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魔導士物語  作者: 湖南 恵
第九章 能力発現
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十四 消息

「アスカとゴードンか……。

 あの二人が結婚したことは、ユニから聞いて知っている。

 子どもが生まれたということもだ。

 だが、お前の存在は初耳だ。

 養父母といったが、本当の娘ではないのか?」


 フェイは素直に認めた。

「はい。私がアスカの養女になったのは、ゴードンと結婚するより以前のことです」


 それを聞いても、ダウワースの眉間に寄った皺は消えなかった。

「それは別にいい。

 繰り返すが、俺はユニから何も聞いていない。

 だが、フェイという名前は確かに聞き覚えがある。

 くそっ! 知っているはずなのに出てこないのは、何とももどかしい。

 ……年は取りたくないものだな」


「ああ、それでしたら、ジャヤからではありませんか?」

「何? 俺の末娘を知っているのか?」


「ええ。彼女は初めてできたオークの友達ですから。

 私にオーク語を教えてくれたのも、彼女なんですよ」


 ダウワースは、ぱんと膝を手で叩いた。

「そうか、思い出したぞ!

 お前は王国が派遣したという、人間の医者か!?」


「まさにそのとおりでございます」

 フェイは胡坐あぐらのまま、膝に手をついて頭を下げた。


「そういえば、ジャヤからの便りには、時々お前の名前が出てきておった。

 なぜすぐに思い出さなかったのか……いやはや、実に情けない!

 フェイはオルグの村で、何人もの命を救ってくれたそうだな?

 俺からも礼を言わせてくれ」


 王はそう言って、先ほどのフェイと同じように、両ひざに手を置いて頭を下げた。

 そして、顔を上げると言葉を続けた。


「だが、お前は医者で、民間人なのだろう。

 何故、王国の使者となっているのだ?」

「それは、片言であっても、私がオーク語を話せるからです」


「なるほど……。

 だが、哨戒部隊の者の報告だと、そっちの女も流暢なオークを操ったというぞ。

 見たところ軍人のようだが、何者だ? まずは名乗るがよい」


 まだ立ったままだったシルヴィアとキャミイは、慌てて敷物の上に腰を下ろし、フェイにならって胡坐あぐらをかいた。

 そして、見よう見まねでオーク流のお辞儀をした。


「私はリスト王国の参謀本部所属、国家召喚士のシルヴィア・グレンダモア中尉と申します。

 横にいるのは、キャミイ准尉です。

 私たち二人は、この使節のことは知らず、たまたま赤城市を訪れたに過ぎません。

 ですが、准尉がオーク語に堪能だと知られ、赤龍帝のご命令で、急遽同行することになりました」


 ダウワースは疑いの眼差しをキャミイに向けた。

 そして、それまでの中原語に替えて、オークの言葉で話しかけた。


『部下の話では、お前の言葉は、オークと少しも変わらなかったそうだ。

 俄かには信じられん。試しに俺たちの言葉で、何か喋ってみせよ』


 キャミイは軽く首をかしげ、しゃがれた声で応えてみせた。

『急に言われても、何を話したらいいのか戸惑います。

 とにかく、ええと……そうだ、お目にかかれて光栄です! 密林の賢王に栄光あれ!!』


 彼女は、オークの群衆に向けた言葉を、ここでも繰り返してみせた。

 事前にシルヴィアと練習していた挨拶なので、すらすらと出てきたのだ。

 赤城市で受けた教練のお陰で、王に対する言葉遣いは、ぎりぎり許される程度に丁寧だった。

 ちなみに、シルヴィアや気安い人物に対する口調は、カー君の時と同じである。

 

「ほう……! 目を閉じて聞けば、確かにオーク女と区別がつかんな。

 だが、人間であるお前が、我らの言葉をそこまで流暢に話せるのは、何故だ?

 どこで、誰に習ったのか、正直に申してみよ!」

 再び人間の言葉に戻ったダウワース王は、厳しい口調で問い詰めた。


 キャミイは困ったような目で、シルヴィアに助けを求めた。

 シルヴィアは小さくうなずき、王の目を真っ直ぐに見て口を開いた。

「それについては、私からお答えします」


「ただ、ひとつだけお約束ください。

 これからお話しすることは、国家的な機密に属します。

 決して他言されぬよう、お願い申し上げます」


 ダウワースはぴくりと片方の眉を上げた。

「よかろう。賢王の名にかけて誓ってやる。申せ!」


 シルヴィアはすうっと息を吸い込んで、落ち着いた声で話し始めた。


「密林のオーク族は、もともとが幻獣界の住人であったと聞きます。

 でしたら、カーバンクルをご存じでしょうか?」

「カーバンクル……それは、幻獣界の住人ではないか。

 もちろん、俺たちはこの世界で生まれているから、見たことはない。

 だが、我らは文字を持たぬ代わりに、多くのことを口承している。

 それによれば、カーバンクルとは深い森に棲む悪戯いたずら好きな獣だったはずだ。

 額に宝玉が埋め込まれていて、その色によって様々な能力を発揮すると聞いている」


「先ほど私は、自分が国家召喚士だと申しました。

 私が召喚したのは、まさにそのカーバンクルでした。

 隣りにいるキャミイは、その仮の姿なのです」

「シルヴィアとやら、貴様……俺を愚弄するつもりか?」


「決して! お気持ちは分かりますが、これは真実です。

 王がおっしゃったように、カーバンクルは額の魔石によって、さまざまな能力を発揮します。

 私が召喚したカーバンクルは、赤い魔石を額に持ち、炎を吐くことができました」


 ダウワースはキャミイの全身に、じろじろと遠慮のない視線を浴びせ、鼻の穴を広げてひくひくさせている。

 シルヴィアは構わずに話を続けた。


「カーバンクルは魔石を摂取することで、新たな能力を得るのです。

 私の幻獣は、この世界で黄色の魔石を獲得しました。

 その結果、言葉を持つすべての生き物と、会話ができるようになりました。

 誰に教わったわけでもないのにオーク語を話せるのは、この魔石の力なのです」


「ただ、獣の姿のままでは、聞くことはできても、言葉を発することができません。

 念話という形で、頭の中に思念を送ることはできますが、自由度は低いと申せましょう」


「そして、続いて黒の魔石も手に入れました。

 それによって変身能力を獲得し、人間やオークの言葉を自在に話すようになったのです」


 シルヴィアは極めてざっくりとした説明を行った。

 カー君が白の魔石によって、飛行能力を獲得したことは、わざと話していない。

 必要なら後で説明すればいいことで、無闇に秘密を明かす必要はない。


「なるほどな。実に驚くべき話だが、貴様を信じよう」

「ありがとうございます。

 正直に申しますと、もっと疑われるというか、『証拠を見せろ』と言われると思ってました」


「何、証拠ならすでに見せてもらった」

「どういう……意味でしょうか?」


「シルヴィアはオークのことを、どの程度知っているのだ?」

「ユニさんの報告書であれば、くまなく読みました。

 それと、文明を持ったオークと会うのは初めてではありません」


「ほう?」

「私とキャミイは、タブ大森林に棲むオルク殿の村に行ったことがあります。

 王のお嬢さまである、ジャヤとも知り合っております」


「何と!

 ひょっとして、吸血鬼にさらわれた村の娘を救ったというのは、お前たちだったのか?

 そういえば、ジャヤの手紙にも、シルヴィアという名があった気がする」


 ダウワースの末娘ジャヤは、タブ大森林に棲みついたオークの族長に嫁いでいた。

 彼女は賢王の娘たちの中でも、特に人間語に精通しており、父王同様に文字の読み書きもできた。

 そのため年に数度、手紙をやりとりしていたのだ。


「ふむふむ、かなり事情が呑み込めてきたぞ!

 ああ、いや、話が逸れてしまったな。証拠の話だった。

 オークについての知識があるなら知っていよう。オークという種族は極端に女が少ない」

「存じております」


「うむ。そのためか、俺たちオークの男は、女の臭いに敏感なのだ。

 もともと鼻は悪くないのだが、女の臭いとなれば、数キロ離れていても嗅ぎつけることができる。

 人間とオークは極めて近い種で、骨の数や内臓は、ほぼ変わらんのだ。

 これはユニから聞いた話だが、人間の女がオークの子を出産したという例もあるそうだ」


「だから、お前たちが村に近づいてきた時点で、俺は臭いに気づいていた。

 だが、人間の女は二人だと思っていた。

 だから哨戒部隊の報告で、三人の女を連れてきたと聞いた時は、少なからず驚いた。

 そして、お前たちがここに入ってくると、その疑念はますます深まった。

 目の前には三人いるのに、やはり女の臭いは二人分しかない。

 俺は年を取ったせいで、自分の鼻が馬鹿になったのかと思ったぞ」


「あの、私ってそんなに匂いますか?」

 シルヴィアが半分泣きそうになって訊ねた。

 うら若き乙女(しかも伯爵家令嬢)にとって、〝臭い〟と言われるのは、死に勝る屈辱である。


「違う、そうじゃない! 貴様、俺の話をちゃんと聞いていたのか!?

 人間など、オークの女に比べれば無臭に近いのだ。頼むから、ぼろぼろ泣くな!!」


 ダウワースは大きく咳払いをして、態勢を立て直そうとした。

「繰り返すが、俺たちの鼻が女の臭いに敏感なのは、種族的な特性であって、他意はない。

 お前たち女性を前にして、こういう話題を持ち出すのが、紳士として褒められない行為だとは、俺だって十分に承知している。

 これはあくまで、その……キャミイと言ったな?

 キャミイの正体がカーバンクルであることを、俺が納得した理由の説明に必要だから話しているんだ。

 不快だろうが、我慢して聞いてくれ」


 人間から見れば、醜く野蛮なオークから、紳士という言葉が出てくるのは、強烈な違和感があった。

 だが、ダウワース王は大真面目なのだ。それは、額に汗を浮かべた、彼の一生懸命な表情からも分かった。


「キャミイからは、まったく女の臭いがしない。

 オークの嗅覚をもってしても気づけないというのは、本当に異常なことなのだ。

 これは俺の推測だが、この女には性器がないのではないか?

 つまり、見た目は人間でも、中身は別物ということだ。違うか?」


「驚きました。王のおっしゃるとおりです。

 キャミイの股間には、総排泄腔しかないのです」


 ダウワース王は、オークらしい(というか、嫌な)視点で、キャミイの正体を見破っていたのだ。

 人間であるシルヴィアからすれば、キャミイの変身は完璧であるように思えたが、種族によっては騙せないということだ。

 これは心しておかねばならない。


「匂いのことは、私も気づいていたわよ」

 フェイがぽつりと洩らした。


「えっ、フェイさんもですか?」

「うん。ほら、私にはオオカミ人間(ライカンスロープ)の血が、半分流れてるって言ったでしょ?

 だから普通の人間よりも、ずっと嗅覚が鋭いのよ。

 ダウワース王の言うとおり、キャミイからは人間らしい匂いがしないのよね。

 ただ、私は最初の段階で、彼女の正体を教えられていたから、あえて言わなかったの」


「そうだったんですか」

「この能力って、人からは嫌がられるから、あんまり言わないんだけどね。

 その代わり、診察では役に立つのよ」


「匂いが……ですか?」

「そう。私の専門って産科だから、患者を診る前に匂いで大体のことが分かるの。

 ああ、この人は妊娠してるな、とかね。

 ほかにも、生理になっているだとか、性病に感染していることも分かったりするわ」


「そっ、それは確かに、ちょっと嫌かも。

 あっ、それじゃあ……」


「ちょっと待て!」

 ダウワースがシルヴィアの話を制した。


「さっきから、話が全然進んでないぞ。

 とにかく、キャミイ……というか、カーバンクルのことは了解した。

 次はシルヴィア、お前の番だ」

「私の……ですか?」


「そうだ。話を聞いているうちに、いろいろ思い出してきたのだ。

 まず聞くが、お前はユニと親しいのか?」

「はい。そうですね、いくつかの任務で行動を共にしましたから、結構親しいと思います」


「そうか。では、ひょっとしてエイナという女魔導士を、知っているのでないか?」


 思いがけない名前が出たことに、シルヴィアは面食らう。

「エイナは魔導院時代からの親友で、今でも王都では、同じ下宿に住んでいます。

 彼女が何か?」

「いや、そのことは後でゆっくり話そう。

 それよりも、先に確かめねばならぬことがある」

 ダウワースの表情が険しくなった。


「去年、オルグの村で誘拐事件が起きる直前のことだ。

 ユニがふらりと遊びに来たのだ。

 あいつは、一、二年に一度は訪ねてきては、酒を吞みながら、俺と世界の秘密について語り合うのが好きだった。

 またいつものそれか、と思って歓迎したのだが……」


「その夜、ユニはいつになくしんみりしていてな。

 俺がそのことを揶揄からかうと、真面目な顔で『お別れをしにきた』と言ったんだ。

 俺は今年で六十歳になる。見てのとおりの年寄りだ。

 人間よりも寿命が短いオークとしては、これは記録に残るほどの長寿なのだ。

 だから、ユニは俺がいつ死んでもおかしくないと思って、別れの挨拶をしにきたんだと思った」


「だが、それは違った。

 あいつは、近いうちに自分はこの世界から消滅して、幻獣界へ旅立つ……そう言いやがった。

 召喚士には、〝その時〟ってやつが分かるらしいな?

 ――とにかく、その夜、俺とユニは夜明けまで語り明かした。

 そして、次の朝にあいつはオオカミたちとこの森を去り、それ以来二度と会っていない」


「あれからもう、半年以上経った。

 ユニの予感ってやつが正しければ、あいつはとっくに旅立ったはずだ。

 シルヴィアは何か知っているのでないか?

 もしそうであるなら、頼むから教えてほしい」


 そしてダウワースはぎょろりと目を剥き、怒気をはらんだ大声を出した。

「ユニは、あいつはどうなった!?」

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