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魔導士物語  作者: 湖南 恵
第十章 復讐するは
340/358

八 支援

 母が今、どうしているのか……それは、エイナが一番知りたいことだった。

 オルロック伯は突き刺すような視線を感じながら、話し始めた。


「吸血鬼の能力を受け継いだダンピールが強いのは当然で、これは説明するまでもないだろう。

 ただし、強いといっても、それは〝人間にしては〟という話だ。

 だから、我々真祖の直系眷属、君たちは第二世代と呼ぶのだったな――よりは劣るのが普通だ」


「それでも、第三世代の眷属だったら楽に勝てる。

 そして、ダンピールという連中は、例外なく親である吸血鬼を、激しく憎悪している。

 彼らが吸血鬼狩り(ハンター)となるのは、必然といえるだろう」


「だが、彼らの末路は憐れなものだ。

 大した力がない吸血鬼でも、殺し続けていれば嫌でも目立ってしまう。

 結局は、第二世代の眷属に追われ、惨殺されるのがオチとなる。

 ダンピールが吸血鬼を憎むように、我々もまた彼らを〝不名誉な存在〟として憎悪しているからだ」


「それなのに、アデリナが吸血鬼狩りとして名を馳せ、生き延びてきたのには、それなりの理由がある。

 陛下はそれが何か、お分かりですかな?」


 問いかけられたレテイシアは、すぐに答えた。

「先ほどから話に出ていたはずだぞ。

 彼女アデリナには、魔導士の相棒がいたからだろう」


 伯爵はゆっくりと首を横に振った。

「それは、アデリナが吸血鬼狩りとして、有名になった後の話だ。

 普通は、そうなる前に殺されてしまう」


「アデリナは何が違ったのだ?

 私たちが持つ、吸血鬼に関する知識は薄い。教えてもらえないだろうか」


 オルロックは満足そうにうなずいた。

 人間が吸血鬼に対して、謙虚に教えを乞う――これは実に正しい態度だ。


「血の違いだ。父親である吸血鬼が格上なら、その血を受けたダンピールも強くなる。

 アデリナは私の血を引いているから、ベラスケスごときの眷属には、容易に負けなかったのだ」

「納得できんな、同じ真祖なのだろう。

 吸血鬼にも、身分制度が存在するのか?」


「そんなものはない。

 そもそも、真祖がどうやって生まれるのか、陛下はご存知のはずだ」

「私が?

 いや、待て……まさか、ナイラのことを言っているのか?」


「いかにも」

 伯爵が重々しく首肯したので、レテイシアは隣りのマリウスと顔を見合わせた。

 そして、探るような口調で訊ねた。


「私が受けた報告では、ナイラの身体には〝青の宝珠〟が埋め込まれていたそうだ。

 つまり……そういうことなのか?」

「そういうこと、ですな。

 真祖だろうが眷属だろうが、吸血鬼の元となるのは人間だ。見ればわかるだろう。

 そうでなければ、吸血鬼が人間の血、すなわち精気に依存する説明がつかない。

 真祖とは魔石の力を借り、自らの意志で吸血鬼化した人間のことだ。

 もっとも、赤城市を襲ったナイラという女は、呪術師にめられたようだがな」


「やはり、宝珠は魔石だったのだな?」

「その一種ではある。

 魔石は膨大な魔力の塊りで、その系統ごとに色を変える。青の魔石なら水属性の魔力……といった具合だな」


「ところが、吸血鬼化を可能とする宝珠の色には、あまり意味がないのだ。

 あれは、純粋な呪いの結晶だと言えば、分かりやすいだろう。

 まぁ、かなり特殊なものなので、宝珠はめったに見つからないのだが、不思議なことに、この世界ではそうでもないらしい」


「実際、私自身は幻獣界で吸血鬼化した存在だが、ベラスケスを含めた多くの真祖は、この世界の生まれなのだ。

 つまり、それが真祖としての格の違いだな。元になっている人間の能力に、別種と言っていいほどの差があるのだよ」


 その場に沈黙が訪れた。

 ややあって、それを破ったのはマリウスだった。


「伯爵殿は、どうしてナイラのことを知っているのですか?

 あの事件は、我が国の南部で起きたこと。帝国最北部の伯爵の館とは、それこそ千キロ近く離れているはずです。

 参謀本部は事件の関係者に緘口かんこう令を敷き、真相を知る者は、陛下を含めて十人にも満たない。

 いくらあなたが真祖でも、そこまで詳しく調べるのは不可能に思えます」

「誰も〝調べた〟などとは、言っていないぞ?」


「……なるほど、そういうことですか」

 マリウスはがくりと肩を落とした。


「どうした? 何がそういうことなのだ?

 私には、さっぱり分からないぞ」

 レテイシアがもどかしそうに、マリウスの腕を掴んで揺すぶった。

 マリウスは笑っていた。半分泣きそうでもあった。


「私は前々から、黒蛇ウエマク様が、なぜあんなにも帝国の事情に通じているのか、不思議に思っていました。

 陛下、つまり〝そういうこと〟なのです」


      *       *


「さて、アデリナの強さの理由から、だいぶ横道に逸れてしまった。話を戻そう。

 ――彼女アデリナは確かに強かった。

 若い時もそうだったが、二十五年経った現在は、経験を積んだせいか、さらに強くなっている。見た目はあまり変わらんがな」


「ああ、ついでだから説明しておこう。

 ダンピールは成長期が終わると、とたんに老化が鈍化する。

 だから、単に容姿だけでなく、体力や反応速度も若いままであることが多いのだ」


「以前は、ベラスケスの直系眷属と戦えば、互角かやや不利といった力関係だった。

 それが今では逆転して、一対一なら負けなくなった。

 そのせいでおごったのか、あるいは何かで焦っていたのか……南部に戻ってきたアデリナは、無茶をやり過ぎた」


「彼女は、吸血鬼出没の噂を追って、南部の村で第三世代を殺しまくった。

 慌てて応戦に出た直系眷属も、返り討ちに遭った。

 その代わり、吸血鬼狩りがアデリナだと、ベラスケスに知れてしまったがな」


「ベラスケスは、千年以上生きている。

 吸血鬼に寿命があるのか、私にも分からんが、とにかく奴が若くないことは確かだ。

 真祖が眷属を作る際には、かなりの量の血を分け与える必要がある。

 血とは生命力そのものだから、それを大量に失うと、回復するのにかなりの時間がかかる。

 若ければ数か月で済むが、歳を重ねるにつれて年月は長くなっていく。

 今のベラスケスだと、ひとりの眷属を生み出すごとに、回復に三年を要しているはずだ」


「二十五年前、アデリナが魔導士と組んで暴れたせいで、ベラスケスは過半数の眷属を失ったのだ。

 彼女が失踪して以来、奴は少しずつ眷属を増やしていき、最近になってようやく元の数に戻ったと聞く」


「ところが、去年のことだ。

 この王国に派遣していた二人の眷属が、一度に滅ぼされるという事件が起きた。

 犯人は当のアデリナと、そこにいるエイナ中尉だったのだが、ベラスケスはそれを知って、むしろ安堵したらしい」


「奴はアデリナが王国に逃亡したことを知っていて、あの手この手で抹殺しようとしていた。

 相棒だった魔導士の殺害には成功したが、その直後にダンピールの方は行方をくらまし、奴は不安に駆られていたのだ。

 ところが、厄介なダンピールは、いまだに王国にいてくれた。こんな喜ばしいことはないだろう?」


「それなのに、無情にもアデリナは戻ってきてしまった。

 そして、三人目の眷属を殺されてしまった。

 ぬか喜びしていたベラスケスは、ようやく事態の深刻さに気付いたというわけだ」


「まぁ、一応は奴も真祖の端くれだ。

 数を減らした眷属たちに、単独でアデリナと戦うことを禁じ、常に二人一組で当たらせるようした。

 真祖としての矜持も捨て、下賤なダンピール相手に、なりふり構わず挑んだというわけだ。

 その後も、アデリナと眷属たちの戦いは何度も繰り返され、一進一退を繰り返していた」


「それが、五月のことだ。両者はとある村の郊外で、予期せぬ遭遇戦に陥った。

 二対一の不利な戦いだったが、アデリナはついに二人の眷属を滅ぼした。

 だが、それはとても勝利と呼べるような内容ではなかったのだ」


「実際には、どうにか相討ちに持ち込んだ……という方が正しい。

 アデリナは深刻な深手を負っていた。生きているのが不思議なくらいだったぞ。

 何しろ、首が半分以上ちぎれて、ぶら下がった頭が乳房に引っかかっていたくらいだからな」


「まるで、見てきたような口ぶりだな?」

 レテイシアが疑念を挟むと、伯爵はにやりと笑ってみせた。


「見ていたさ、この目でな。

 アデリナが南部に現れたという情報を掴んで以来、私は彼女の動きを見張らせていた。

 そして、眷属からの一報を受けて、見物に行ったのだ」

「娘の助太刀でもするつもりだったのか?」


「まさか!」

 オルロックはげらげらと笑った。


「私たちには、吸血鬼なりの掟が存在する。

 どんな理由があろうと、吸血鬼同士が直接戦うことは、決して許されないのだよ」

「なるほどな。それで、アデリナはどうなったのだ?」


「私が回収して、屋敷に連れ帰った。

 放置しておけば死ぬ可能性が高かったし、ベラスケスの仲間に見つかれば、確実に殺されていたからな」

「それは、ベラスケスに対する敵対行為にならないのか?」


「直接戦闘するわけではないから、まったく問題はない」

 伯爵は平然とうそぶき、先を続けた。


「アデリナを保護したものの、私は他者を回復させる能力を持っていない。

 だから彼女をベッドに寝かせて、その再生力に任せるしかなかった。

 結局、彼女が意識を取り戻したのが、それから約一か月後、どうにか動けるようになったのが、つい二週間ほど前のことだ」


「私が出発する時には、自力で小便をしに行けるほどには回復していたな。

 ただ、そこが私の屋敷だとを知ると、まだまともに歩けないのに、闇に潜って脱走しようとしたほどだ。

 だから、彼女の部屋には結界を張り、その中に軟禁している状態なのだよ」


「では、母の命に別状ないのですね?」

 エイナが安堵の息を吐き、初めて口を開いた。

 彼女は護衛であり、この会談での発言は許されないのだが、誰もとがめなかった。


「ああ、後遺症の心配もない。

 食事を摂れるようになってから、どんどん恢復しているし、あと十日も静養すれば、元に戻れるだろう」


「――さて、アデリナが南部に戻った以後の動向は、こんなところだ。

 帝国としては、彼女の完全復活までに、エイナ中尉の派遣を間に合わせたいと希望している。

 中尉が加勢すれば、ベラスケスの直系眷属はおろか、真祖本人にも迫れるのではないか……軍の連中は、そう期待しているのだ」


「勝手なことを……」

 レテイシアは横を向いて、ぼそりとつぶやいた。

 そして、気を取り直したように、伯爵の方に向き直る。


「話を蒸し返すようだが、貴殿がアデリナを保護したのは、帝国の指示だったのか?

 それとも、父娘の情というやつか?」

 女王の声音には、かなりの皮肉が混ぜられていた。


「助けたのは、その場の判断だ。

 もし帝国が状況を知れば、そう指示するのが当然だからな。

 そうでもなければ、私がアデリナを殺していたはずだ」

「そうまでして孤児院を開きたいか? 貴様も立派なクソだな」


「陛下のお言葉は高尚過ぎて、何のことか理解しかねるな。

 この話題はこれまでだ。

 その代わりに、ひとつ面白いことを教えよう。今回の交渉に至る、裏話のようなものだ」

「ほう、それは興味深いな。話してくれ」


      *       *


 オルロック伯は再び話を始めた。

 彼は話すのが嬉しそうで、顔には皮肉めいた笑みが広がっていた。


「帝国軍は、アデリナが南部に現れて暴れ出し、ベラスケスが窮地に陥ったことを知った。

 吸血鬼駆逐の好機と捉えた軍参謀本部は、相当の決意をもって作戦を立案した。

 ただその段階では、アデリナを支援するのは軍の魔導士であって、王国を巻き込むなど、露にも考えていなかったのだ。

 もちろん、軍の参謀如きが、私の存在を認知しているはずもなかった」


「王国側の推論では、存在を認めていない吸血鬼の討伐に、大っぴらに軍を動かせない――との説明であった。

 だが、帝国軍が秘密裏に軍を動かすことなど、珍しくもなんでもない」


「ただし、公式な記録が残らない作戦で、魔導士の犠牲を出すのは、さすがにまずい。戦死者の記録だけは、絶対に残るからだ。

 もし何かの拍子で、不自然な魔導士の死傷が明るみに出た場合、立案に関わった参謀たちはが追及されかねない」


「彼らとて自分の身は可愛いし、参謀総長に迷惑が及ぶ事態となれば、もう金輪際出世は見込めない。

 そこで、参謀たちは保険をかけることにした」


「通常こうした非公式作戦は、その性格から部内の決裁だけで実行できる。

 これは、参謀本部だけに許される特権であった。

 それなのに、参謀たちはわざわざ皇帝の上覧を願い出て、その承認を求めたのだ。

 皇帝の許可を得て実施した作戦は、例え失敗したとしても、よほどのことがない限り、責任を追及されないからだ」


「そして数日後、予定どおりに決裁が下り、作戦計画書が戻ってきた。

 ところが――だ」


「分厚い計画書の上には、ペラ一枚の鏡がついていて、通常はそこに承認印が押されて返ってくる。

 それが今回に限り、いつもの『承認』という印影ではなく、『条件付承認』が押されていたのだ。

 驚いた参謀たちが鏡をめくると、二枚目に指示書が付いていて、そこにはこう書いてあった」


「作戦はおおむねよしとするが、我が軍魔導士の動員は不可とする。

 当該吸血鬼狩りへの支援は、リスト王国に派遣を要請せよ。

 王国との交渉役には、オルロック辺境伯を指名する。

 以上の条件をもって、作戦を承認する……とな」


「指示書の末尾には、皇帝の直筆サインがあったから、これは勅命だ。

 参謀たちが、いかに慌てふためいたか、想像しただけでも愉快ではないか」


 ここで、レテイシアが疑問を挟んだ。

「これは驚いたな。オルロック伯は、皇帝ともつながっていたのか?」


 しかし、伯爵は笑いながら首を振った。

「いくら私でも、皇帝に取引を持ちかけるのは、さすがに畏れ多い。

 現皇帝のヨルド一世とは、まったく面識がない」


「ほおぅ、そうか。

 どこか(・・・)の田舎女王なら気軽に誘いもしようが、皇帝ではそうもいかぬか。なるほど、なるほど……」


 レテイシアは、わざとらしく頬を膨らませた。年輩の女性としては、少々似合わない素振りだ。

 オルロック伯は『やれやれ』という表情で首をすくめ、マリウスやエイナたちに救いを求める視線を送った。


 しかし、彼と目を合わせる者は、誰ひとりいなかった。

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― 新着の感想 ―
なるほど、そこでそう呪術師と吸血鬼が繋がるわけかー
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