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魔導士物語  作者: 湖南 恵
第九章 能力発現
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六 軍籍

 参謀本部への帰還を許さない。

 なおかつ、任務を命じられるとの発言に、当然シルヴィアは説明を求めた。

 だが、リディアは言葉を濁すのみであった。


「詳しいことは、マリウス殿からの返事待ちだ。

 シルヴィアはもう宿に帰れ。

 明日の朝、アニエスを差し向けるから、後はその指示に従うように」


 アニエスとは、エイベル少佐と並んで赤龍帝の副官を務める国家召喚士で、階級も同じ少佐である。

 年齢はエイベルより二つ若く、従える幻獣はユニコーンだった。

 シルヴィアは赤城内で何度か彼女に会っているが、事務的なこと以外、言葉を交わしたことがない。


 とにかく、リディアが説明しない以上、シルヴィアとしては宿に引き上げるしかなかった。


      *       *


 翌朝、宿の食堂で朝食を済ませ、コーヒーを飲んでくつろいでいた時である。

 宿の扉を開けて、軍服姿のアニエス少佐が顔を覗かせた。

 彼女はやや小柄な体格で、癖毛のブルネットをひっつめにしている。

 アニエスは、椅子から慌てて立ち上がるシルヴィアを見つけると、にこりと笑って近寄ってきた。


「待たせたようですまん、シルヴィア中尉。

 準備はできているのだな? では、行こうか」

 シルヴィアはアニエスに促されるまま、宿の外へ出た。もちろん、カー君も一緒である。


 カー君はシルヴィアの指示で、昨日からずっと人間の姿を維持していた。

 少しでも人間としての動き方に馴れるためで、そのことに彼女は不満を洩らさなかった。

 カーバンクルにしてみれば、肉体は仮初かりそめのものなので、あまり外見ににこだわらないらしい。


 宿の前では、アニエスの幻獣であるユニコーンが待っていた。

 額の長い角を除けば、白馬と変わりない姿だが、頑健で凄まじい攻撃・防御力を持っている。

 さらに、風属性の魔法を備えていて、竜巻を起こしたり、圧縮空気弾を吐くこともできる。


 ユニコーンは首を伸ばしてシルヴィアの匂いを嗅ぎ、目を細めて頭をこすりつけてきた。

 続いてキャミイにも顔を押しつけてきたが、すぐにブルっと鼻を鳴らして後ずさった。


「キャミイのことは気に入らないみたいですね?」

 シルヴィアはユニコーンの首を撫でながら、苦笑いを浮かべた。


「どっちか分からなくて、気味が悪いらしい」

「どっちか?」


「ああ、ユニコーンは気が荒いが、なぜか人間の女性には大人しい。

 特に処女が大好きでな。シルヴィアのことも大いに気に入ったらしい。

 だが、キャミイは見た目が女性なのに、処女かどうか判断がつかなくて、混乱しているようだ」

「なるほど。カーバンクルには、性別がありませんからね」


「しかし、本当に信じがたい。

 私も城中で何度も見ているが、あの獣が人間になっているとはな。

 話はできるのか?」


「そうですね、少佐殿と内緒話ガールズトークができるくらいには、話せますよ」

 キャミイが笑みを浮かべて答える。

 声はシルヴィアによく似ているが、エイナが混ざっているせいか、ほんの少し高い。


「それは面白い。機会があったら、パジャマパーティを企画しよう。

 ユニコーンを出し抜いて、男とやる(・・)方法について、是非若い娘たちの意見を聞きたい」

 アニエスは片目をつぶり、笑ってみせた。


「……しかし、声を聞いても人間そのものだな。

 まぁいい、もう店が開いたころだから、そろそろ出発しよう」

「え、店って……登城しないのですか?」


「城に行くのは、店に寄ってからだ」

 アニエスはユニコーンの手綱を持って、大股で歩き出した。


 彼女が向かったのは、大通り裏手にある商店街だった。

 まだ朝の八時過ぎだが、すでに多くの市民たちが行き交っている。

 この世界の人間は、夜明けとともに起きるのが常識なので朝が早い。

 商店もそれに合わせて店を開く代わりに、閉めるのも早い。


 すれ違う人々は、軍服姿のアニエスとシルヴィアに、あまり注意を払わなかったが、キャミイには露骨な視線を浴びせてきた。

 女性は眉をひそめて視線を逸らし、男たちはにやにや笑い、口笛を吹く者もいた。


「ねえ、シルヴィア。なんか僕って変なのかな? すごく見られているんだけど」

 キャミイが小声でささやいた。


 その声が耳に入ったのだろう、アニエスが大げさに溜息をついた。

「自覚がないというのは幸せだな。

 私だったら恥ずかしさで、橋から身を投げるぞ?

 ちょうど着いた。ここに入るぞ」


 彼女は店前の馬止にユニコーンをつなぎ、扉を開けて中へ入っていた。

 そこは、女性向けのこじゃれた洋品店であった。

 女主人が目ざとく近寄ってくると、アニエスはキャミイを前に押し出した。


「この娘に、まともに外を歩ける恰好をさせてくれ。

 上から下まで、下着も靴も全部だ」

「あらまぁ!」


 女主人は、通行人と同じような反応を示したが、一瞬で商売人の表情を取り戻す。

「はいはい、かしこまりましてございます!」


 彼女はほくほく顔でキャミイの腕をがっしり掴み、奥の試着室へと連行していった。

 残されたアニエスとシルヴィアは、引きずられていく犠牲者の姿を見送った。


「あのぉ、やっぱりあの恰好では……まずかったですか?」

「当り前だ、馬鹿者!

 ぺらぺらの部屋着だけでも恥ずかしいのに、素足につっかけだぞ!

 おまけにあの娘、コルセットも着けていないだろう!?

 動くたびに胸がゆさゆさ揺れて、目立つことこの上ない。

 あれで城内をうろうろされてみろ? 男どもが耐えかねて、便所に行列ができるわ!」


 一時間後、三人はもみ手をする女主人に見送られて、店の外に出た。

 キャミイは見違えるような姿になっていた。

 上品な白のブラウスにレモン色のカーディガン、小花模様の長いスカート、生足は長靴下で隠され、赤い革靴を穿いていた。

 きちんと下着をつけ、コルセットを締めているので背筋が伸びて、姿勢まですっきりとしている。


 シルヴィアは、その変わりように目をみはった。

 彼女はどうしても、キャミイが〝カー君だ〟という意識が抜けない。

 目の前で揺れる豊かな乳房やお尻からは、無意識に目を逸らしてしまい、頭の中でいつもの四足獣に変換してしまう。


 それだから、部屋着をはおっただけという、だらしない姿も気にならなかった。

 だが、こうして身なりを整えたキャミイを前にすると、初めて彼女が自分とは違う別個の人間なのだ……と認識できたのだ。


      *       *


 赤城に入っても、シルヴィアとキャミイは赤龍帝に会えなかった。

 アニエスに先導され、装備課に連れていかれたのだ。


「ここで採寸して制服一式を受領したら、即座に着替えろ。

 いくらまともな姿になったとはいえ、町娘の恰好でうろうろされては、兵士の士気に関わるからな」


 王国軍には案外女性兵士が多く、軍服のサイズもいろいろ揃えてあった。

 キャミイが軍装に着替えて出てくると、一行は城を出て市街を抜け、大城壁の外にある野外訓練場に向かった。

 ここは休暇明けの兵士が軍務に復帰する前に、馴致じゅんち訓練を受ける場である。


 かつての王国軍は一年を三分割して、軍務、休暇、訓練のサイクルを繰り返していた。

 休暇中は無給となるので、兵士たちは臨時雇いの仕事をすることになる。

 訓練期間も給与が減額され、満額を受け取れるのは、年に四か月だけだった。


 有事の際には、休暇・訓練中の者も招集されるから、兵力は確保できる。

 その上で平時は、人員を三分の一に削減して、人件費を抑えていたのである。

 浮いた金を使って、国は辺境を中心とした農地の開発に務め、国富を積み上げてきたというわけだ。


 しかし、この政策は軍の戦力と士気を下げ、即応能力を犠牲にするものだった。

 現在のレテイシア女王が実権を握ってから、真っ先に断行したのは、この軍制改革であった。

 その結果、長期休暇は年に二回の有給三週間となり、その後の馴致訓練も一週間に削減されたのであった。


 訓練場に連れてこられたキャミイは、教官に引き渡され、新兵訓練を受けることになった。

 叩き込まれたのは、ひたすら敬礼や気をつけなどの基本行動、そして言葉遣いの矯正である。


 鬼のように怖い教官を前にしては、キャミイも大人しく従うほかなかった。

 シルヴィアもお手本役で訓練に付き合うことになったのだが、彼女の頭の中には、大量の不満と泣き言が念話で押し寄せてきた。


 基礎訓練は、昼食を挟んで午後も延々と行われた。

 シルヴィアは六歳の時から軍事教練を受けてきたから、この程度の訓練は何でもなかった。

 これが本当の新兵であったなら、半日を待たずにへとへとになったことだろう。


 だが、キャミイは(シルヴィアにだけ)不平を洩らしながらも、へばる様子を見せなかった。

 もともとのカー君は、人間を遥かに凌駕する体力を持っている。

 それは、外見が人間の姿となっても、いささかも変わりなかったのだ。


 厳しい訓練は、日が沈みかけたころにようやく終わった。

 いったん城に戻っていたアニエス少佐が再び現れ、今日はもう宿に帰るよう指示を出した。

 同時に、キャミイに対して薄い手帳のようなものを差し出した。


「これは……何でありましょうか、少佐殿?」

 即席の訓練だったが、効果は抜群である。キャミイの口調はすっかり新兵になっていた。


 シルヴィアも興味津々で、隣りから覗き込んだが、彼女にはその正体がすぐに分かった。

「軍の身分証ですね。……まさかこれ、キャミイのですか!?」


 少佐はうなずいた。

「リディア様は、お前たち二人を軍務で使うおつもりらしい。

 シルヴィアはよいが、そうなるとキャミイには軍籍が必要となる。

 これは赤龍帝閣下の権限で発行された、仮の身分証だ。

 参謀本部に戻れば、いずれ正規の軍籍が与えられるのだろうが、それまでのつなぎと思ってくれ」


 キャミイは手渡された身分証を開いてみた。野帳のような固い表紙である。

『カミラ・ブレンダモア准尉

 認識番号〇〇〇〇〇〇〇〇

 性別・女、年齢・二十歳』

 上記の者は、第三軍所属の士官であることを証明する』

 形式に準じた個人情報の下には、〝赤龍帝リディア・クルス〟の署名と赤い印璽が押されていた。


 カミラというのはキャミイ(愛称)の正式名で、姓と年齢は取りあえずシルヴィアと同じにしたのだろう。

 右側の頁は賞罰や特記事項の欄だが、キャミイが幻獣であることは記されていなかった。


「准尉ですか……。いきなり士官にして大丈夫なのでしょうか?

 教育も何も受けていないのですよ」

 シルヴィアが不安げな顔で訊ねたが、アニエスは肩をすくめただけだった。


「とにかく、これで城への出入りに問題はないはずだ。

 明日は自分たちだけで登城することだな」

 少佐はそう言うと、キャミイに大きな紙袋を差し出した。


「これは午前中に買った街着だ。宿に持って帰れ」

「ありがとうございます、少佐殿。

 こんなに服を買っていただいて、その上、軍服まで支給してくれるなんて、軍にしては太っ腹ですね」

 シルヴィアはキャミイに代わって礼を述べる。


「ん? 何を寝惚けたことを言っている。

 制服はあくまで貸与しただけだ。任務が終わって帰る前には、きちんと洗って返すに決まっているだろう。

 それに買った服の代金は、参謀本部に請求しておくからな。

 当然、私服の扱いになるだろうから、シルヴィアの給与から差っ引かれるはずだぞ」

「げえっ!?」


      *       *


 翌日、シルヴィアとキャミイが登城しても、赤龍帝からのお呼びはかからなかった。

 その代わりに、午前中は速成の士官教育(座学)が待っていた。

 それが終わって、士官食堂で食事を摂っていると、若い伝令兵がテーブルに近寄ってきた。


「グレンダモア中尉殿と、ええと……こちらは、あれ、同じ?

 あ、いや、失礼しました!

 カミラ・グレンダモア准尉……でありますか?」

 若い兵士(まだ一等兵だった)は、伝令文に目を何度もやりながら、緊張した面持ちで敬礼した。


 二人が立ち上がって答礼すると(キャミイが嬉しそうだった)、兵士は踵を鳴らして気をつけの姿勢を取った。

「赤龍帝閣下のお呼びです。

 ご案内いたしますので、同行をお願いいたします!」


『ようやくきたか!』

 シルヴィアは心の中で、拳をぐっと握りしめた。


      *       *


 案内されたのは、いつもの執務室であった。

 ただし、リディアだけではなく、アニエスとエイベルの両副官も一緒だった。


「シルヴィア・グレンダモア中尉、並びにカミラ・グレンダモア准尉、お呼びにより出頭いたしました!」

 二人は揃ってきれいな敬礼をした。


「ほう、だいぶ様になっているではないか」


 リディアはおかしそうに笑い、シルヴィアたちを応接の方へと招いた。

 長椅子の方へシルヴィアとキャミイが並んで座り、対面の肘掛け椅子の中央にリディア、その両脇に副官たちが腰を下ろす。


「アニエスから聞いたが、キャミイは教官も感心するほど、覚えがいいらしいな?」


 キャミイは得意げに鼻を膨らませた。

「それはもう、何しろ僕――いえ自分は、黄色の魔石を得ていますからね。

 知能は人間以上にありますのであります」

「しっ、閣下に失礼でしょ!」


 シルヴィアが慌てて叱りつけたが、リディアは鷹揚に笑った。

「よいよい。ここでは第三軍の准尉ではなく、カーバンクルとして振舞って構わぬ。

 それよりも、さっそく本題に入ろう。

 二人をこれまで待たせたのは、参謀本部からの返答を待つためだ。

 その伝書鳩が、ようやく到着したのだ」


 赤龍帝は二人の顔を、順番に見詰めた。

「マリウス殿は、シルヴィアとカーバンクルの貸与を快諾された。

 よって、お前たちは本日をもって、正式に第三軍の支配下に入ったことになる」


 シルヴィアもリディアの視線を真正面に受け止めた。

「ならば、お教えください。

 自分たちに課せられる任務とは、どのようなものでしょうか?」

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カー君ついこないだまで自由奔放な獣だったのに順応はやいなー
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