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魔導士物語  作者: 湖南 恵
第三章 黒死山の館
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三 条件

 数日後のことである。

 午後の仕事の開始に合わせて、プリシラはシドに対して懸案事項の事情説明を行うべく、彼の入室を待っていた。

 シドは昼食を終えると、一時十分前には執務室に戻ってくるのが習いとなっていた。


 その日も、いつもの時刻に彼は部屋に入り、その矮小な体格には不釣り合いな立派な執務机に着席する。


「先日の休暇の話だが、マリウス殿の了承が得られたよ」

 開口一番、彼はそう切り出した。


「ただし、一定の条件付きだ。

 まず、第一に帝国軍とはなるべく接触を避け、絶対に揉め事を起こさないこと。

 タケミカヅチの姿を見せるのは、当然ながら言語道断だ。

 ノルド人から幻獣の存在が洩れる恐れはないのだろうね?」


「はい。その点は問題ありません」

 プリシラは事務的な態度で答える。

 だが、もし彼女に犬のような尻尾があったとすれば、シドと会話することが嬉しくて、ぶんぶん振り回していたことだろう。


「カムイ山の周辺には、数十キロにわたって帝国人が住んでいませんし、山脈の西側はアフマド人(帝国と敵対する北方遊牧民)の領地です。

 それに、そもそもノルド人は極めて閉鎖的な民族です。

 帝国人とはほとんど交流がありませんし、身内の秘密を洩らすなど、まず考えられません。

 本来、自由な民である彼らは、頼みもしていないのに主人面をしている帝国を、よくは思っていないのです。

 納税の義務だけは渋々従っていますが、いまだに徴兵に関しては頑として応じていません」

「だが、帝国軍でもノルド人部隊は、勇猛で知られているのではなかったかな?」


「あれは傭兵として出稼ぎに出ている連中ですね。

 何しろ彼らは山岳民族ですから、現金収入の道に乏しいのです。

 傭兵は数少ない〝稼ぎの手段〟ですから、帝国嫌いでも、そこは割り切っているようです。

 ノルド人傭兵は高い戦力の割に安く雇えますから、帝国も徴兵拒否には目をつぶっているのが現状です」

「なるほど。だが、用心に越したことはない。

 各部族の代表には、君の身分と幻獣については緘口令を敷くよう、ていねいに説明すべきだろう」


「肝に銘じておきます」

 もちろん、言われずともそのつもりだったプリシラだが、感じ入ったように大きくうなずいた。


「それともう一つ、参謀本部と定期的な連絡を取ることも要求してきたな」

「しかし、祭りが行われるカムイ山は、王国最北端の黒城市からでも二百キロ以上離れています。連絡のしようがありませんが……」


「参謀本部では、十日に一度、つまり二度にわたってロック鳥を派遣するつもりらしい。

 ただ、あの馬鹿でかい鳥のことは、あまりノルド人にも見られたくないと言っている。

 帝国軍にもノルド人にも見つからずに、落ち合えるような場所があればいい……だそうだ。

 ずいぶんと無茶な要求だが、何とかなりそうかね?」


 プリシラは少し考え込んだが、ややあって顔を上げた。

「帝国の地図を取ってまいります。少しお待ちください」


 どの国にも地図というものがあり、それはごく普通に印刷物として流通している。

 ただし、それは極めて大雑把な代物であった。

 一応、主要な都市の位置関係は分かるようになっているが、地形も距離も不正確、あくまで目安でしかない。


 もちろん、それぞれの国は測量を行って、ほぼ正確な地図を作成し保有していた。

 そうでなければ、軍事的な作戦を立てることが不可能であるからだ。

 そうした本物の地図は、当然最上級の軍事機密に属し、一部の限られた者にしか利用が許されなかった。

 したがって、それらを他国が入手するのは不可能に近かったのである。


 ところが、王国では少数ではあるが、飛行できる幻獣を保有していた。

 特に大型鳥類であるロック鳥の飛翔能力は高く、その召喚士であるアラン・クリスト少佐とともに、敵国であろうと上空から測量のし放題だった。

 その結果、王国は帝国の中央部から北カシルまで、その広大な領域の東半分の詳細な地図を作成し得たのである。


 数分後、戻ってきたプリシラが抱えていたのは、まさにその帝国地図であった。

 丈夫な羊皮紙に極彩色で手描きされた地図は、王国に六枚しか存在しない。

 王室と参謀本部、そして各軍を支配する四帝の手もとである。


 プリシラは軸装された地図を、シドの大きな執務机の上に広げた。

 地図の左側には、大蛇のようにうねる山々が描かれている。

 大陸を東西に分ける脊梁山脈、コルドラ大山脈である。


 その中の一つの山を、プリシラが指し示した。

「これが祭りの行われるカムイ山です」


 その地点は帝国を二分するコルドラ大山脈の中でも、かなり北の方に位置していた。

「なるほど、かなり遠いな。

 君はここまでどうやって行くつもりなんだね?」

「私の祖父の時は、馬を調達したらしいのですが、それでも片道一週間かかったそうです。

 私はタケに運んでもらいますから、三、四日で着けると思います」


「タケミカヅチに……それは目立つのではないか?」

「山沿いを北に向かう道は、ほぼ人が通らないそうです。

 それに、移動は夜間にするつもりです。

 タケは神通力で夜目が利きます。夜間は真っ暗ですし、隠形の神通力も併用しますから、人に見つかる恐れはありません」


「しかし彼に乗ると言っても、馬でもあるまいし、どうするのだ?

 神への貢物というのも結構な荷物だろう」


「こうするのだ」

「きゃっ!」


 突然地鳴りのような低い声と、プリシラのらしくない(・・・・・)悲鳴が部屋に響いた。

 プリシラの後ろで黙って立っていたタケミカヅチが、いきなりプリシラの身体をひょいと抱き上げたのだ。

 いわゆる〝お姫様抱っこ〟である。


「荷物は背負えばいい。

 プリシラは羽根のように軽いから、抱えたままで走っても、まったく問題はない。

 シド殿は疑ってはならんぞ。彼女は本当にか弱くて軽いのだ。わしが保証する」


 タケミカヅチは生真面目な顔で、シドを見下ろした。

 どうやら彼なりに主人の気持ちを汲んでいるのだろう。やたらとプリシラが繊細な乙女であるかのように強調する。


「あっ、ああ。私は決してプリシラが〝重い〟などとは思っていないぞ」

 シドは笑いを必死でこらえた。


「タケの馬鹿っ!

 さっさと降ろせ! 閣下の御前で失礼であろう!」

 プリシラが耳まで赤面して、ぽかぽかと幻獣の顔を殴った。

 タケミカヅチは、まったく痛くなさそうだったが、プリシラに気圧けおされて、そっと彼女を床に降ろした。


 彼女はそそくさと軍服の乱れを直すと、ごほん! とわざとらしい咳ばらいをした。

「とっ、とにかく! 移動については問題ありません」


「話を元に戻しますね!

 カムイ山は標高は三千メートル以上、山脈の中でも目立って大きな山です。

 祭り会場はこの東側、三合目あたりだそうです。

 そして、このカムイ山の西に、ほぼ同じ規模の山が並んでそびえていて、ノルド人はこの二つの山を双子だと考えています。

 閣下はカムイ山という名の意味をご存じですか?」


 シドはさらりと答えた。

「〝白い神〟ではなかったか?」

「さすがですね。

 実際に見た祖父の話でも、万年雪をいただいた、大変に美しく神々しい山だったそうです。

 ところが、その西隣りの双子山は小規模な噴火を繰り返している活火山で、地熱とガスのせいで雪が積らない上に、樹木もほとんど生えていません。

 そのため地肌が剥き出しで、カムイ山とは対照的に、遠目には真っ黒な山に見えます。

 ノルド人はクンネライ山と呼んでいます」


 シドは地図を覗き込んだ。

「この地図ではカムイ山が『白神山』になっていて、西の方は『黒死山』と記入されているな。

 クンネライとは、そういう意味なのか?」


 プリシラはうなずいた。

「ノルド人はカムイ山を神の住む霊峰としてあがめていますが、一方でクンネライを死の山として恐れています。

 誰も近づこうとしないそうですから、ここをクリスト少佐との会合地点にすれば、誰にもロック鳥を見られることはないでしょう」

「だが、カムイ山の東側からだと、かなり距離があるだろう。

 長時間抜けては怪しまれないか?」


「深夜になれば、ほとんどの者が酔いつぶれているはずですから大丈夫でしょう。

 どこか開けた場所で目印に火を焚きますから、ロック鳥なら簡単に見つけられるでしょう」

「分かった。参謀本部とはそういうことで調整を取ろう。

 出発は十月朔日(一日)だったな?」


「はい。祭りは満月の前後三日間ですから、それで十分間に合うはずです」

「よろしい。それまでまだひと月はある。アスカとの間で留守中の引き継ぎを十分に行っておきたまえ」


「承知いたしました!」

 プリシラは、革靴の踵をかつんと打ち合わせ、きれいな敬礼をしてみせた。


      *       *


「失礼します」


 ノックに対して「どうぞ」という落ち着いたアルトの声が応え、プリシラは扉を開いてアスカ将軍の執務室に入った。

 アスカ・ノートン大将は、国家召喚士を除けば、恐らくリスト王国で最も有名な軍人である。

 女性として初めて将官になったというだけでなく、その戦歴も伝説的なものだった。


 いわく、オークと一対一で打合った。

 曰く、帝国の魔女・マグス大佐の魔法攻撃をまともに喰らって耐え抜いた。

 曰く、赤城市を襲った怪物を、伝説の宝具で討ち滅ぼした。

 まるで生けるお伽噺のようだが、そのいずれもが真実であった。


 彼女は身長が二メートルに近く、分厚い胸板と荒縄のような筋肉で覆われた剛腕から繰り出される打ち込みに耐えられる者は、王国でも限られた数しかいなかった。

 例えば、アスカが長年使えた先代の蒼龍帝フロイア・メイナード、そして豪胆な武人として知られた前黒蛇帝ヴァルター・グラーフといった、それこそ伝説で彩られた人物だけである。

 アスカは王国軍人の象徴として、また第四軍の精神的な支柱として、この国で重きを成していた。


 だが、執務室に入ったプリシラを迎えた女将軍は、そんな世間の評判とは裏腹に、至極穏やかな表情を浮かべていた。

「シド様から話は聞いている。

 一族の誇りを示すために故郷に凱旋するとは、名誉なことであろう。

 王国ノルド人の代表として、しっかりと役目を務めてくるがよい」

 アスカは立ち上がると、型通りの祝辞を述べてくれた。


 プリシラの身長も百八十に近いが、アスカはそれより二十センチも高い。

 年齢はもう四十代後半のはずだが、全身から放出される熱気が圧となって、近づいたプリシラの頬を打った。

 プリシラは魔導院時代、男子を含めて武術では敵なしであったし、軍籍に身を置いた現在でも、大抵の男どもには負けない自信があった。

 だが、こうしてアスカ将軍の前に立つと、剣を交えた場合、自分が勝つという結果が全く見えなかった。

 それほどにこの女将軍は、圧倒的な存在感を放っていたのである。


 プリシラがアスカの執務室を訪ねたのは、もちろん自分が長期の休暇を取ることになり、その間アスカに副官の役目を頼まざるを得ないことについてだった。

 アスカの側も、それは十分に分かっていたから、済まなそうに詫びるプリシラを優しく押しとどめた。


「そう頭を下げるな。

 私も長らく副官の役目を務めていたのだから、特にどうということもない。

 シド閣下のことは、貴官が一番よく知っているはずだ。あの方は、副官などいなくとも困りはせんだろう。

 あ、……いや、そういう意味ではないのだ! これは失言したな……済まん」


 口数の少ないアスカが、少し慌てて言い繕った。

 この年若い後輩が、シドを弟のように愛しており、その役に立てることを無上の喜びとしていることは、人情の機微に疎い彼女も知っていたのである。


「お気遣いはご無用、私がまだまだ未熟であることは、自覚しております。

 いつの日か、必ずシド様に『お前がいなくては困る』と言われるよう、精進するだけです」

「うん、よい心がけだ。

 休暇の件は、私も先ほど閣下から聞かされたばかりだが、貴官もさぞ驚いただろう?」


「はい。まさか許可がいただけるとは思っていませんでしたから、正直信じられませんでした。

 それで、アスカ様にご迷惑をおかけすることになりますので、まずはそのお詫びにと思って参上いたしました」

「ふふっ、相変わらず、律儀だな。

 まぁ、まだ出発までには日がある。具体的な引き継ぎ事項は、文書にまとめて出してもらおうか。

 それはそれとして、一人で帝国に渡るのは不安も大きかろう。大丈夫なのか?」


 アスカはあまり感情を顔に出さない性質たちだが、この時の彼女は本当に心配そうにプリシラを見詰めていた。

 プリシラはそのことに、内心でかなりの感動を覚えてたが、いつもの癖で「大丈夫です」と短く答えるに留まった。


「そうか、それならよいのだが……」

 アスカはそうつぶやきながら、自分の執務机の引き出しを開け、何かを掴みだした。

 彼女は常日頃から銀色のプレートアーマー(金属鎧)を身につけているため、動くたびにかちゃかちゃと音を立てる。

 今時そのような恰好をしているのはアスカくらいのもので、機動戦を重視している現在の兵士は、軽い革鎧を装着しているのが常識だった。


 金属の小手を装着した大きな手が、プリシラの前に差し出された。

 彼女がつられて手を出すと、その手の平にぽとりと銀色の物体が落とされた。


「餞別……というわけでもないのが、これを貴官に渡しておこう」

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― 新着の感想 ―
[良い点] これはおこづかいの銀貨ですね(すっとぼけ)
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