表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔導士物語  作者: 湖南 恵
第九章 能力発現
323/361

三十四 捕虜兵

 よく聞くことだが、人種が違うとなかなか顔の見分けがつかないという。

 また、同じ国の者同士でも出身地方が違うと、少し話しただけでもすぐに気づくものらしい。

 ナフ国でも、それは同じである。


 みじめな表情をした歩兵たちをよく見れば、ちょっとした服装の違い、髭や髪の伸ばし方、特徴のある彫り物に、アシッドは否応なく気づいてしまう。

 彼らの半分以上が、アフラマ首長国の男たちだった。

 アフラマは現在、ナフと最も激しい領土争いをしている隣国だから、戦いに敗れて降伏した兵士たちなのだろう。

 そのほか、東のエラム国人も少数混じっている。


 そして奇妙なのが、アフラマ人に次いで、サキュラの者が多いことだ。

 サキュラ首長国は、ほとんどの領地がナフに併合され、実質的な属国となってから、もう十年以上も経つ。

 ナフの侵略に激しく抵抗していた当時は、戦闘による捕虜も多かったが、それも昔の話だ。


 年齢的には比較的若そうなので、不穏な動きを見せる有力部族の過激分子かもしれない。

 サリド王は、占領地の民に対して融和的で、穏健な政策をとっていたが、その一方で反乱の芽を苛烈に刈り取っていた。


 しかし、このように大勢の捕虜兵を連れてくるとは、どういう了見なのだろうか。

 何度も触れたが、アシッドが命じられているのは、オアシスの占領ではない。

 小競り合いを繰り返し、王国の注意を引きつけることが肝要なのだ。

 そのためには、機動力に優れるラクダ騎兵が最適であって、歩兵などいくら数を揃えても、無用の長物である。


 アシッドにはさっぱり理解できず、首を捻るばかりであった。

 ともあれ、まずは疑問を呑み込み、先任指揮官として、彼らを迎えねばならなかった。

 アシッドはラクダを進め、交代部隊の先頭で進んでくる、陰鬱な顔をした男の前に出た。


「失礼ながら、カマール百人長とお見受けする。

 私は本オアシス作戦の遂行を命じられている、アシッド百人長だ。

 貴殿のことは、すでに連絡を受けている。遠路はるばるご苦労であった」


 挨拶を受けた男は、重々しくうなずいた。

「いかにも、持ち場の交代を命じられた、カマール百人長だ。

 出迎え、大儀である。

 部下たちには、ラクダの世話をさせたい。

 すまぬがその間、そなたの部下で、あの者たちの監視を願いたい」


 カマールは丸腰の歩兵たちの方に、ちらりと視線を走らせた。

 アシッドは控えていた伝令兵の若者に、すぐに指示を与えた。

 そして、相手の方から歩兵の話題を出してくれたので、抑えきれない好奇心を口にしてみた。


「あの者たちは捕虜兵ですな?

 捕虜では命令に従わせるにも苦労しましょう。戦意は低く、信用もできない兵が役に立つでしょうか?

 そもそも我々の役目は、敵の挑発と情報収集です。それなら、カマール殿の騎兵隊だけで事足りるはず。

 捕虜兵を使う場面など、あるとは思えませぬ。

 それどころか、この人数を食わすとなると、水も食糧もとんでもない負担となるでしょう。

 一体、いかなる目的で、彼らをお連れになったのですか?」


 カマールは少し呆れたような表情を見せた。

「よく喋る男だな……。

 捕虜兵の連行は、ジャミラ様のご指示である。

 貴殿は我々と交代して国に帰る身だ。上の考えを知る必要はない」


 身も蓋もない言い方だったが、これは当たり前の反応だった。

 百人長(王国の大隊長に相当)に過ぎないカマールが、七百人もの捕虜兵を独断で動かせるはずがない。

 当然、上層部の指示であるから、その目的を、帰国して無関係となるアシッドに教えるなど、あり得ないことだった。


 アシッドもそれが分かっているから、何も言い返せず、恥ずかしさに顔を赤くするしかなかった。

 それが気の毒に思えたのだろう、カマールは少し表情を緩めた。


「悪く思うな。俺とてジャミラ様には逆らえんのだ。

 だが、ひとつだけ教えてやろう。

 貴殿は『捕虜兵を使う場面などない』と言ったが、奴らの使い道はちゃんとある。

 そうでもなければ、いらぬ苦労を背負しょいこむものか!」


 カマールは顔をしかめた。その表情だけで、彼が捕虜兵を〝厄介者〟と認識していることが、如実に伝わってくる。


 翌日、アシッドと彼の百人隊は、野営地を後にして帰国の途に就いた。

 したがって、彼がカマールの言う〝使い道〟を知る機会は、永遠に失われたのだった。


      *       *


 荒涼とした砂漠から吹いてくる風は、熱くからりと乾いている。


『不思議な光景だな……』

 ウルンギが風に目を細め、ぼそりとつぶやいた。


「何がですか?」

 キャミイが耳元で通訳してくれたので、シルヴィアが自然に訊き返した。


『見渡す限り岩だらけの荒れ地で、一本の草木も見当たらない。

 それなのに、オアシスにやってくる羚羊アンテロープの群れは、どうやって生きていられるのだ?』

 森の恵みに囲まれて暮らしているオークには、それが不思議でならないのだろう。


 王国の人間であるシルヴィアには、答えようのない疑問である。

 シルヴィアは如才なく話題を変えた。


「いざ帰るとなると、名残惜しくなりましたか?」

 ウルンギの横にはアドがついていて、通訳を務めていた。

『ふふ……どうだかな』


 ウルンギとシルヴィア、そしてキャミイとアドは、塹壕脇に立つ監視塔の上に登っていた。

 ウルンギは明日、密林の村に帰ることになっていた。

 その前に、砂漠をよく見ておきたい……彼はそう言い出したのだ。

 いかつい見た目のオークが、そんな感傷的なことを言い出すのは奇妙であり、妙に可愛らしくもあった。


 ナフ国の襲撃は、相変わらず続いていたが、ごく小規模なものに留まっていた。

 防衛任務についているオークの戦士たちは、難なくこれを追い払っていた。

 最初の戦闘以来、敵はオークたちの投石を警戒し、有効射程内にはめったに入ってこなかった。


 その代わり、彼らは十分に距離を置いた岩陰でラクダを降り、長弓による攻撃を行ってきた。


 ナフに限らず、サラーム教国の兵は騎兵による機動戦術を得意とし、疾走するラクダの上から矢を放ち、すばやく撤退するのが常である。

 そのため、彼らが使用するのは取り回しのいい短弓で、その分、飛距離が出せなかった。


 うかつに接近する不利を覚ったナフ兵たちは、使い慣れない長弓を持ち出して、遠距離戦を挑んできたのだ。

 長弓は引くのに力を要するが、飛距離と貫通力に優れている。

 基本的に遠距離兵器なので、直接敵を狙うのではなく、空に向けて射ることになる。


 矢は放物線を描き、上から雨となって降り注ぐのだ。

 これは、塹壕に籠っている敵に対する、有力な攻撃手段となる。


 問題は、命中率が低いことであった。

 最初の斉射で当たることは期待できず、専門の観測兵が修正指示を出して、敵に近づけていくのである。

(この指示に対応するには、かなりの技量が必要だった。)


 したがって、攻撃を受ける側が不意打ちを喰らう心配はない。

 敵が照準を修正している間に、頭上を防御すればいいのだ。


 ナフ国側が長弓を導入した当初、オークたちはこの対応ができずに、数人の負傷者を出してしまった(その中には、初めてとなる重傷者も含まれていた)。

 オアシスには、第三軍の連絡将校が数人残っていたので、すぐさまオークたちに助言を与えた。


 彼らは長弓の対処法をよく知っていたが、そのための備えは用意していなかった。

 矢を防ぐには、分厚い木の盾を用意すればいいのだが、ここではその材料が手に入らない。

 そこで将校たちは、オークたちに指示し、オアシスの水辺に繁茂するかやを大量に刈り取らせた。


 これを束ねて縄できつく縛り、丸太状にする。

 十分乾燥させてないので、かなりの重さがあったが、怪力のオークたちは軽々と担ぐことができた。

 敵の矢が飛んで来たら、これを担ぎ上げればよいのだ。


 通常の戦場なら、長弓の援護射撃と同時に、騎馬隊が突撃してくるのがお約束で、そんな悠長なことはしていられない。

 しかし、ナフ国側にそんな意志はないから、対処法としては十分だった。


 ウルンギは砂漠から、真下の塹壕の方に目を移した。

 戦士たちの頭や肩が、あちこちに見える。

 今はもう昼を過ぎているので、彼らはのんびりとしている。

 ナフの襲撃は、未明か夕方、あるいは夜襲と決まっているのだ。


『今さらの話だが、ナフ国の人間たちは、何を考えているのだろう?』

 不意に、ウルンギがシルヴィアに訊ねた。


「嫌がらせ……というのが、上の判断ですね。

 王国と大公国にとって、南部街道は軍事上でも経済上でも、重要な連絡路です。

 その要衝であるオアシスを、敵に押さえられるわけにはいきません。

 大公国には軍事的な余裕がありませんから、王国が守らねばならないのです。

 ただ、一時的ならよいのですが、防衛が長期にわたると、その負担が馬鹿になりません。

 軍に金がないのはいつものことですから、そのしわ寄せは市民に向けられます。

 結果として不満と厭戦気分が充満し、下手をすると足元で反乱が起きかねません」


 すらすらと答えるシルヴィアに、ウルンギは鼻を鳴らした。

『その話は最初に聞いたから、ちゃんと覚えているぞ。

 シルヴィアは、俺を馬鹿だと思っているだろう?』


「そんなことないです!」

 シルヴィアは首をぶんぶんと振り、得意気に講釈したことを後悔した。


『俺はそんなことを訊いているんじゃない。

 オアシスの防衛は、俺たちオークに委ねられ、王国の人的負担は、ほぼ解消された。

 その代わり、我々は防衛の報酬として、王国から無償援助を約束された。

 それでも、本国から遠く離れたオアシスに部隊を駐留するのに比べれば、だいぶ負担は軽減されたはずだ。

 しかも、一方的な持ち出しにはならんのだろう?』


「どういう意味でしょうか?」

 シルヴィアはとぼけてみせたが、ウルンギには通用しなかった。


『赤城市の商人たちは、八千人のオークという、新たな顧客を得るのだ。

 今まで暴利を貪っていた大公国の商人とは違い、赤龍帝は公正な取引を約束した。

 確かに聞こえはいいが、オークから甘い汁を吸うという構図自体は変わらない……そうなんだろう?』

 シルヴィアは黙って両手を挙げた。『降参』という意味である。


『いいさ、その辺は俺も伯父貴殿(ダウワース王のこと)も、納得づくの話だ。

 問題はそこじゃなくて、ナフ国の連中の方だ。

 オアシス防衛の担い手がオークに代わったことを、連中が知ってから一か月になる。

 それなのに、奴らは相変わらず、子どもじみた嫌がらせを止めようとしない。

 なぜだ?』

「それは……」


 返答に窮するシルヴィアに対し、ウルンギは畳みかける。

『ナフ国の目論見は、とっくに崩れている。

 それなのに、なぜ奴らは攻撃を止めない? そこに何の意味があるのだ?

 もしかしたら、俺やお前たちが、まだ気づいていない〝別の目的〟が存在する……そうは考えられないだろうか?』


 ウルンギの考えは、筋が通っていた。

 恐らく今ごろ赤城では、リディアが同じ疑問を抱えていることだろう。


 誰も答える者はなく、彼らは黙り込んだ。


      *       *


 監視塔の床はそう広くない。そこに巨漢のウルンギを含む四人がいるのだから、なおさら狭く感じる。


 監視役のオークは隅っこに追いやられ、肩身を狭そうにしていた。

 まだ若そうなオークだった。

 監視塔の見張りに抜擢されているということは、かなり優秀なのだろう。


 その若者が、突然叫んだ。

『敵発見! でも、何だか……いつもと違います!!』


 ウルンギとシルヴィアは、物も言わずに手すりに駆け寄った。

 目を凝らすと、確かに遠くの方に何かの集団が見える。

 ただ、土埃が上がっているせいで、敵なのかどうも判然としない。


「駄目、あたしの目じゃ分かんない! そっちはどう?」

 シルヴィアがウルンギの丸太のような腕を掴んで揺すぶったが、彼も目を細めたまま首を振る。

『こっちも同じだ。ついでに言っとくが、俺は近眼なんだ』


 ちなみに、このやり取りは通訳を介していない。

 最近は通訳なしでも、何となく話が通じてしまうのだ。


『距離は四キロ弱かと思います。

 ただ、いつもとは見え方が全然違います。

 土煙の量も尋常じゃないです。これは……相当に数が多いんじゃないでしょうか』


 監視の若者が、自分の考えを述べた。

 彼はこの役目に選ばれただけあって、戦士団の中でもとびきり目がよいのだろう。


「そうだ! キャミイ、ちょっと来て!!

 あんた、その姿でも視力がいいのよね?」


 シルヴィアが後ろを振り返る。

 キャミイとアドは、押しのけられて後ろに下がっていたのだ。


「ええー、別にいいよぉ。僕、興味ないしぃ……」

「うるさい! さっさとこっち来なさい!!」


 シルヴィアの剣幕に、キャミイは渋々前に出た。

 そしてシルヴィアの横に割り込み、彼女が指さす方向を見る。


「んんー、ホントに土埃が酷いね。

 ええと、ラクダ騎兵が先だね。数はおよそ……百って感じかな?

 その後は……あれれ? 残りは全部歩兵だよ」

「はぁ!? ナフの連中、暑さでおかしくなったのかしら?

 歩兵はどのくらい?」


「いやぁ、ちょっと数までは分からないなぁ……」

「そこを何とかしなさい!」


「もう、シルヴィアったら無茶苦茶なんだから!

 そうだねぇ、もの凄く大雑把に言うよ?

 最低で五百、最大で千人ってとこかなぁ? 責任は持てないけど」

「じゃあ、中を取って七百五十人ってことにしましょう!

 歩兵で四キロの距離なら、接近には一時間以上かかるわね」


 彼女の言葉は、アドによってすぐにウルンギに伝えられた。

 彼は手すりから身を乗り出し、下に向かって怒鳴った。


「敵だ! 騎兵百、歩兵が七百五十だ!

 まだ時間に余裕があるから、慌てずに準備にかかれ!

 まずは伝令を走らせろ!

 宿舎で寝ている連中を叩き起こし、全員こちらに向かわせるんだ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
んー、飽和攻撃かな? 機関銃がない塹壕戦なら数で押し切って浸透しちゃう事もできそうだし
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ