし本当に何かトラブルが起きたとすれば、二人はプリシラの助けどころか、足手まといにしかならないだろう。


 プリシラは肩を落として溜め息をついた。

「まぁ、参謀本部としては何かしら名分が必要だろうからな。

 それで、本当の目的は何だ?」


 すべてお見通しであった。

 シルヴィアは、この経験豊富な先輩に対して、抵抗する気を失っていた。


「実を言うと、西方のアフマド族との接触を命じられております。

 将来的に手を結ぶことができるかどうか、その可能性を探る前段階として、可能な限り情報を集めるよう命じられています」

 正直に打ち明けた後輩に対し、プリシラは〝ふん〟と鼻息を洩らした。


「マリウス殿の考えそうなことだな。

 ただ、少し状況が変わった。シルヴィアはこの場所について、何かを感じていないか?」


 シルヴィアはその言葉に勢い込んで喰いついた。

「実はさっきからそれが言いたかったのです!

 ここって、召喚の間みたいな雰囲気がしませんか?

 何だかこう、ぞくぞくして鳥肌が立つような……」


「え、そうなの?」

 シルヴィアの隣りで大人しく立っていたエイナが、不思議そうな顔で訊ねる。


「えっ、エイナは何も感じないの?」

 シルヴィアは驚いたが、プリシラの方は納得したようにうなずいた。


「ああ、この中でエイナだけが召喚士ではないからな。分からないのは当然だ。

 私もアラン少佐殿も、シルヴィアと同じ感覚に襲われている。

 それで、君たちにはアフマド族に対する任務と同時に、この周辺の調査もやってもらいたいのだ」


『う~ん、でもここが幻獣界とつながったのは、多分千年以上前の話だと思うよ』

 ふいにカー君の声が頭の中に響いた。

 それはシルヴィアやエイナだけではなく、プリシラやアランにも聞こえていた。


「この声はカーバンクルか! なぜシルヴィアの幻獣の声が私に聞こえる?

 というか、いつの間にこんなに大きくなったんだ!」

 驚くプリシラに、シルヴィアが慌てて説明をする。

「あー、いえ、この子、魔石を食べて能力が上がっているんです」


「だが、うちのタケのような人間型は別だが、動物型の幻獣で召喚主以外と意思疎通ができるのは、かなり珍しいぞ。

 いや、それより! さっき言った『千年以上幻獣界とつながっていない』という話は、本当なのか?」


 カー君は後ろ足でばりばりと首を掻きながらうなずいた。

『そんな感じだよ。無駄に歪みだけが溜まっているけど、もうここの機能は失われているんじゃないかな?

 結界も相当弱っているし……。タケちゃんもそう思うだろ?』


 急に話を振られたタケミカヅチは戸惑った。

「タケちゃんって……我のことか、小僧?

 むうっ、だが言われてみれば、弱々しいが結界らしきものの存在は感じるな。

 ただ、我にはここの機能がいつまで働いていたかなんぞ、まったく分からんぞ?」


『そりゃあ、タケちゃんの一族にとっては、幻獣界も異界だから仕方ないよ。

 僕らは精霊に近い存在だから、そういう感覚は鋭いんだ』


「こら、カー君はタケミカヅチ殿をもう少し敬いなさい! 一応は神様なのよ」

 シルヴィアはカーバンクルの後頭部を叩いた(身体が大きくなってからというもの、シルヴィアのカー君に対する扱いは、明らかにぞんざいになっていた)。


「プリシラ先輩、私とエイナは次の定時連絡までは、この場に留まることになっています。

 その間にアフマド族と接触を図るつもりだったのですが、その役はエイナに任せて、私がこの周辺の調査に当たりたいと思います。

 もし他にも同じような遺跡があるとすれば、召喚士である私の方が気づきやすいと思いますから」


 プリシラは眉根に皺を寄せ、少し不安げな表情を見せた。

「別々に行動するというのか?

 お前たちは二人で一人前だと思っていたが、大丈夫なのか?」


 シルヴィアは胸を張って元気よく答える。

「もちろんです! 私たちも少しは成長しています。

 ねえ、エイナ?」


「えっ? えとあの、はいっ。

 もちろん大丈夫です、ドリー大尉殿」

 エイナも慌てて同意する。

 シルヴィアが魔導院の先輩で格上の国家召喚士に対し、いいところを見せようとしているのは、丸わかりだった。


「足の方はどうするのだ?

 接触しようにも、アフマド族がどこにいるのかも分からないのだぞ?」


「ああ、それなら心配いりませんよ」

 アラン少佐が笑顔を浮かべ、会話に加わってきた。


「このたちの任務のことは、マリウス閣下から聞いていますからね。

 山の上空を旋回するついでに、大回りして西側の平原も偵察してみたんですよ。

 都合がよさ過ぎる感じもしますが、黒死山の北東山麓、かなり近い所に多数のゲル(テントのような移動式住居)が見えました。

 ここからだと山裾を迂回して二十数キロといったところですね」


「では、エイナはカー君に運んでもらいます。私は徒歩で十分ですから」

 シルヴィアの申し出は、エイナを驚かせた。


「私がカー君に? 彼はあなたの幻獣でしょう、一緒にいなくてもいいの?」

「だって、さすがに二人は乗れないでしょう?

 それに、私には特に危険はないはずよ。黒死山には人も動物もいないはずだもの。

 アフマド族と接触するエイナの方が、危険度は遥かに高いわ。

 カー君なら、それなりの戦力になるでしょう?」


「それはどうだけど……」

「だったら決まり!」


 シルヴィアは決めつけると、プリシラの方に向き直った。

「そういうわけですから、先輩はゆっくり休暇を楽しんでください」


 プリシラはまだ少し不安そうだったが、渋々とうなずいた。

「そこまで言うなら任せるが……くれぐれも無理はするなよ?

 一日おきにタケをここに寄こそう。私に状況が伝わるよう段取りをつけてくれ」


「ふふっ、何だかプリシラがシルヴィアたちの援護をしているみたいだね」

 アランが面白そうに感想を洩らした。


 その他、細々とした打ち合わせをした後、プリシラは再びタケミカヅチに抱かれて帰っていった。

 アランとエイナ、シルヴィアの三人は籠の中に戻り、簡単な夕食を済ませてから、すぐに眠ってしまった。全員くたくただったのだ。


 翌朝、エイナとシルヴィアが目覚めた時には、すでにアランの姿は消えていた。

 ロック鳥が飛び立つ姿を見られないよう、夜明け前に出発したのだろう。

 小屋のテーブルの上には、きれいな筆跡で書かれたメモが一枚残されていた。


『十日後に迎えにくる。それまでに成果が挙げられるよう期待する。

 くれぐれもプリシラの足を引っ張らないように』


      *       *


 アランが上空から見つけたというアフマド族の野営地の位置は、前夜のうちに二人が持たされた地図に書き入れていた。

 朝食を終えた後、エイナはカー君に跨り、その場所に向けて出発した。


 彼女はユニが連れていた巨大オオカミに乗った経験があったが、カー君は大型犬並の体格で、それほど大きくはなかった。

 だが、そこは幻獣である。この世界の動物とは基礎体力が異なるらしく、エイナが乗ってもさほど負担を感じていないようだった。


 黒死山のゴツゴツとした岩場を、カー君は意外に軽快な足取りで進んでいった。

 ユニのオオカミたちのように速くはないが、上下動が少なく乗り心地はかなりいい。このあたりは、彼に浮遊能力があることと関係しているらしい。


 シルヴィアから離れても、お互いの意思疎通にはそれほど支障がなかった。

 カー君の説明では、初めての相手と会話をする時には、やはり近くにシルヴィアがいないと駄目らしい。

 エイナとはもう何か月も普通に話を交わしていたので、彼の中に通信回路のようなものが出来上がっていて、シルヴィアがいなくても平気なのだそうだ。


『ねえ、本当に重くないの?』

 エイナがそう訊ねるのは、出発してからもう三度目だった。

 声を出さずに脳内で会話をする方法は、エイナもすっかり馴れていた。


『エイナも心配性だな。平気だよ。これがシルヴィアだったら、ちょっと大変かもしれないけどね。

 ほら、あのはエイナと違って大きいからね』

『それ、絶対シルヴィアに言っちゃ駄目よ。

 彼女、密かに気にしているんだから』


『そうなの? 僕らは身体が大きいと尊敬されるんだけどなぁ』

『女の子って、そういうものなのよ。

 カーバンクルにだって雌はいるんでしょう?』


『いないよ』

『はぁ? まさか雄ばっかりなの?』


『僕らに性別はないんだよ。だから僕も雌雄どっちなのか、自分でも分からないんだ』

『じゃあ、どうやって子どもが生まれるの?』


 エイナの頭の中に、カーバンクルの困ったような、言葉にならない思考が流れ込んできた。

 しばらくすると、それがやっと言語化されてきた。


『僕たちカーバンクルがどうやって生まれてくるのか、誰も知らないんだよ。

 生まれたての幼生って、いつの間にかいるんだよね。

 当たり前だけど親なんていないから、一族みんなで面倒を見るんだけど、一年くらいで一人立ちできるから、大して問題は起きないんだ』

『呆れた……。妖精は朝露から生まれるって聞いたことがあるけど、まんざら嘘でもないのね』


『いやぁ、さすがにそれはないんじゃない。

 そう言えば、僕らの一族は歳を取って死ぬってこともないんだよね』

『不死ってこと?』


『違うよ。僕らは凄く丈夫だけど、稀には死ぬことがあるんだ。

 でもね、ほかの生き物みたいに〝年寄り〟っていうのが存在しないんだ』

『不死じゃないけど、不老なのね』


『それも違うよ。う~ん、説明が難しいなぁ……。

 僕らは魔石を食べることで成長するのは、エイナも知っているよね?』

『うん』


『何百年、何千年ってかかるけど、十分に魔石を摂取して成長したカーバンクルは、いつの間にか姿を消すんだよ』

『死んじゃう……わけじゃないのよね。どっかに行ってしまうってこと?』


『多分ね。それだけ成長したカーバンクルは、ほとんど無敵な存在になるからね。

 それこそ、龍族や巨人族と同じような感じだね。

 消えてしまった者が戻ってくることはないから、理由は誰にも分からないんだ』

『へえ……。じゃあ、カー君もいつかは龍並みに大きくて強くなるんだ?』


『ふっふっふ、そうなんだよ。

 まぁ、そうなるにはあと数千年かかるだろうけどね。楽しみにしててよ』

『お生憎あいにくさま。その頃には私はとっくに死んでいるわ』


 エイナとカー君は、延々と続く不毛の大地を駆け抜けながら、そんな会話を交わしていた。

 彼女にとって、それは新鮮な体験であった。

 普段は常にシルヴィアが側にいて、カー君の個人的な話を聞く機会がない。

 逆に言えば、シルヴィアはいつもカー君と、こうした話をしているのだろう。


 シルヴィアは自分の親友だと思っていたが、エイナの知らない所でカー君という、互いの秘密を打ち明け合う分身のような存在がいる。

 それが何だか羨ましくて、少し妬ましく思えるのであった。


      *       *


 エイナとカー君が黒死山の西側に回ってから、麓に降りたのは午後の二時を回った頃だった。

 途中、簡単な昼食休憩を取ったのを差し引いても、一時間に五キロ程度の進み方であった。

 道のない岩石だらけの荒れた岩場なので、平地と同じような速度を出すのは望むべくもない。

 ユニのオオカミたちに比べると物足りないが、歩くのに比べれば倍近い。贅沢は言えなかった。


 不毛の地である黒死山と言えども、麓まで来ると旺盛な繁殖意欲を持つ植物たちが、じわじわと進出の手を伸ばしている。

 大木はないものの、陽光を好むブナ、ナラ類の広葉樹が、それなりの面積の林を形成していた。

 隠れ家としては絶好の地であり、エイナは林の中の小さな湧き水のほとりに野営地を定めた。


 立木の間にロープを張り、防水布でツェルト(簡易テント)を設える。その下に乾いた枯れ草を集めて寝床を作り、傍らに石を組んで小さな竈も作った。

 エイナは自分が設営した前進基地の出来栄えを、満足した様子で眺めた。


 大まかな地図ではあるが、ここからアフマド族の野営地までは五キロもないはずである。

 シルヴィアならば、いきなり乗り込んでいただろうが、エイナはまず偵察から始めることにしていた。

 もう午後になっていたから、無理に出発することはせず、まずは食事を作ってゆっくり身体を休める、偵察は明日から開始するつもりである。


 翌朝、日の出とともに起きると、エイナはすぐに出発した。

 広葉樹林をしばらく進むと、次第に木々はまばらになり、周囲の景色が背の低い灌木混じりの草原に変わってきた。


 アフマド族の住む大陸北部は、広大な草原地帯である。降雨量が少なく土地も痩せているため、あまり木が生えないのだ。

 エイナが野営地を定めた地帯は、山麓という立地から伏流水が豊富なので、例外的に林が形成されているのだろう。


 林を抜けてしばらく進むと、遠くの草原にいくつものテントが見えてきた。

 エイナは灌木の茂みをたどりながら、できる限り見つからないように野営地へと近づいていった。

 およそ七、八百メートル離れた大きめな茂みが、接近の限界のようだった。

 彼女はそこを偵察ポイントに定め、木の枝や葉っぱを絡めた網をまとい、草の上に腹這いになった。


 後は支給品の単眼鏡を目に当て、じっくりと相手の様子を観察するのである。

 それは地味で退屈な作業であったが、エイナは苦にしなかった。

 まだ早朝なので、あまり人影は見えない。

 この日は夕方までじっくりと観察を続け、周囲が暗くなってから林の中の前進基地へ帰った。


 一日かけただけあって、それなりに情報は得られた。

 アフマド族がゲルと呼ぶテントは十五基で、出入りしている人間の様子から、推定で百人余りの集団のようだ。

 男たちは日中、馬や羊を連れて放牧をしているらしく、夕方近くに家畜とともに戻ってきた。

 女たちは炊事や洗濯といった家事をこなしながら、革をなめしたり、糸を紡いだりしているらしい。


 騎馬民族らしく、男たちはみな巧みに馬を操っていたが、女たちも当たり前に馬を乗りこなしていた。

 王国では軍人を除けば、馬に乗れる女は珍しい。

 とにかく、至って普通の放牧生活のように見え、戦闘に備えているような様子は見られない。

 初日の観察結果としては、まず上々の結果であった。


 エイナは焦らずに翌日も偵察を続け、接触の機会を窺うつもりであった。

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[気になる点] 久々の書き込みが、気になる点ですみません。 >一時間に五キロ程度の進み方であった。 >(中略)歩くのに比べれば倍近い。 大人の歩行速度ですが、不動産業界の基準(駅から何分とかいうア…
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