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魔導士物語  作者: 湖南 恵
第九章 能力発現
307/358

十八 競技会

 ダウワースから聞いた話だと、オークの村はいまなお拡張を続けているらしい。

 これは、人口の爆発的な増加期に家屋の供給が追いつかず、増加が頭打ちとなった現在でも解消されていないためだ。


 森を切り拓くことは比較的容易(たやす)い。

 オークたちは斧やノコギリといった金属製の道具を、大公国の商人を通じて購入していたから、立ち木は簡単に伐採できる。

 厄介なのは伐根ばっこんだったが、牛馬がいなくても、オーク自身が怪力なのだから、人海戦術でどうにかなる。


 それならば、住宅問題など簡単に解決できそうなものだが、そうは問屋が卸さない。

 材木が足りないのだ。


 掘立式に限らず、住宅を建てるには、柱となる材木が必要となる。

 伐採して得られた丸太を活用したいところだが、生木は数年かけて乾燥させねばならない。


 乾燥させずに使用すると、木から放出される水分によって建物内に結露が起きる。

 基部を土中に埋める掘立式では、あっという間に根元から腐り出す。

 数年もすると水分が抜けるが、その分かなり縮むので、建て替えが必要になる。


 そんな事情で、外縁には整地された空き地だけが広がっており、大量の丸太の乾燥場となっているのだ。


 オークたちが投石競技に興じていたのも、そんな空き地のひとつであった。

 三角に積まれた丸太の前には、十本の的が立てられていた。

 地面に杭を打ち込み、先端に入れた切れ込みに、三十センチ四方の板を差し込んだものだ。


 これに、離れた場所から石を投げて的を狙うという、ごく単純な競技である。

 ところが、その距離がとんでもなかった。

 シルヴィアの目測では、優に二百メートルは離れている。


 投石器スリングは、二メートルほどの組紐(革や布製)で、中央に石を包むため幅広の革がついている。

 石をセットしたら二つに折って、紐の端を持ち振り回す。

 片方の紐先は手首に結んでおき、回転で勢いがついたら、握った紐を放して石を飛ばすのだ。


 構造が単純で製作しやすく、石はどこでも補給できるから、非常にコストが低い。

 しかも、弓よりも射程が長かった。

 そのため、かつては人間社会でも遠距離攻撃の主役で、南方諸国ではいまだ現役の武器として採用されているくらいだ。


 帝国やケルトニア、そしてリスト王国では、弓矢の集団攻撃よる面制圧に戦術が移行していて、もはや廃れた武器ではある。

 シルヴィアは投石器を扱ったことがないが、存在自体は授業で習っていた。

 弾となる石を、二百メートル以上飛ばせることは、知識として知っている。

 だが、その距離で小さな的に命中させるのは、よほどの熟練者と言わねばなるまい。


 ところが、始まった競技を見ていると、オークたちは次々と的に当てていった。

 的のそばには審判役がいて、的に当たれば持っている旗を上げる。

 中央に当たれば赤い旗、その周囲は白い旗で、的を外せば旗は上げない。


 シルヴィアだったら、とても恐ろしくて審判役などできないだろう。

 もし、的を外れた石が当たれば、命に関わるからだ。

 ところが、審判役のオークたちは、まったく心配していないようだった。

 そもそも的を外すような間抜けは、競技会に出場できないのだ。


 実際、十人ずつの競技者がどんどん入れ替わっても、赤白どちらかの旗が必ず上がった。

 ただ、中央に命中させるのはさすがに難しくいらしく、赤い旗がさっと上がると、観衆から大歓声が上がる。

 競技者には五回の投石機会が与えられ、各組の成績上位者三名が勝ち上がる仕組みのようだった。


 参加者は二百人近く、いずれも腕自慢なのだろうが、どんどんふるいにかけられていく。

 勝ち抜けする者は、赤旗が上がるのが当り前で、たまに赤三本が出たりすると、大変な騒ぎとなった。


 シルヴィアは腕組みをして、感心しながら見物していた。

 オークは人間よりも腕が長い。

 そのせいか彼らは猫背で、だらんと垂らした手で地面を擦るように歩く。


 その長い腕と強靭な筋力で投石器を振り回すのだから、飛距離が凄いだけでなく、威力が抜群であった。

 的の棒に差し込んでいる板は、三センチほどの分厚い板であったが、石が当たると簡単に吹っ飛ばされ、時には割れることもあった。

 そうした板を拾って再び棒に差し込むのも、審判の役目であった。


 シルヴィアの目では、オークの見分けがつかない。

 フェイはある程度区別できるらしく、〝慣れ〟だと言って笑っていた。

 キャミイの場合は、見た目ではなく、臭いで判断しているらしい。


 だが、オークたちは、当然仲間の識別ができる。

 自分の友人や親戚が出てくると、彼らは熱狂的な声援を送った。

 応援する者が勝ち残ると、互いに抱き合い、肩を叩きあって大喜びする。

 こうした場合、得てして近くに敗者の応援団がいるもので、あちこちで両者の乱闘が起きた。


 シルヴィアの周囲の連中もそのたぐいらしく、ある組が登場すると、耳が破れそうになる大声援を送り始めた。

 彼らが応援している若者は、見事に赤旗三本を獲得し、次のステージへの進出を果たした。

 隣りにいたオークは、涙を流して雄たけびをあげ、興奮のあまりシルヴィアの背中まで、ばんばんと叩いてきた。


「えっと、よかったですね! おめでとうございます」

 シルヴィアが咳き込みながら、笑顔で祝いの言葉を口にすると、どうやら意思が伝わったらしい。

 オークはくしゃくしゃの笑顔で、選手と自分を交互に指さしながら、シルヴィアの腕を掴み、早口で何かまくしたてた。


『見てくれたか? 凄いだろう!?

 あいつは俺の弟なんだぜ! ああ、自慢の弟なんだ!!』

 言葉は分からないが、そんなことを言っているのだと、直感的に理解できた。


 弟でなければ甥っ子かもしれない。

 シルヴィアがそう判断したのは、隣りではしゃいでいるオークよりも、選手の方がやや小柄で顔もあどけなく見えたからだ。

 そういえば、出てくる選手は、みな若そうに見える。


 今ので十五組が戦い終え、そこで予選は終了したらしい。

 あまり間を置かずに、第二回戦が始まった。


 当然、観客の興奮は、それまで以上に沸騰する。

 投石開始線の前に並んだ、十人の選手には、あちこちの応援団から大声援が送られる。


 シルヴィアは競技の最初から見物していたので、一回戦との違いにすぐに気づいた。

 選手たちの中に、雰囲気の異なる、見覚えのないオークが数人混じっているのだ。

 彼らはこれまでの若者たちよりも明らかに大柄で、経験を積んだ大人に見える。


 シルヴィアはとなりのオークの腕を叩いた。

「ねえ、あの大きな人たちは誰なの?

 今までの予選には、出てこなかったわよね」


 彼女はそう言いながら、身振り手振りでも伝えようとした。

 最初はきょとんとしていたオークだったが、途中で意味が分かったらしく、大きくうなずいた。

『ああ、あいつらは毎回好成績を挙げている連中なんだ。

 だから、出てくるのは二回戦からだ。

 ここから面白くなるんだから、見逃すなよ!』


 彼は同じく身振りを交えながら、ゆっくりとしたオーク語でそう解説してくれた。

 不思議なことに、彼が言っていることが(もちろん正確ではないのだろうが)、ちゃんと伝わってくる。


「へえ~、そうなの」

 シルヴィアもうなずき返し、競技の方に集中した。


 予選の若者たちは赤旗二本で勝ち抜いた者が多く、三本を出したのは数えるほどだった。

 ところがシード組の大人たちは三本が当り前、四本的中を果たす者すらいたのである。

 結局、二回戦の一組はシードの三人が順当に勝ち上がり、予選組は全員敗退することとなった。


 次の組が始まるまでの間に、シルヴィアはしゃがみ込み、小枝を拾って地面に四角い図形を描いた。

 そして、隣りのオークの服を引っ張って、一緒にしゃがませた。

 オークは首をかしげていたが、シルヴィアが四角の下に棒を足し、真ん中に丸を描いてみせると、これが的の絵だと理解してくれた。


 シルヴィアは自分が描いた丸を枝で指し、訊ねるような視線をオークに向ける。

 すると彼は首を振って、それを指で消すと、自分で丸を描き直した。

 最初の丸よりもかなり小さい。

 彼女は大きくうなずき、手の土を払って立ち上がった。


「凄いですね」

 シルヴィアは素直に感心する。


 オークの図解が正しければ、赤旗の当たり判定は、三十センチ四方の板の中央、わずか六センチほどの円ということになる。

 それを二百メートルもの距離から、立て続けに命中させるのである。

 シルヴィアも弓には自信があるが、とても真似ができる芸当ではない。


 次の組でも、勝ち残ったのはすべてシード者であった。


 すっかり仲よくなったオークの(多分)弟は、第三組で登場した。

 シルヴィアは自分を指さして「シルヴィア」と名乗り、次に彼と弟を順に指さして名前を訊ねた。


 隣りのオークはゲルグ、弟はドガという名前だった。

 シルヴィアはゲルグとともに、声を限りにドガへの声援を送った。


 だが、それを掻き消してしまうほど、群衆からは大きな歓声が上がっていた。

 それは、三人のシード者のひとりに向けたものだった。


 そのオークは、これまで登場した誰よりも立派な体格をしていた。

 身長は二メートルを二十センチは超えていそうだった。

 成人したオークの男は、たいていは太鼓腹をしているのだが、その男の腹は引き締まり、瘤のような腹筋が六つに割れている。


 群衆の野太い声援に混じって、どこかから女の甲高い声も聞こえてきた。

 そのオークは、女たちからも熱狂的な支持を受けているようだった。

 彼がオークの基準でかなりいい男だということは、シルヴィアにも何となく納得できた。


 しかし、自分がせっかく若いドガを応援しているのに、これは悔しい。

 彼女はゲルグの脇腹を小突いた。

「何なの、あの人?

 やたら人気があるみたいだけど、強いの?」


 ゲルグにもシルヴィアの悔しさは伝わったらしい。

『そうか、お前は人間だから知らないのだな……。

 あいつはウルンギ、この村一番の戦士だ。

 賢王ダウワースが亡くなれば、彼がその座を継ぐだろうと、もっぱらの噂だ』

 ゲルグの言葉から、彼の名がウルンギだということ、ダウワースに匹敵するほどの実力と名声を勝ち得ているのだろうと想像がついた。


 試合は白熱した展開となった。

 何と、ドガが四本の赤旗を上げたのである。予選組では初めての快挙だ。

 若者の予想外の活躍に群衆は驚きの声を上げ、会場はいやが上にも盛り上がる。

 シルヴィアとゲルガが狂喜し、思わず抱き合って飛び跳ねたのは言うまでもない。


 だが、さすがにシード組は一歩も譲らない。まず二人が、ドガと同じ四本を出した。

 そして、大歓声の中、最後に登場したウルンギは、さらにそれを上回る五本皆中を達成したのである。

 あまりの見事な試技に、会場は一瞬静まり返り、ややあって爆発的な歓声が沸き起こった。


 三回戦に進出するのは三名だけなので、ドガを含む赤四本を出した三人が、残る二つの席を争うことになった。

 ここからは、先に的の中央を外した者が脱落する勝負であった。


 若いドガは先輩たちに喰らいついていったが、三投目で白旗判定となり、惜しくも敗れ去った。

 健闘した若者には、群衆から惜しみない拍手が贈られ、シルヴィアとゲルガも涙を流しながらそれに加わった。


 その後、競技は三回戦、準決勝、決勝と進み、結果はウルンギの圧勝に終わった。

 彼は四戦で二十回の試技を行ったが、一本の白旗も出さなかったのである。

 不思議だったのは、優勝者のウルンギら上位成績者には群衆からやんやの喝采があっただけで、何の表彰もなかったことである。


 もちろんオークに文字はないから、表彰状はないだろう。

 それでも肉の塊りとか、何かそれらしく勝者を讃える賞品があってもよさそうなものだ。

 しかし、三々五々解散していくオークたちは、特に不満を感じるでもないようで、みな満足そうな笑顔を浮かべていた。


 シルヴィアとゲルガは、試合を終えたドガのもとに駆け寄り、その健闘を讃えた。

 頑張った若者が報われないことに憤慨していたシルヴィアは、自分なりの贈り物として、ドガの顔を両手で挟んで頬にキスを与えた。


 事情を知らない若者は、なぜ人間の女(しかも王の客人)が、自分にそんなことをするのか分からず、目を白黒させていた。

 

      *       *


 ゲルガ以外の応援団(親戚たちなのだろう)も集まってきて、ドガの周りには人だかりができた。

 みな笑顔で、しきりにドガに話しかけている。


 その様子を見たシルヴィアは、やっと自分が部外者であることを思い出した。

 彼女はゲルガの腕をぽんぽんと叩いて、『自分はもう帰る』と知らせた。

 ゲルガもにこりと笑い、早口で感謝の言葉を伝え、シルヴィアの背中を大きな手でばんばん叩いた。


 シルヴィア宿舎に戻ろうと、きびすを返した瞬間、彼女の顔に浮かんでいた笑みが一瞬で消え去った。

 いつの間にか、見知らぬオークたちが、彼女の行く手に立ち塞がっていたのだ。


 いずれも身長二メートル前後の、大人のオークである。

 彼らはいきなり両側から、シルヴィアの腕をがっちり掴み、動きを完全に封じてしまった。

 振りほどきたくても、オークの怪力がそれを許さない。


 異変に気づいたゲルガが駆け寄ってきて、シルヴィアを囲む男たちに、必死に何かを訴えた。恐らく、彼女を放すよう説得してくれたのだろう。

 だが、オークたちは首を横に振り、ゲルグの身体を乱暴に押しやった。


 そして、そのうちの一人が、帰りかけている群衆に向け、大声で吼えた。

 見物人たちは足を止め、人間の女が捕らわれていることに気づいた。

 そして、にやにやしながら戻ってきたのだ。

 まるで、これから何か残酷な見世物が始まることを、期待するような表情であった。


「やめなさい! 私はリスト王国の使者であり、ダウワース王の客人です!

 無礼は許しませんよ!!」


 シルヴィアは叫んだが、男たちは彼女の言葉を無視した。

 そして、広場の中央に向かって、ずるずると引きずっていったのである。

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― 新着の感想 ―
猫背で手が長いのは二足歩行しながらも四つん這いになりやすいように折衷案をとった結果なのかな 鼻が良いから地面に鼻を近づけたり地面の物をひろって嗅いだりする事も多かっただろうし
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